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目覚め2

 屋敷の中庭はとても広く、タケルには風景を褒めるよりも手入れが大変だろうなという懸念の感想が真っ先にくるほどだった。

 優奈に案内された場所は先程の異様な雰囲気を醸し出していた部屋とは別世界のような家庭的な温かさを感じる和風の部屋。大窓から注ぐ陽の光もその一つの要因だろう。

 中央に焦げ茶色のテーブルが置かれていて、その上には今まさに湯気を立ち昇らせている食事が並んでいる。

ただただ、旨そう。

タケルはそれを見ただけで、自然と口の中に唾が溜まるのを感じた。これはもう反射的なものだから仕方ないことだろう。


「あら?見かけない顔ね、新しく入った門下生かしら?」

 並べられた食事に目を奪われていると、後ろから声がした。先程聞いた女性の声だ。

「おかあさま、この方は鶴来タケルくん。倒れている所を私が見つけて、屋敷に来てもらったの。」

おかあさま?こんなに大きな子供がいるとは思えないほど美しい女性だ。

「あら、それで身体は大丈夫なの?」

優奈の母は気遣うようにタケルを見る。

「怪我はないみたいです。」

「そう、それならちょうどご飯が出来たから食べていって?」

 とてもフレンドリーで家族以外の人間が食卓を囲むことに慣れているようだ。

「す、すいません。お言葉に甘えます。」

 建前で断るというのを忘れてしまうほどタケルの空腹の度合いは凄まじいものだ。

 優奈に勧められて座布団の上へと座ると、湯気が顔にかかるだけで白飯をかきこみたい衝動に駆られる。我慢。今はまだ我慢。

 優奈はタケルの向かい側に座った。

「鶴来くんは何故あの場所に倒れていたか覚えていますか?」

 少し真剣な口調で優奈は尋ねるが、答えは返ってこない。うーんと唸りながらタケルは首を捻っている。

「それが、覚えてないんです。何があってあの場にいたのか••••••漂流した理由もわからないし、自分が何をしている人間なのかもわからないです。ただ、蝦夷出身ってことだけは頭の中に残ってる感じで。」

記憶がないことにあまりに無頓着で冷静なことに若干の違和感を優奈は持ったが、初めはこういうものだろうかと考え、そっとしておいた。しかし蝦夷出身ということだけ記憶があるというのも不思議な話だ。

「そうですか••••••蝦夷から流れ着いたわけでもないでしょうし•••わかりませんね。」

蝦夷の海から東京湾に流れつくなど想像すら出来ない。ましてや生きて流れつくなど不可能だ。

 独りでに思考に耽ってしまった優奈をよそにタケルは手を合わせ、いただきますと呟いた後、すごい勢いで食事に手をつけ始めている。

 もちろん優奈の母に承諾を得てから食べ始めた。


 思考の世界から帰還した後、タケルが我慢させられた犬のように食事をほうばっている姿をしばらく眺めていると、優奈の顔に微笑みが宿った。

「帰る場所がないなら、しばらくの間この屋敷で暮らさない?」

 優奈の言葉に箸を止めて、タケルはまじまじと優奈の顔を見た。優奈も同じように見つめる。ご飯粒がタケルの口元についていた。

「ご飯粒が••••」

「あ•••••」

優奈の指摘にタケルは少し頬を赤らめた。


 優奈の提案はタケルにとって非常にありがたいものだ。しかし、何故見ず知らずの自分にこんなに親身になってくれるのかそれがわからなかった。

 タケルの気持ちが表情に出ていたのか、優奈は尚も微笑んで言った。

「鶴来くんには何か不思議なものを感じるんです。言葉ではうまく言い表せないけど••••••」

 タケル自身にもそれが何なのかは理解できない。むしろ自分では一生わからないだろう。でも優奈が完全に善意で言ってくれていることは眼を見ただけで理解できた。


 見ているだけで温もりを感じる眼だった。


 優奈の母に目を向けると、同じように微笑み、小さく頷いた。

 タケルも満面の笑みで、

「お言葉に甘えます。」



 浅倉優奈の母は浅倉尋奈といい、かつては剣士養成学校東支部に在学していた。「赤毛の美剣士」という二つ名で呼ばれていた剣術士で関東地区ではそれなりに有名だった。いまだに新左衛門、優奈を抜いた浅倉流剣術士の中ならば、かなりの上位に食い込むほどの実力は有している。

 しかし今は主に門下生の面倒を見る良きおねえさんである。(おねえさんと言わないと怒る•••••••)

雑談に興じていたところが一転して、優奈の父親の話になると二人の表情が明らかに曇った。

 浅倉 優奈の父親は浅倉 新造という名で浅倉流の十六代目継承者である。因みに十五代目はもちろん浅倉 新左衛門だ。

 その父親は今から十年前に勃発した新欧州帝国、新大和帝国、オーストラリア帝国の三か国が中心となって争った三国戦争の最中、オーストラリア大陸東に位置するニュージーランド物資地域という島での戦闘で戦死したらしい。

 タケルには三国戦争とは何かわからなかったが、それを悟られないように苦労した。何故か知らないことが罪なような気がしたのだ。父親の話を切り出したタケルは自分を呪った。後悔の念だけが、感情の中に浮き出てくる。


 しかし重苦しい雰囲気になったのはほんの一瞬のことだった。


 タケルは三国戦争のことを少し気になりはしたが、それを口に出すことは憚れた。

「鶴来くんは剣術に興味はある?」

優奈は真っ直ぐにタケルを見据える。

「そうですね。剣とか刀は好きです。」

 急な話だったが、なんとかタケルも違和感なく反応できた。

「じゃあ、剣術を経験してみない?」

 いつの間にかタケルに対しての敬語が抜けているが、その方が親しみがこもっていると優奈は感じたのだろう。同級生に対しても敬語が多い優奈にしては非常に珍しいことだった。


「食事が終わって少し休んだら、道場に行きましょう。」

「道場があるんですか?」

「ええ。浅倉道場はこの屋敷のすぐ近くにあるの。」

 浅倉道場はこの敷地に三か所存在し、それぞれが養成学校の練習場と同じくらい広い面積を持っている。

 敷地外にも道場はあるが、それは今使用されておらず、物置やとにかく広いだけの倉庫と化している。


「浅倉流の流派はこの大和でも結構有名なのよ。」

 尋奈は自慢げに胸を張っている。この母親には少女のような可愛い一面があるようだ。


 浅倉流は大和の無形文化遺産に指定されている。異能剣技を使用しない唯一の流派であることが選ばれた最大の理由だ。これは他の流派と比べれば、当然戦闘では不利になる。しかしそれをも補うほどの剣術のスキルが浅倉流にはあるため、それを学びたいと考えている門下生は数多くいる。他の流派と比べても見劣りしない人数だ。

 浅倉流が使用しない異能剣技とは科学の理を無視した神秘的で畏怖すべき力。

これが生み出されてから世界で神は存在するという宗教的な考えが一気に広まっていった。

 実際に神の存在を確認した事例は世界にもいくつか存在しているが、どれも個人がそう言っているだけで嘘か本当かは解明しようがない。そのため、神学研究という神を研究する学問は他の学問に比べて明らかに研究が進んでいないのだ。


 その異能の力なしで剣の道を極めている浅倉流は原始的ではあるが、世界でも非常に魅力的で研究しがいがある剣術であると言えよう。


 浅倉流の自慢話が優奈の母、尋奈から次々と出てくるのをタケルは熱心に聞き入り、自分でもわからない漠然とした興味が心の中に湧いてくるのを感じていた。































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