少しだけ、疑ってしまった
「空ちゃん。準備はいい? 加奈ちゃんたちとは、現地で会えることになっているわ」
空はこの時、確実に心躍らせていた。やっと加奈に会える。そう考えると自然と笑みが零れてくる。不安と期待と、それによる高揚感。車の中で、空はずっと加奈との思い出を振り返っていた。
「やっと着いたわ。見て、空ちゃん。この景色! 綺麗でしょ!」
空と田中さんを乗せた車はとある山で停車した。紅葉がとても綺麗な山だった。
でも、私にとって、景色とか、そんなことはどうでもいい。
「…………」
空は田中さんの服を引っ張る。山に見惚れて写真なんて撮らなくてもいいからと。
「ああ、ごめんね。加奈ちゃんね。あっちにいるわよ。もうテントは立ててくれているらしいわ」
そう。空は加奈に一刻も早く会いたかったのだ。空は田中さんが指差した方向に、一目散に走っていった。
早く会いたい。加奈に。
本当に、それだけで、体が勝手に突き動かされていた。
***
少し走ると、テントが見えた。その側には人がいるのが見える。
空はさらにスピードを上げた。その人が誰かなんて分かり切っていた。
昨日から、この瞬間をどれだけ待ち望んだことだろう。会いたかった人が目の前にいるというのは、一体どれだけ幸せなことなのだろう。
「…………」
涙で視界が霞んでしまった空の目の前。そこにはちゃんと加奈がいた。少しも変わっていない笑顔で、空を優しく包み込んでくれている。
「…………」
空はいてもたってもいられず加奈の胸に飛び込んだ。涙を流しながら、思いっきり抱き付いた。
そんな空のことを、加奈はやっぱり受け止めてくれた。
暖かく包み込んでくれた。
空は加奈の胸の中で、最大限の喜びを表現する。体をこれでもかと密着させ、強く抱きついて、涙を流す。
やっぱり、この感覚だけは特別な感じがしていた。
「…………」
加奈も空を全身で受け止め、一緒に涙を流して喜んでくれた。
空の頭を優しくなでながら、一緒に。
「…………」
ただ、その時、空は妙な違和感を覚えていた。それは、加奈の考えていることが分からなかったこと。
もちろん私に会えて嬉しいのだということは分かっていた。けどそれは、私の心に訴えかけてきたからではなく、加奈が泣いている様子を見て、自分の頭で判断したもののような気がする。
少しだけ、自分自身を疑ってしまった。
「…………」
空は無意識に抱きしめる力を弱めてしまった。
たった少し離れていただけなのに、それだけなのに――私たちの繋がりは途切れてしまったのだろうか。私の心が変わってしまったというのか。
いや、確実に私の心は、変わったのだろう。いじめられ、暴力を受け、人を信じなくなって。
そんな心になってしまったから、加奈の心が分からなくなってしまったのかもしれない。
加奈も空の感じた違和感に気付いたらしかった。加奈が空の手を握り、目を里親らしき人に向けて、何かコンタクトを取っていた。
「二人で遊びに行きたいのね? いいわよ。夕飯までには帰ってきなさいね。今日はバーベキューするから」
キャンプ場の調理場で料理をしていた里親からの了解をもらった加奈は、空の手を引き歩き出す。二人は一緒に山道を歩いた。
山はとても綺麗だった。
そのせいで、少し、嫌になった。
山道を歩いている間、ずっと加奈と手を繋いでいたのに、空には加奈の気持ちが、何一つ分からなかったのだ。全然、伝わってこなかったのだ。
以心伝心なんて、誰がそんな言葉作ったんだと、恨みたくなるくらい。






