第九章―終幕~カウントダウンゼロ
胸騒ぎを覚えた叶は、店を出て走り出す。ひどい胸騒ぎが止まらなかったからだ。
夜空は平穏で、優しく叶を照らす。しかし、胸騒ぎの正体を教えてはくれない。
「サーチング!」
もしも、ブラムスが蓮の元に向かっているなら、結界を張っているはず。そう踏んだ叶は、自分の結界から出ると、索敵をかける。すると、普段は存在しない魔力が、ひっかかった。
「蓮くん!」
叶は結界に向かって走り出す。今の蓮では、ブラムスに勝てない。それは叶が良く解っていた。すると、叶は結界内部から、よくしった魔力を感じた。蓮が、『ブースト』を使ったのだろう。生と死の間際で、術は完成したようだった。しかし、叶は安心できなかった。蓮がブラムスに向かっている。叶にはそれが解った。魔力に、戦意が含まれていたからだ。
叶が結界に到達すると、そこに待ち構えていたかのように、ブラムスの部下がいた。
「ここは、通す事ができません」
「叶様、どうかお引き取りを」
「そうはできません」
叶は手甲を構えて二人を睨む。ブラムスの部下だけあって、大した熟練者だった。
だが、
「『ブースト』!」
『ブースト』を蓮に教えたのは叶だ。叶は蓮が奥の手として使った『ブースト』を使うと、二人の意識を一瞬で奪い、結界内部に侵入する。かなり複雑で、少し変わった術式であった。いくつかの術式を混合させていた
ブラムスの実力を再認識する事になった。これだけの術ならば、並の魔術士なら突破する事は出来ないだろう。だが、叶は術式の隙間を縫うように無効化して、結界を突破する。
「蓮さん!」
「……早かったね、カナエ」
ブラムスは、今まさに蓮の胸に刃を突き刺したところだった。蓮が血を吐きながら、叶に目線をやる。
「蓮さん!!」
「……か、かな……ぇ……」
ブラムスが剣を抜くと、蓮の身体が崩れる。倒れ込んだ蓮の身体の周りに、血が広がっていく。叶は蓮に駆け寄ると抱き締める。
「蓮さん!」
「……ごめ……、だめ、だった……」
「なんで!?なんで立ち向かったの!」
平常ではいられない叶が、叫ぶ。蓮は蒼白な顔をしている。
「……たす、からない、か、な……」
「剣は肺を貫いた。レン、君はもう、助からないよ」
ブラムスは、バツが悪そうに顔をそむける。ああ、こいつは本当に、俺と仲良くしたいとは思ってくれてたんだ。蓮は、自分を殺した相手を見ながらそう思った。
「私を、私を残していくなんて。おじいちゃんみたいに私を残していく事、ないじゃない!」
叶は蓮を抱きしめて泣きじゃくる。その姿を見るに耐えられなくなったブラムスが、そっと立ち去る。ごめんよ、レン。本当に。ブラムスの声が、蓮の耳に哀しげなトーンで反響する。おしかったなぁ、と心の底から悔いる。
「ひどい、ひどいよ。わたし、まだ、蓮くんと、いたかった、のに」
「……ごめ……」
蓮は力を振り絞って叶を抱きしめる。もう、意識が飛びそうだった。目の前が、何度も暗転しそうになるが、痛みに意識をやって無理矢理意識をつなげる。
「……かな、え……」
好きだよ。蓮は、叶の耳元でそっと囁く。
この恩人を、いつしか愛していた。いつからかは解らない。助けて貰って、色々教えて貰っていく中で、確かに蓮は叶を愛していた。だから、今日は本当に楽しかった。死ぬには悔いが残るが、叶と過ごせた今日は、最高の日。最高の日に、蓮は死ぬ。
「……」
叶は驚いた顔をしていた。もう、蓮には叶の顔すら良く見えていなかったが、なんとなくそんな気がした。やっぱり、俺じゃダメか。蓮は死に際でそんな事を思う。やっぱり悔いが残った。
「私も、好きだよ、蓮くん。……誰、よりも」
ぎゅっと抱きしめられながら聞いた言葉は、蓮が何よりも望んだ言葉。今日は、本当に楽しかった、耳元でそう言われて、同じ気持ちだったんだ、と蓮は安堵する。
「……か、なえ」
何?叶は涙でぐしゃぐしゃになった顔を、蓮に向ける。もう、背中にまわされている蓮の腕に力はなく、まぶたも閉じていた。
「……笑って、生きて」
「うん、うん」
「俺の、ぶ、んも」
「うん」
「今日は、寒い、ね」
蓮は、そっと叶の頬を撫でる。その腕から力が抜けて、蓮は笑いながら死んでいった。
「蓮くん、蓮くん」
叶は動かなくなった蓮を強く抱きしめた。いつも笑顔で、優しかった。殺されると聞いてビクビクした姿は、申し訳ないけど、少し可愛いと思った。修行に熱心に打ち込む姿は、カッコよく、いつかは自分を超えると思うと、逞しく、少しさびしかった。
そんな蓮は、もうこの世にいない。
「カナエ、もう、やめるんだ」
「……ブラムス、さん」
蓮を抱きしめながら、叶はぼそりと、まるで独り言のように話しかける。
「私は、別にあなたを恨んだりはしません。あなたの仕事がどういうものか理解しているつもりです。商店街の人から頂いたものも、あなたの手回しだったんじゃないですか?」
