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アルプス闘争2

浅倉家。

朝日が屋敷の屋根を暖め、瓦が悲鳴を上げるほどの熱を帯びている。

風は吹けども涼しさはなかった。しかし絶好の洗濯日和ではあったため、優奈の母、尋奈はいつものように洗濯をしていた。

虫やら鳥やら門下生やらの声が耳に届き、独特のハーモニーを奏でている。


そんな中で屋敷の大門から一人の女性が入ってくるのが遠目でもわかった。

こんな暑さの中でも黒いスーツを着た女性。しかし暑苦しさは全く感じさせず、むしろひんやりとした冷たさを放っているようだった。

剣術の世界に精通しているわけではないが、そんな尋奈にも誰なのか分かるほどの有名人だった。

「あなたは••••••••••」

尋奈の頭には思い出そうとしているよりも何故という疑問が湧き出ていた。

「九条 奈々と申します。突然ですが、新左衛門様は御在宅でしょうか?」

「ええ、いらっしゃると思いますよ。ご案内します。」

「•••••••••ありがとうございます。」

奈々は深々と頭を下げた。


尋奈は自分の娘が内乱に駆り出されていることを知っている。

内心は穏やかでいられないが、浅倉家の人間として相応の態度を示す必要があった。

そのため、不安な感情は全て心の底に押し込めているのだ。

屋敷の廊下は静寂が支配し、案内している際に尋奈と奈々の二人の間に会話は交わされなかった。

「••••••••••ここです。」

「ありがとうごさいます。」

奈々は静かに深呼吸をする。肺が震えている。


「お義父様、お客様がお見えになりました。」

「•••••••入ってもらえ。」


尋奈は引き戸をそっと開け放つ。

奈々はすかさず一礼する。彼女は剣聖の偉大さを知り尽くしている。剣士養成学校東支部の支部長だった時に七人の剣聖のうち、四人とは対面している。

その時と全く同じ緊張感。

肌を刺すような痛みは精神的なものだろうか。

何にせよ奈々はここしばらくの間感じていなかった絶対的な力と戦っていた。


「失礼します。剣士養成学校東支部元支部長、九条 奈々です。」

「入りなさい。」

奈々は少し硬くなりながらも入室した。

新左衛門が手で座るように促したため、ゆっくりと腰を下ろす。

これで奈々にとっては五人目の剣聖との対面になる。

「お主とは初めてじゃったかの?」


言葉にならないほどの存在感。


「はい、初めて対面させていただきます。」

「そうか、わしはずっとお主に会ってみたいと思っていたがな。」

新左衛門は小さな笑みを浮かべる。

「こんな若輩者には有難いお言葉です。」

「••••••••それでわしに何の用じゃ?」

新左衛門の鋭く光る眼は奈々を捉える。


「私が支部長を解任させられたことをご存知だと思います。」

奈々は絞り出すように言った。

「ああ、それは知っとる。」

「そしてその理由が政府の方針に従おうとしなかったからです。」

新左衛門は黙って耳を傾けている。

「その理由というのが、南アルプス、赤石衆の反乱に対する学徒兵団の結成です。」

新左衛門はアルプス連帯の中でも南の赤石が特に強烈な反国心を持っていることは知っていた。だが、喜一郎から反乱のことを聞いた時は正直驚いた。

国に楯突くのは自殺行為。ましてや民族の中でも限られた人間だけの少数集団ではどんな策を要しても勝利するのは不可能だ。


「政府は兵士不足が理由と言っています。」

剣衛隊の不足は確かに大和では深刻な問題である。

「じゃろうな。奴らにとって兵隊は駒じゃ。それは軍人も学生も変わらん。」


「しかし今回のような有事は軍人のみで十分対応できる事例だと私は考えています。いくら兵団結成が国として容認されているからと言って、こんな横暴は許すことはできません。」

新左衛門は苦笑した。

「東支部の支部長はかなりの反政府派だと聞いておったが、聞きしに勝るようじゃな。」

奈々が何か言おうとしたのを新左衛門は手で制して、話を続ける。

「まぁ、わしもお主の意見に賛成、じゃがな。わしとて無関係ではあるまい。孫が学徒兵として南アルプスに向かっとるんじゃからな。それでお主はわしに何か頼みに来たのではないか?」

