ブラストコーポレーション2
一日で全てが変わる。
現状から大きく飛躍し、いまや緊張感が増した世界が訪れている。
ブラストコーポレーションに強制捜査に入る。それを決めたのは今からほんの少し前で局長自らが決断した。いずれこういう手段に出るだろうことは容易に想像はできたが、それが今だとは大輔も驚きを隠せなかった。
決定的なものは大輔が安藤に調べるように言ったある謎の単語。
トラスフォー。それは米国の家具専門会社。
今回の一件に何の関係があるのか。いや、もしかしたら何の関係もないのか。
剣警局の情報網では関連性を調べることはできなかった。
苦渋の決断の末に、政府直属の情報収集専門の家系である東一族と接触を図った。これは数時間での行動だった。流れるような一連の動きが確かな決断を下す理由となったのだ。
トラスフォーはブラストとともに人間を媒体とした人形を作り出す研究をしている。
それが東の情報。そしてその証拠としてどこから手に入れたのか理解し難い研究資料のコピーが送られてきた。
剣警局の上層部は呆れたような呟きを漏らしながらも借りを一つ作ってしまったことに微量の悔しさが滲む。
それでもやらなければいけないことがあるのだ。どんな手を使っても。
大輔は今、ブラストコーポレーション本社前にいる。夜に溶け込むような漆黒の車が続々と駐車されていく。
そんな荒くれ者達を指揮するのは最後に入ってきた車の後部座席から降り立った男。
大輔もその人物の動向を見守る。
剣警局局長の芝山 勇だ。
「ブラストの研究施設には軽間と瀬戸を向かわせた。」
大輔が隣まで歩いてきた芝山へ向けて言った。
「ああ、分かった。安藤の連絡を聞いたか?」
「ああ、聞いたよ。」
「なかなか面白いな。お前の弟子は。」
「弟子じゃねぇよ。」
軽口を叩きながら芝山と大輔は先頭に立って歩き始めた。目の前に聳えるガラス張りの塔へ。
自動ドアを潜ると真正面に受付があり、そこには黒髪ショートヘアの女性が二人いる。彼女たちの顔は険しく、かなり警戒しているのがわかる。それもそうだろう、目の前からぞろぞろと目つきの悪い男たちが入ってくるのだから。
「な、何か御用でしたか?」
女性は震えながら応対する。いつも通りを意識しているようだ。
「社長に会いたいのだが。」
「………め、面会のご予定が?」
「ない。そうだな………こう伝えてくれ。芝山が会いに来てやった、と。」
人の上に立つ者の威厳が自然と醸し出て、女性達は思わず背筋を伸ばしてしまう。
「は、はい。少々お待ちください。」
女性はそう言うと備え付けの電話を取る。
小声で話す女性の声。ほんの微かに聞こえる電話口からの声。
男たちは何も言わずただ黙って待っている。それが不気味で余計に恐怖を助長させる。
「芝山様だけなら面会は許可する………とのことです。」
恐る恐るといった感じで女性は話した。
「うむ•••••••わかった。お前らはここで待っててくれ。」
少し考えるふりをした芝山は大輔にそう告げると早速女性の案内でエレベーターへと向かった。
今は待機するよう命じられたが、これからはおそらく、いや間違いなく強制的に資料やその他の関係書類を持ち出すことになるだろう。その対応にブラスト側が大人しくしているかどうかは別として。
女性は震える足でどうにか社長室の前まで案内した。芝山に向かって頭を下げて、そそくさとその場を後にする。
それにしても豪勢な扉だ。ここが一企業だとは考えられない。はっきり言うと趣味が悪い。
「まぁ、比べものにならないくらいのことをやってるからな••••••」
芝山は扉を乱暴に開け放った。まずわかったのは一面がガラス張りだったこと。
