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ブラストコーポレーション3

移動中に安藤から聞いた計画は全くの白紙になった。まさか先に到着していた他の局員が全滅しているとは誰も考え付かなかっただろう。

研究所で何が起きているのか。

タケルは女と対峙して、現状をどのように打開するか、頭から火が出そうなほど急速に考えていた。


一方の瑠璃は安藤のもとへ駆け寄り、無事を確認している。腹部に取り返しのつかない損傷は見られない。ただし、しばらくは身動きが取れないようだ。


瑠璃の安堵した様子にタケルはようやく決心を固め、刀を鞘から抜く。

「まだ子供なのに、ね。」

女は悲哀を込めた声色で呟く。

これからお前は死ぬのだと宣言されている。そんな感じだ。

タケルは刀の柄を強く握り締める。手汗がひどい。


先程の一撃を見るにあまりにも間合いを詰めすぎると非常に危険だ。うまく隙を見つけられればいいが。

タケルはじりじりと女と距離を取る。


女はタケルから迫る気がないことを察すると自ら攻勢に出る。

  あっという間に差を縮められ、安藤が喰らった一撃が迫り来る。しかし一度視認した攻撃だ。タケルは低い姿勢で何とか躱す。この辺のタケルの瞬発力は並外れたものがある。

 次はこちらの番と言うようにタケルの白刃は女の腕を斬り落とそうとした。しかし女の腕は鋼鉄のようにビクともしない。人間の腕では考えられないことだ。

 考える暇もなしにすぐにその場を離脱する。


人形パペットの腕ってこんなに硬いの••••••?」

 あまりにも想像していなかった出来事にタケルは思わず素っ頓狂に呟いた。


 人形が現段階でどれほどの進化を果たしているのかは全く知らない。それでもさっきの安藤の一閃で女の首はいとも簡単に斬り落とせた。しかし今のタケルの一撃は全く通らなかった。

 このことから考えるに体の部位によって硬度に差がある、または何かしらの異能で自在に硬度を変化させているかのどちらかだろう。これはあくまでタケルの考えだ。この疑問に対する明確な答えを持ち合わせてはいない。

 

「ふふ、考え込んじゃってどうしたの?」

 女は完全に面白がっている様子だ。

 

 このままでは負ける。死ぬという漠然とした感覚がすぐそこまで迫って来ているような、奇妙な感覚がタケルを襲った。

それと同時にある言葉が頭に浮かぶ。


 情報が何も無いなかで戦うのは困難を極める。

 けれどもそれはほとんどの状況に当てはまる。

 相手のことをよく理解していることなんて稀だ。

知らないものの方が遥かに多い。

 だからこそ戦闘のなかの一つの動作、表情、視線を見逃すな。


 変化を、考えろ。


それは剣聖からの言葉。



次の瞬間、タケルは走り出していた。その時、女はタケルに対して別人のような目つきの鋭さを感じただろう。

感覚を研ぎ澄まして、タケルは刀を振り抜く。


女は受けきれる、そう思っただろう。だが、タケルの斬撃は初速から遥かに加速していく。おのずとタイミングにズレが生じる。それは致命的な遅れとなる。

  タケルの刀が女の首元に迫る。女の顔に初めて動揺の色が見て取れた。

イケると確信したが、それは案の定、早合点だった。鋭い金属音と共に刃が止まったのだ。首には傷一つ付いていない。

  女は得意気に笑っている。先程の表情は全て演技だったようだ。彼女の整った容姿があまりにも不気味でより一層の恐怖を与える。

  ただタケルは一つ確信を得ていた。部位によって硬度の差があるわけではなく、自在に硬度を変化させているということが。


  その事実を知ることが出来ただけでまだやりようがある。

  タケルの目は依然として死んではいなかった。絶対に負けないという強い意志が見て取れる。


  二人が対峙していると幸か不幸か、白衣を着た人物が現れた。今度は男だ。

「おい、リラ。何をやっている。」

  男は激しい憎悪に満ちた感情を漏らしつつも懸命に無表情を保っている、そんな感じだった。

「あら?木戸じゃない。何かしら?」

「何かしらじゃない。勝手な行動をするなとあれほど言っただろう!」

 木戸と呼ばれたこの男の名前は木戸 誠治。ブラスト研究所の副所長を務めている人物だ。

 眼鏡を掛けている以外にこれといった特徴は無く、年齢は三十を少し超えた程度。はっきりひとことで現せば、地味だ。


「研究所はもう時間の問題。なら何したっていいでしょ?」


「それはどういうことだ。」

面倒だと思いながらリラは口を開く。


「剣警局がここに乗り込んできたってことは東の一族にはブラストがやってることがバレてるってことでしょ?じゃあ、政府側に伝わるのも時間の問題•••••••••いや、政府が暗黙のうちに了承している、と考えた方が良さそうね。」