奈々は敵わないなという表情を見せて、座り直す。


「は、はい。私は剣聖、浅倉 新左衛門様に無礼ながらお願いを申し出に来ました。」


「言ってみなさい。」


「私と共に大元帥を説得して欲しいのです。」

「ほぉ、わしが二条を?」

「はい。二条 宗近大元帥とは五十年来の仲だと伺いました。」

「そうじゃが、わしが言ったところであいつの意志は変わらんと思うぞ。わしは反政府の人間じゃ。それにあやつの独裁ぶりは身に沁みて知っておるじゃろう?」

「ダメもとで頼んでいます。限りなく低い確率でも可能性があるのなら、私はどんなことでもします。」

新左衛門と奈々の視線がぶつかり合う。

奈々は何もかも見透かされている感覚に陥る。それほど静かで不気味な双眸だった。


沈黙が部屋を支配する。


「•••••••••••ふ、いいじゃろう。二条のところに行こうか。」

新左衛門はニヤリと笑い、張り詰めた空気は弛緩した。

「ありがとうございます。」



窓の外では木々が風で揺れている。

新左衛門は浅倉家の家宝、古龍影霧を手に取り、抜いた。

刀は久し振りの出立に一際銀光を放ち、やる気に満ち溢れているようだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






まだ薄暗い世界の中でタケルは目を覚ます。

目の前は迷彩柄に覆われており、自分がいつもとは違う日常を過ごしていることを思い出す。

体を起こすが、早くも野宿に慣れてきたのか、痛みを感じずに起床できた。


山で夜を過ごしたのはこれで二日。

そして今、三日目の朝が顔を出し始めたところだ。

第五師団は肉体的な過酷さ以上にいつ敵が山から下りてくるのかという精神的な部分で疲弊していた。

赤石衆の集落へと向かった別働隊の動きは確認できない。

ある程度の接触は図ったと考えられるが、いまだ戦闘の叫声は聞こえてこない。


タケルはテントから顔を出すと、山の青臭さと独特の湿気が肌を包む。

青白い世界はまるで絵画のような色彩を帯びていた。


絵画に人物が描かれたように見張りの生徒は周囲に注意を向けており、眠っていた生徒達は徐々に起床し始める。


近くを流れる川辺まで行き、顔を洗ったり、渇いた喉を潤していく。そんな光景が南アルプスでは広がっている。

タケルは次々に身支度を始める同僚の中で朝一番に軍刀の手入れをしていた。

鞘から抜くと、人を斬り殺す武器は来たかと言うように緑の中で不気味に光り輝く。

鏡のように丹念に拭く自分の顔が刀身に映る。歪んだ顔だった。

これはうまく映っていないためだ。

実際タケルはこんな顔をしていない。

川に映る顔はここまで恐怖に歪んだ表情はしていなかった。


刀剣は人を変える。


何かそんな言葉が脳裏に響いた。

しかしそれは儚い花火のように浮かんでは消えたため、タケルは気のせいかと思うことにした。

軍刀を手入れし終え、川辺で顔を洗い、手腕で水を飲む。

頭に届くほど冷涼な水温。頭が冴える。

山の清らかな水は栄えた都心とは全く異なる自然が醸し出す仄かな甘みも持っていた。


タケルはこの時、思っていた。


そう悪くない経験だと。

実際、まだ一度も戦闘に巻き込まれていないのだ。

タケルでなくとも、頭の隅でそう考えている者はいるだろう。

これはいわゆる甘さだ。

生徒達は自らを律していると思っていても、それは主観的な立場からの現状の認識の甘さなのだ。

客観的に見れば、彼らの動きは隙だらけだと感じる大人達も多いことだろう。

しかしそれは誰も悪くはない。そして責めることもできない。


学徒兵は軍の人間とは違うのだ。



そんな中で第五師団の面々はそれぞれが持ち場についていた。下山してくる敵を見逃さないように注意深く観察している。

何の変化も起きない。飛び回る小鳥達がもはや聞き慣れた鳴き声で何やら会話しているだけだ。

今日もこのまま時が過ぎていくのだろうか。


第五師団の誰もが、隊長である慶次でさえもそう心の中で呟いた。



その数十分後だった。



小鳥の鳴き声を軽々と掻き消すほどの絶叫とも言える声が徐々にこちらへと近付いてくるのが分かった。

ドタドタと山を下る乱雑な足音も微かにだが、耳に入る。


