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追憶の救世主  作者: たかこ
第2部 東の森の魔女編
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第6章「光と闇」(2)

第6章「光と闇」


2.


 ぽてぽてと、数人の幼児達があどけない足取りで駆け回る。彼らの明るい声は、イリスの広場を和やかな空気で包んでくれていた。まだ午前中だが、通勤通学ラッシュは過ぎたのだろう。平日の街路は大都市イリスにしては静かである。もう少し太陽が高く上れば活気も出てくるだろうか。広場の中央にあるベンチに腰掛けながら、シズクはぼんやりとそんな事を考えていた。

 「何見てるの? シズク」

 走り回る幼児のうち、ポニーテールをした小柄な女の子へ向いていた視線は、目の前からかかった声で一気に引き戻される。同時に、他愛も無い思考もそこで中断された。

 上からシズクを見下ろしていたのは、アリスだった。見ると、彼女の両手にはジュースの入ったコップが一つずつ持たれている。その片方をシズクへと差し出してくれたので、礼を言って受け取った。

 「のどかだなぁって思って。ぼんやりしちゃってた」

 苦笑い気味に言うと、アリスはなるほどね。と言って笑う。

 「平日のイリスって、こんなに静かだったのね。休日の、人でごった返している姿しか見たことがなかったから、ちょっと意外」

 「アリスも知らなかったんだ。こういう光景」

 「ええ。イリスに滞在しても、あまり城の外には出ないし。出たとしても、休日だったから」

 シズクの隣に腰掛けてから、アリスはジュースを口に運ぶ。つられてシズクも飲むが、中身はどうやら果実ジュースのようだった。程よい酸味と甘さが、ぼーっとしていた頭をしゃんとさせてくれる。

 「それにしても、遅いわねぇリースの奴。すぐに終わるんじゃなかったのかしら」

 ジュースの味に心奪われていたシズクの横で、不機嫌そうにアリスが言う。旅の同行人の一人であるリースの帰りが遅い事に、不満が募ったのだろう。シズクとしてはゆっくりでも良いと思うが、先を急ぐ旅であるとはアリスの言い分。昔からのよしみか、ことリースに関してはアリスは手厳しいな、と苦笑いする。

 「仕方ないよ。剣を買いに行ったんでしょう? 選ぶのに時間がかかってるんだよ」

 「時間なんてかけても一緒よ。リースに他の剣なんて――」

 え? とシズクが声を上げた事で、アリスは言いかけていた言葉を止めた。口を滑らせたとでもいった風な表情を浮かべると、気まずそうに咳払いを一つつく。

 「……まぁ、武器屋の店長と昔なじみらしいし、話に花でも咲いてるのよね。きっと」

 しばしの沈黙の後で、歯切れ悪くそうアリスが呟いた。釈然としないが、アリスが追求を拒んでいる様子だったので、首をかしげるだけに留まっておく。

 「なじみのお店か……」

 ジュースをまた一口飲むと、シズクは小さく零す。一般人のシズクならともかく、王子であるリースにもなじみの店があるとは驚きだった。そういえば、町を歩いていてもリースの姿に町人は何の動揺も見せないで居る。王族だなんだと言われていても、普通の格好をしていたら案外気がつかないものなのかもしれない。もしくは、リースがイリスの町を歩き回る事が、別段珍しい事ではないかのどちらかだ。

 それにしても。と、シズクは思考を切り替える。リースが、それまで愛用していた剣を手放してしまったのは一体何故だろう。

 剣術を習った経験がないのでシズクには何ともいえない事ではあるが、剣士が長年愛用していた剣を簡単に手放す事は無いと思う。アリスが杖を失った時もそうだったように、人それぞれ自分に馴染むものは違う。新たにそれを探し出すのは非常に気を遣う作業だからだ。

 イリスの町に寄って剣を買って来る。とリースが言い出した時に理由を尋ねてみたのだが、上手い事はぐらかされてしまった。彼が自分に同行出来るようになった原因も含め、どうも自分はいろいろと話から置いていかれているような気がしてしまう。

 (まぁ……わたしも似たようなものか)

 東の森の魔女に会って、彼女に自分の魔力を全て無い物にしてもらう。その決意は、イリスピリア王以外にはセイラにすら話していない。隠し事をしているのなら、お互い様だろう。そう思い直すと、シズクはもう一口、ジュースを喉に流し込んだ。







 「――剣を売れ、だと?」


 よく日に焼けた、脂っこい顔を大いに歪めて、その男はリースに言った。何を世迷いごとを。とでも言うような表情だ。

 「武器屋だろ? 剣くらい、それこそ捨てるほど置いてるじゃねーか」

 「いかにもここは武器屋だが、お前さんに売れる剣なんて、1本たりとも置いてないよ。リース王子・・

 皮肉に皮肉を返す形で、男は言う。王子、と言われてリースはしかめ面になった。この男が自分をその敬称で呼ぶのは、かしこまった時か、嫌味を言う時のどちらかだ。

 鍛冶屋も兼ねるこの武器屋は、リースにとって行き着けの場所だった。今目の前で渋い顔を浮かべている初老の男が店主で、名はバルガスという。粗雑な性格だが腕は確かで、イリスピリア王家の剣の世話人も担っている。リースとも幼い頃から関わりのある人物であった。

