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追憶の救世主  作者: たかこ
第2部 東の森の魔女編
96/208

第5章「証」(8)

第5章「証」


8.


 旅立ちという事に、ここまで重いものを感じたのは、初めてかもしれなかった。

 セイラから変な依頼を受けてオタニアを発つ時も、アンナ達と別れる事に寂しい気持ちは浮かんだが、覚悟だとか、使命感だとか、そういう類のものは浮かんでこなかった。心の中にあったのは、不安と、それと同じくらいの希望。イリスから旅立つ今、シズクが感じている感情なんて、あの頃は無かった。

 昨日の夜、イリスピリア王に語った事は紛れも無くシズクの本心だった。東の森の魔女に会って、気を抜けば暴走してしまう魔力を何とかしてもらう。そう、完全になくして貰うのだ。魔道士としての自分と決別する。次にもし、イリスに戻る事があったとしても、その時のシズクは今のシズクではなくなっているだろう。

 「――――」

 鏡の中の自分を睨んでから、背中まで届く焦げ茶髪を頭の高い位置で束ねた。これでいつものシズクの出来上がりである。

 そうしてから、自分に宛がわれた豪華すぎる部屋をぐるりと一瞥する。持ち込んだ荷物は元々そんなに多くなかった。けれども、それらを全て鞄の中に詰めてしまった今となっては、どこか物悲しい感じがする。後で城仕えの女達によって、綺麗に掃除されるだろう。そうすれば、この部屋はもうシズクの物では無くなってしまう。その事に少しだけ寂しい気持ちが湧くが、振り払うように息をつくと、鞄を手にして扉の取っ手に手をかけた。


 「……え?」


 しかし、扉を開けたところで、眼前に飛び込んできた人物の姿に、思わず声が漏れてしまう。向こうもそれは同じであったようで、口を間抜けに開いて、いかにも驚いた風な表情を浮かべていた。丁度、扉をノックしようとしていたところだったのかも知れない。不自然な位置で停止している彼の右手を視界に入れて、シズクはそんな事を考えた。

 「リース?」

 目の前で佇んでいる少年の名を呟くと、何故だろう、胸が緩く跳ね上がる。虚を突かれたような表情をやめて、彼が今までになく真剣な表情を浮かべたからかも知れない。

 国の乙女達を虜にしている程に整った顔なのは知っている。外見を確実に裏切る形で、本当は嫌味魔人なのだという事も。だが、丹精込めて作られた芸術品のような瞳が、こんなにも真っ直ぐ自分の方を向く事があるとは思わなかった。見つめられて、こんなに胸が詰まる自分の感情も、よく理解できなかった。

 彼は一体、シズクの部屋に何の用事だったのだろう。身につけているのは、イリスではおなじみとなっている国立学校のきっちりとした制服ではなかった。どちらかというとそれは、オタニアからの旅で彼が身につけていたものに近い。今日はもちろん休日などではない。いくら早朝とはいえ、彼がこんな格好で、寄りにもよって自分の部屋を訪れる理由がさっぱり分からなかった。ひょっとしたら、見送りに来てくれたのかも知れないが、それにしたってシズクの部屋まで訪れるのは少し不自然であるし、第一リースの格好にどこか違和感を覚えてしまう。考えれば考えるほどに、訳が分からなくなってシズクはしかめ面で首を傾げる。

 「どうしてこ――」

 「おせーよ、バカ!」

 「は?」

 突如リースの口から飛び出した言葉に、一瞬シズクの頭の処理は追いつかなかった。

 「……バカ?」

 (なんでわたしが!)

