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アルプス闘争4

震える。さざめく。

「何か聞こえる。」

忍者のように木から木へと跳び移りながら不穏な叫びを耳にしたのは飛騨の剣女衆達。

先頭を突っ切る大雀が速度を上昇させる。

「あそこみたいね。」

そこらじゅうに点在する赤く燃える炎が誕生日ケーキの蝋燭を彷彿とさせる。

「あれは•••••••••炎狼隊えんろうたい?」


剣女衆はアルプス全てを知り尽くしている。それが南アルプスでも中央アルプスでも土地勘は全く鈍らない。

だからこそこの炎に包まれた獣の群れ、炎狼隊についてもよく理解していた。

赤石衆が調教した狼の全身を特殊な防護布で覆い、油を掛け、火をつけたのが炎狼の正体である。原始的で危険な手法を使っているため、飛騨衆や木曽衆からは何度も抗議文が送られ、彼等の間の溝は深くなりつつあった。

そんな矢先の赤石衆の反乱。

彼女達の出陣は必然だと言えよう。


炎狼が肉眼ではっきりと確認できる距離まで迫った。兵士と思しき数人の男女が追走されている。

必死に対抗しているが、動物の生命力は並ではないようだ。


しかもここは炎狼隊の行動区域の中心。

狼は厳しい訓練を受けて、ここら一帯の地形を把握している。

彼等は兵隊として立派な赤石衆の戦力となっている。

今もその戦力の絶大なる効果を発揮していた。


「京燕、炎狼の気をそらしてもらえる?」

冷静に大雀は命令を下す。

「了解。」

何を考えているか分からない無表情で京燕と呼ばれた女剣士は一人、進行方向を変えた。

「私達は正面から迎え撃つわ。」

大雀は腰に携えた刀を抜く。それを合図に他の連中も同じように戦闘態勢に入った。

タケル達との距離は五十メートルにまで近付いていた。



タケルは何か不穏な空気を感じていた。

膨大な殺気の塊が木々の隙間から縫うように這い出てくるような感覚。まるで大蛇の如く。

しかし止まるわけにはいかない。

後方に迫るのは完全なる地獄であるからだ。

光り輝く物体が横を通過し、背後の奇獣に直撃する。呻きながらバタリと倒れ、一切動かなくなった一匹の獣。

ぞろぞろと木の上から飛び降りてくる女性達に圧倒されつつも、何とかタケルは踏み止まった。

「•••••あんたらは?」

渋沢は憮然とした表情で言った。


「アルプス民族、飛騨の剣女衆だ。」


中央に立つ女性は無表情で刀を構える。

「少しの間、君達は下がっていてもらえる?」

そう言った途端、目の前に立っていた女性の姿はフッと消え失せたように見えた。

それは早すぎて見えなかった。それだけのことに過ぎなかった。

タケルのすぐ右側を弾丸のような速さで通過する剣女衆の大頭。

大雀に続くように女達は次々と奇獣の群れに攻めかかった。

彼女達は少しも動揺することなく、獣を仕留めに掛かる。

咆哮と剣撃。

それは凄まじい迫力と狂気。

まるで歴戦の重みが現れているかのような乱撃が奇獣を確実に切り刻んでいく。



驚きのあまり、タケル達は唖然としてその光景に魅入ってしまっていた。

背後から迫る奇獣の群れはとどまることを知らないが、その篝火のような赤い光は側方へと進路を外れていく。

何故かという疑問に対する答えが出る前に目前で繰り広げられていた戦闘は早くも終結をむかえていた。

「どうやら京燕が上手くやったみたいね。」

大雀は獣の血が滴り落ちる刀身を拭い、鞘に納める。その周りには狼の死体がごろごろと転がっている。


落ち着いて周りを確認したところ、タケルを含めて五人がその場にはいた。他の五人とははぐれてしまったみたいだ。

大雀はタケル達の前までゆっくりと歩いてきた。その目には先程までの殺気は感じられない。

