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第四章ー鍛練

蓮は放課後に真っ直ぐ登美垣時計店に行こうとするが、全く着けなかった。記憶を頼りに歩くが、どうしても店に着かなかった。

頭を捻ると、先日の会話を思い出す。

『境界線。これを越えて来る』

この境界線というのは恐らく結界だろう。という事は、何か術的なものが働いている。それは素人の自分には見抜く事の出来ない何かなのだろう。

蓮は合点すると、再び首を捻る。では、どうやって行けば……。

「あ、コンパス」

コンパスを取り出すと、目の前の壁をさしている。という事は、ここ?

蓮は恐る恐る壁に手をつけると、ヌプっと、水の中に手を沈めたかのように入って行く。ここであると信じて、一歩を踏み込むと、そこは路地だった。路地の奥に、古びた時計店があるのが見えた。

真っ直ぐに路地を進んで行き、時計店の扉をあける。

「いらっしゃ……あ、蓮さん」

「こんにちは」

叶は時計を弄っていた手を止めて、カウンターを出て蓮の方に歩み寄る。

「もう読みきってしまったのですか?」

「うん、神話の本とかは読んだ事があったから」

「そうですか」

叶に本の入ったトートバッグを渡すと、蓮は身軽になる。肩の重圧とは違う。ある種の達成感。

「どの本が印象深かったですか?」

「……天体と、神話かな。地理もそうだけど、天体には神様の名前がついてたりして、やっぱり面白いし、星って綺麗で、星座も楽しいし」

「あは。ロマンチストですね」

ロマンチスト。そう言われると、少し恥ずかしい気分になる。蓮はそれで、と話題を進めてその流れを無くそうと試みる。

「興味ある事を聞いてどうするの?」

「構成する術式の基盤を決めます」

「……術式の基盤……」

段々と、常軌を脱してきた。蓮は一語一句、聞き逃さぬよう神経を集中させる。

「術式は、術者によって変わります。同じような魔術、術式であっても、術者が違えば異なるものだと言えるでしょう。ですから、私が蓮さんに教えられるのは術式の基盤と組方だけ、ということになります」

術式は十人十色。蓮は噛み砕いてメモにペンを走らせる。

「蓮さんは天文学と神話、つまり占星術と神聖魔術をメインに使う魔術士になります。これは自分で片方に絞ったり、複合させると良いでしょう 」

そこから、約4時間に及ぶ魔術のレッスンが行われた。蓮は常にメモをとりつつも、細かい話を聞き逃すまいと脳をフル活動させ続けた。

「今日はこのくらいにしましょうか」

「ありがとう」

正直言って消化しきれるか不安な量であった。蓮は要点だけを押さえたハズのメモを眺める。莫大な量になってしまった。全ては密接に関わってる、これが一番大事な事に思えた。

「それと、身体は鍛えておいて下さいね。ブラムスさんはかなりの危険人物ですから。おまけに協会という大義名分まであります。襲って来る可能性は常に充分にあります」

「うげ、それは避けたいな」

「万が一ですよ。……体術の勉強もしていきますか?」

叶の口からとんでもない事を聞いた気がした。こんなほっそりとした子が体術なんかまで体得してるのか。

「大した事は教えられませんが」

「それじゃお願いしようかな」

「では」

叶は表に出ると扉に鍵をかけて店の脇から裏に向かう。少し広めの庭に、テーブルやベンチが置かれていた。

「昔、父に体術を仕込まれました。結構手荒くて、父はしょっちゅう母に叱られてました。女の子なんだからと」

言うと叶は机を隅のほうに持っていくと、オープンフィンガータイプのグローブを手にする。大分古びたものだった。

そのあと、拳の握り方から始まり、構え方、細かい武道のコツを教わった。といってもそのコツも頭で理解しても身体がついて来ないという、かなり大変なものばかりだった。

何より慣れ、という事でスパーリングもさせられて、蓮はボロボロにされた。

一撃食らう毎に何が悪いと事細かに言われ続け、大分心身ともにボロボロだった。汗をかく程の激しい運動はしていない。蓮が攻めて、その度にあしらわれるだけだった。女の子に負ける、というのが恐ろしく心にダメージをあたえた。

「このくらいにしておきましょうか」

叶はスポーツを終えた後のスッキリ、と言わんばかりの顔をしている。大丈夫ですか?と逐一聞いてくるあたり、まさか人を殴るのが趣味という事はないだろう。

体術の修練は一時間程度。体力のない蓮がへばるのを見て、切り上げた。

「身体を動かすのは良いですね。蓮さん、身体はキチンと日頃から鍛えておかないとダメですよ」

勉強にしがみついて読書と勉強の毎日。身体を動かす機会なんて滅多になかった。叶の指摘に蓮は苦笑いをしてしまう。

「学生の本業は勉強じゃない?俺、こう見えて頭は結構良いんだけど」

実際、全国模試では100位には必ず入っている。学校でもベスト30だ。数字だけ見ると少し微妙だが。

「蓮さん、本業さえしていれば良いという事はないでしょう。仮にそうならば、学校のカリキュラムに体育なんてものは存在しないし、美術や音楽も不要でしょう。

テストの結果が良ければそれで良い?いいえ、違います。

例えば料理人の本業は美味しい料理を作る事です。美味しい料理なら、見栄えが悪くても良いのでしょうか?違いますね?本来一番大切な味、それに匹敵するくらい、見た目が大切なのです。