 本来なら交わることのない反政府主義の剣警局と政府直属の東一族。リラはそんな剣警局と東一族の関係を知っていた。それは驚愕の事実であり、薄れている意識のなかで安藤は情報が全て筒抜けになっているのではないかと大きな危機感を覚えていた。



 タケルにはちんぷんかんぷんだったが、リラが話している内容が嘘とは思えなかった。

 東一族は浅倉 新左衛門と密接な関係であることは優奈から聞いている。それが剣警局とも繋がっているということか。そうなると東は現政府を完全に見限っているということなのか。タケルは答えの出ない問題に思考を巡らせた。


一方、木戸は意味がわからないという表情を示した。

その二つの関係性を真っ向からあり得ないと否定している。それは理解できることだが、彼の場合はその感情にリラに対する敵愾心が多分に含まれているのが誰から見ても明らかだった。


「だからといってわざわざ騒ぎを起こしてどうする!」

木戸はなおもリラを責める。

「あんたねぇ、そんなもんぶら下げてよく言うわね?」

リラはほとほと呆れ果てた様子で木戸の腰に携えられた刀を睨みつけた。


「あんたも仕留めにきたんでしょ?」

「う、うるさい!俺は所長のために動くだけだ。お前のような問題児に気苦労を溜めてらっしゃるだろうからな!」

リラの指摘にあっさり狼狽えた木戸は声を荒げた。


ほんとバカな奴と小さく呟いたリラの声はタケルを含め、誰にも聞こえることはなかった。

 木戸は刀を抜き、構える。タケルを見据えたその双眸は獲物を仕留める鋭さを秘めている。


 結果的に形勢は不利になったようだ。リラだけでも勝てる確率は限りなく低いのに、二対一の状況は絶望でしかない。

 

 しかし戦闘は始まらないまま、またも横やりが入る。

「リラ、誠治。」

 またも男だ。しかし今度は白衣でなく、スーツを着用している。

「これは珍しい。社長直々に来るなんて。」

「と、常葉社長?どうしたのですか?」

 リラは興味無さそうに、木戸は別人のように緊張した様子で達郎を迎えた。


「研究所を破壊しろ。」


あまりにも突飛な内容だった。


「な、何をおっしゃって••••••」

「研究資料を全て焼却して、証拠を残さないようにってことね?」

木戸を遮ってリラが達郎に向けて言った。


「そうだ。剣警局が本社にも来た。見たところ、ここにも来ているようだが•••••••••」

達郎は転がった死体とタケルを確認した。

「出来るだけ早くしろ。それと戦える奴を研究所入り口に集めろ。剣警局の人間をもう一人も入れるな。」


「そこの奴らは?」

リラがタケルを指差す。


「始末しておけ。」

ゴミを見るような目で達郎はそう言って、そそくさとその場を後にした。


木戸はふうっと一息ついてから刀を鞘にしまい、達郎と同じ方向に小走りで駆けて行った。研究所の人間を集めに行ったのだろう。少なくともタケル達が見回ったところには人はいなかったが。


「ふぅ•••••••なんか思ったよりも面倒な感じね。楽しむ時間はないみたい。」

リラは右腕を前に出した。

途端に右の掌から黒鉛のように黒い物質が発生し、細長い得物のようなものを形成していった。

それは先端が鋭く尖り、鉄のような強靭な硬さを持っている。そんな人形に備わった人工的異能を目にして、タケルは驚きはしたが、案外冷静に物事を判断できていた。


「じゃあ、早々に。」

リラは得物を手にタケルに向かって駆ける。同じようにタケルも猛進した。




瑠璃はずっと動けずにいた。安藤の横で看病を続けていたが、それは言い訳に過ぎない。怖かったのだ。ただ怖かった。人形開発の研究材料にされかけた、あの記憶が蘇り、感情が爆発しそうだった。


