空堂 大輔
「あ、あの〜••••何の用ですかね?」
警戒しつつもタケルが少しだけドアを開くとそこには二人の見知らぬ男性が立っていた。どちらも背が高く、目付きが鋭い。年齢は二十代後半ぐらいか。
「ああ、えっと、アルプスであったことを教えて欲しいんです。」
「アルプスで?」
「はい。剣警局では赤石衆の情報を集めていまして••••••」
赤石衆の情報?何で末端の僕なんかに••••••
それにまだ一日も経っていないのにこの行動力は何なのだろう。
「参加した学徒兵の皆さん全員に聞いているんです。」
心の内が顔に出ていたのか、男はタケルの疑問に答えた。
「あ、そうで•••••」
タケルが口を開いた瞬間、強い衝撃が襲う。
「面倒くせぇ、おい、坊主。お前が知ってること全部吐け。」
ドアを思い切り開けられて、胸ぐらを乱雑に掴まれた。
タケルはポカンとした表情を浮かべている。何が起きたのか分からなかったのだ。
「ちょ、ちょっと!先輩!何やってるんですか!」
先程まで丁寧な口調で話していた男がもう一方を宥めている。
どうやらこの乱暴な人は彼の先輩らしい。
後輩ならまだしも先輩、なのか。そう思ってしまったタケルは普通の感性を持っていると言えるだろう。
「ほとんど情報得られないからって当たらないで下さいよ!」
男は先輩を羽交い締めにしようとするが、全く効果はない。
と思いきや、
「••••••ちっ、ここまで何も得られないとは思えなかったな。」
タケルの胸ぐらを離し、急に煙草を吸い始める。
「すいません。ちょっと苛立ってるみたいで。」
「は、はあ••••••••」
苛立ってるで済まされることではない、ような気はするが、火に油を注ぐことになる予感がしたので黙っていることにした。
「それで話を戻しますけど、アルプスで赤石の誰かと話したり、何か聞いたりとかはしましたか?」
「い、いえ、何も聞いてないですけど。」
それ以前に赤石衆の人間を一人も見なかった。ある意味、奇跡のような確率だと今になって思う。
「そうですか••••••なら何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったことですか•••••••」
「何でもいいですよ。」
柔和な笑みを浮かべる男の背後では今もなお殺気に近い空気を醸し出している先輩がいる。ただ怖い。怖すぎる。
大きく息を吐いてからタケルが返答しようとしたところ、目の前の開けきったドアに切れ味鋭いナイフが刺さった。それはドアを貫通し、銀色の刀身がタケルに見えるように露わになっている。
「ちっ、また面倒なのが来たぞ。安藤。」
「はい!君は下がってて。」
安藤と呼ばれた男はタケルにそう言うと腰に携えた太刀を抜いた。
何何何、何が起こってるの?
それが偽らざるタケルの思いだった。
いきなりの訪問者。それが剣警局の人間で何故だか胸ぐらを掴まれ、終いには何者かの襲撃。
タケルの頭はパンクしそうになった。
「空堂 大輔!今日は殺す!」
「お前しつこいな。だが丁度いい。今、ストレス溜まってたとこだ。」
物騒なやり取りがなされ、今にも戦闘が始まりそうな雰囲気だ。
タケルは自然と傍にあった木刀を手にしていた。それは万が一のための防衛手段。
先輩、いや空堂 大輔は太刀を抜き、構える。タケルはすぐに理解した。この人は強いと。
すぐさま大輔と暴漢は剣を交えあった。
一方的な展開。タケルは玄関から出て、二人の戦いを見ていた。目を奪われるとはこのことだ。
こんなにも荒々しい剣術をタケルは見たことがない。自由奔放に動き回りながらも確実に相手を仕留めにいっている。かつて戦った野木平 銀平を自然と思い出す。
「空堂 大輔••••••剣警局の警部でうちで一、二を争うほどの実力者だよ。」
大輔に興味津々な視線を送っていたタケルに向かって安藤は言った。
目の前で剣術を繰り広げている人こそが剣警局のトップクラスの実力者だと知り、タケルは思わず興奮する。
驚きはない。それだけの実力が現在進行形で披露されているのだから。
暴漢の剣を上手くいなし、確実にダメージを与えていく。その効果があったようで暴漢の頬や首には血が滲み、ぜえぜえと肩で息をし始めていた。
「安藤、そろそろ捕まえるぞ。こいつは逃げ足だけは早いからな。」
「こんなせまいとこでどうやって捕まえるんですか?」
「せめぇからこそ、だろ。」
安藤はせまいからあまり好き勝手に動き回って建物を壊さないで下さいよと遠回しに言っているのだが、大輔は分かっていて、まるで気にしていない。彼の中では空き地で決闘と状況は同じなのだろう。
安藤は日々の苦労が詰まった溜息をつきながら身分証明である手帳のようなものを出す。
「剣警局の者だ。鈴鹿 喜一。剣傷法違反で逮捕する••••••一応、言っときます。」
「そういうことだ。大人しく投降しろ。一応、言っとく。」
大輔は太刀の切先を鈴鹿 喜一という暴漢に向けた。
「くくく、これはピンチだな。はぁ••••はぁ••••だがここで捕まるわけにはいかない。」
突如として喜一の両脚が鈍い光に包まれた。その直後、人間には到底不可能な速度で走り始め、後方へ逃げ出した。
「ちっ!」
大輔もそれを追跡する。こちらもとてつもない速さだ。
続くのは安藤。そしてタケル。
何故だか走り出してしまった。はっきり言って暴漢の男にあまり興味はない。ただ大輔の剣術をもっと見たいという純粋な興味からの行動だった。
「あれ!君、来ちゃったの?ダメだよ、戻んないと!」
猛然と駆け出した安藤は背後にぴったりと張り付くように走ってきたタケルの存在に気付き、注意を促す。
同時に少年が自分について来ているという事実が安藤の心に引っかかる。
安藤は移動速度に自信はない。それでも養成学校に通う少年よりはずっとずっと早いと思っている。いや、思っていた。
少年はほんの少しの距離を保ちながら安藤の後ろにいる。同じと言ってもいいほどの速さ。若干差が縮まり始めているような気がする。
これどういうこと?
