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追憶の救世主  作者: たかこ
第2部 東の森の魔女編
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第4章「決壊」(5)

第4章「決壊」


5.


 ――もし仮に、ミレニィの側にシズクが居るという事が原因で、ミレニィがおかしくなっているとしたら。


 (わたしのせいで、ミレニィが巻き込まれている。という事になるよね……)


 ホットミルクの入ったマグカップをテーブルに置いて、シズクは胸中でそう零す。

 自室の広い窓から覗く夜空は壮観だった。イリスの温かい町の明かりと、雲一つ無い星空。銀を撒いたような夜空の上を、直視したら眩しいくらいに明るい月が、ぽっかりと空中散歩しているようだった。

 美しい月夜。

 だが、綺麗な月夜に良い思い出はない。以前ジュリアーノで女魔族シェルザードのルビーに襲われたのも、月の綺麗な晩だったからだ。

 (…………)

 あの時の感覚を思い出して、少しだけしかめ面になる。思わず喉元に手を伸ばすが、ネックレスの鎖の冷たい感触がしただけだった。否定するように首を振ると、シズクは思考を切り替える。

 イリスに来て以来、衝撃的な事ばかりが続いて、自分の身の上を考える余裕があまりなかった。だが、ようやくそれだけの余裕を取り戻した今、分かる事がいくつかある。

 シズクは、自分が思っている以上にイリスピリアの奥深くまで関係しているのだという事。そして、銀のネックレスを持っているが故に、魔族シェルザード達からも、目を付けられているのだという事。

 きっともう既に、無関係の一般人とは言えない立場になっているのだ。傍観しているだけで済んでいたのは昔の事。今はむしろ、事の当事者の一人にまでなってしまっている。

 それらを考えに入れ、更にミレニィのあの紅いクリスタルの事を考慮に盛り込むと、彼女の最近のあの様子は、自分と決して無関係と言えないのではと思えてならない。自分の身の回りには、今何が起こっても絶対に不思議ではないからだ。


 ――何か凄く、嫌な予感がする。


 あのクリスタルにしたって、巷にゴロゴロ転がっている代物では無いだろう。ジャンの言うとおり、ミレニィのあの態度の変化がミレニィ自身の意志ではなくて、クリスタルの怪しげな魔力によるものだとしたら。入手もとは定かではないが、もし仮にシズクが原因で、ミレニィがあのクリスタルを手に入れてしまったのだとすれば……

 (何とかしなければ)

 ひょっとしたら、単なる取り越し苦労かもしれない。ミレニィは純粋にシズクの事が嫌いで、リースとシズクの事を誤解した結果、あんな風に避けていた可能性だって否定できない。だが、もしこのシズクの危惧が間違いでないとすれば、ミレニィは全く関係が無いのに、何か大きなものに巻き込まれかけているという事になる。それだけは、絶対に有ってはならないと思う。

 部屋に帰ってきてから、そればかり考えている。だが、悶々と考えても答えは出る事はなくて。結局漏れてくるのは深いため息だけだった。

 頭で考えるだけでは限界がある。どれだけ確信に近くても、所詮は机上の空論なのだ。とりあえず明日、図書館で例のクリスタルに関するヒントがないか調べてみよう。ジャンとクレアとはその意見で一致していた。果たしてあれだけの蔵書を誇る図書館から、ミレニィの持つ怪しげなクリスタルに関する資料を見つけ出せるかは非常に不安な部分はあったが、ものはためしだ。それに、クレアという優秀な人材もついている。彼女なら、それらしい文献を見つけ出すことが出来るかもしれない。

 「明日、か……」

 これ以上考えても仕方が無い。

 ホットミルクの最後の一口を飲み干すと、ことりとマグカップをテーブルの上に置いた。そうして、そろそろ寝る準備を始めようと思い、椅子から立ち上がろうとした時だった。コンコンと、部屋の扉がノックされたのだ。

 「?」

 思わず時計を確認するも、まだ深夜とは呼べない時間ではあるが、人が訪ねてくるような時間ではなかった。それに、この部屋で生活し始めて以来、ここを訪れた者は少ない。アリスですら数えるほどだし、他に誰か居ないか考えたが、お城の使用人達以外の顔は浮かんでこなかった。

 不思議に思いつつも、とりあえずシズクは来訪者の姿を見ようと扉を開ける。ひょっとしたらアリスかも知れない、と少しだけ胸が高鳴っていた。自分から面会拒絶をしておいてむしがいいとは思ったが、やはり自分はアリス達に会いたいのだと思う。

 だが、扉を開けた先に居た人物は、それこそシズクの予想を様々な意味で裏切る人物だったのだ。視界に飛び込んできたのは、ふんわりとした蜂蜜色の髪。自分より若干小柄で、華奢な立ち姿。


