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少女の微笑、散りゆく光

並木道に風が吹きつける。木々の緑葉がこすれ合い、鳥のさえずりが混じり合い、まるで歌っているよう。

しかし少女はそんな光景を気にも止めず、黙々と歩き続ける。

「•••••••あそこ•••••••かな••••••」

少女は進行方向を右に変えて、木々の間を通り抜けていく。その先には白い壁が圧迫感を与える本館の裏側だった。その壁に沿って、少女はまたも歩みを進めていく。

やがて辿り着いたのは本館裏口の扉。ひっそりと取り付けられているために養成学校の関係者でもこの扉の存在を知らない者も中にはいるらしい。

少女は取っ手に手をかけて、ゆっくりと回したが、開かない。内側から鍵がかかっているようだ。迷わずに鞘から青白く光る刀身を抜き、縦に斬閃を刻んだ。すると何の音も立てずに真っ二つの大きな鉄片が転がり落ちた。

全く表情を変えずに少女は侵入者の一人として本館に入っていった。




剣士養成学校東支部に攻め入った侵入者は東京漣会のメンバーで構成されていた。もちろん無所属の殺し屋や堀江 清十郎が集めた反剣教団の人員も中にはいる。しかしかなりの少数だ。ほとんどが組織の元のメンバーでこの襲撃は行われているといってよい。

そのため、戦闘員の練度は剣警員には及ばない。弱いというわけではないが、攻め入って学校を占拠するほどの実力は持ち合わせていなかった。

しかし清十郎はそれで良いと考えていた。

東京漣会の本拠地。持て余すほどの広さを誇る、その廃れた倉庫には誰も近付くことがないため、漣会の会員には利便性が好まれている。今もウイスキーをグラスにつぎながら、清十郎が自らの出世を想像し、笑いが止まらない様子だ。

「今日の結果で、俺は教団内で由緒正しき地位に就く••••••」

他に誰もいない薄暗い空間は清十郎を思考の檻に入れてしまうほど狂わせる。

気付けばウイスキーのボトルは殻になっていた。

雲がたちこめてきた薄暗い空。

清十郎が居座る倉庫を一人の男が外から見上げていた。その手には男の身長を軽く超すほどの長刀が握られていた。




タケルのクラスは誰よりも先に地下シェルターに到着していた。

頑強な扉を開けるパスワードをなんとか香織に教えてもらい、容易に開くことができた。重厚な鉄扉が開かれる音はやはり迫力がある。開放感溢れる大部屋。タケルも少し呆気にとられたくらいだ。

「皆、入って•••••あれ、タケルどうしたの?」

翡翠が心配そうな声を出す。

タケルがシェルターに入らず、考え事をしていることに疑問と不安を覚えたようだ。

「まだ何処かに取り残されてる人がいないかなって思って••••」

「まさか•••••せっかくここまで来たのに、また外に出るの?」

思わず上擦った声でタケルに詰め寄る。その間も続々と生徒達がシェルターへと流れ込んでいる。他クラスの生徒も丁度到着したようだ。

「う、うん。やっぱりじっとしてられなくて。」

「外だけじゃなく、本館の中も危険かもしれないんだよ?」

侵入者が全部で何人かなんて誰も知らない。鎮圧しかねた残党が残っている可能性と考えられる。しかしそれでもタケルを止めることは出来なかった。強固な決意はいかなる方法でも揺るがない。翡翠もそれを察した。

