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君の声がする  作者: 田中ケケ
本編(上)
3/10

思い出として、残っている

 こうして空は、声が出せない生活を送るようになり、今はいじめられている。声が出ない人なんて、かっこうのいじめのターゲットだった。

 だから、空はここ一か月、学校には行っていない。あんなところ行く必要もない。毎日飽きもせず同じことを繰り返すクラスメイト達は人間ではないと確信している。動物でも、そんな退屈なことはしない。


 そんな空にも、少し前までは親友がいたのだ。事件の後、空が預けられた施設で出会った加奈かなという名前の女の子。同い年で空と同じく、喋ることができない子供だった。加奈は生まれつきだったけれど。


 空と加奈は、お互い話すことはできなかった。お互いの声を聞くことはできなかった。

 でも心で繋がっているみたいに、互いの気持ちが手に取るように分かった。以心伝心は確かに二人の間に存在していた。科学で立証はできないだろうけど。超能力と言われたっていい。バカだと思われたっていい。

 空と加奈が毎日一緒にいて、毎日一緒に遊び、楽しさや嬉しさといった感情を共有していたことは紛れもない事実。加奈のおかげで空がどれだけ救われたかも、空の中に思い出として確かに残っている。思い出として、残っているのだ。


 ただ、空は自分が不幸の名のもとに生まれた人間なんだと思わされることになる。

 空と加奈。心が通じ合った二人は、親友だった二人の仲は突然引き裂かれた。二人が中学校に入る時、空の父親と名乗る男が現れ、空を引き取っていったのだ。


 父親に連れられて、空はまた一人になった。父親は仕事が忙しくて家には全く帰って来ず。引っ越したため、加奈とも会えなくなった。引っ越した先の中学校では、当然のようにいじめられた。中二の秋になると学校に行かなくなり、家に引きこもるようになった。よく中二まで耐えたなと自分でも思う。

 いや違った。

 ただ興味がなかっただけか。どうでもよかっただけか。


「…………」


 空はその家でも一人だった。仕事が忙しいのか、父親は時々しか帰ってこない。帰ってきても、三カ月ほど前から暴力をふるうだけふるって寝てしまう。最初のうちは優しかったのに。父親が帰ってきた次の日は体中あざだらけ。

 大人って、きっと子供にはいい顔したがるのだ。正しい人間に見られたいのだ。

 でも、それが見せかけだから、最初のうちしか続かない。


 午後三時。空はワンルームのアパートの中にいて、何もせず時が過ぎるのを待つ。ドンドンドン。扉をたたく音。また来た。どうせクラスメイトたちだろう。またからかいに来たのだろう。

 だから、空は反応してやらない。毎日続くその嫌がらせをずっと無視している。


「…………」


 しばらくノックが続くと、今度はポストに何か入れたような音が聞こえてくる。どうせ、【死ね】などと書かれた紙だろう。毎日やって飽きないよな、バカだろあいつら。


 だから、空は一通もその文字を読んでいない。読んでやらない。当然だ。誰が自分の悪口を書いている手紙を進んで読むだろうか。それが、クラスメイトたちから面白がられているのだったら、なおさらだ。

 どうせ取りに来るところで捕まえようとでも思って、待っているのだろうし。そんな単純な罠に、わざわざ引っかかる必要もない。


「…………」


 またしばらくして、人の気配は完全に消えた。周りには誰もいなくなった。

 どうして自分は生きているのだろうか。何であの時、私だけ殺さずに、犯人は死んでいったのだろうか。私も殺してくれればよかったのに。そんな覚悟もできないまま勝手に死んでいくなんて、人を殺した身としてありえない。

 空は犯人をそうやって恨もうとしても、結局自分にその感情が巻き戻ってくるのを、何度も経験している。

 この世界の中で自身の存在価値はない。モノクロの世界で生きる意味なんてない。もう耐えられない。

 空の心は限界を迎える寸前だった。





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