時が止まったように唖然とした顔をする第五師団の一同。

しかしそれも一瞬のことだった。すぐに慶次が指示を出す。

「戦闘の準備だ!おそらく逃げてきた赤石衆の連中だ!」

無理はするなよと大声で皆に言い聞かせる。

それは命を懸けた戦闘では通用しない言葉だが、彼自身言わずにはいられなかったのだろう。

そして見た目に反して慶次は死の危険を冒してでも生徒達を守り抜こうと心に誓うほど熱い人物でもあった。


前方からヴゥォォォォと叫びながら走り、迫ってくる黒い影。

木々が邪魔で遠くまでは見て取れないが、感覚でも唯一理解できることがあった。


人間ではない、と。


人外な存在がじわじわと近付いてくる恐怖。それをその場の誰もが感じた。


林に身を隠し、目を凝らす。

軍刀を握る手が微かに震える。タケルは自分自身に武者震いだと言い聞かせる。


すると誰かが叫んだ。

「前方百メートルほどに何かいます!あ、あれは••••••狼?」

その声とほぼ同時にタケルの肉眼でもその姿を確認できた。

しかしそれが何なのか上手く説明できなかった。

それほど奇怪な生物だった。


四本足で駆け、狼のように俊敏な動きだ。

しかし、燃えていた。

言葉通り、燃えていたのだ。

胴体から前脚、後脚、そして頭部さえも燃え盛る紅蓮の炎に包まれて、眼が怪しく金色に光り輝いている。

その生物が次々と生徒達に迫り来る。

タケルは林から顔を出したまま、一切動けずにいた。

人ではない猛獣、しかも常軌を逸した姿をしている奇獣を前に何をすればいいのか、分からず思考が停止していた。

それはタケル以外の亜由美やエリー、その他の皆もそうだった。一人だけの例外を除いて。


「上着を脱いで、地面に置くんだ!早く!」

慶次は即座に判断する。

隊長の命令を実行するほどの冷静さは何とか残していた生徒達はそそくさと着ている迷彩服を脱いで、地面に置く。


その瞬間、狂い出したように奇獣は吠え、タケル達目掛けて駆けてきた。

恐ろしいほどの速度。人間が非力であることを思い知らされる。


奇獣は早くも前方五十メートル付近まで接近していた。

タケルは息を呑む。

四十、三十、二十、十メートル。


そしてタケルの元へ炎に包まれた猛獣が襲い掛かった。

しかしそこには砂埃を被った迷彩柄の服が脱ぎ捨てられているだけだった。

唸りながら首を振り、辺りを見回す。

獲物を求めて彷徨う獣。炎の残滓によりタケルは目がチカチカしていた。


第五師団は木の上で息を潜めていた。

あの数秒間で一斉に木によじ登ったのだ。

上から見下ろす炎の猛獣はまるで火口のマグマを見ているかのよう。

熱波が伝わり汗が滲み出て、地面へと落ちる。

汗の雫と同じように彼等全員が地獄に落ちる。

そんな最悪の不運に見舞われる自分達の姿を重ねてしまう。


しばらく周辺を歩き回った後、諦めたように奇獣は山を降りていった。

第一師団ならともかくとして第五師団の実力であれを止めるのは不可能だと慶次は判断した。


疲れを含んだ溜息を吐き出す。

一日分の疲労を背負うような体験だったが、冷静に考えてみると何故前方からあんな不気味な獣が押し寄せたのか。

別働隊の軍人達は何をしているのか。

そんな疑問が頭に湧いた。

「気になるな•••••••別働隊は何を•••••まさか。」

慶次もタケルと同じことを考えているらしい。

「どうしたんですか?教官。」

エリーは小声で尋ねる。

「あの獣がここまで来るには僕達の前を進む別働隊と鉢合わせなきゃいけないだろう?でもそんなことになったら、その時に相応の騒ぎがあると思うんだ。でもそんな動きは一切なかった。そしていまだに別働隊がどうなっているのか確認できない。話では今日の朝方に一人兵士をこちらに寄越すとまで言っていたんだが。」

「何かがあったってことなんじゃないの?」

話に入ってきたのは大富 綾。

「何かって?」

「それは分からないけど、兵士を寄越せないほどの何かってことよ。」

「う〜む、僕もそう思うな。これは最悪の事態も考慮に入れるべきかな。よし、これからどうするか、だな。命令無視になっても進んだ方がいいか。それともこのままここで待機するべきか。」