瑠璃は震えながらもなんとか耐えていた。

彼女の眼前で二人による熾烈な戦闘が繰り広げられている。

その姿は頼もしかった。

私はあんな風に戦えるだろうか。

瑠璃は自分の手を見つめる。やけに小さく見えた。これでは何も掴むことなんて出来ないと思うほど。


それでも。


北信道場の門下生達、彼等の名前と顔が次々と頭に浮かんでくる。


  何のためにこの場所に来たのか。

「私は逃げない•••••••••!」


瑠璃は初めて刀を抜いた。


 

  タケルとリラの勝負は均衡していた。リラは表情には出していなかったが、確実に焦りを感じていた。自らの技量とタケルの実力を鑑みれば、どんな最悪な結果を考えても、負けるわけがないと見積もっていた。すぐに終わるだろうとさえ考えていた。

 しかしそれは誤りだったと言わざるを得ない。現に目の前でタケルは自分と互角にやり合っている。

 

  一方でタケルの方も内心驚きを隠せずにいた。

  相手の動きが手に取るようにわかる。特別何かを考えていたわけじゃない。味わったことのない不思議な状態だった。

  でも今は何が何でも勝つこと。正々堂々なんて考えちゃいない。猫の手でもいいから借りて、何より勝つことが一番大事だとタケルは覚悟を決める。

  その心の動きは斬撃の速度と比例する。

  拮抗していた二人の戦いはタケルの有利へと次第に変わっていった。

  

  火花を散らした二人の剣撃の応酬に新たな風が吹く。それはタケルの背中を押す攻撃になる。

  刀身毒蛇とうしんどくじゃ。刀身が鞭のように伸び、リラを襲う。タケルを避けるように伸身するその刃は見事なほど無駄がなかった。

「くっ•••••••••」

  刀身はリラの肩を突き抜けた。身体の硬化をする暇もなかったようだ。


「瑠璃?」

「加勢するね!」

 瑠璃は続けて、刀を前方に突き出す。すると刀身が青白く光り始め、瑠璃の周囲に数多あまた氷針ひょうしんが現出した。

 狙い定めたようにリラのもとへと迫るが、リラの方も黙って立っているほど馬鹿じゃないため、全速力で退避する。しかし予想に反して氷針はリラを追尾する。

「これは相当やばいわね••••••••••」

そう言いながらも氷針を全て躱す。


ただ一枚上手だったのが瑠璃。彼女は即座に刀身毒蛇を発動して、リラを仕留めにかかった。

あまりにも切り替えの早い連撃。

バランスの悪い回避行動の末、リラの体勢は無防備であった。

結果として今度はリラの腹部に刀身が突き刺さる。

痛みを感じた様子はない。むしろ顔は笑っている。


「あの子、強いわね。」


  それは諦めの言葉だったのか。

  リラの視界には自分の方へと疾走してくるタケルが見えている。それでも逃げることは出来ない。身動きが取れないのだ。

  

「これで終わりだ!!!」

 見開かれる瞳。

 今の自分に出来る刀身強化最大でタケルはリラの心臓を突き破る。

 