「どうしても行くなら••••••私も行く!」

「え?」

「私も探すの手伝えば、タケルを心配しなくて済むしね。」

タケルもこれには微笑を浮かべたが、すぐに真剣な顔つきに戻った。

「よし、そうと決まれば行こう。」

二人はシェルターに背を向けた。


本館一階の広々としたロビーは静まり返っていた。

まるで外界と切り離されたような、騒動とは無縁の空気に包まれている。

タケルと翡翠は辺りを警戒しながら慎重に歩みを進めていたが、これまで逃げ遅れた生徒には遭遇していない。

「何も、聞こえないね。」

タケルは現状を理解していなかった。

正面の校門は奈々が率いる教師陣と剣警員が固めており、侵入者の完全鎮圧に成功しているため、最悪の事態である正面突破を封じることが出来ているのだ。

その結果、この静寂はもたらされている。

正面玄関まで歩みを進めてから周囲を見渡すと、一階奥の部屋の扉が微かに開いていることに翡翠は敏くも気付いた。それをタケルに伝えると訝しむ表情で扉を見つめた。

「•••••••行ってみよう、か。」

「そ、そうだね。」

本館展示室には現在、ほとんど展示されておらず、展示室とも呼べない部屋となっている。その中でも唯一飾られているのが翔華翔乱だけ。

装飾刀一本では何とも寂しい空間だ。

二人が扉の前まで迫ると、扉の隙間から一筋の白い線が漏れ出ている。

電灯が点けられているようだ。人の気配を感じる。

少し緊張した様子でタケルは恐る恐る扉を開いた。

二人は人口的に生み出された光を一斉に浴びた。予想以上の眩しさは一瞬だが、二人の視界を奪った。


展示室は天井が高く、開放感に満ちた大部屋だった。そのためより一層展示室としての物足りなさを感じさせた。

その丁度中心にある硝子ケースの前に見知った後ろ姿があった。

いつも一緒に行動していた人物。

「信春•••••••」

二人は同時に呟いていた。振り向いた信春はそんな二人の姿を見て苦笑する。いつもとはどこか違う空気を纏いながら。





その頃、奈々は校門のすぐ外にいた。侵入者を無力化し、剣警員や教師達と共に周囲に目を光らせていた。彼等の上空を黒雲が覆っている。心なしか、この騒動が始まってから天気まで悪くなってしまったようだ。

外壁から侵入を試みようと近付いた黒服の男達に躊躇することなく、太刀を一閃させる。彼は不運な巡り合わせを呪いながら、地面に転がる。教師達がそれを回収する。もはやこのルーティンが出来上がっていた。

奈々の携帯に連絡が入ったのはそんな時だった。道場区画の二ヶ所の出入り口を守備している教師からの連絡だった。

侵入者の鎮圧成功。

時間は丁度昼を過ぎた頃。ようやく騒動も下火になってきたと奈々自身感じていた。

裏門を守備する教師からの連絡を待つだけだったが、暫くしても連絡は来なかった。

幾らなんでも時間が掛かり過ぎている。奈々は近くの剣警員にも声を掛け、裏門に配備させた同僚に電話をかけたが、出る気配はない。

奈々は交戦中だと判断し、援護に行くため校門を離れることを決意した。その意向を他教師に伝え、凄まじい速度で移動を開始する。

その移動速度は浅倉 優奈を超え、浅倉 新左衛門にさえも届くほどだ。

その速さを持ってしても裏門までは一分以上掛かってしまう。

広大な土地に建てられた最古の軍事教育施設。

剣士養成学校東支部の栄華を現しているのがこの面積なのである。

何が目的なのか、未だにわからないまま突然侵入者との交戦は切って落とされた。政府に支援を要請したが、応援が来る気配はない。軍政局内部に何かあると見て間違いなさそうだと奈々は思った。