「君達は国防軍よね?どうしてこんな所に?本山道はここからもっと西にあるはずだけれど。」

顔を見合わせるタケル達の中で一番の頭脳を持つ大富 綾が前に出る。

「私達は学徒兵です。正式な軍人ではありません。そしてその中でも実力は最も低い。その結果として別働隊の後方支援に回されたんです。」

「•••••ということは君達がここにいることは本意なわけ?」

「いえ。先程別働隊の全滅を確認し、これからのことを決定し、夜を明かそうとしたところ、あの奇妙な狼の群れの襲撃を受けまして•••••」

「あいつらは臭いに敏感だから。赤石衆はあの狼達に人間の臭いを嗅がせて、場所をすぐ特定できるように調教しているのよ。」


そんな中で突然、綾は頭を下げた。

「礼が遅れました。助太刀ありがとうございました。」

後ろの渋沢、タケル、亜由美、エリーの四人も慌てて頭を下げる。

「私達は飛騨として赤石を倒すことだけを考えているの。新大和帝国の者を救おうなどと考えてはいなかったわ。」

冷たい口調、冷え切った表情でそう言った大雀だったが、一転して笑顔を見せた。

「••••••でも君達は国防軍ではなく、学徒兵だと聞いて助けてよかったと思ってる。若者は未来を背負っていく希望の芽であることに変わりはないものね。」


遠方で微かに動物の鳴き声が聞こえてきた。

「京燕が仕留めにかかったみたいね。」


「ねぇねぇ、タケル。」

亜由美が声を潜めて尋ねる。

「何?」

「剣女衆って何?」

「アルプス連帯の飛騨山脈飛騨衆の戦闘部隊だってことしか分からない。」

「ふぅ〜ん•••••••」


栄太は意外そうな表情を浮かべている。

「お前ら知らねぇのか?剣女衆は政府の中でも高ランクの危険部隊に位置づけられるんだぜ。」

「そうなんですか?」

「ああ、かなり危ない奴らだって聞いてたけどな。でも、思ってた感じではなかったみたいだ。」

「友好的な感じですね。」

「俺達が学徒兵だからか•••••••」

「軍人だったらと思うと••••••••恐いですね。」


大雀と綾の二人は話をしている。首脳会談ばりの真剣な表情を浮かべている。

おそらくこれからどうするのかを決めているのだろう。

剣女衆は本来ならこのまま赤石衆の集落に向かおうとするだろう。

タケル達は隊長の慶次を含めた五人と合流を果たしたい。

しかし弱兵であるタケル達だけでは危険を伴うのは明白だ。

いまだに炎狼隊の危険が潜んでいるこの一帯をどのようにくぐり抜けるか。綾は頭を回転させている。


そんなさなかに新たな追っ手の気配が漂い始めた。

もうすっかり聞き慣れた咆哮が南方から聞こえてくる。

炎狼隊だ。

「また来たようね••••••••」

大雀は表情を歪める。

「おいおい、冗談じゃねぇぞ。まだ終わらねぇのかよ。」


タケル達は中央アルプス方面に全速力で逃走を図る。

正解なのかは分からないが、ただひたすら走っていた。

タケルが背後を振り返ると、剣女衆の面々は炎狼隊を討伐するために木々の間を縫うように走り抜けていった。



戦争に終わりなんてない。終わりを迎えるのはどちらか一方が死ぬ時だ。


その認識をアルプス連帯に入ってからも彼等はずっと持っていた。

しかしこうも頭に浮かべていたことと違ってしまうと、焦りと困惑を感じてしまう。

急な下り坂は南アルプスを下山している証拠だろう。このまま進めば、木曽衆の縄張りである中央アルプスに入山することになる。


夜の肌寒さと緊張が体力を奪うなかで斜面に横たわる大樹の陰で休息するタケル達。

夜通しで起きた怒涛の出来事のためにこれ以上先に進むのは身体に支障をきたすと綾は判断したようだ。

月の光だけを頼りにして浅い眠りにつく。

小さな物音でさえも敏感に反応してしまうほど五人とも気が立っているが、それでもなんとか無事に朝を迎えることができた。

