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剣警局

横浜。

太陽がコンクリートを熱する。道沿いに植えられた木々が暑い暑いと叫んでいる声が聞こえる気がする。それくらい気温の高い日だった。


「ここだよ。」

安藤は車の運転席から降りて、タケルに声を掛けた。


タケルは大輔と安藤と共に剣警局の前に来ていた。詳しく言うと横浜にある剣警局の本拠地だ。他にも伊達地帯と呼ばれる東北の仙台や関西地区の大阪、九州地区の熊本などに剣警局管轄の外局が存在する。

それだけでも大和全域に剣警局の影響力が広がっているのが分かる。


大輔を先頭に三人は自動ドアを潜る。

学校の体育館と同等の広さを持つロビー。吹き抜けの硝子の天井からは日の光が差している。一目見ただけであったが、落ち着く空間だとタケルは思った。


しかしそれは間違いだった。

三人が歩き出そうとした次の瞬間、いきなり何事か叫びながら大輔に向かって 斬りかかる女の姿が。


あまりの勢いにタケルは驚き、後退りする。

今度は何?何なの?


女は大輔に向けて太刀を思いきり振りかざす。大輔は鞘から抜かず、その一撃を受けきった。鋭い金属音が鳴り響く。


「大輔!!あんた、私のアイス食っただろ!」

「馬鹿野郎。俺じゃねぇよ。いつもいつも勘違いすんな。」

「何だと!じゃあ誰だって言うんだ!あんた以外にそんな事する奴いないよ!」

喧嘩にしては強い殺気を放っている。二人は本気で剣を交わしているのかもしれない。言いようもない不安がタケルを襲う。


「軽間がいるだろ。大抵の揉め事はあいつから始まってる。」

「は?零士れいじ君がそんな事するわけないでしょ?」

「待て待て。お前の食いもんで無くなったのは全部あいつだよ。知らないのか?」

「嘘よ!」

女は二本目の太刀を抜き、大輔へ攻勢をかけようとしたが、上手くいかなかった。

一人の男がその場に現れたからだ。


「お前ら、またやってるのか。喧嘩するのはいいが、外でやれよ。」

威厳に満ちた声によっておのずと背筋を伸ばしてしまう。その声の主が誰なのかすら分からないタケルでさえ自然と体が動く。

剣術の実力じゃない。強い相手と対峙した時の恐怖でもない。これは人の上に立つ者が宿す格上のオーラだ。


「局長••••••すいません。」

女はみるみる小さくなり、思いきり頭を下げ、謝罪する。

「芝山さん、何とかして下さいよ。こいつは何かと俺のせいにする。」


芝山 いさむ

剣警局の創設者の一人。実質上剣警局のトップであり、政府にも要注意人物としてマークされている。


「まぁ、瀬戸はお前を嫌ってるからな。諦めろ。」

「んな、理不尽な。」

溜息をついた大輔を忌々しいと言いたげな顔で瀬戸は睨みつけている。

どんな些細なことでも斬りかかる口実になると瀬戸本人は思っている。はっきり言ってそれが誰の仕業なのかはどうでもいいのだ。

大輔が理不尽だと思う気持ちは当然のことだろう。


「あの人、大輔さんのこと嫌いなんですか?」

なんとか状況に思考が追い付いたタケルは隣の安藤に小声で問う。

「ああ••••••まあね。嫌ってる、というよりも過剰なライバル意識を持っているって感じだと思うよ。まぁ、俺の見たところだけど。」

瀬戸という女性は大輔と剣警局の同期入隊らしく、その事実がライバル意識を高めているのは間違いなさそうだ。大輔の方は特に何も感じていないようだが。



「無視して行こうか。」

「いいんですか?」

「ああ、構ってたらこっちにも被害が及ぶかもしれない。それは勘弁だからね。」


安藤に連れられてタケルはこっそりとその場を後にする。大輔の様子をちらっと見てみるといまだに鬱陶しそうな表情だった。

あれが毎週、いや毎日だったら大変だなと心の中で同情する。


二階への階段を上ると全く同じような扉の部屋が並んでいる。その中の一番手前にある部屋へと安藤は入る。


「ここでいいかな••••••入ってくれ。」

「はい。」


そこは何の変哲もない会議室。広さも養成学校の教室とさほど変わらない。


「ちょっと待ってて。今、資料取ってくる。」

そう言うと安藤は部屋を出ていった。

一人ポツンと残されたタケルは近くにあった椅子に座る。

室内を眺めると見慣れない人物の肖像画が飾ってあった。


誰だろう。さっきの人じゃないみたいだし。


肖像画の下に名前が書いてある。

山倉 茂光。

剣警局に所縁のある人なのだろう。タケルには覚えがないが。


「その人は剣警局の特別顧問だよ。」