「君•••••••速いね。」
安藤は背後のタケルに向けて思わず声を掛けた。
「あ、ありがとうございます。」
「養成学校の生徒達は皆こんなに速いの?」
「えー•••••••どうなんでしょう。」
タケルは苦笑しながらも安藤の隣に並ぶ。
先程とは違った溜息をついてから安藤が前方を見ると大輔が暴漢のすぐ後ろまで迫っていた。
「さすが先輩。武法をもろともしないな。」
「武法、ですか?」
「ああ、知らないかい?武法というのは簡単に言えば身体強化の秘術。昔から言い伝えられている修行をこなすことによって人間には到底無理な動きや力を引き出すことができるんだ。」
「へぇー•••••••そんなのがあるんですね。」
亜細亜帝国から唯一独立を果たし、世界でも稀な人体強化術を使う島国がある。
それが台湾国。そしてこの国こそが武法を生み出した。
安藤によるとそのような事らしい。
一方その頃、大輔に追い掛けられていた喜一は危機感を募らせていた。
自らと同等の速度で迫る憎き男。手合わせして敵わなかったことが何度もあったが、今も同じような状況だ。それでも今まで逃げて追いつかれることはなかった。
だが今回は違う。どんどん速くなる。武法を用いた自分の速度に生身の人間が迫るなど想像もしなかった。
「空堂 大輔•••••••••」
「どうした?何をそんな怯えた顔してる?」
苦虫を噛み潰したような顔をする喜一。
それと同時に逃走をやめ、大輔と対峙する。
「お?ようやく諦めたか?」
「ああ。」
「なら投降し•••••」
「逃げるのは諦めた。最後は剣で終わろうと思ってな。」
「•••••••懲りない奴だな。」
無謀なのは分かっている。自分の師匠でさえも勝てなかった相手。それが喜一に火をつけた。
あれから師匠はどうなっただろう。空堂 大輔に敗れてから喜一に一度も姿を見せていない。敗れたというのも人伝に聞いた話だった。
空堂 大輔•••••••やはり倒さなければならない相手だ。
「はぁぁぁぁぁ!!!!」
気合を入れて飛び掛かった喜一を大輔はいとも簡単に投げ飛ばした。剣を交えるまでもない。先程の小競り合いは本気ではなかったのか。
背中から思いきり倒れ込み、 気付けば大輔の剣の切先が顔のすぐ近くに。
「ぐっ•••••••何故だ••••••何故お前なんかに師匠が••••••負けたんだ•••••」
「師匠、だと?」
「目黒 大寛••••••知らないとは言わせない。」
「ほう••••••あのじじぃの弟子だったのか?お前。」
「そうだ、俺は偉大な大寛師匠の弟子。お前ごときに師匠がやられたなど到底信じられん!」
「そんなこと言われてもな、俺があいつを倒した事実は変わらない。」
熱の篭った話を持て余し気味の大輔。
「嘘だ!!」
その事実を知った時、馬鹿げたことだと最初はまるで信じなかった。しかし師匠を倒したという相手の実力を陰で見るたび、真実なのではと思ってしまう自分が許せなかった。
喜一は横たわったまま、今も悔しげな表情を浮かべている。
「嘘じゃねぇよ。ただあのじじぃは俺が戦った相手の中で一、二を争うほど強かった。それは事実だ。」
大輔は全く変わらない表情で淡々と話していたが、その声色にはどこか優しげで諭すような雰囲気が感じられた。
彼等がやり合う前になんとか到着した遅刻組。
安藤とタケル。何の意味もないが、二人は存在感を消しながら成り行きをじっと観察していた。
結果としてそこにはただ新鮮な驚きが待っていた。
大輔の戦闘力。先程とは別人のような軽やかで正確な動きだった。あんな計算され尽くした緻密な動きも出来るのかと驚愕の嵐が吹き荒れる。
もう言葉もなかった。浅倉 優奈以上なのは間違いない。
安藤が横たわった喜一を拘束し、連行する。タケルは一人佇む大輔に向かって歩き出した。
「あの!!!」
裏返りそうな声だった。
「あ?お前••••••••さっきのガキか。何でこんなとこいる?」
「え?それはついて来たからです。」
安藤さんに、と忘れずに付け加える。
大輔にぴったりついていったなどと誤解されては困るからだ。
(あんな速さにはついていけない。)
「は?あの速さにか?」