「とうとうあの獣達はここまで来なかったみたいだな。」

「剣女衆の人達がやっつけてくれたのかなぁ?」

エリーは眠い目を擦りながら皆の思いを言葉にした。

「おそらくは、ね。あの人達の剣術の練度は一流の軍隊にも負けないくらいの力はあるように思えたし。」

綾は遠くを見るような瞳で南アルプスの森の中を見つめる。


爆音が耳に届く。山中での激戦が本格的に始まりを迎えたようだ。

慶次達が本部隊合流を画策しているならば、あの爆音響く戦地に飛び込むことになる。

それはおそらく避けるのではないか。

タケル達の考えはそのようなものだった。


木の上から女性の声がした。

「君達、ここにいたのね。」

五人全員が上を見上げると、そこには剣女衆のトップである大雀の姿があった。

「君達のお仲間は本部隊と合流しようとしているみたいよ?」

「本当ですか?」

大雀は樹上から飛び降り、見事な着地を決める。

「ええ、五人が本山道に向かっている姿を確認したわ。」

タケル達の予想に反して、慶次達は危険を承知の上で本部隊と合流を果たそうとしている。

「それで•••••••君達はどうするの?」

大雀の問いに五人は互いに顔を見合わせる。

「国防軍の本部隊と合流しようと思うのなら、私達と目的はほとんど同じね。私達はこれから南アルプスで最も高い赤石衆の集落まで行く予定なのよ。」

「そこがあの爆音が鳴り響く中心地ってことだね。」

エリーが斜面の先をじっと見つめ、まだ見ぬ戦地を頭に思い浮かべている。

「私は剣女衆の人達と集落へ向かう方が懸命だと思う。」

「まぁ、俺達だけで彷徨うよりは安全だろうな。」

上級生の綾と栄太の二人の言葉に一年生は同意するように頷いた。

それを見ていた大雀は言った。


「それじゃあ、ついて来て。」


行動開始。

タケル達は飛騨の剣女衆と共に頂上付近に存在する赤石衆の大集落を目指すことになった。






朝の静けさは今日、赤石衆の集落には訪れなかった。

新大和帝国剣衛隊第一部隊を中心に構成された赤石衆襲撃の本部隊は朝方に集落に攻め入った。

赤石衆の本拠地。

今まで辿ってきた集落とは違い、多くの民衆が控えていた。

何の警戒もせずに就寝していた民衆に疑問を感じながらも梨央奈は攻撃の指令を出した。

学徒兵団である第一師団の面々は逃げ出す連中を捕らえる後方部隊として目を光らせていた。


今にも国防軍は集落全体を手中に収めようとしている。

「なんだか拍子抜けですね。こんなにあっさり制圧できるなんて。」

一人の男性士官が梨央奈に言った。


「おかしい•••••••」

考え込む梨央奈の口から漏れた呟きはこれから予想もしなかったことが起こるのではないかという漠然とした不安を吐露するものだった。

梨央奈が最も奥に位置している木造の小屋の前まで迫ると、誰の手も借りずに扉が音を立てながら開き始めた。


小屋の中は暗闇に包まれて、何も見えない。

滴が落ちる音がリズム良く鼓膜を震わす。

「くっくっくっ•••••••••ようやく来たか••••••大和の犬ども••••••」

「あなたはアルプス参仙人の一人、赤石 悟ですね。」

「女?••••••二条は俺を舐めてるのか?」

「あなたを舐めているかどうかは本人に確かめて下さい。赤石 悟、あなたを拘束します。」

「面白い。やれるものならやってみろ。」

そう言うと悟は手を広げて、歪んだ表情を浮かべる。その途端、凄まじい横揺れが梨央奈を襲った。

地震。山々が揺れている。

立っているのも困難なほどで、木造の小屋は今にも崩壊しそうだ。

「こ、これは•••••••」

「西木隊長!敵襲です!」

息を切らして、なんとか小屋の入り口から顔を出した部下の一人に梨央奈は詳しいことを話すように無言で促す。

