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君の声がする  作者: 田中ケケ
本編(下)
7/10

死者捜索隊

 空はあれからずっと、崖の下に広がる景色を覗いていた。手を何度も思いっきり下へ伸ばして澄み切った空気を握りしめる。もしかしたら下に届くかもしれない。加奈が手を伸ばしてくるかもしれない。


 空が手を伸ばした空間は、さっきまでそこに人がいたという事実がかき消されているかのように何もなかったけれど、幻想は空の心を確実に支配していった。誰よりも辛くて苦しい現実を受け止めていたはずの自分が、今、現実を信じられないでいるなんて、因果応報なのかもしれない。


「空ちゃん? 加奈ちゃん? バーベキューの準備できたわよ?」


 しばらくして、後ろから田中さんの声が聞こえてきた。帰りの遅い空たちを迎えに来てくれたのだろう。

 会いたくなかった。空はこのまま逃げ出したいと思った。


 だって、田中さんからしたら、まだ私たち。

 私からしたら、もう私だけ。


 空は起き上がって逃げようとする。この場から離れようとする。森の中へ加奈を探しに行こうとする。


「…………」


 でも無理だった。悲しみや、苦しみ、罪悪感はぽつりと折れてくれなかった。

 空がいくら現実を拒絶しても、それは単なる頭の中での思考でしかなかった。

 論理的に考えて、すでにとある結論を出している自分がいることが、分かっていた。耐えられなかった。

 空は自分たち――自分が通ってきた道から顔を出した田中さんに抱き付いて、泣いた。それしかできないから、それにすがるしかなかった。


「……加奈が、加奈が」

「空ちゃん? あなた声出せたの? えっ?」


 空と加奈を呼びに来た田中さんは、声を出している空に驚いていた。急に抱きついて泣き喚いていることも加わって。


「ねぇ? 空ちゃん。加奈は、どこなの? 一緒にいたのよね?」


 田中さんの後ろから現れた里親の言葉を聞いた途端、空は現実を本当に理解してしまったのだと思う。自分が見たもの全てが現実だったんだと知ってしまったのだと思う。

 空はその場に崩れ落ちてしまった。

 その反応を見た里親と田中さんは全てを悟ったらしかった。

 里親は唖然として立ち尽くした。言葉も涙も出てはなかった。骨の髄から震える体は、隠しようがなかったけれど。


「ごめんなさい。空ちゃん。ごめんなさい」


 田中さんはすぐに空を抱きしめた。目の奥から流れ出ようとする涙を、直前で何とか押し止めて。膝から崩れ落ちそうになる体を何とか踏ん張らせて。

 空の前で泣かないように。大人だから。こういう時は泣かないようにしようと思ったのかもしれない。

 だからこそ、空には全部、それが伝わってしまった。空はまたさらに泣き出した。


 私が手を離さなければ……もっと強く握っていれば……早く大声を出して、みんなを呼ぶことができていたら……。


「ごめん。ごめんね、空ちゃん」


 田中さんは何度も謝ってくる。実際それが、一番きつかった。優しさも現実も押し寄せてくるから、辞めてとは言えなかった。聞きたくなくて、すがっていたくて、田中さんから離れたくて、抱きしめ続けて欲しくて。



 ***



 それからしばらくして警察が来た。救急隊が加奈の捜索を始める。

 空は絶望的だと分かっているのに、一縷の望みを抱いてしまった。

 救急隊なんて来なければ、そんな名称じゃなかったから、死者捜索隊って名前だったら。

 希望がないと余計に辛くなるから、救急隊などという名前になったのだと思う。

 救急車もきっと同じ原理だ。

 霊柩車は潔くて……全然羨ましくない。


 空も田中さんも里親も、まだどこかで信じていたかったのか、意味もなく冷静に駄々をこねる子供のように捜索に加わると訴えかけた。自分の心に嘘をつく瞬間。分かっているなら辞めればいいのに。


 しかし、警察からは、そんな状態では無理だと言われてしまった。三人は帰宅することになった。三人はそれが結論を物語っていたことに気が付いていない。警察も救急隊も、ただ来ただけだということすら分からずに。

 諦めるべき人が諦めてなくて、諦めてはいけない人が諦めていた。


 死が関わると、嘘はとても多くなって、それは希望やら思いやりとかいろんな理由が重なるけど、一番は自分の心に嘘をついているから。

 可能性はやっぱり、残酷だ。奇跡を信じてしまう人間は、やっぱり、仕方がないと思う。

 だって、信じること自体は、絶対悪いことではないから。

 田中さんも里親も車を運転できる様子ではなかったから、三人は警察の車に乗った。


「…………」


 帰り道、田中さんはずっと空を抱きしめてくれていた。

 空はその中では泣き続けた。


 だって、自分のせいなのが明白だったから。私のせいでまた、私の大切な人が……。


 車が何時間走ったのか分からない。行きは楽しくて、帰りは苦しくて。

 サイレンを鳴らさずにひっそりと走るパトカーの中は、もっと静かだった。





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