安藤が自分より相当遅いことは理解していたが、それでも剣警局に入隊できるくらいには速いということも同時に理解していた。
それと同等だと言い張るのか、このガキは。
「はい。」
タケルは大輔の驚いた顔を見るのは初めてだった。
驚くのも無理はない。ただの養成学校の生徒が剣警局の大人相手と同じ移動速度だと言うのだから。
そんなことよりもタケルにはどうしても言いたいことがあった。
「あの、空堂 大輔さん。」
「何だ?」
「僕に剣術を教えてもらえませんか?」
一瞬の間。
「•••••••は?」
「えっと、だから僕に剣術を教えて下さい。よろしくお願いします!」
「いや、聞こえてるよ。お前、何言ってんだ?」
「大輔さんの戦いに見惚れてしまいました。」
目をキラキラ輝かせて迫るタケル。
大輔は怒気を孕んだ口調で言った。
「何でお前に、俺が、剣術を、教えないといけない!」
「え!ダメなんですか?」
「むしろ何で教えてくれると思ってんだ、お前。俺は知らねぇガキに剣を教えるほどお人好しじゃねぇし、そもそもそんな暇人じゃねぇんだよ!」
「どうしてもですか?」
「どうしてもだ。」
「本当に?」
「本当に、だ。」
「でも本当は?」
「うるせぇぞ!お前。馬鹿にしてんのか?」
しつこい要求にまたもタケルの胸ぐらを掴む。
しつこすぎたかなとタケルが反省し、謝罪していると思わぬ援軍が。
「まあまあ、先輩。落ち着いて。良いんじゃないですか?彼の願いを聞いてあげても。」
安藤が近くをパトロールしていた剣警局員に喜一を任せ、二人のもとへ戻ってきたのだ。
「おい、安藤。何言ってやがる。こんな奴に何で俺が••••••••」
「だって結構凄いですよ、この子。俺と同じ、いや俺より速いですからね、移動速度に限って言えば。」
「はぁ〜•••••その事実にお前は何も思わないのか?」
大輔は溜息混じりに言った。
「俺はもう開き直ってますから。」
「とにかく。俺はお前に剣術は教えない。」
「じゃあ、何か課題を出しましょう。それに応えられたら教えてあげればいいじゃないですか。」
「何でそうなる。」
「少しくらい可能性を与えるのが大人の役目ですよ、先輩。」
大輔は舌打ちをしてそっぽを向いた。
安藤の言うことが普通に考えて正論である、ということを理解しているからだろう。
タケルにとってはどちらにしろ空堂 大輔に剣術を教えてもらいたいとの思いは変わらない。
心の中で勝ったとガッツポーズを決めると安藤はタケルに向き直る。
「じゃあ••••••そうだな。剣客連合会って知ってるかい?」
「はい、聞いたことはあります。」
「そこでB級を目指すってのはどうかな。決められた期間内で昇級出来れば先輩に剣を習えるってことで。」
安藤によると剣客連合会は入会すれば自動的にE級剣術士として認定されるらしい。
そしてD、C、Bと昇級していき、最後はA級剣術士になることができる。
また剣警局に入隊した者はもれなくこの剣客連合会に入会することになるらしい。それは剣警局と繋がりの深い山倉という人物が中心となって作った組織だからというのが理由のようだ。
ちなみに安藤はB級、大輔はもちろんA級の剣術士に認定されている。
このような昇級制度のある組織は大和国内にはほとんど無く、政府が剣警局から組織自体を買い取ろうとしているなどという根も葉もない噂が立つほど有名な組織なのだ。
「分かりました!どんなことでも乗り越えてみせますよ!」
「おい、ガキ。」
「はい、何ですか?」
「お前は何でそこまでする?」
純粋な疑問。大輔はタケルにかつての自分の姿を重ねていた。
「強くなりたいから••••••それだけです。」
静かだが、力強い視線。
大輔は確信した。
認めたくはないが••••••昔の俺に似てるな、こいつ。
ただ純粋に強さを求めている。
「勝手にしろ。」
大輔はその場を立ち去る。それは提示された条件を正式に認めたということ。
「さぁ、剣警局に行こうか。」
「え?」
「剣客連合会への入会は局でやることになってるんだ。」
「分かりました。行きましょう!」
タケルは張り切って歩き出し、大輔と安藤についていく。
タケルにはぼんやりと見えていた。
自分が新たに強くなる姿を。