 ややあって、思い切り暴言を吐きかけられたのだという事を理解するに至り、ようやく怒りも湧いてくる。半眼になって目の前のリースを睨んでやると、シズク以上の迫力を持ってこちらを睨むエメラルドグリーンの瞳とぶつかり、怯んだ。さきほどまでの真剣な表情は彼の元からすっかり逃げてしまっている。飄々とした、嫌味大王としてのリースだった。

 「出発予定時刻は何時だよ?」

 「え? ……7時じゃないの?」

 しかめ面のリースから問われて、どもりながらもシズクは答える。そう、確かに昨日セイラから、そのように聞いていた。

 「で、今何時だ?」

 「えと、6時半を少し過ぎたところじゃぁ――」

 シズクがそこまで呟いたところで、リースは鼻を鳴らしながら自身の持つ懐中時計を、シズクの目の前に、時刻がとてもよく見えるような格好で突き出して来る。時刻を確認するため、シズクは懐中時計に顔を寄せる。時計の針が指し示す時刻は、7時30分を少しまわったところ――って

 「あーーーーっ!」

 「もう皆待ちくたびれてる。な? バカだろ?」

 確かにバカだ。そんな台詞が頭に過ぎる。慌てて自身の持つ時計を確認したところ、先ほど見せられたリースの懐中時計と全く同じ時刻を指し示していた。狂いはなさそうである。という事は、だ。シズクは丸々一時間、時刻を見誤っていたという事になる。抜けているにも程があった。

 「分かったらとっとと行くぞ!」

 焦って赤面しているシズクにかまうことなくリースは言い放つと、シズクの荷物をふんだくる様にして持ち、早足で歩き出す。一瞬彼が何をしたか理解できず、ぼーっとしていたシズクだったが、要するにリースは、自分の荷物を代わりに運んでくれるつもりなのだという考えに至り、結構いいところあるんだ。と胸中で呟いてから、後を追った。紳士的なそれか、早くアリス達の元へ行くためか。彼の性格からすると後者のような気がする。結局は自分が持って歩く事になる荷物ではあるのだが、今はなんだか少し、嬉しかった。







 「ほんっとうにごめんなさい!」


 待ち合わせ場所である城の裏口のうちの一つまでやって来たところで、シズクはまず大声で謝罪の言葉を述べ、頭を下げた。小走りでここまで来たため、まだ呼吸は荒い。だが、自分のための旅なのに、その張本人が遅れてしまったのだ。申し訳ないとはこの事を言うのだと思った。

 「いいのよシズク。余裕みての出発時間だったんだし。シズク自身まだ本調子じゃない中での出発だもの」

 焦るシズクとは裏腹に、アリスは苦笑いを浮かべるだけで、特に機嫌を損ねているわけではないようだった。彼女の隣で、そうですよ。とセイラも頷く。その様子を見て、ようやくシズクは肩の力を抜いた。

 「…………」

 裏口は大して広くない上に、人通りも無かった。一番辺鄙な場所を選んだとはセイラの言。まぁ確かに、あまり堂々と旅立ちたい気分ではなかったので、彼の判断はありがたい。万が一、通学中の魔法学校生に見られたりして、後々ややこしい事になっても困る。

 そんな場所に、見送り人が何人か来ていた。一人はこの旅を提案した張本人であるセイラ。そして、先ほどシズクを迎えに来てくれたリースとその姉リサ。更に、ネイラスもやって来ていたのだ。12大臣の一人である彼が居る事に、一瞬実を強張らせたシズクだったが、彼のブラウンの瞳はシズクに対する好意からここに来ているのだという事を十分に示せるほど優しいものだった。

 「忘れ物はございませんか? 季節の変わり目の時期です。体調を崩す事がありませんように」

 諭すように言われて、思わず頬が緩んでしまう。物言いは全く違うのに、シズクに告げる内容が、ナーリアとそっくりだったからだ。やはり彼は、どこかナーリアと通じる部分がある。