慶次は腕を組み、じっと一点を見つめていた。

極限まで思考を働かせているのだろう。

動けば間違いなく危険は高まる。

赤石衆に出くわす可能性もあれば、先程の炎の奇獣がまだいるかもしれない。

かといってこの場で黙っていれば、連絡は途絶えたままで漠然とした不安と戦いながら精神を擦り減らしてしまう。

戦地では自分で命を絶つ者だっているのだ。肉体だけではなく精神にも負荷をかけ過ぎてはいけない。


気付けばまた小鳥のさえずりが鼓膜を揺らしていた。

生徒達は皆、真剣な顔つきで慶次の決断を待っていた。


「よし!進もうか。ここは何があったのか確かめる方がいいね。どうせさっきの獣を通しちゃったんだから、ここにいても仕方ない。」

何ともあっさりとした理由だった。それでも生徒達の動きは速やかで、すぐに進軍できる準備を整えた。


慶次を先頭に慎重な足取りで山道を登り始める。急な斜面や不揃いな地面に苦戦しながらも順調に別働隊が辿った道筋を進んでいた。

とある一本の大樹が第五師団の目に入る。

不気味に歪曲した奇妙な枝が鮮烈な印象を与える。

風が強い。木がざわざわと揺れ動く。

嫌な予感が体を電流のように走り抜けた。

「誰かいる!」

慶次はなるべく小声で言い、止まるように手で制した。

奇獣を見つけた時と同じように目を凝らす。

大樹の根元付近に寄りかかるようにして何かがいる。

「あれ人だよ!それに腕に白い布が巻いてある!」

エリーは身を乗り出して、その姿を確認している。

「白い鉢巻•••••••別働隊の人ってこと?」

困惑した様子で亜由美は軍刀を握っていた手を離す。


周囲を警戒しながら大樹へと近付くと、別働隊の一人であろう男性がもはや事切れた状態だった。


「こりゃあ酷い••••••••」

苦悶に満ちた死に顔。所々が焼けただれ、獣に噛みつかれた跡がある。

「あの獣に襲われたんじゃ•••••」

タケルは明確な根拠はないが、そう思った。

予想ではあるが、十割に近い可能性を持つ予想だ。

他の者も賛同するように頷く。


戸惑いながらも死者を弔うため、その場に出来るだけ大きな穴を掘り、黒マントを繋ぎ合わせて作った簡易袋に遺体を包んで埋めた。枝を目印に簡素な墓を作ってから黙祷を捧げる。

名前も分からない人物。そして安らかに眠る彼自身も冥福を祈るタケル達の名前を知りはしないだろう。

それが今の現状なのだという実感が重くのしかかる。


丁重に弔った後、深刻な事態であるのが想像ではなく現実になっている。その認識のもと、第五師団は先を進むことにした。

今日別働隊が留まるのを予定していた地帯まであと少し。


今も変わらずに何かしらの生物の鳴き声が響き渡っている。

その声には我々は生きているという生の主張が感じられて、タケルの心にはいつもと異なる感情が微睡んでいた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





