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同級生?

優奈との買い物の次の日、タケルは朝から稽古に明け暮れた。


強くなりたい。


ただそれだけを求めて、ひたすら木刀を振るっていた。


しかし今日の午後からは浅倉家の全ての道場を使用するということで稽古ができない。 そのため、午後は予定がなく休みになっていた。

「どうしようかな••••••」

何をしようか頭を悩ませて、考えていたが、タケルは湘南区間のとある道場を訪れることにした。

バスに乗って約十五分。


到着したのは竹を編んで作られた柵が周囲を囲んでおり、その敷地の中央にひっそりと道場らしき建物が建っていた。



それはただの道場じゃない。

伝統を保存し、歴史を後世へと伝えるための古代の道場。大和の文化遺産の一つ。

現代でそれは玄天道場と呼ばれている。

およそ六百年以上も昔、まだ刀剣革命が起きるよりも、世界聖法が制定されるよりも、ずっと前に建てられた木造建築の建物だ。見た目はただのおんぼろ道場だが、その場所で多くの人によって積み上げられた想いの重量が他の道場とは次元が違い、不思議な力をひしひしと感じる場所であった。

刀剣が古臭い武器として揶揄され、軽視されていた時期に建てられ、年中馬鹿にされていた門下生は悔しげに歯を食いしばり、それを糧として一層稽古に励む。

その繰り返しだった。

この流れの中で汗と涙、そして馬鹿にしていた奴らを見返したいという強い想いが現代、未だに残るこの道場から感じ取ることができる力の源なのだろう。


このような道場は国中に存在している。それでも刀剣革命前の建築物は相当珍しいと言える。


因みにタケルが何故この道場を訪れたかというと、梶田に「剣術が好きなら、暇な時行ってきたらどうだ」と稽古の休憩時間に勧められたからだ。

なんでも大和で発見されている希木で作られた最古の木刀が飾られているらしい。


タケルが敷地内へと足を踏み入れると、平日でも大勢の人で賑わっていた。

そこかしこに守衛が立って、行き交う人々に目を光らせている。

警備体制は万全。この厳しいチェックは逆に言うと、あらぬ事をしでかす者がいるかもしれない、ということだ。


それが文化遺産というものなのだろう。



入場するのは一苦労だった。人の波を掻き分けて、なんとか入ることができた。

人の多さで精神的な疲労を感じていたタケルにとってそんなもの吹っ飛ぶような光景がそこにはあった。



現存する最古の希木の木刀 ごう



傍の紹介文にそう書かれていた。

道場には不釣り合いな特殊なガラスケースに入れられた茶褐色の木刀がタケルの目を奪う。


「•••••••うわぁ、すごい。」

稽古でいつも使用しているものよりも反りが少ない。他に目立った違いはないが、何百年も前のものであるから、所々に小さな亀裂が入っている。それでも保存状態は非常に良いようだ。


目の前の木刀に夢中でタケルは隣に立っていた一人の少女の姿が見えていなかった。

そのまま右に移動してしまい、案の定少女とぶつかってしまった。


「あ、す、すいません!」

慌てて、謝罪する。

「い、いえ、大丈夫、です。」

深緑の双眸を持つ少女。タケルと同じか少し年上だろうか。

(綺麗な目だな••••••)