 「……ミレニィ?」


 ミレニア・エレスティンの姿を視界に入れ、シズクは困惑気味にそう零した。

 身につけている紺のローブは、確かにイリス魔法学校のものである。少し幼さが残る、人形のような可憐な容姿。確かに今、自分の目の前にはミレニィが立っている。そして、どこか浮かない顔でこちらを見つめてきている。少しだけ腫れぼったい目元から、つい先ほどまで彼女が泣いていたのだという事実は容易に知れた。

 こんな時間に、しかも城の自室に彼女が尋ねてくるのは、シズクの予想の範疇を超えた出来事である。ミレニィは、シズクが王族の居住エリアに部屋を持っている事を知らないだろう。都合上ジャンとクレアには話したが、それ以外の生徒達は知らない情報である。更に、こんな時間に居住エリアに立ち入る事が出来て、その上でシズクの部屋の位置を特定出来た点でもおかしい。さすがに王家の者達が住んでいるゾーンだ。夜は見回りの人間が居る。その者たちに見つからずに、おまけに何の道案内もなく、彼女がシズクの部屋を見つけ出せるはずがない。部屋にはもちろん、表札などないのだから。

 「えっと……」

 どう対処してよいものやら考えあぐねたが、なんとかせねばなるまい。おたおたしつつも、シズクはミレニィに入室を薦めてみようかと思った。彼女がここを訪れた理由と訪れる事が出来た訳。いろいろ聞きたい事はあったが、こんな場所で立ち話もなんだと思ったからである。

 「とりあえず、中に――」

 入って。と言おうとした唇は、直後に起こった出来事に硬直する。うろうろと泳ごうとする瞳を何とか押し留めて、目の前の少女を見た。扉にかけていたシズクの手を、ミレニィが突然掴んだのだ。キィと、扉がきしむ音が聞こえる。

 「ミ、ミレニィ?」

 「着いてきて欲しい所があるの」

 鈴の鳴ったような、可愛らしい声が響く。だが、可憐なのはその声質だけで、どこか固くて感情が汲み取れない響きを持つ。はっとしてシズクはミレニィの瞳を視界に入れた。春の空を思わせる、ナーリアにも通じる色を宿す瞳は、今は虚ろで、シズクの方を見ているようで見ていない。普通の状態ではない事は、鈍感なシズクにもすぐに分かった。胸の中で警戒音が鳴り始める。

 「いい場所があるの。ティアミスト家(・・・・・・・)について、知りたいんでしょう?」

 「――――」

 警戒音が一気に高まる。

 疑いが確信に変わってしまったと、ミレニィのその言葉を聞いて思った。『ティアミスト』の名前が彼女の口から放たれてしまったら、もう放っておくわけには行かないだろう。彼女が、その名を知るはずがないのだから。ティアミストに関してシズクが知りたがって居るという事に関しても、本来ミレニィの知るところではないはずである。

 「…………」

 「来てくれないの?」

 上目遣いにこちらを見上げてくるミレニィの視点は、酷くぼんやりとしている。熱に浮かされているような、恍惚とした表情。とろんとした目元は、どこか艶かしささえ漂う。

 シズクは、もてる限りの集中力を使って、必死で目の前で起こっている出来事を整理していた。きっとミレニィは普通の状況ではないのだろう。彼女の首元で紅く輝く物が何よりの証拠としてシズクの瞳に映った。例のあのクリスタルは今また、シズクでも簡単に感知出来てしまうほどに、禍々しい魔力を放っている。だからこれはきっと、一種の罠だ。今この状況で、シズク一人でミレニィと行動を共にする事は、自ら罠にはまりに行くようなものとも言えるだろう。ここは一時、ミレニィを帰すか、彼女の要求には答えずにいるのが得策だろう。どうするのが一番最善か、考えを巡らせる。

 だが、次の瞬間にミレニィが浮かべた表情を見て、シズクの思考は完全にストップしてしまう事になる。

 「――――」

 思わず喉から変な音が出た。

 ミレニィは、シズクを見上げつつ、嗤ったのだ。にやぁりと意味ありげに。まるで、こちらの考えなどお見通しだといわんばかりの、嘲笑とも言える笑みを。

 ぞっとする。ミレニア・エレスティンは、きっと絶対にこのような表情を浮かべる少女ではないだろう。それだけは確信としてシズクの中にあった。だからこれは、ミレニィが浮かべる表情などではあり得ない。ミレニィの意思で浮かべられた笑みではない。では、一体誰が――


 「ねぇ、来てくれるよね?」


 小鳥の鳴くような可愛らしい声で、ミレニィは再び同じ内容の呼びかけを行う。今度こそシズクは、彼女の言葉に、黙って頷くしかなかった。

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