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追憶の救世主  作者: たかこ
第2部 東の森の魔女編
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第5章「証」(9)

第5章「証」


9.


 「シズクちゃん、戻ってきてくれるかしら……」


 既に随分小さくなった3人の後姿を見つめながら、リサはぽつりと零す。先ほどまで浮かべていた見送りのための笑顔はそこにはなく、今の彼女に浮かぶのは、不安の二文字であった。

 「さぁ。それを決めるのはシズクさんですからねぇ」

 リサに苦笑いを向けると、落ち着いた声でセイラが告げる。声色こそ淡々としているが、セイラの心中もリサとそう大して変わらなかった。ここ最近のシズクを見ていると、おそらく誰もが抱く感情であろう。何か固い決意と緩い諦めの色が、彼女を侵食し始めている。その最も深いところまでは、さすがのセイラも探る事が出来なかったが、知って良い気持ちになる事ではないだろう。それだけは確信を持って言える。

 同行人としてリースとアリスが居るのだ。イリスには戻ってくるかも知れない。だが、次にイリスピリアの城門をくぐる彼女の顔に、はつらつとした笑顔はあるだろうか。不安は募る。

 「戻ってきて欲しい気持ちは皆同じですが。……旅に同行しない私共には、どうあがいても手出しの出来ぬ問題ですね」

 こればっかりはね。とセイラ達と同じような表情で、肩をすくめつつネイラス。しかし、彼の言うことが最も正論である。

 「……そうですね。シズクさんの事は、魔女とリース達に任せるしかないですね」

 割り切る事はやはり出来ないが、考えても仕方の無い事で、これ以上思い悩むべきではないだろう。でも。と、未だに納得が出来なさそうなリサを見つめ、それを諭すようにセイラは瞳を細めた。

 「それよりも、僕達は僕達なりに出来る事をするべきです」

 セイラに言われて、視線の先のリサは、はっとしたようだった。ぱっちりした瞳を更に大きく見開くと、そこには少しずつ英知の光が宿り始める。セイラの言わんとする事を悟ったのだろう。

 イリスに来て、会議やシズクの事であれこれと多忙にしていたため、落ち着いて考える時間はあまり持てなかったが、それでもセイラの中には、様々な疑問や謎が浮上してきていた。例の水神の予言にしたって、結局のところあれが何を意味するのか完全に分かった訳ではない。シズクが光だ闇だと言われているが、ひょっとしたらそれすら違っていた。という事になってもおかしくはないのだ。加えて、やたらと干渉してくるようになった魔族シェルザードの存在。彼らが何故、偉大なる蒼イアーリオ・ワイスと、シズクの持つ銀のネックレスを狙うのかも謎のままである。それこそ調べなければならない事は、ごまんとあった。

 「とにかく、分からない事が多すぎますからね。リオはどうせ、そう簡単には教えてくれないでしょうし。僕なりにいろいろと調べようと思うんです」

 イリスピリアの名家についての情報は、アリス達が大分集めてくれていたが、それだけではまだ足りない。当事者が旅立ったのだ、シズクに関するいざこざは若干沈静化しそうであるし、そうなればセイラにも空き時間が出来るだろう。国立図書館に篭って、調べものをしようと思う。イリスの町にある博物館にも、意外なヒントが眠っているかもしれない。何にしろ、行動あるのみだ。

 「それでしたら、私もお手伝いしますよ。セイラ様」

 落ち着いた笑顔でそう言ったのは他でもない、ネイラスだ。

 「陛下の言いなりばかりでは癪ですし。……これ以上苦しそうなあの方を見るのも、疲れますからね」

 息を一つつくと、いぶし銀の顔には少々の疲れが見えた。一番側でイリスピリア王を見守ってきた彼だ。ティアミストの娘を退けざるを得ないイリスピリア王の立場も、王の中に見え隠れする苦悩も、一番良く知っているだろう。家臣としてではなく、親友の一人として、いい加減見ていられなくなったのかも知れない。

 「信用できませんか? 証が必要ですかね、リース様のように」

 急に真剣な表情を浮かべると、ネイラスはごつごつした手に一枚のメダルを取り出してみせる。それを視界に入れて、セイラは目を丸くした。ネイラスの手のひらで鈍い光を放つのは、イリスピリア国の紋章が刻まれた金のメダルであったからだ。長い年月を超えてきた事を示す若干くすみ始めたその輝きには、どこか威厳すら感じられる。セイラの予想が正しいのだとしたら、おそらくメダルの裏面には、イリスピリアの守人を示す獅子が彫られているのだろう。これは――

 「12大臣の証。貴方様にお預けします」

 「……良いのですか」

 おそらくこれは、歴代の12大臣がその後継者に送り続けてきたメダルであろう。いわば大臣の志そのものともいえる代物。その任に就く者にとって、最も大切な宝といえるものだ。

 「王子は、あの剣を王に預けて旅立った訳ですから。それに対抗できそうな物は、これくらいしか思いつきませんでした」

 言われてセイラは、瞳を細める。今朝早くに、セイラを訪ねて来たリースを見た時の事を思い出したのだ。

 リースに証を立てろと言ったのは他でもないセイラである。彼の事だ。旅立つために何らかの行動に出て、結果的にセイラを認めさせてしまうだろう事は予想の範疇だった。しかし、あの剣を手放したのには、正直驚いた。

 リースがあれを手放して、例えば他の剣を手に取ったとして、果たしてまともな剣士として役に立つか不安の残るところではある。しかし、彼なりに考えた末の行動だろう。それほどまでにシズクの事が心配か。と心の中で苦笑いを零したのはここだけの話である。

 「受け取って下さい」

 ネイラスの声に、セイラは現実に舞い戻る。12大臣の一人であるネイラスが手を貸してくれるのだ。ほぼ四面楚歌であったセイラにとって、これ以上の味方は居ない。

 「……私も。 私もお手伝いします。セイラ様!」

 よろしくお願いします。と、セイラが金のメダルを受け取った直後、張りのある声で叫んだのはリサだった。手のひらに乗るコインの重みを実感する暇もなく、視線はこの国の麗しの王女の方へと向く。

 「そうよ、そうよね。リースに先を越されてしまったんだもの、私はイリスに残って、ここでシズクちゃんのために出来る事をしなくちゃ。そうじゃなきゃ収まりがつかないわ」

 独り言のようにぶつぶつ言うと、リサはエメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐにセイラへと向けてきた。

 「証、証って、皆何でも物にばかり頼る。そういうの、私はあまり好きではないけれど……でも」

 しゃらりと、繊細な音と輝きを放ちながら、セイラの前に突き出されたのはミスリル製のピアスだった。他でもない、今ここでリサが自身の耳たぶから外した物である。

 「そういうのも悪くないって、今は少しだけ思います」

 ミスリルで出来た繊細なアクセサリーは、父親からイリスピリア王家の女児に贈られる誕生日プレゼントである。セイラには読めないが、王家だけが使う特殊な文字で、リサのピアスにも王からの愛の言葉が刻まれているのだろう。

 「リースがそうしたように、私もこの件に関してはイリスピリアの王女という立場を捨てましょう。お手伝いさせてください、セイラ様」

 毅然と言い放つリサの表情は、どこか神々しくさえあった。こういうところは、10年ほど前に亡くなった彼女の母、イーシャ王妃にそっくりであるな、とセイラは思わず苦笑いを零す。

 「その証、しかと受け取りました」

 闇色の瞳を薄めて微笑むと、セイラはリサから、彼女の立てた『証』を受け取ったのだった。

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