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学徒出陣

六月。

照りつける陽射しに夏の顔が垣間見える。

白い制服姿の養成学校の生徒達はそんな暑さを纏った快晴の中でも登校しなければならない。非常にシビアな時期だ。

そのせいか先月、先々月の今時期よりも生徒達に気怠げな顔が多く見られる。

それでも非行に走る者やサボり癖が直らない者は皆無で養成学校の管理体制の基礎がしっかりしていることが伺える。


今日は九条 奈々が支部長を解任させられて、また学徒兵団結成を知らされてからちょうど一週間になる。

親族の抗議もあったと小耳に挟んだが、今は収束している。無理矢理収束させられたというべきか。



学徒兵団第五師団。


それがタケルの所属する団になる。もちろん亜由美もそうだ。

彼らはこの一週間でアルプス連帯と米国の動向について詳細に教えられた。

他にもアルプスの地形や赤石衆の兵力。もし米国の軍隊がどの海岸から本土に上陸してくるかなど仮定を交えてみっちりと頭に叩き込まれた。


そして昨日それぞれの師団の隊長として東支部の教官が選出された。


第一師団 柊 南天。

第二師団 本城 愛理。

第三師団 大峰 香織。

第四師団 富山 登。

第五師団 陸奥 慶次。


以上がそれぞれの団を指揮する隊長になった。

その中にはタケルの知らない名もちらほらとあった。


朝早くから特別教室でそれぞれの隊長との面会が行われた。

タケルはもちろん第五師団の面々が集まる教室にいる。

全員が揃ってからすぐに前の扉が開き、男性が姿を現した。

くすんだ灰色の髪。服の上からでもわかるバランスのとれた筋肉は凄まじいトレーニングを想像させる。年齢は四十を超えたぐらいか。

退屈そうな目は眠いわけでもなく、かといって本当に退屈なわけでもなく、それが正常のようだ。

「えー••••••••僕は陸奥 慶次と言います。まぁ、今回••••••この第五師団の隊長に就任•••しました。どうぞ宜しく。」

独特の間で話す慶次に集まった第五師団の生徒達は困惑した表情を浮かべている。

「えっと、まずは何するのかな?ああ、そうだ。まず皆の名前だけ教えてもらっていいかな?」

君からお願いと指を差し、それから流れるように自己紹介が始まる。

タケルも亜由美も淀みなく紹介を終わらせる。といっても名前と学年を言う程度だ。

十人目、最後の人物は驚くことに一年生だった。彼女は今までの人とはまた別の華やかさを纏っていた。

「私は一年伍組の鈴木 エリーと言います。大和国と米国のハーフですが、気持ちは大和一色に溢れています。よろしくお願いします!」

何故だか自然と笑顔になるような柔らかな雰囲気は室内にも充満して、これからの仲間達は徐々に会話を交わし始めていた。

第五師団は一年生が三人、二年生が三人、三年生が四人という構成だった。


「よし、自己紹介も終わったし、重要な要件に入らせてもらうよ。」

慶次は書類に目を通し、内容を確認する。

「えっと、南アルプスを常時監視している飛騨衆からの連絡が政府に入ったらしい。それによると赤石衆が動きを見せたようだ。」

スッと今までの雰囲気が嘘だったかのように緊張感が漂う。

「えー•••っと、赤石衆は中央アルプスの木曽に攻め入ったとのことだ。」

三年生の男子生徒が思わず声を上げた。

「ではもう戦闘が始まっているということですね⁉︎」

「ん?ああ、そうだ。中央アルプスを治めている木曽衆はこれまで公平な立場を貫いていたが、この一件でどうも飛騨と同じく政府側についたようだね。」

「ぼ、僕たちはここにいていいんですか?」

自らの役割を果たそうという義務感を背負っている若者の姿は弱々しく、精一杯の強がりだと見え透いてしまう。


攻め入った。

この一言は生徒達に想像以上の衝撃と覚悟をもたらしたようだ。

「ああ、そのことについて話そうと思う。」

慶次は生徒十人全員の顔を確認していく。

「三日後••••三日後の朝、ここを発つことになった。」


「三日後••••••••」

具体的な数字に戸惑いを隠せない。

タケルもこんな突然に知らされるとは思ってもみなかった。


「君たちには初めての戦場になる。まぁ、当たり前か。この戦闘に君たちが参加すること、僕はそれに大反対なんだ。」

教師としては驚きの発言。心では思っていたとしても口に出すことは憚れる内容だ。


なおも慶次は続ける。


「政府のお偉いさんが何を考えて、何を思って、こんな馬鹿げたことをしているのかわからない。もしかしたら何も考えていないのかもしれない。この内乱で君たちが死んでもいい。そう思っているのかもしれない。」