本部隊はもぬけの殻であった赤石衆の集落を発ち、ひたすら上へと登っていた。

彼等には一様に疑問に思うことがあった。


何故攻めてこないのか。


このままで自らの行動範囲を狭めてしまうだけではないだろうか。

中央アルプスには木曽衆が陣取り、西には剣衛隊第二部隊、そして東にはあらかじめ組織しておいた別働隊が構えている。

東西南北に逃げ場はない。

どう足掻いても無謀に変わりはないが、攻める姿勢があまりにも見えないことが不気味でもあった。


辺りが急に開け、木造の小屋が隙間なく立ち並んだ光景が目に入った。

二つ目の集落のようだ。先程の場所よりかは発展した形跡が見られるが、人の姿は確認できない。

本部隊の面々は拍子抜けした。

その緩んだ空気が彼等の対応を遅れさせたのかもしれない。


それはまさに突然の出来事であった。


原因不明の突風で小屋が吹き飛び、隊員達も軽々と飛ばされた。

梨央奈はすぐさま軍刀を抜く。

「誰だ!」

それを機に隊員達も慌てて戦闘態勢に入る。


砂埃の中で大男のシルエットが見える。

やがて確認できた男は憮然とした表情を浮かべ、鋭い目つきで隊員一人一人を見据えていた。

見た目は完全に大和人ではない。米国の顔。第一師団のメイと同じ洋風の顔立ちだ。


男は無言で剣を軽く一閃させる。

凄まじい剣圧で小屋がいとも簡単に吹き飛んだ。

「うわっ、凄•••••••何あいつ。」

「雰囲気で分かるな。強者であるのが。」

メイと風間は軍刀を構えながら真っ直ぐ謎の男を観察していた。

「もう一度問う。あなたは何者?」

「米国の••••••」

大男は首を傾げている。

「米国の者、だ。」

「名前は?」


「••••••••••ダンテ モーガン。」

重く響いたその声はこれから迫る困難を感じさせた。

そしてその名前にも。

「ダンテ••••••ダンテ モーガン?」

地面の一点を見つめて、梨央奈は少し考え込む。

「まさか•••••」

「ダンテ モーガン。米国軍事連邦局の局員であり、異名として破壊王とも呼ばれています。国際剣士ランキング第四十五位。米国最強の剣術士です。」

そう断言するのは矢吹 麗奈。東支部の生徒副代表であり、学内一の才女である。

「ほお•••••••俺、知ってるの、か?」

「ええ、有名人ですからね。しかし驚きですね。米国の人間はまだ大和には潜伏していないと思っていましたが。仮に兵を出したとしてもあなたほどの人を差し向けるとは思いませんでした。」

「ふん。それ、知らない。俺、ダズリーに言われただけだ。」

「デーモン ダズリーですか•••••••米国軍事連邦局の局長。実質的には今の米国のトップが直々に命令を下したというわけですね。」

呆気に取られたように仲間さえも麗奈を見つめている。

モーガンは大剣を握る腕に力を込める。太い血管が浮き出ている。

「お前、ダズリーの異名を口にするとは、いい度胸だな。」

「あなたは一人ですか?」

努めて冷静に尋ねる。

「当たり前だ。他の奴、いても邪魔なだけだ。」

「そうですか。それは好都合でした。捕らえるのにそこまで時間は掛からなさそうですね。」

その瞬間、途轍もない速度で梨央奈が走り出した。

銀色に煌めく軍刀を抜き、あっという間にモーガンの懐に移動する。

一瞬驚きの表情を露わにするが、すぐにモーガンも負けず劣らずの速さで大剣で防ぐように反応する。巨体に似合わない正確で精密な動き。

さすがは米国最強。


確かに世界聖法成立後、国際社会では米国の影響力は格段に低くなった。剣士の育成も長らく進まず、欧州、亜細亜、大和、オーストラリア、全てに置いていかれた。国際的に忘却の国と化してしまったのだ。

それでもかつての世界最強国は剣術でも世界で戦えるため、あらゆる努力を重ねた。

そんな努力と他国との競争のなかでダンテ モーガンは生まれたのだ。


梨央奈の縫うような斬撃は大剣を通り抜け、モーガンの首元に迫る。

どんな巨体でも一突きされれば絶命する箇所だ。

しかし巨体を瞬時に後方に移動させたモーガンはその突き上げられた一撃を回避した。

無防備になった梨央奈目掛けて大剣を振るう。

一振りで突風が吹き荒れる。小屋は破壊され、隊員達も何人か吹き飛ばされていく。

それでも風の中で麗奈は無表情で大男を見つめていた。

「あなたは確かに強い。それでも•••••••今、あなたが戦っている人はもっと強いですよ。」

吹き荒れる風の暴音で誰にも聞こえなかったその囁きは二人の強者に向けられたものだった。


モーガンは梨央奈の姿を見失っていた。

殺したとは思わなかった。何故なら人を斬った感覚が全くなかったからだ。

目玉を動かして、思考を働かして、見つけようとするが、姿はない。


何処だ。何処にいる。


そう思った時に背後から声がした。

「ここよ。」

驚きで振り向いた先、モーガンの振り抜いた大剣に梨央奈は薄い笑みを浮かべ、乗っていた。


西木 梨央奈。剣衛隊第一部隊隊長。

国際剣士ランキング•••••••第四十三位。


「あなたは強い。でも私はここで負けるわけにはいかない。」

そう言うと、梨央奈の軍刀は陽の光のように眩しい閃光に包まれた。

ただ黙って、その軍刀を一閃させる。


神楽獅子 光閃。


無音の斬撃は巨体のモーガンをいとも簡単に吹き飛ばした。

彼は木々を数本折りながら後方五十メートル付近まで飛んでいき、そのまま動かなくなった。


時が止まったように誰も動かなかったが、梨央奈が軍刀を鞘に収めた瞬間に歓喜の渦が舞い上がった。

ドタっとへたり込む隊員もいれば、ガッツポーズする隊員もいる。

学徒兵の方が割と冷静だったのは彼等の方が精神的に大人だからなのか。



木材の瓦礫の中でも鳴り止まない隊員の声は鳥たちの鳴き声に負けないものだった。


















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