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君の声がする  作者: 田中ケケ
本編(下)
9/10

小さな謝罪の声

『空。やっと気付いてくれたのね。空への手紙、全部入ってるから、見てね。最後に会えてよかった。本当によかった。ありがとう。最後に遊んでくれて。楽しかった。ありがとう。私は、とても幸せでした』


 あの時、迎え入れていたら、ドアを開けていたら。加奈は私を救おうとしてくれていたのに、あの時加奈と会えていたら、加奈がこんなことにならずに済んだのに、それなのに、ノックだけって、声出せないんだから当然だよ。

 あれは加奈だったのに、来てくれたのに、それなのに……それなのに。バカ、私、本当に私……バカ。もう、どうにもならないよ。


 周りの目も気にせず走り続ける空。ちょっと前まで自分が住んでいたアパートが見えてきた。気が付けば雨が降り始めていた。まっすぐ、ただただまっすぐ重力に従って、雨粒が落ちてきた。


「…………」


 空は階段をかけ上がった。そして、ドアの前に設置されてある、郵便受けに手を入れた。


「……加奈。ごめんね」


 そこにはあった。手紙があった。まだ残っていてくれた。私の悪口が書かれているものではない。加奈からの、愛のこもった手紙があった。ようやく私のもとに届いた。




【空。私引っ越したの。家近くなったんだよ。遊びにいける距離なんだよ。私、空に会いたいな】


【空。元気? 学校楽しい? 新しい友達できた? 私は、全然ダメ……。喋れないからかな? でも、空ならきっと大丈夫だよね。だって空は優しいから。私なんかと、友達になってくれるくらい優しいからさ。ああ、何だかね、空とまた会いたいよ】


【空。また喋れるようになった? あっ、実はね私、田中さんから空の過去のこと聞いてたの。ごめんね、今まで黙っててさ。言っていいのかどうかってずっと思ってて。でも私、空の声がやっぱり聞いてみたいなぁって思うんだよね。きっと空に似合った素敵な声だと思うから、聞いてみたい。私がこんなこと言うのは違うのかもしれないけど、少し勇気を出すだけだと思うの。空は優しいからさ、きっと大丈夫。じゃあ、また手紙書くね】



 加奈からの手紙。それを受け取りもせずに勘違いしていた私。

 加奈からの手紙は優しい。加奈の方がずっと優しい。私より優しいよ。


 涙を流しながら、空の発する小さな謝罪の声は、雨の音に溶けてしまう。慟哭している。体が濡れているのは雨のせいじゃない。私のせい。その一文一文、一文字一文字から、優しさが伝わって来て、苦しくなって、自分が許せなくて。


 私は人とかかわることを辞めていた。それは、声が出せなかったからではなかった。自分に勇気がなかっただけだった。声を出していなかっただけだった。自分への罰じゃなくて、自分を守るために、それ以上傷つかないでいいように、現実を見ないでいいように。

 そのせいで、私は加奈の心を受け取れなかった。加奈の優しさを感じられなかった。私には、毎日チャンスがあった。それなのに、私はすべて、踏み躙った。

 空は泣いた。泣き続けた。泣き喚いた。


「加奈。ごめん。加奈。ごめんね。私、私は……」


 空は雨に打たれ続ける。天高くから降り注ぐ雨粒は、空の体を貫通しない。寒さなんて感じない。涙は止まらない。

 後悔の隙間に入ってくるものは、何一つとして存在しない。


「ごめんね、ごめんね……」


 加奈が書いてくれた手紙を、全て抱きしめる。胸に強く強く押し当てる。あの時の自分に、この手紙を見せてやりたい。この中に込められた思いを強引にでも注いでやりたい。


「空ちゃん! こんなところにいたの? 突然いなくなって、私、心配で、また守れないかと思って……」


 そう言って駆け寄ってきた田中さんも濡れていた。きっと、結城さんの家から傘もささずに、追いかけてくれたのだろう。


「私……私……」


 田中さんを見て、声を聞いて、泣き続ける空。体が思ったように動かない。


「大丈夫。大丈夫だから」


 空のそんな姿を見ても、田中さんは変わらず空を抱きしめる。暖かく、空のことを思う気持ちでいっぱい。

 そして、田中さんに続いて、結城さんがやってきた。


「空ちゃん、落ち着いて聞いて。実は、さっき加奈ちゃんが見つかったって連絡があったの。今、病院に搬送されているの。だから――」


 加奈が見つかった? 


 空の口は知らぬ間に動いていた。


「私……行かなきゃ。加奈に会って、会って、ちゃんと伝えたい」


 涙声でもいいから、必死で喋る。今まで喋ってこなかった自分が憎らしくても。殺してやりたいくらい自分の声が大嫌いでも。


「うん、分かってる。分かってるわ。だから、早く行かないとね、今ここにパトカー呼んだから」

「はい。私、ちゃんと……言います」


 空は手紙をすべて抱え、到着したパトカーに乗った。

 ただ、この時の空は、結城さんの涙と雨粒の違いくらい、理解できていたのかもしれない。




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