「調べてみる価値はありそうだな•••••••」

剣警員によって交通が遮断されており、奈々が通る外壁沿いには民間人は誰一人としていない。そんな異質な空気に身を包まれながらも速度を落とさず、走り続けた。


奈々は祈っていた。

この争いで命を落とす者が出ないこと。

武装した侵入者は皆、真剣を手にしていた。それだけで死傷者が出てもおかしくはない。

確かに剣術士ならば死の覚悟を持って、戦場に赴くのは当然のことだ。そうでないと剣術士とは言えない。

それを理解しながらも奈々は何よりも生きることの重要性を説いてきた。

死は恐れを生むもの。恐れないといけないもの。そうでなければ剣術士として未熟であるとまさに既存の考えとは真逆の独自の考えを持っているのだ。

彼女が支部長に就任してから掲げた一つのスローガンがある。



自らの生命を守護し、そして仲間の生命が脅かされないよう最善の努力をすべし。



政府内部の反対を押し切って、奈々自身が掲げたもの。静寂の町並みを横目に今もそのことをずっと胸に秘めていた。

しかしそんな想いは無惨に打ち破られた。

奈々は立ち尽くし、その場で思わず絶句してしまった。

外壁に飛び散った血がまず視界に入った。そして地面に倒れ伏す教師と剣警員。彼等の体は深く抉られていた。その傷を見ただけで尋常ではない技量なのが理解できた。

奈々は感覚を研ぎ澄まし、周囲に目を向けるが、何の気配も感じられなかった。

苦しげな表情で遺体を見遣り、裏門から敷地内へと入り込む。

並木道を走り抜けるが、侵入者の姿は確認できない。

奈々は身を翻して道場区画ではなく、本館裏口へと向かった。


静寂が支配するロビーまで突き進み、階段を音を立てず、駆け上る。

その時だった。

二階の大ホールから甲高い悲鳴が聞こえた。奈々は自然と駆け出し、太刀を抜いて戦闘態勢を整えた。

ホール内には尻餅をつく女生徒ともう一人の人影が存在した。

その周りに数人の遺体が痛々しい姿で転がっている。奈々は鋭い視線でホールの奥を見据えた。

ほんの僅かだが、戦意を削がれた。

もう一人の人影の正体が少女だったからだ。

制服を着ていたら間違いなく、本校の生徒だと認識してしまうだろう。奈々にはそんな意味のない自信があった。

「お前は何者だ?」

女生徒の方は恐怖の感情が上限を超えてしまっているようで、上手く声を出せないようだ。唇を震わせて、目を赤く腫らしている。

背を向けて立っていた少女が振り向いた。

微笑を浮かべたその顔には鮮血が飛び散っていた。

少女は奈々の方を見つめるだけで、言葉は発しない。

「これはお前がやったのか?」

その問いかけに床に横たわる遺体を見遣り、またも微笑を浮かべた。

「うん。」

「裏門の一件もお前の仕業か?」

首を傾げて、考える素振りをする少女。その姿は年相応の少女であり、目の前の殺戮を行った人間には到底思えなかった。

「うん。」

少女は頷いた。

「そうか••••••••」

奈々は太刀を抜き、切先を少女に向ける。

「そこまで殺し合いがしたいなら、私が相手になる。」

「うん!」

少女は歓喜の表情を浮かべ、床に刺さった血に塗れた刀を手にした。




奈々が到着する数十分前、大ホールは喧騒の渦の中だった。

武道場に比べれば、やや少なかったもののそれでも多くの生徒達が残っていた。地下シェルターに避難するという考えは持ち合わせていなかったようだ。

そんな中で、本館内をくまなく調べていた竜丸は大ホールに辿り着き、生徒達をまとめ上げ、速やかに移動を開始させた。

ものの見事に指示を出すその姿はもし教師が見ていたとしても、称賛に値する行動だったと言えるだろう。

あとは数人の二年生のみ。

竜丸を先頭にホールを出ようとした時、現れたのが奈々と相対した少女だった。

すすけた灰色の衣服を纏い、腰には黒い太刀を携えている。顔には赤黒い血がついており、それが不気味さをより演出していた。

「お前ら!下がれ!」

不穏な空気を感じ取り、竜丸は木刀を構え、戦闘態勢を取る。

彼は一軍に入るほどの実力は無いが、二軍には選ばれており、養成学校内でも間違いなく上位に入る剣術士なのだ。

竜丸が木刀を構えるのを見て、少女は喜悦の混じった表情で太刀を抜き取る。

まるで獲物を見つけた猛獣のように、太刀の刀身を舌で舐めている。

ゾクゾクと背中に感じる悪寒には気付かない振りをして、絶叫を上げる。

「はぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

しかし竜丸が少女に飛び込む前に彼の左右から残っていた男子生徒が数人一斉に飛び出した。手には竜丸と同じように木刀を持ち、彼等は少女に斬りかかろうとした。

「お前ら!やめろ!」

彼等の耳には竜丸の声は届かない。目の前の少女を無力化する。それだけに神経を注いでいた。

しかし彼等の勇気は無謀という言葉に移り変わり、その結果、この世から生命を奪われた。

宙を舞う人体、花びらのように血飛沫が降り注ぐ。

ほんの一瞬の出来事だった。

竜丸の肉眼でぎりぎり確認出来た程度。少女の刀は一撃で確実に絶命させる威力を持ち合わせていた。正確に急所を突く技術も並大抵のものではなかった。

竜丸は察した。次元が違うと。

自分でも驚くほど喉が渇き、足の震えが止まらない。初めての感覚を味わっている。

「次は••••••あなた?」

刀身にべっとりとついた血を舐めながら少女は言った。

竜丸は汗ばむ手を固く握り締め、後ろを振り返る。

「君は、ここから逃げるんだ。」

尻餅をついた女子生徒は放心した様子で全く動かない。

少女が竜丸に向けて歩き出した。

竜丸はそれを見て、刀身強化を施す。木刀を振りかざし、真っ直ぐに突き進んだ。死の予感には目を背けながら。

少女は斬閃を縦に刻む。竜丸はその一撃を受け止めるというよりも受け流した。

砕音がホール内に反響し、床に深く抉られた痕を残す。

意外そうな顔で少女は竜丸を見つめる。

「ここに来て•••••初めて止められた。」

全神経を注いで強撃を受け流したが、手の痺れが徐々に全身に広がっていったため、竜丸の耳に届いたかは疑問が残るが、少女なりの称賛の言葉だった。

「でも、つまんない。じゃあね。」

少女は少女らしく微笑を浮かべた。

その笑顔が一瞬にして竜丸の頭に恐怖として刻み込まれた。

その言葉を最後に竜丸の視界は闇に閉ざされた。


そしてそのすぐ後に奈々が大ホールに姿を現した。




















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