「お見事、ね。」

 リラはふっと笑う。

 そんな彼女にタケルは問う。

「何故使わないんですか?」

「何が?」

「何で体を硬化させなかったか聞いてるんです。」

先程のタケルとの戦闘で使用した硬化は

「ああ•••••硬化しなかった理由、ね。ふふ、そんなに便利なもんじゃないのよ。」

徐々にではあるが、リラの全身の皮膚がぽろぽろと脆く崩れ落ちていく。

「••••••制限があるんですか?」


「何度もやる、としばらく使えない、のよ。だから剣だけで殺ろうと、思った。けど少し、甘く見過ぎたみたい、ね。」

瞳から赤い液体が一筋の線を描く。


「人形の開発は想像を超える速さで進んで、る•••私はせ、かいで初めて知能を、持った人形だ、から、そんなに高性能じゃあな、いのよ。」

タケルは黙って耳を傾けている。

途切れ途切れになりながらもリラは声を出す。

「•••いわ、ゆる、古臭いオンボロ、なのよ。」

「そうは見えませんでしたよ?」

「え、んぎならさい、しん、にもまけないかも、しれない、わね。」

タケルはリラの右胸から刀を抜く。その感触はもはや紙の束から抜いたような、軽い感覚しか残っていなかった。


「さい、ご、にひと、つ••••ぶら、すとはべい、こくのかいら、い。ここを、つぶし、てもなに、もかわら、ない。」

  人形の身体を構成していた組織は消失した。

タケルはその光景を見て、一つだけ感じたことがある。

人形は消える時に何の音もしない、と。


へたんと崩れるように腰を落とした瑠璃は弱々しく呟いた。

「•••••••••終わったの?」

気を張っていた分、精神的に消耗したようだ。


「終わった、みたいだね。大丈夫?」

タケルが瑠璃のもとへ駆け寄る。


「私は大丈夫。安藤さんは気を失ってるみたい••••••」


「ここから出よう。」

タケルは安藤を背負い、その場を後にする。まずはどうにかして大輔と連絡を取ることだ。持っていた携帯はさっきの戦闘の最中に壊れてしまったようで画面が真っ黒なままだ。安藤のも同様だった。

  来た道を慎重に引き返したが、やはり誰とも遭遇しない。タケル達が研究所のロビーに着いた時、ガラス越しに外が見えた。

「うわ••••••」

タケルは口をあんぐり開けたまま、思わず固まってしまう。

血みどろの戦場がそこにはあった。

研究所の出来事とは規模が異なる死人の数。白衣を着た者も多く、どこにそんなに研究員が居たのか、疑問に思った。


迂闊に出るのは危険と判断し、その場に待機するタケルと瑠璃。

外の戦線を常に気にしながらどうするか考えていると、見慣れた顔が戦場で今みさに刀を振るっていた。


「大輔さん••••?」

「え、知ってる人?」


大輔は誰よりも暴れ回り、次々と敵を斬り伏せていく。その派手な動きは一見、隙だらけに見えるけれども、華麗で無駄がない。その証拠に大輔はほぼ全ての敵を相手取っているにもかかわらず、全く相手を寄せ付けていない。


「うん。剣警局でも指折りの強さなんだ。」

「どうりで•••••目立ってるってレベルじゃないね。」

タケルはちらりと瑠璃を見やる。


瑠璃は食い入るように大輔の動きを見ていた。羨望を含んだ眼差しを向けている。

瑠璃の力は想像以上だった。異能剣技の精度はもちろんのこと、一番驚いたのは異能剣技の連続発動だ。速すぎてリラも対応しきれていなかった。

やはり北辰道場の名は伊達じゃない。

瑠璃は北辰天源流さえ使っていなかった。北辰天源流は北辰道場でのみ教えている剣術の流派で、代々家系で伝わっている古流剣術とは一線を画す。近代剣術は歴史が浅いために通常、普及率は高くない。それでも北辰天源流は金沢流や常葉流と変わらないほどの門下生の数がいる。もちろん近代剣術の中では一番だ。

  


 二人が大輔に見入っていると小さな呻き声が聞こえた。

「安藤さん、気が付きましたか?」

「んん••••••ああ、大丈夫。」

頭を掻きながら安藤は起き上がる。まるで寝起きのようで今の今まで気絶していたとは思えない。

「ここは?」

「研究所のロビーですよ。」

安藤は辺りを見回し、何があったのか理解したようだ。

「君達が倒したのか?さっきの人形を。」

「まぁ、ほとんど瑠璃さんが。」

「そんなことないよ。最後に仕留めたのはタケルでしょ?」


安藤は驚きと共に無力感に打ちひしがれた。しかしそれを顔に出すような真似はしない。そこにはほんの小さなプライドが見え隠れする。

「すまないね、君達に迷惑を掛けた。」

「何言ってるんですか。三人とも無事だったんですからいいんですよ。」


十歳近く年下に励まされてる状況に安藤は思わず苦笑する。

「ふ、今はそれでいいか。」



彼等がそんな言葉を交わしているうちに大輔が一人で研究者達を蹂躙し、無力化し終えていた。






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