真剣に耳を傾ける生徒達。


「政府は君たちを守らない。彼等が守るのは国家だけだ。国家の安泰が保証されれば、兵隊という駒はいくらでも補充可能ってこと。」

慶次の口調には政府を忌み嫌う感情が垣間見える。

「でも•••••••僕が君たちを必ず生きて返そう。アルプスの地を君らの死地には決してしない。」

タケルは演説するように語りかける慶次を穴が開くほど見つめていた。

「だからこそ君たちも大前提として生きて帰ること。それを忘れないでくれたまえ。」


政府の関係者が聞けば憤慨するような内容だった。それでも彼の一つ一つの言葉は自然とその場にいた全員の心に伝わった。






剣衛隊。

それは新大和帝国の国防軍である。

彼らは大和全国に派遣されており、第一から第七部隊まで存在している。

その中でも頂点に君臨するのが剣衛隊総隊長。剣聖の一人。

桐原 武人。

十年前の三国戦争で大和は欧州に負けはしたが、非常に優れた戦果を挙げた人物がいた。それが彼だ。


現在中京と呼ばれる地域に設立された剣衛隊施設にその桐原の姿はあった。


周囲はまっさらな空き地が広がって、街とはかけ離れた場所に建てられた施設だった。

数多くの軍人の姿が見えて、次々と軍車に乗り込み、アルプス方面へと向かい始めている。

「そろそろか••••••••」

軍服に身を纏った短髪の男。

刃さえ通さないと感じてしまうほどの強靭な肉体。恐れを抱くほどの威圧感。

「西木は南アルプスの境界線に着いたのか?」

東京大都市を防衛している剣衛隊第一部隊。その隊長が西木 梨央奈だ。

彼女はこのアルプス闘争の前線を任された人物である。


「はい、先程西木隊長から連絡がありました。もう一つ、西京大都市の第二部隊も南アルプス西側の境界線に配備完了したとのことです。」

「そうか、分かった。お前も準備が出来次第、向かってくれ。」

「了解しました。」

そう言うと部下の男はそそくさとその場を後にする。


桐原は赤石衆以上に米国の援軍について不安を感じていた。

ある程度の戦力を予想できる赤石衆ではなく、未知なる米国。

何百年も昔、重火器や爆薬が使用できた時代に栄華を極めた大国は今日ではその影響力は下火になり、新欧州帝国に取って代わられている。

それでも謎の部分は多く、人形パペット研究ではどの国の追随も許さないほどだ。

「人形を援軍として向かわせている可能性も考えておいた方がいいか•••••••」

次第に水平線へと落ち始めた夕日が施設の壁を真紅に染め上げている光景を眺めながら桐原はこれからの遠くない未来を見据えていた。





三日はあっという間だった。

どんな心持ちで過ごせばいいのだろうかと考えているうちにとうとう来てしまった運命の日。

この三日で翡翠や太郎はずっと心配そうな様子でタケルと亜由美の二人に話し掛けてきた。気遣いがいつもの倍以上で居心地が正直良くなかったが、緊張をほぐしてくれているのだろうなと思い、タケルにとってはそれが安心感を与える小さな刺激になった。

事実を言えば、誰しもが生徒達が争いの地に行くのを止めたいと感じている。


当たり前のことだ。


しかしそんな当たり前のことが言えない社会が、世界が存在していた。


発つ側も待つ側も苦しみを抱えながらも言い出せないのだ。

どうにもならないもとがしさが具現化して見えるほどの冷たく重い空気がどんよりと漂っている。

軍車が何台も止まっている。巨大な車体はそれだけで見たことのない迫力が存在していた。


全生徒が列をなし、見慣れない校章のようなものを胸に付けている。

その先頭には新支部長である向田 亜斗が無表情で立っている。


「よし。では第一師団発ちます。」

第一師団、東支部の選抜団一軍の面々が生徒達に振り向き、敬礼をする。

すると同じように在校生も不揃いな敬礼をする。


第一師団の中には浅倉 優奈をはじめとした東の四天王や葉山 里奈などの二年生、そして一年生で唯一選ばれた怪物、羽柴 龍魔の姿がある。

彼等は学徒兵団専用の軍服を着用し、事前に渡されていた軍刀を腰に携えている。

その物々しい格好はまるで戦地に赴く悪辣な現実を重りのように身に纏っているようだ。


それぞれが五人乗りの軍車に乗り込んでいく。

そして第二師団、第三師団、第四師団と続いていく。


殺伐とした空気はいつまでも拭われず、衣擦れの音さえも聞こえてこない。


タケルが所属する第五師団も隊長である慶次の言葉で敬礼し、順々に軍車に乗り込んだ。

窓から見える生徒達の中に翡翠の顔が見える。彼女の顔は酷く暗く、鬱な表情だった。

タケルはその顔を軍車のスモークのせいにして、頭の奥に押し込んだ。

何故だかそうしないと自分がおかしくなりそうだった。


走り出した軍車の中はしばらくの間、静寂が支配し、流れゆく街並みをしっかりと目に焼き付けている同僚の様子が見られた。


しかしその空気が一瞬にして変わる出来事があった。

突然一人笑い出す少女に皆視線を向ける。

「くっくっくっ、皆さん、これを見て下さい!ジャジャーン!」

一年生の鈴木 エリーは紺の布袋に包んでいた軍刀を共に乗車した他の四人に見せ付けた。

「エリー、あんた•••••••」

「これは•••••すごいね。」

呆れと溜息が混じった亜由美とタケルの言葉にエリーは顔色一つ変えない。

「おいおい、軍刀をそんなデコっちまって良いのかよ?」

二年生の渋沢 栄太という男子生徒が少し面白がった様子で言った。

「あら?結構綺麗ね。」

同じく二年生の大富 綾という女子生徒も微笑ましげだ。

タケルはさすがは二年生だなと感心したが、それにしてもエリーの奇抜な軍刀には呆気に取られる。


鞘にはキラキラとした丸い桃色の光粒が散りばめられ、全体が華やかな雰囲気となっていて、中にはハートの模様までも描かれている。

まるで武器だとは思えない仕上がりだ。


「さすがは先輩たちですぅ!この良さがわかるなんて。タケルも亜由美ももっと柔軟な心を持たないとね!」

「お、怒られないのかな?」

タケルが恐る恐る言った。

「もうやってしまったものは仕方ない、取り返しがつかないならば突き進め!それが私のモットーだよ!」

「そうか、私もやれば良かったかも。」

すっかり感化された亜由美からは後悔の念が。

「亜由美まで•••••••」

これからの道中も疲れそうだとタケルは心で呟いた。


それからも目的地に着くまでエリーと亜由美の口が止まることはなかった。




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