「先程の揺れで割れた地面から巨大な人外な生物が現れて、集落内で暴れ回っています!」

梨央奈はすぐさま小屋から外に出た。


巨大な土の巨人。

それが一目見た時の印象だった。

木々を薙ぎ倒し、小屋を吹き飛ばすその姿はこの世の存在とは思えないものだ。


ゴォォォォォォォォゥゥゥゥ。


響き渡る叫声に後方に待機していた第一師団も驚きを隠せない。

「なになに?何があったの?」

メイはワクワクが止まらないようだ。

「あまり良い事態ではないみたいだな••••••」

凌剣が軍刀を引き抜き、戦闘の準備を整えると、それに釣られるように他の面々も鋭い目つきで戦闘態勢をとる。



集落は騒然とし、血生臭い風が流れている。捕縛された赤石衆が巨人に潰されているからだろう。


「逃げろぉぉぉぉぉぉぉ!」

誰かの叫び声が虚しく響き渡るが、誰の耳にも入らない。

必死に逃げ惑う赤石衆とその場に固まって動けない国防軍。

「どうすりゃいいんだ••••••••」


土の巨人は拳を振り上げた。邪悪な妖気を纏った一撃を見舞おうと言うのか。


終焉。誰もがそう思った。


しかしその土の大拳は突如としてボロボロと崩れ落ちた。

土の巨人も何が起こったのか理解できないようだ。


「諦めるのは早いわ!ただデカイだけだと思えばそうたいしたことはないはずよ。」

梨央奈が巨人の真正面に仁王立ちしていた。まさに救世主のような立ち振る舞い。そして何より兵士の士気を上昇させる何より優れた行動だった。


梨央奈は再度、一撃を見舞う。


集中を高め、全てを貫く一突きを繰り出す。

神楽獅子 剛鬼ごうき

全てを破壊する一撃は巨人の腕などいとも容易く葬ることができる。

もう片方の腕もその攻撃で破壊され、巨人は苦悶に満ちた表情でのたうちまわる。


「俺達には隊長がいる!」

「よし!攻めるぞ!」

「大和魂を見せる時がきた!」

「行けぇぇぇぇ!」


兵士達は倒れ込んだ巨人目掛けて攻勢をかけようとして、ふと足を止めた。

止めざるを得なかった。

なぜならそうせざるを得ないほどの存在感を誇る人間が倒れた巨人の上に立っていたからだ。


「盛り上がってるねぇ、皆さん。」

その人物は軽い口調で現状には全く似合わない雰囲気を醸し出している。

人間をまるでゴミのように見下しているかのような醜い双眸は戦況の変化を梨央奈に感じさせるのには十分だった。


「あなたは誰?」


「ほお••••••••••あんたが剣衛隊第一部隊の隊長さんかぁ。美人じゃないか。」

寒気を催すほどの淫猥な視線だったが、さすがの梨央奈だけに真正面から迎え撃つ。

「遅いぞ、亜愚魔あぐま。集落が国防軍の手に落ちる前に現れる予定だっただろう?」

「はは、悪い悪い。あんたを少し困らせたくなった。」

「あまり怒らせるなよ、亜愚魔。貴様との協力関係はすぐに白紙にできるんだからな。」

亜愚魔はなおも薄笑いを顔に貼り付けながら馬鹿にしたような視線を悟に向けている。

彼は赤石衆の一人ではなく、ある組織のメンバーだった。

それは新大和帝国で最も危険で、最も恐れられている組織。


「まさか反剣教団の••••••••••亜愚魔?」

梨央奈は大きく目を見開き、呟いた。

「俺のこと、知ってくれてるのかい?ありがたいねぇ〜、いやほんと。」


「反剣教団が一枚噛んでいた、ということね。」

「いくら剣衛隊でもこの集落にすんなりと来れはしないからねぇ、普通。だから怪しまれないかなって心配になっちゃったよ。」


亜愚魔は政府が調査をして知り得た教団メンバーの一人であり、調査書には伊達地帯の白神山地を根城にしているとの報告を受けていた。しかし今回彼がアルプス連帯に現れたことで政府が集めた情報の不正確性が露わになってしまった形だ。