そしてペルシャ絨毯のような敷物が部屋一面に敷き詰められており、巨大なソファが二つ向かい合わせで置いてある。目的の人物はその奥に陣取っていた。
「やけに荒々しいじゃないか、芝山。」
横柄で何を考えているかわからない表情。
相変わらずの胸糞悪い顔だ。常葉 達郎。
「これでも丁寧に開けたつもりなんだが?」
常葉 達郎は薄い笑みを浮かべるだけだ。
彼は常葉流剣術の二代目継承者であり、ブラストコーポレーションの社長を務めている。
「早速だが、お前の目的は何だ?やはり大和の弱体化が狙いか?」
「何のことだかさっぱりわからないが?」
「まぁ、こちらも正直に話すとは思っていない。強制的に資料を抑えさせてもらう。」
「それが許させるとでも?」
「政府が黙ってないと?生憎だが、これは政府も了承している。」
それは寝耳に水の話だったのだろう。
先程までの余裕は垣間見れない。達郎の表情は厳しい。
東一族が剣警局に対して情報提供したという事実があるため、政府公認の強制捜査になっている。政府の手を借りなければいけないというもどかしさはあるが。
「•••••••政府がブラストを潰すと?」
「そういう意思があることは間違いないな。」
達郎は深く考え込んでしまう。
「鬼怒郎は何をしているのか•••••そう思っているのか?」
「何?」
「図星のようだな。お前の父親である元軍政大臣の常葉 鬼怒郎は近いうちに拘束されるだろうな。」
「そこまで手が回っているというのか?•••••••••父上の権威が今の政府には必要ないと判断されたか。」
常葉 鬼怒郎が軍政大臣の時代に築き上げた巨大な権威。それは数多くの人間を集めた。一時は大元帥の座もそう遠くないだろう、そんな声さえも聞こえていたほどだ。
そんな人物の名声、権力は大臣を退いた今もなお、途絶えることなく、大きなままだった。
それが政府内の危険因子として認識されたのだろう。そして息子である常葉 達郎の悪逆非道の行為は鬼怒郎を失墜させるための格好の的だったのだ。
皮肉にも鬼怒郎が大和で大きな権力を持っていたからこそ達郎が自由奔放に行動できた。その行動で鬼怒郎は終焉を迎えそうになっている。
「実に愉快な話だ。恩を仇で返すような行為だったということだ。お前がやったことはな。」
所詮は親の七光り。芝山は達郎自身に力はないと本人の前で断言する。達郎の目つきは殺人者のように鋭くなる。感情を昂らせ、今にもボロを出しそうだ。
達郎に残された選択肢などもはや一つしか残っていない。そうでなければ剣警局はおろか、政府を敵にすることになるのだから。
「お前が聞きたいことは人形開発について、だろう?」
「その通りだ。」
「ふ、お前達が思っている通り、俺達は人形開発のために多種多様な人間の誘拐を繰り返している。そして新たな力を持った新世代の人形を造り出すのだ。」
「••••••やけに素直だな。」
「どうせもう明らかになるだろう?まぁ、こんなに急にとは思っていなかったが。」
「では詳しいことは局で聞かせてもらおうか?」
そのまま連行できると思っていた。それは油断だったのか。芝山はほんの少し達郎から視線を逸らした。
その時だった。
バリィィン。何かが割れる音。
想像に難くない。一つしかないだろう芝山の瞬時の予測は当たった。
一面に広がっていた窓ガラスがものの見事に割れていた。
「抵抗しないとは一言も言っていないからな。足掻かせてもらうぞ。」
達郎はニヤリと微笑を浮かべながら三十階を超す高さから飛び降りた。
芝山が素早く窓際まで移動して下を見るともはや地上に降り立った達郎が逃走を謀っていた。芝山は懐から携帯を取り出し、連絡をする。
「••••••••俺だ。常葉 達郎に逃げられた。飛び降りて今、逃げてったよ。ああ、おそらく研究所に向かったんだろう。追跡を頼む。」