何かが疎かになっているのを本業のせいにしてはいけません。勿論、全ての時間を本業に費やしてるようなら、それはそれで良いとは思います。とくに学生なら。あちらこちらに手をだして全てがいい加減になるのも考えものですがね」

蓮はばつが悪そうな顔をする。叶の前では、いい加減な言い訳は通用しない事が判明した。確かに少し勉強する他は結構自堕落な生活を送っていた。恐らくその事を見抜いた上での発言だろう。

確かに、ここに来た理由も元を辿れば暇で目的もなく、どったのを思い出す。

「少し厳しく言い過ぎました。すみません」

「いや、そんな」

蓮は頭を下げる叶に狼狽えてしまう。なんで自分が謝られてるんだろうと、後ろめたさを感じてしまう。

「ど、導師に頭下げさせる弟子なんて聞いた事ないって!」

蓮が慌てて言うと、叶はふふふ、と可笑しそうに笑う。

「それもそうですね、悪い弟子です」

片手を腰に当てて、もう片方の手の人差し指を向ける。尖った口が可愛らしいと、蓮は思った。

そのまま蓮は帰路につく事にした。荷物をまとめると、そのまま時計店を後にしようとする。

「おやぁ?」

すっとぼけた、聞き覚えのある声。蓮は背筋が凍るような気分になった。

「あら、ブラムスさん」

叶はにこやかな笑顔を浮かべて前に出る。蓮は平然を装って黙って会釈をする。ブラムスは白いドレススーツを着た白人で、ギザな雰囲気をプンプンと匂わせていた。

「こんばんは、カナエ。弟子かい?」

「私の弟子第一号です」

すっと叶は蓮をブラムスの間合いの中に入れる。再び蓮はぎょっとするが、それでも頑張る。

「えっと、室伏蓮です」

言って右手を差し出す。叶とブラムスがおや、という顔をする。蓮は何かいけなかったかと首を傾げる。

「レン、ムロフシ。君は日本人だろう?日本人に握手をする習慣はないとおもってたが」

言いつつブラムスは白い手袋を外して、掘りの深い顔に深い笑みを浮かべて握手をしてくる。

「ブラムス。魔術士協会に勤めてる」

「あだだだだ!!」

ブラムスはかなり強い握力で、思いっきり手を握ってきた。叶が後ろで笑ってる。

「ブラムスさんの握手はかなり痛いで有名なんですよー」

「ところで、レン。なんで握手のために手をだした?」

蓮は痛みのあまり恨めしい目で見ながら答える。

「……あなた、どうみても白人でしょ?うちの親父も白人なんだ。ブリティッシュ。だから白人の知り合いも多くて、白人相手には握手する習慣がついたんだ」

「なるほど、レンはハーフか」

言って顔を覗きこんでくる。

「言われてみれば他の日本人より掘りも深い。肌も少し白いね。ここまで特徴の解りにくいハーフにあったのは久々だ」

ブラムスは蓮に興味津々と言った感じだった。

そこで、叶が咳払いをする。

「ブラムスさん、世間話をしに来た訳じゃないでしょう?」

「ああ、そうだった、忘れてた」

ブラムスは思い出したように振り返るが蓮をしきりに気にしてるようだった。

「最近、とある魔術士集団が一般人をラチしててね。そいつらに制裁を加えないといけないんだ。ただ人数が解らない。そこで手練れである叶に白羽の矢がたった訳なんだ」

「私ですか?」

「そう。といってもほとんど私の補佐。表から私が派手に暴れ回るから、裏手から逃げようとする連中を迎撃追撃して欲しいんだ」

「その口振りだと、施設は横からの逃げ道はないんですね?」

叶の言葉にブラムスが笑う。

「いやぁ、これがね、かなりあるんだよ」

おいおい。蓮はげんなりした。逃げ道があるんじゃダメじゃないか。

「けど、結界を張るから大丈夫だよ」

まぁ、叶は迎撃だけ考えておいて。ブラムスは紙を取り出す。

「詳細はここに書いてある。目を通しておいてくれ」

それだけ言うと、ブラムスは立ち去った。蓮は胸を撫で下ろす。殺されるかと思った。

「成程、蓮さん、週末ですし、参加してみませんか?」

「え!?」

「少しショッキングな事になりかねませんが、実戦です」

「いや、無理じゃない?」

「大丈夫ですよ、魔術士全員が私やブラムスみたいに鍛えているわけじゃありませんから」

そんなに言うなら、と蓮は頷く。

そして週末までの間、蓮が生きた心地がしなかったのは、言うまでもない。

さて、ブラムス再登場

一週間に満たない修行って、どれだけ意味あるのかと言えば、やらないよりマシ、程度ですよね

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