政府内情報収集担当の東一族の根幹を揺るがす問題に発展する可能性も無きにしも非ず。それほどの重大な問題であることは間違いない。


「君らを一箇所に集めるのには成功したからね。そろそろ殺らせてもらうかな。」

亜愚魔は指を鳴らす。

それは大地を揺らす合図となる。

土の巨人はむくっと立ち上がり、地面が隆起する。両方の腕が何事もなかったかのように復活すると、先程と同じように暴れ始めた。


「く••••••••」

梨央奈は条件反射の如く斬撃を刻む。

それによって土の拳は抉られるが、巨人の勢いは全く衰えない。

するとまたも地面が揺れ始め、土の巨人がもう一体作り出された。

「このままじゃ••••••」


巨人は咆哮をあげ、片っ端から小屋を吹き飛ばしていく。黒煙と白煙が辺りを侵食し、悲惨な世界が構築されていく。

このままでは本部隊が全滅しかねない。


しかし梨央奈の懸念は杞憂に終わった。

突如として土の巨人の両足は一刀両断されたのだ。溜息が出るような見事な斬り口は相当な手練れの証拠。


「お?どうやら出来る奴は一人じゃないみたいだ。」

意外そうな声を上げる亜愚魔だったが、その声色は非常に楽しげだ。まるで強者を望んでいるかのようだ。



「こんな量の土を斬ったのは初めてです。」

軍刀を振り抜いたのは優奈。浅倉流剣術奥義、居合は土の塊など容易に分断する。

「優奈っち、最初から本気だね。」

「ええ、油断すれば何が起きるか分かりませんから。」

「よーし!私も頑張っちゃおうかな!」

メイは勢い良く飛び出すと、あっという間に巨人の肩まで辿り着いた。

重力を感じさせないような身軽さ。

彼女の実力が相当なものだと移動だけで理解できる。


兵士とは違い、凌剣と風間を含めた第一師団の生徒達は取り乱すことなく、事の成り行きを見守っている。

「最近の子供はよく分からないな。全く危機感が感じられないねぇ。」

「それは彼らがこの戦いに勝てると確信しているからですよ。」

梨央奈が亜愚魔の懐に入り込み、斬撃を繰り出す。

その一撃をものの見事に防ぎきる。いつの間にか亜愚魔の右手に握られていた太刀とぶつかり合い、彼らの刀剣は火花を散らせている。

「ふ•••••••なかなか楽観的な子供が多いようだねぇ。そういう教育をなさっているのかな?政府の皆さんは。」

なおも孤高の乱戦が二人の間で続いている。兵士達は剣衛隊で二番目の実力者である西木 梨央奈と互角にやり合っている亜愚魔の剣術に舌を巻いていた。

少なくとも剣術だけで言えば、二人の勝負はつかないであろう。

「マズいねぇ。ここまで君が出来るとは思わなかったよ。どうしようか••••••••••」

そう言いながらも全く危機感を感じていない亜愚魔はやはりこの状況を楽しんでいるようだった。


「神楽獅子、砕牙!」

痺れを切らし、梨央奈は異能剣技を発動させた。凄まじい衝撃波が梨央奈の前方に勢い良く繰り出される。

破壊。爆発。

巨人は吹き飛び、集落は壊滅する。

砂煙に混じる巨人の叫び声は重苦しく、不気味であった。

目の前に亜愚魔の姿はなく、不自然に盛り上がった地面だけが視界に映る。

まるで風船の空気が抜けるかのように少しずつ隆起が収まってくると、大地に刀を突き刺して、にこやかに微笑んでいる亜愚魔が現れた。

「ふぅ•••••••••危ない危ない。今の防ぐのはギリギリだったよ。」

彼の異能剣技は土、地面を自由に変貌させる特殊異能剣技である「地変隆起」というものだ。

特殊異能剣技とは世界でも非常に珍しく、数人しか使用することが出来ないレアな異能剣技のことだ。これは世界剣士協会で定められているもので、大和にも多くの特殊異能剣技使いが存在している。


「やはり一筋縄ではいかないようね。」


「君たちじゃあ、俺には勝てないよ。残念だけどね。」

その言葉はその場にいた全員に絶望に満ちた想像を抱かせるのには十分だった。


「俺もそろそろ暴れるか。よし!手の空いている赤石衆!お前らは下山して国防軍の拠点を目指せ!そして見つけ次第、破壊しろ!」

赤石 悟は長剣を引き抜いた。

慌てふためいていた民衆は一人の独裁者に心酔しているように目を輝かせている。

彼の言葉はまさに神のお告げと同じもの。 赤石衆の全員が共通の目的を持ち、早速行動を開始した。


「下山を阻止して!拠点に向かわせてはいけない!」

梨央奈の声に兵士達は妨害を試みるが、赤石衆は手練れが多く、捕らえるのさえ困難を極める。

そんな事態に第一師団はそれぞれ軍刀を抜き始めた。

「ここは通しちゃいけないところだね。」

「おうよ!一歩も通さん!」

「ふぅ、頑張るしかないね。」

二年生の米屋 英心、岩田 剛刃、葉山 里奈が戦闘態勢に入る。

「ここは俺たちも行くべきだろう。」

「ああ、そうだな。」

「はい。」

同じく待機していた三年生の風間 大五郎、真田 凌剣、矢吹 麗奈の三人が重い腰を上げて動き出す。

そのなかでもたった一人だけ木に腰掛けたまま、まるで動き出さない生徒がいた。

「なに余裕ぶっこいてるんだ!貴様ぁぁ!」

赤石衆は独特の動きで迫り来るが、顔色一つ変えずに彼は軍刀をゆっくりと抜き始める。

銀色の刃が黒く染まる。


「ぐはぁぁぁぁぁぁあ!」

苦渋に満ちた声と表情。絶命。

血飛沫が霧雨のように降り注ぎ、彼の顔に付着する。


「雑魚に用はない。」


羽柴 龍魔。

彼の瞳は険しい山々の頂上だけを見据えている。彼の剣術の優れた人間を欲する感情はその場にいる誰よりも強かった。


漂い始めた薄霧は何もかも隠してしまう。それでも隠しようのない究極の欲求だけは素っ裸の如く曝け出されるままだった。





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