電話相手は下で控えていた空堂 大輔。彼ならば追い付くことも可能かもしれない。逆に言うと彼以外では不可能であろう。常葉 達郎はそのくらいの身体能力を有していると見ていい。常葉流の継承者なのだから。
事態は大きく動き始めていた。平穏とは程遠い緊張状態を理解し始めていたのはブラストコーポレーションの研究所に着いた安藤とタケル、そして瑠璃。
彼等が車から降りても物音一つ聞こえなかった。より一層の警戒心が募る。
安藤が先頭に立って、敷地内へと進んでいく。
真っ黒な車が何台も止まっているのを見ると、他の局員はもう突入しているのだろう。
三人は研究所の入口に近付いた。安藤は閉まりきって反応しない自動ドアをなるべく音を立てずに割った。この時、予想とは異なることが起きた。警報装置は作動しなかったのだ。通常であれば時間帯を考えても警報装置が鳴る可能性が高い。
「何の音もならないですね。」
タケルも違和感を覚えた。システムが何らかの理由で起動していないのか、それとも誰かしらが意図して警報装置を止めたのか。
「•••••••ここで考え込んでも仕方ない。とりあえず中に入ろう。」
安藤の一言で三人は研究所内に足を踏み入れた。
この研究所はブラストコーポレーションが貿易業で軌道に乗り始めて最初に建設された研究所であり、最新の研究を行い、次々と成果を発表している大和の中でもかなり有名な場所である。おもに人形の停止システムについての研究がなされている。
しかしそれは表の話。
裏では様々な噂が行き交っているのだ。
研究所内はタケルが思ったよりも暗くなかった。薄明かりでぼんやりと照らし出された
室内は不気味さを漂わせている。
争いの跡が見られない。
先に到着した局員達は何処に行ったのか。
ゆっくりと歩を進めながら三人は共通の思いを抱えていた。
局員もそうだが、研究員さえもいない。最奥部までに誰一人として遭遇しなかった。
あと確認していないのは最も奥の扉。
その前に立つとゆっくりと扉が左右に開き始めた。三人は少し身構える。
眩しい光が目に飛び込んできた。
そこは武道場のような広さの巨大な部屋だった。
しかし広さよりもその場にあったものにタケルは驚きを隠せなかった。
「これって•••••••」
視線の行く先々に青色の液体が入った円柱状の硝子カプセル。その中には人の姿が。
間違いなく人体実験の材料とされている。それ以外に説明のしようがない光景だった。
背後に立っていた瑠璃が小刻みに震えている。最悪の記憶が思い起こされたのだろう。
「あれ………侵入者?まだいたの?」
突如として白衣を着た女が前方から姿を現した。彼女のスカートの丈は極端に短く、豊満な胸の主張は激しかった。
全身が硬直する瑠璃を尻目に妖艶に微笑む女はゆっくりと三人に向かって歩き始めた。
漠然とした恐怖。三人共通の感情だった。
「止まれ!!!!」
安藤は瞬時に抜刀し、射抜くような目線を女に向ける。
タケルも腰に携えた刀に手を添えており、いつでも戦闘に入る準備は出来ている。
額に汗が滲む。いきなり始まった殺伐とした空気に息が詰まりそうだ。
予想外にも女は言われた通りに歩みを止めた。笑みを浮かべたままで。それが何より不気味だった。
「あなたたち剣警局の人間でしょう?大人気みたいね、この研究所。」
女は天井や床などそこらじゅうを観察しながら言った。まるで初めて訪れたかのような反応だ。
「大人気?」
「あなたたちのお仲間さんでしょ?さっきの人達。」
「そのさっきの人達はどこにいったんだ?」
今知りたい事柄を相手から提示してきた。これに乗らない手はない。
「ああ、知りたい?知りたいならついてきて?」
そう言うとくるっと振り返り、奥へと進んでいった。
一定の距離を保ちながら三人も奥へと進む。
