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君の声がする  作者: 田中ケケ
本編(下)
8/10

切なく睨み付けるように

 車が停車した。そこは、加奈の里親の家だった。警察の方からみんな一緒にいた方がいいと言われたため、三人と警察一人の四人で里親の家に立ち寄ることになったのだ。

 里親の家は二階建て。中も掃除が行き届いていて綺麗だった。空の昔の家の最寄り駅から電車で二駅目が最寄り駅。意外と近かった。


「……うん。いいわよね。そうよね」


 リビングでしばらく黙ったまま四人で過ごしていた時、里親の結城さんが田中さんに抱きしめてもらっている空に近づいて来た。


「空ちゃん。ちょっといいかしら?」


 結城さんは少し屈んで空と目線を合わせた。

 その顔からは涙は流れていなかった。優しく、穏やかな顔立ちだった。


 何で? 何で大人は、そうやって立ち直れるの? 強がるの? 私がいるから? 子供の前で大人は泣いちゃいけないの? 強がってなきゃいけないの? 悲しくないの? 何で私を責めないの?


 空は結城さんと目を合わせることができなかった。


「…………」


 結城さんはそんな空をしばらく見つめ、意を決したように話し出す。その表情にふさわしい穏やかな声で、言葉が空に届くように、しっかりと。


「空ちゃん。あのね、加奈の部屋、見てみる?」


 それは突然だった。結城さんの言葉の意味が、空にはよく理解できなかった。右耳から入って、ちゃんと体内の感情と絡まり合って、理解するのに時間がかかっていた。

 ほつれて千切れそうになっていた加奈との思い出が脳裏にいくらでも甦る。

 全部、随分前。最近の思い出なんて一つもない。何で、何でこうなったんだろう。


「…………」


 そして、空はゆっくりと頷いた。見てみたいと思った。加奈と別れてからの加奈のこと全部知りたいと思った。一方的な思い出にしかならないけど、それでもいいと思った。

 警察の方も、それぐらいならと認めてくれた。


「…………」


 空たちは階段を上がる。加奈の部屋は階段を上がってすぐの部屋だった。


「ここよ。ここが、加奈の部屋」


 結城さんがゆっくりとドアを開ける。廊下の空気が一斉に加奈の部屋に舞い込む。隙間からピンク色のカーテンが見える。ベッド、机、本棚と見える景色が広がっていく。

 そうやって、加奈の部屋が目の前に広がった時、空は一瞬躊躇った。自分がこの部屋に入っていいのかと思ってしまったのだ。


「空ちゃん? ここよ?」

「…………」


 でも、空は部屋の中に入って行った。加奈のことを知りたかった。私が会っていない間の加奈のことを。

 田中さんと結城さんも空の後に続いて部屋の中に入った。


「…………」


 空は部屋の真ん中まで歩いて行き、無言のまま部屋を見渡す。間違いなく、加奈の部屋だ。机の上にあるのは、昔から加奈が大切にしていたぬいぐるみだ。机の上にも、加奈のお気に入りだったうさぎのキャラクターがいくつも置かれている。

 小さいころから変わっていない加奈が、そこにはあった。


 加奈へのプレゼントとして、今日そのぬいぐるみを持っていけばよかった。

 加奈は用意していたのに、私はそんなことにも気が付かなかった。


「…………」


 そして、空は机の横の壁にかかっているコルクボードを見つける。自分と加奈が一緒に写っている写真がたくさん貼られていた。ベッドにも、写真立てに入れられた写真が大切そうに置かれていた。


「…………」


 空はそれを全部、全部見た。自分がその写真によって痛みつけられているのが分かりながら、根性で見続けた。涙を流しながら、切なく睨み付けるように。


 加奈は私のこと、こんなにも……思って。


 罪悪感に耐えられなくなった空は膝から崩れ落ち、また泣き出してしまった。


「空ちゃん。加奈ね、本当にあなたのこと大好きだったのよ」


 うん、分かってる。言わなくたって分かってる。私も、大好きだもん。

 いや……私は、そうじゃなかったかもしれない。昔は大好きだったのに、いつからか……。


「あなた宛てに、毎日手紙も書いていたでしょ? 写真だって、こんなにたくさん」

「…………」

「だから、最後にあなたと遊べて、幸せだったと思う。ううん、幸せだった。絶対」


 結城さんの目から、初めて涙が零れ落ちた。加奈のことを話していて、涙が零れ落ちた。


 今まで我慢してくれてたのに、それなら最初から流してくれればいいのに……。

 大人は……いや、一番身勝手なのは自分だ。


「…………」


 私は、バカだ。何でこんなことに……。


 空はベッドの側まで歩いていき、ベッドの上に置いてあった写真を覗いた。二人とも笑顔で映っている。〝ずっと友達〟と書かれてある写真。


 この写真。私、もう。あの時……拾わなくて。加奈はまだ、こんなに大切に、持っててくれてたのに。


 目の前が真っ暗になる。プールに落ちた時の光景がよみがえる。加奈と一緒に写っていた写真、あの時、プールに落とされた時に、空は拾わなかった。見捨ててしまった。もういい、と思ってしまった。別れる時に、加奈が渡してくれた写真だったのに。加奈はこんなにも大切にしてくれていたのに。飾ってくれているのに。


 やっぱり、私……バカだ。加奈と心が通じなくなって当然だよ。私が全部、悪いんだ。


 加奈と心が通じなくなった理由が、空にははっきりと分かっていた。自分が加奈を知らず知らずのうちに避けていたのだ。もう過去の人だと思ってしまっていたのだ。

 もう私とは関係のない人、ただの思い出、ただ昔、仲がよかった人という存在。いつの間にか加奈のことをそう思ってしまっていたのだ。


 自分のバカさ加減が、本当に、本当に……。


 空は大粒の涙を流しながら、加奈と一緒に、二人笑顔でピースしているその写真を抱きしめた。


 ごめん……加奈。私、加奈のこと、親友だったのに、大好きだったのに、ごめんね……。


「……結城さん。加奈、私に毎日手紙、書いててくれてたんですよね。それ、今、どこにありますか?」


 今じゃあ、もう遅いかもしれないけど、読みたい。加奈の気持ち全部知りたい。


「えっ? 手紙?」


 結城さんはなぜか驚いていた。


「加奈は、空ちゃんに確か毎日、届けに行っていたみたいだけど。加奈が私の家を選んだのも、空ちゃんとなるべく近いところって……えっ? まさか、加奈と今まで会ってなかったの?」

「えっ……毎日、私に?」

「嘘でしょ? 会ってなかったの? だって、加奈は毎日会いに行って……。てっきり私――って空ちゃん! どこ行くの!」


 空はその言葉を最後まで聞くことなく走り出した。


 私はバカだ……本当に、バカだ。最悪だ。最低だ。

 何で、何でこんな人間になってしまったんだろう……本当に。


「空ちゃん! 待って!」


 空は結城さんの声も、田中さんの声も、警察の方の制止も振り切って走り出した。どうしようもなく、自分を憎んで、裸足のまま家を飛び出した。


 私はバカだ、バカだ、最低だ。加奈は毎日会いに来てくれていた。私は本当にバカだ、最低だ……。

 何で、私は、それなのに私は、私は、何であんな勘違いを。


 それはどうすることもできないことだ。過去には戻れないのだから。それは分かっていた。どうすることもできないけれど……どうにかしたかったから。自分のせいだったから、空は走った。全速力で。

 脳が命令したわけではない。

 心が体を動かしていた。





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