 「シズクちゃん!」

 え、と告げた時には既にリサの両腕で力強く抱きしめられていた。

 「気をつけて。また絶対戻ってきてね! これっきりとかそんなの、私は嫌なんだから!」

 突然の事にどぎまぎするが、彼女はお構い無しの様子で次々と言葉を紡ぐ。ふわりと金色の巻き毛が視界に踊ると、優しい香りが鼻をくすぐった。やっぱり王女様なんだなぁと思う。その細い腕のどこにこんな力があるのかと思うほどの腕力ではあったが。……実際、少しだけ苦しい。

 しばらく抱きしめられた後、ようやくリサはシズクを解放してくれる。よくよく見ると、彼女は国立学校の制服にきちんと身を包んでいた。当たり前である。今日は平日なのだから。ただ、その隣に立つリースの格好がおかしいのである。

 「さて、じゃ、行くか」

 眉間にしわを寄せて首をかしげるシズクの目の前で、リースは更に不可解な事を口にする。そうしてよっとか何とか言ってシズクのものと同じくらいの大きさの荷物を持つと、アリスの方へと歩いて行くではないか。

 「……ちょっと待って」

 シズクの上げた声に、一同は一斉に彼女の方を見る。歩き出していたリースも足を止めて、なんだよ。と呟いた。

 「何でリースがいかにも旅立つ風な格好してここにいるのよ?」

 「何でって……一緒に行くからだろ?」

 「はぁ?」

 何を当たり前の事を。と言った感じのリースの言葉に、ますます訳が分からなくなって間抜けな声を上げてしまう。

 「あ、そっか。シズクには話してなかったんだ」

 睨みあうシズクとリースの間に割って入ったのは、アリスの若干笑いを含んだ声だった。

 「リースも貴方と一緒に魔女の元まで行くんですよ。シズクさん」

 セイラが笑いながらそう言っても、にわかには信じられなかった。彼はこの国の王子だ。この件に関われる身分ではないと、一昨日の晩、確かにセイラは言っていたではないか。旅について来てくれようとするリースを突っぱねた張本人が、にこにこスマイルで彼を送り出そうとしている。自分は何かに騙されようとしているんじゃないか。と本気で考えてしまう。

 「それに、『証』なら、ちゃんと立てましたしね。リース」

 にやりとして、含みのある目線をリースに送るセイラ。それに同調するように、リサもにやにやとした笑顔を浮かべていた。当のリースはというと、彼らの視線を受けて、物凄く嫌そうな顔をしている。だが、シズクとしては全く訳が分からない。

 「一緒に行くって……だって……リースはこの国の――」

 「あー。それは禁句ね。シズク」

 王子。と言いかけたシズクを、苦笑いで諭したのはアリスだ。

 「今から貴方と旅立つのは、イリスピリアの王子でも、エラリアの姫でもないわ。リース・ラグエイジと、アリシア・ラント。OK?」

 「…………」

 この時のアリスの笑顔には、何だろう。何ともいえない凄みがあった。決してノーとは言わせない凄みが。

 黙り込むとシズクは、アリスの顔を見つめてから、その次に彼女の隣に佇むリースの顔を見た。左の首筋に貼り付けられた大き目の絆創膏が目に入って、一体なんだろうと首を捻る。

 証をどう立てたとか、何がどうなってこのような運びになったのかとか、誰もきちんと説明してくれない。だから自分にはさっぱり分からなかった。でも――

 「何?」

 形の良い眉をぴくりと引き上げて、怪訝そうな顔で尋ねられる。

 リース・ラグエイジ。口が悪くて、言語学マニアという意外な一面もあって、嫌味大王。お互い何も知らなかったあの頃と同じ。少しも変わっていない。

 彼がイリスピリアの王子としてではなく、シズクの仲間の一人として、彼女の旅に同行する決意をしてくれたのだろうという事は、確かな事であるようだ。

 「ありがとう」

 瞳を合わせて、笑顔で言う。視線の先のリースは、目を見開いたまま何も言わなかったが、そんな事はかまわない。すぐに視線をアリスの方へ向けると、シズクは彼女に、さきほどのリサよろしく抱きついていた。

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