「……。なんの、事かな」
「あなたの、蓮くんを見る目は、時に師匠のようでもあり、兄のようでもありました。あなたは、蓮くんに最後の思い出を作らせてあげようと『暗示』を使って、私がよく行く店の人に映画のチケットを私に渡すようしむけた」
叶の言葉に、ブラムスは特にリアクションする事なく聞いていた。
「そしてこの結界」
未だに展開され続けている結界を叶は見る。
「痛覚を抑制、痛みを感じさせないための魔術を使いましたね。完全に消しさることは不可能でしょうが。さらには回復関係の魔術も組み合わしていますね。あなたは、私がここに来る事を妨害しながら予想していましたね。貴方的にはベストのタイミングだったのでしょう。もう死ぬ蓮くんが、痛みをなるべく感じないよう、少しでも長く話せるようにと」
「だから、なんだっていうんだ、カナエ」
ブラムスは、笑いながら、おどけたように手を広げる。
「だから、なんだっていうんだ」
私は、レンを殺したんだ。ブラムスはそういって立ち去る。
「ブラムスさん」
影に消えようとしていたブラムスの足が止まる。やれやれ、と首を振る。
「まだ、何かあるのかい」
「もしも、私が蓮くんに声をかけて魔術修行をさせていたとしても、協会は陰秘漏洩といって暗殺しますか?」
「……するね。それは正規の手続きじゃない。協会は古い。古いから、堅い。そして、汚い。金を払って自分達のところに弟子入りを志願しないとダメだろうね。ようは金さ」
「私が協会にお金を払って、蓮くんを弟子にする事は出来ますかね」
「……いや、ダメだな。今も言った通り協会は堅いんだよ、カナエ。例外は、ない」
「……そっか。じゃぁ、『戻し』ても私と蓮くんの人生が交わる事はないんだ」
叶の言葉に妙な引っ掛かりを覚えたブラムスは、叶のほうを振り返る。叶はどこか、決意したような顔をしていた。
「ブラムスさん、登美垣は時神、時間の神のアナグラム、というのは以前に説明しましたよね。時神は、時間に特化した魔術士の血統なんです」
「……カナエ?」
振り返ったブラムスの顔は、叶にはひどく落ち込んでいるように映った。やっぱりこの人は、蓮くんを本当は殺したくなかったんだな、とどこか安堵する。
「時間に盲執した私の祖先は、ある術式を作り上げたのですが、あまりに危険だったので、それを一子相伝でもって、それを伝えて来たんですよ」
にっこりと、ブラムスに向けて笑う。
「ブラムスさん、次の世界では、蓮くんを殺さないで下さいね」
「……次の?カナエ、何を言ってるんだ?」
意味が解ってないブラムスをよそに、叶は祝詞を紡ぐ。
荘厳麗美、時間に対する賛美と、背徳を、叶は美しく歌う。
「『リバース』」
生まれ変わる?ブラムスが首をかしげると、巨大な魔方陣が浮かぶ。
「!?」
「……アハハ」
叶の笑い声に気付くと、ブラムスが視線をやるとそこには、髪が真っ白になった叶が汗まみれで倒れていて。
「カナエ!?これはいったい!?」
「……時間の流れを、反転させてるんですよ。発動してから、起動までに少し時間がかかりますけどね」
「時間の流れ?そんなこと、出来るわけ」
「出来るんですよ、これが。覆水盆に返らずと言いますけど、じゃぁ、零れた事をなかった事にすれば良い。現象を上書きするのは大変ですから、だったら、なかった事にすれば良いのですよ」
時間を巻き戻して。叶の言っている事は、ブラムスの理解を超えていた。言っている事は解る。だが、ブラムスにしてみれば、好きな人を殺されて、狂い、何か良く解らない魔術を使っただけにしか見えない。
「カナエ、時間を戻すなんて、そんなことは」
「タイムオーヴァーですよ、ブラムスさん」
叶が笑って、世界が反転した。
ブラムスが遠ざかっていく。叶は時間の流れを感じる。時間が怒っていた。本来ない起こり得ない事を無理矢理やった叶に、怒っていた。
怒りを感じながら、叶はこの一ヶ月半を反芻する。自分の記憶は残っているが、自分以外の人間は、一切合切の記憶を失う。いや、経験する前に戻るのだ。
そうして、叶は一ヵ月半前、蓮が初めて店に踏み出した日の昼に戻って来た。
「……ハァ、ハァ……」
肩で息をしながら、結界を強化する。もう魔力はほとんど残っていない。どうせこの結界内には自分の店がある以外は何もない。万が一に結界内に入ってきても良いように店の札を『Closed』にして鍵をかける。そのままカウンターに座り込んで、ドアのほうを見る。時間になっても、訪問者は訪れなかった。蓮は、来なかった。そして、ブラムスが来て協会からの伝達といって、聞きたくない事を言って帰った。
そうして、叶は一人になった。
クライマックスです
次話完結です




