真っ白な空間
快速電車がすごい勢いで目の前を通り過ぎて、風に洋服の裾が揺れた。
こんな時、隣りに貴方が居たら。
日の暮れたホームには人が一人も居なくて、煙草の煙と共に電車を待つ私は遠くに見えるネオンの光をぼんやり眺めていた。
大きなサングラスは目の前を茶色く染めて、なんだか空しかった。
少しだけ惨めで、誰かと比べる事に疲れた私。
もっと自分を好きになれたら少しは変わっただろうと思う。
あの日以来、同じ香水しか付けてないけど、私貴方の事どこまで好きになれるだろう。
他の優しい何か探してみたけど、道端には転がってないみたい。
少し寒くなってきた。
やっぱりこの時期は風邪を引いてしまうから、胸が騒ぐ。
ちゃんと笑ってくれたら、泣いてしまうかも。
見た事ない顔して笑ってくれたら、小さくて真っ白な光の粒が心臓をいっぱいにしてしまうかも。
そんな事考えたら頭がくしゃくしゃになって、思わず眉を寄せてしまった。
今変われば、きっと何か見つかる気がして細い指先が震える。
昨日、どこか遠くに二人で居て、海を背景に笑っている貴方を夢の中で見た。
目が覚めた時には雨が降っていて、ベランダの洗濯物が濡れていた。
雨が昨日を連れて、玄関の向こうから靴音を鳴らしてはくれないかと、寝ぼけた頭で私は考えていた。
だけど雨が連れて来たこの澄んだ空を見上げて、私は今冷えた駅の中に一人ぼっち。
電車はいつまで経ってもこなくて、しばらくはこのままなのかと切なくなった。
私はこのままどこへ行くのだろう。
いつか押しつぶされてしまいそうで少し怖い。
肌に触れてみたって、ただの気紛れでまた一人で欲張りになってみるだけ。
だけど文字より声よりここに居なければ意味がない。
何か保障が欲しくて、色々足掻いてみたけど何処にも無かった。
二人の間には真っ白な空間しかなくて、いくら寄り添ってみても満たされなかった。
だけど貴方は温かくて、意味とか焦躁感とかどうでも良かった。
曖昧ささえ愛しくて、瞼が震えていた。
このまま電車が来なければ、どうやってうちへ帰ればいいのだろう。
誰か迎えに来てくれるだろうか。
苦しい。
適当な歌に自分を重ねてみたけど、音は脳を揺らして遠くへ飛んでいった。
爪の先から初秋の風が入り込んで、ただでさえぐちゃぐちゃな身体の中に割り込もうとする。
特別な衝動も、視界を作っていく美しい存在も、些細な言葉も、近い未来への恐れも何もかもが貴方によって作り上げられたもの。
今も鮮明に睫毛の先に残っている。
その全てが私の何かを変えて、穏やかな眠りさえ与えてくれない。
貴方が私と同じぐらい寂しくなればいい。
そしたら孤独を慰め合うために、貴方がここにやって来てくれる。
そしたら約束なんて無くても、生きていける。
そしたら冬が来た時に幸せになれる。
ふと気付いた時、遠くから近付いてくる電車の音に身を委ね、私はふわりとした波を感じた。
いつの間にかプラモデルみたいな車内に立ち尽くし、光の速さで通り過ぎていく民家を見ていた。
小さな花達が花びらを成して玩具みたいな農園に揺れている。
全てがうっとおしいぐらいに意味を作り上げている。
何があっても、私の心臓は意味を持つだろうか?
そんなに強くなれる自信がない。
代わる代わる押し寄せる波にただ身をまかせながら、そこに貴方を探している。
笑っても怒っても泣いてもどれでもいい。
私にもっと何かを見つけて。
金曜は会える?
連休は会える?
余計な手間で、もっと私をいっぱいにして。
何か貴方のせいにして面倒臭くなりたいから。
新しいジーンズが履きたいから。
どんなに最悪でも最高でも、駅の改札口で貴方を待っていたい。
怖くてもいい。
未来なんてどの道脆くて危ういのだから。
幸せな人達の溢れた駅に降り立ち、今自分の壊れかけた現実を感じる。
ヒールを鳴らして胸の鼓動に合わせてみる。
滑稽だねと笑って。
もう嘘でもいいから。
切符を通した改札のその先に貴方の姿を探す。
そうすれば、何か慰められるよ、きっと。
なかなか見つからないで居て。
そしたら今だけは幸せになれるから。