永遠に続くかと思うほど長い距離に感じられた。女の足音だけが聞こえている。気付けば周囲には円柱状の硝子カプセルは無くなっていた。その代わりに見えてきたのは人形のように横たわった人間だった。それも一人、二人ではない。両手でも数え切れないほどだ。
何が起きたのか。どこかで理解していたその疑問を心の中で呟く。理解したくはなかった。理解してしまえば、何かが崩れてしまいそうで。
安藤は深い深い溜息をつく。
安藤はその死体の数々の身元を知っている。
彼等は剣警局の仲間達だ。嫌になるほど顔を合わせ、共に減らず口を叩いた仲間達だ。
それが今、事切れた死体となって安藤の肉眼に飛び込んできた。
そんな目の前の凄惨な事実を事実と判断できる器量は備わっていなかった。多くの同僚の死は安藤の冷静さを奪った。
博識で頭脳明晰な安藤にとって結果的にそれは唯一の甘さ、弱点だったと言っていいだろう。
安藤は完全にブチ切れた様子で女に向かって飛び出す。タケルの制止も全く耳に届いていないようだ。
一瞬で刀身強化を発動し、無駄のない動きで女を仕留めにかかる。相手を怯ませるための行動ではない。確実に相手を殺すための動きだ。女の首に白い刃が届く。何の抵抗もなく、女の首は吹き飛んだ。笑みを浮かべた首は宙を舞う。首は地面にコロコロと転がり、安藤の息遣いだけがよく響いている。
誰も声を発さない。不気味な女を仕留めた喜びもない。現実に多くの剣警局員が命を落としたのだから。
安藤がタケル達のもとへ戻ろうと踵を返すと小さな笑い声が背後から聞こえてきた。
驚き振り向くと、生首の口が動いていた。
「今、私を殺ったと思ったでしょ?」
首を失った女の身体はひとりでに歩き始め、自らの首を持ち上げた。
「な••••••••」
三人は一様に言葉を失った。
いち早く女の正体を見破ったのはタケルだった。
「••••人形だ。安藤さん、この女、人形じゃないですか?」
「どうやらそういうことみたいだね。ただここまで意志を持った人形は聞いたことがない。」
安藤は困惑しつつもタケルの発言に肯定の意を示す。
その間に女は首を身体に戻した。何事もなかったかのように首は元通りになった。
「ふぅ••••••女の首を刎ねるなんてひどいことするわね。」
こいつ不死身か?と本気で疑ってしまう異質な光景だった。確かに人形が痛みを感じるわけはなく、普通に考えれば首を刎ねたところでどうなるものでもない。しかし一般の人形と違うのは意志疎通が何の問題もなく出来ていることだ。まるで人間のように。
安藤は決して人形についての最新研究を理解しているわけではない。だからこの状況は現時代でさほどおかしくないのではないか、そう思い直し、なんとか自分を納得させた。
安藤は先程と同じように女に斬りかかろうとした。冷静な自己を意識しながら。今度は確実に心臓を貫こうと決めた。怒りに任せた先程の一撃よりもずっと滑らかな動きだった。
しかしいとも簡単に安藤の刀は女に受け止められた。刀身強化がなされた刃を素手で掴み取ったのだ。
「な、く•••••••」
ビクともしない。
よく見ると刀身にひびが入っている。とんでもない握力だ。
「じゃあ今度は私の番。」
そう言うと女は安藤の腹に強烈な一発を叩き込んだ。鈍器で殴ったような打音が響く。安藤が後方に退くのを逃さない一撃だった。安藤は口から血を吐きながら凄まじい勢いで吹き飛んだ。
タケルや瑠璃が立っていた場所よりも遥か後方まで吹き飛び、二人はあまりの状況に呆気に取られていた。
女はターゲットを変更した。好きな食べ物を待ちきれない子供のように舌舐めずりする。
「次はあなたたちね。」
絶望を感じさせるのには十分な一言がタケルの耳に浸透していった。