いきなりの声に驚き、タケルは背後を振り向く。

「安藤さん••••••特別顧問ですか?」

「ああ、実際何をやってるかなんてのは知らないけどね。」

資料を手に戻ってきた安藤は適当な椅子に腰を下ろす。

「まぁ、今、君が入会する剣客連合会を創設した人でもあるんだけど。」

「すごいじゃないですか。」

「うーん••••••すごいかもしれないけど、なんか痛いでしょ?だってこんな肖像画を置かせるんだよ?」


確かに自意識過剰、なのかもしれない。

それとも偉い人というのは皆そうなのだろうか。自分の顔をお札に載せてほしい、そんな願望があるのだろうか。

タケルにはよく理解できない。


「まぁ、そんなことよりこれ記入してもらっていいかい?」

「これは?」

タケルは安藤の正面に座る。

「契約書、みたいなものかな。口約束でもまぁ、いいんだけど•••••••••一応形式上ね。」

「分かりました。」

タケルはさっそく契約書に記入していく。

いまだに自分のことはよく分からないが、優奈に協力してもらってタケルのプロフィールは作為的に完成された。そのためなんの支障もなく、このような書類を記入することができる。

タケルは淀みなくスラスラと書き終えて、安藤に契約書を渡した。


「•••••••••よし。これで君は剣客連合会の一員だ。E級剣術士に認定されたってことだよ。」

「あの一ついいですか?」

「何だい?」

「E級から上がるには何をすればいいんでしょう。」

「そうだね••••••具体的に言うのは難しいけど••••剣術士として素晴らしい成果を残したら昇級していく感じかな。」

「成果、ですか。」

「まぁ、君は養成学校に通ってるからそこで格上の人を倒しても加点にはなるんじゃないかな。」

手近な目標が出来て、これでまた稽古に身が入る。

あと一つ気になることがある。

「昇級した時ってどうすれば分かるんですか?」

「こっちから連絡するよ。」

「そうですか、分かりました。」

「ああ、あと組織の集まりがあれば、一応連絡するからね。」

「はい、了解です。」


タケルは一礼して部屋を出ていこうとする。


「送らなくて大丈夫かい?」

「はい、走って帰ります。」

タケルは笑いながら出ていった。


「走ってって••••••••ここからどれくらいの距離だと思ってるんだ?」

安藤は呆れて苦笑した。



タケルが剣警局を去ってから予想通り、安藤は大輔に詰問されていた。

先程までタケルが座っていた椅子に大輔は座り、不機嫌そうな顔をしている。

それが平常時の表情であることを安藤は理解していた。

「おい、安藤。どうしてあのガキに固執している?」

「固執って••••ただ僕は彼にとって最良な選択肢を提案しただけですよ。」

「とぼけんな。お前、あいつを利用するつもりか?」

「利用とは?」

「剣客連合会は堀江の一件で印象は地に落ちてる。裏組織の人間を入会させてたんだから当然のことだが。そこであのガキに目をつけたんだろ?」

堀江 清十郎。反剣教団に在籍し、かつ東京漣会の裏で手を引いていた人物。

彼は剣客連合会の一部入会者を自らの思想に染め上げた。そしてそれは後々彼等に大きな心の傷を負わせることになった。

「タケル君ならば剣客連合会の印象を向上させてくれるってことですか?」

「ああ。」

大輔はそこまで思っていない。あくまでも安藤がそう考えたからと予想しているのだ。

「まぁ、そういう考えがあるのは否定しませんけど。でも••••••••なんか見てみたいんですよ、彼が強くなっていくのを。」


それは漠然としたはっきりとしない感覚。

説明のしづらい、いや説明できない。それでもその衝動的な感情は決して間違っていないだろうという不明瞭な自信は確かにあった


「あいつに思い入れなんて別に無いだろ?」

「はい、赤の他人です。それでも何故だか気になるんですよね。先輩に似てるからかな?」

「どこがだ。」

大輔は苦笑した。それでも根幹の部分でそのことを否定しきれない自分がいた。


二人がそんな話をしていると部屋の外がやけに騒がしくなってきた。

荒々しく部屋の扉が開かれた。

「大輔、出番だぞ。」

「何かあったんスか?」

「ブラストコーポレーションの件だ。」

「動きましたか?」

「ああ、現場は横浜港だ。至急向かってくれ。」

「了解。行くぞ、安藤。」

「はい、頑張りますか。」


仕事モード。

二人の顔はいつの間にか真剣な顔つきへと変わっていた。







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