タケルは少女の瞳に思わず見入ってしまう。それだけの魅力が彼女の瞳にはあったのだ。


「あ、あの••••••私の顔に何かついてますか?」

あまりにもタケルが凝視するものだから、少女も居心地の悪さを感じたのだろう。

「あ、ごめんなさい!」

タケルはまたも慌てて謝罪する。


その直後、最古の木刀の前はごった返すような混みようになり、タケルはそそくさとその場から避難した。

やっと落ち着いたところで、後方を振り向くと、もう少女の姿は消えていた。



道場の敷地から出て、帰路に就こうとしたところ、近くの路地から何者かの大声が聞こえた。

道場の近くであるにも関わらず、通りにはタケルの姿しか見えない。

小走りで路地に入ると、数人の男性が一人の少女を囲むように立っていた。


荒事になりそうな予感を秘めながら、様子を見ようと横目で確認していると、タケルの目に少女の顔が映った。

思わず声を出しそうになった。


その少女の瞳は深緑色。先程、目に焼き付いたその双眸は見間違うことがないほど、不思議な魅力を感じさせる。

しかし今はその瞳の色にも薄っすらとだけ陰りが見える。明らかに男達に困惑しているようだ。

そんなことを考えていると、タケルの体が勝手に動いていた。


「あの、えっと••••ひ、久し振り!」

タケルは何も考えずに動いたため、何と言って彼女を助けようかという一番大事なことさえ決めていなかった。

無計画で無謀な行動だが、彼女にとっては頼もしく、勇気ある行動であった。

しかし案の定、取り囲んでいた男達は鋭い目つきでタケルを睨む。

「あぁ?何だ何だ?お前は河瀬と知り合いなのか?」

タケルはここで初めて彼女の苗字が河瀬だと知る。

「あ、はい。河瀬•••とは幼馴染で、今日、この近くの道場に来てるって聞いたので、探してたんです。」

タケルが河瀬と呼んだのは畏まった呼び方だと怪しまれると踏んだからだ。

さんを付けそうになったのを必死に抑えた頑張りは賞賛に値するだろう。


男達は全員合わせて六人もいた。

さすがにタケルも足が震えたが、なんとか違和感なく、幼馴染になりきろうとしている。

そして、

「あの、河瀬、玄天道場に行かないか?お前、まだ行ってないんだろ?」

タケルは攻めの一手を決めにいく。



「う、うん•••••••」

さすがにタケルの行動に困惑の表情を浮かべた少女だったが、タケルの意図を理解し、幼馴染を演じ始める。


少女は男達の間をすり抜けて、タケルのもとまでやってきた。


その様子をじっと見ている六人の男達。

統一性が見られない服装、髪型、身長。数人の顔を記憶の片隅に記録しておく。

タケルの背中には汗が滲んでいる。

「すいませんでした。迷っているところを助けてもらって。ありがとうございました。それでは失礼します。」


男達が何か言おうとする前にタケルは一礼してそそくさと少女を連れて行く。


路地では自由にカラスが生ゴミを漁っている。

道場へ向かう方に歩きながらも後方の警戒を怠らない。タケルは玄天道場とは異なる通りにすかさず入って、これでもかというほど頭を下げた。


「すいませんでした!勝手に幼馴染だとか言って、勝手に連れてきてしまって•••••本当に申し訳ないです。」


些かタケルの謝罪は大袈裟だ。タケルの行動はどう見ても誇るべきことだ。

形式的に謝罪しても、ここまで深い謝罪は普通しなくてよいだろう。それでもこの真面目なところがタケルの短所でもあり、長所でもあるのだ。


「いえ!そんな、謝らないで下さい。助けていただき、本当にありがとうございました。あの方たちには少々困っておりまして。」

少女は大きな溜息をついた。少々ではないのだろう。

「えっと、河瀬、さんですよね?」


「はい。河瀬 翡翠と言います。」

翡翠は頭を下げる。

「あ、鶴来 タケルです。」

それに習い、タケルも自己紹介をしてぺこりと頭を下げた。


「あの僕たち、さっき•••••会いましたよね?」

翡翠はいきなりの問い掛けにポカンとした表情を浮かべたが、すぐに納得顔で言った。

「業を見ていた時に隣にいた殿方、ですね!」

翡翠の言葉の端々に優奈よりも恭しさを感じる。翡翠も生粋のお嬢様なのだろうか。


「業•••••すごかったですよね。」

タケルの何気ない言葉が翡翠の謎のスイッチを押す。


「そ、そうなんですよおお!あの木刀のしなやかな反り、上質な希木を使用していると離れて見ても余裕でわかりますよね!本当に立派でカッコよかったです!」

突然、爆発したように雨あられと言葉が口から溢れ出ている。

頬も若干上気するほどの興奮状態だ。

気品さからは程遠いその様子に何故だか少し親近感が湧いてくる。

タケルの良い友人になりそうだ。



時刻は三時ちょうど。


二人はゆっくりと歩きながら、雑談を楽しんでいた。

翡翠は十五歳、タケルは十四歳。

ほぼ同い年で話も合う。何より二人とも刀剣類の話となると止まらなくなってしまう。


「え!剣士養成学校の入学試験受けるんですか?」

「はい。東支部の入学試験を。今、稽古漬けの毎日を送っているんですけど、今日は偶々休養の日だったので、前から一度来てみたかった玄天道場に来たんです。」

幸せそうな翡翠の声色はタケルの鼓膜を優しく揺らす。


「僕も受けます!東支部の入学試験!」


「え!そうなんですか?」

これには驚いたらしく、翡翠は大きく目を見開いた。

「はい。絶対受かりますよ!」


「二人とも受かればいいですね。頑張りましょう!」

二人が受かる確率は決して低くはないが、絶対とは言い難い。

それでもタケルと翡翠は同じ気持ちを共有していた。

絶対に受かろうという鋼のような強靭な意思を。


「えっと•••••あの。」

突然言い淀んだ翡翠の様子が気になる。

「どうしました?」

「あの•••••失礼を承知でお頼みしたいことがありまして•••••」

少し俯き、視線を下に向ける。

タケルは無言で続きを促す。


「わ、私とお友達になってくれませんか?」

勇気を出して言い放った翡翠は顔を真っ赤にしている。


「当たり前じゃないですか。もう僕たちは友達です!」

タケルは翡翠に向かって、満面の笑みを浮かべた。


「だからもう敬語を使うのはやめましょう。友達どおしなのに敬語っていうのも変ですから。よし、じゃあこれからよろしく、翡翠。」


「う、うん。よろしく、タケル。」


二人以外に誰一人として通りを歩いている者はいない。それでも通りには楽しげな雰囲気が充満しているのだった。











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