 「俺が造った剣はどうした」

 「諸事情あって、親父に預けてきた」

 「預けてきただとぉ!?」

 目を丸くしてバルガスは身を乗り出してくる。

 「……あのなぁリース。あの剣を手放して旅立つというのか? いくらイリスピリアが世界的に治安が良い地域とは言え、町の外に出れば魔物が闊歩してる。それも近年、劇的に増加傾向だ」

 分かっているのか? と低い声で凄まれる。それに対して分かってるよ、と不機嫌そうに答えると、バルガスは呆れたようにため息をついた。まぁ、リースとしても彼が言う事が正論であるとは思う。リースが今まで使っていた剣。他ならぬこの男が造ったあれは、特別製なのだ。

 「封印の剣。……あれ以外の剣は、今のお前では一切振るえないよ」

 急に真面目な顔になると、冷静な声色でリースに言い放つ。自身の右手を見て、リースは歯噛みした。

 イリスピリア王が、リースが生まれた時に造らせた剣には、『封印の剣』とバルガスが言うように、強力な魔力封じが施されている。専門外なので細かな理論等は分からないが、呪術師が対魔道士用に使う、魔力を封印する術式を応用したものだそうだ。

 リースはその剣以外、まともに使えない。幼い頃は、例の力・・・も大して強くなかったからある程度は可能だったらしいが、今となってはおそらく完全に無理だ。

 「本気出さなきゃいいんだろ? 鈍らでも構わない。今はとにかく、最低限身の危険を守れればそれでいい」

 「対人だったら、お前の腕だ。適当にあしらってもたいていの場合勝てるだろう。けれども、相手が魔物になってくると、そんな生半可では上手く行かない。悪い事はいわないよ、今からでも陛下の所へ行って、あの剣を返してきてもらえ」

 「それは無理」

 間髪入れずに否定の言葉を述べるリースに、バルガスは片眉をぴくりと釣り上げて珍しそうに瞬きする。

 あの剣が無いと、道中何かと大変なのはよく分かっている。それでも父に差し出したのは、他ならぬこの旅に参加するためである。取り引きの切り札に使った代物を、今更返せとは言えない。第一、そんな事をしてしまっては、一度示した決意の証が揺らいでしまいそうで嫌だった。

 真剣な顔で見つめるリースから、バルガスは何かを感じ取ったのだろう。詮索するように薄められていた瞳は、やがて好奇心を含む色を宿す。にやぁりと、普段は真一文字に結ばれている唇が弧を描いた。

 「……コレ関係か?」

 ぴっと小指を立てて笑うバルガスに、リースはあからさまに嫌な顔をする。そう言えばリサからもつい先日、同じ事をされたと思い出した。

 「なんでそういう結論に行き着くんだよ」

 「己のためには無茶をしないお前が決意して動くんだ。他人のためだろ? それも、そこまで必死になる人間だ。どうでも良い人物とは思えないな」

 にやにや笑顔をやめぬままのバルガスの言葉に、リースは眉間の皺をますます深める。だが、言われた事への反論は悔しいかな出来ないでいる。

 「反論しないという事は、ずばりだろ?」

 「まぁ……当たらずといえども遠からずってところだけど」

 リースの返答に、目の前の脂っこい男は一瞬だけきょとんと目を丸くした。しかし、やがて肩を震わせて豪快に笑いだしたのだ。他の来客が無かったから良かったものの、大して広くない店の中でこれだけ大笑いしてみろ。周囲の視線を一気に浴びる事になるぞ。と心の中で毒づく。彼が何か派手なリアクションをとると、場の空気が一気に変わる。事実、どこか陰気なムードが漂う武器屋が緩く活気付くのだから大したものだ。

 「あーもう。ここへ来た俺がバカだったよ! 他を当たる!」

 「まぁ待て」

 不貞腐れ気味に立ち去ろうとしたリースを、バルガスが止める。振り返って彼の顔を見ると、笑いすぎて涙目になっているのが良く分かった。未だに苦しそうに笑いを堪えている姿に、益々機嫌が悪くなる。

 「少しは一人前に近づいたかな」

 「?」

 独り言のようなバルガスの言葉が、何のことを言っているのかよく分からなかったが、件の男は全くこちらを気遣う様子は無いらしい。くっくと、何かを含めるような笑いを零すと、涙目のままでリースを見つめてきた。

 「腹を括って臨むというなら、一つ考えがある」

 「考え?」

 「――光と闇だよ」

 「?」

 バルガスの言葉に、益々訳が分からなくなる。怪訝な顔のリースを残して、厳つい男は鼻歌交じりに奥の部屋へと消えて行った。

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