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追憶の救世主  作者: たかこ
第2部 東の森の魔女編
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第3章「秘密会議」(7)

第3章「秘密会議」


7.


 (――なんでなんだろう)


 朝の通学前。寮室で既に制服である紺のローブに着替え終わっていたミレニィは、胸中でそう呟いて居た。視界の先には、紅く朝日を反射するクリスタルがある。

 先日イリスの町で買ったこのネックレスは、ミレニィのお気に入りの一つになっていた。鎖に通されている小さな赤色のクリスタルがハートの形をしていて可愛らしい。身につけておくと恋愛運が上がるから。という露店に居た占い師風の女性の言葉に乗せられて買ってみたのだが、見た目の割に値段はお手頃だった。

 もちろんミレニィとて、恋のラッキーアイテムが本当に効果を発揮すると信じているかというとそうでもない。確かに世の中には、魔法の力が込められたそういうアイテムは存在するが、それが町の露店で、しかも学生の手が届く範囲の値段で売られているかというとそんな訳はないからだ。貴族であるミレニィの実家の全財産をはたいてようやく買えるくらい。本物の魔法がかったラッキーアイテムとはそれくらい貴重であり、高価なものなのだ。だからミレニィは単に、他の一般の女の子達がそう思うように、恋愛運が上がったらラッキー。そうでなくても可愛いのでかまわない。といった気持ちだった。要するにただの一目惚れ買いである。

 (なんでなんだろうなぁ)

 再びミレニィは、胸中で零す。ぎゅうっと右手でネックレスを握り締めると、少しだけ心が落ち着くような気がした。


 ――最近、いらつく事が急に多くなった。


 元々子供っぽい性格であるのは自覚している。だから、ちょっとした事で拗ねてしまったり、イライラしてしまったり、そういう事でジャン達に迷惑をかけたことは何度となくある。だが、親友とも呼べるくらい親密な彼らに対してはそうであっても、ミレニィとてハイティーンのはしくれである。初対面の人間に対して失礼な態度を取るようなことは、たとえその相手が非常にふてぶてしい人間であったとしても、それまでのミレニィでは有り得ない事だったのだ。それが、先日イリス魔法学校に編入してきた少女に対してだけは違っていた。

 そこまで考えて、ミレニィの胸はちくりと痛む。

 要するに『嫉妬』しているのだと思う。リース王子に対して以前から好意を寄せていたミレニィにとって、あの少女と王子との距離は非常に近すぎると感じてしまったのだ。自分は5年想い続けても、ちっとも側に近寄れやしないのに、先日初めて会ったばかりのあの少女は、その垣根を易々と超えてしまっていたのだ。

 (でも……)

 何故あんなに酷い事を言ってしまったのだろう。

 確かに彼女を妬んでいたが、だからと言ってあんな言葉、投げつけるのは大変失礼である。幼い頃から礼儀に関しては厳しかった両親からも、何度となく教えられてきたことだ。そしてミレニィはそれを今まで厳格に守ってきた。

 今のこのおかしな状況をなんとかしないと。部屋に帰ってきたらそんな風に思うのだが、学校に行って彼女のあの瞳を見ると、その気もうせてしまう。本当に分からない。自分の感情をコントロール出来ていない気がする。

 (少しは彼女と話をしてみようか)

 いつまでもジャンやクレアに気を遣わせたままなのも駄目だと思う。自分から動いた方がいいのではないだろうか。自分は負けず嫌いで頑固者だと思うが、そんな性格を理由にしていては、いつまでたってもあの少女との溝は埋まらないし、ジャンやクレアともこじれたままだ。一人で食べる昼食というのも、あまり美味しくない。いい加減大人にならないと。

 そんな事を思うと、ミレニィの胸は、またちくりと痛んだ。







 鳥がさえずる声が耳をくすぐる。

 まぶたに当たる光は暖かく、まるで包み込むような感じだった。このまま寝ていたいと思ったが、ふと違和感を全身に感じる。生ぬるい何かが、身体全体を這って蠢くような。熱くて重たい、何か。


 「…………」


 ゆっくりと瞳を開いた先に見えたのは、繊細な刺繍の施された天蓋だった。ベッドの天井に取り付けられた、クリーム色の天蓋である。最近ようやく見慣れてきた景色だった。ふんわりと自分を包むのは、いつもの自室の香り。イリスピリアに滞在する自分に宛がわれた、まるでお姫様が住むのかと思うくらいに豪華な来客用の部屋である。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返してから、シズクは上体を起こそうとする。

 「――――ぅっ」

 しかし、起こそうとして、それを行う事が酷く骨の折れる作業である事を思い知った。こらえきれずに苦悶の声が、歪んだ唇から零れ落ちる。自分の体の全てが、鉛で出来ているかと思うくらいに重たかったからだ。頭痛もひどい。全身に嫌な汗をかいている。

 意識がはっきりしてくる事で、忘れていた倦怠感も呼び覚まされたようだ。頭がぼーっとして、いまいち思考が回らない。

 (わたし、確か……)

 あまりの頭痛に額を手で押さえつつ、シズクは考えていた。気はすすまなかったが、昨日の夜の出来事をもう一度復習する。

 昨日シズクは、城の廊下に居たはずなのだ。そうして怪しげな魔法の灯りが並ぶ部屋で、パリス老人と遭遇したはずだ。それが、いつの間にか自室に戻ってきている。それだけではなく、きちんと寝間着にも着替えてあった。だがシズクには、あの例の『肖像画』を見て以降の記憶が全く残っていない。

 「…………」

 よろよろとベッドからはい出て確認してみたが、部屋の鍵もきちんと施錠されている。鍵もちゃんといつもの定位置に置かれているのが見えた。

 「……夢、だったのかな」

 かすれた声でぽつりと零す。昨夜のあれは、酷く悪い夢だったのかも知れない。自分の不安な気持ちが見せた、悪夢。現実などではなくて、シズクは光でも闇でもなくて、闇になる前に排除されるでもなく、救世主として担ぎ出されかけているのでもなくて……そうであって欲しい。

 (でも……)

 ベッド横のテーブル上に置かれた物に向けて、妙に冷めた目線を浴びせながら、シズクは胸中で呟いていた。

 (多分、夢では無かったんだ)

 シズクの視線の先には、蒼く輝く伝説の杖の欠片があった。偉大なる蒼イアーリオ・ワイスの一部である。緩慢な動きで歩み寄り、右手でそれを持ち上げる。

 「……リオ?」

 昨日まではキラキラと透明な光を反射するのみだったそれには、縦に一筋、大きなヒビが走っていた。

 そういえば昨夜、微かな記憶の中にリオの声がしていた気がする。

 「…………」

 しばらく黙り込んでいたシズクだったが、やがて部屋に重苦しいため息を一つ零した。







 カランカランと、終業の鐘が教室に鳴り響いた。

 この時間の授業はシズクの苦手な世界史だった訳だが、今日は何時にも増してちんぷんかんぷんだった。まるで授業に集中できなかったのだ。だからシズクにとって、この鐘はある意味救いの手である。

 「それじゃあまた明日」と言って教官が教室を後にする。その様子を静かに見守っていた生徒達だったが、やがて教官が完全に教室から出て行ったのを確認すると、わらわらと席を立ち皆思い思いの場所へと散り始めた。静まり返っていた教室を、暖かい談笑が包む。そんないつもと変わりない光景を、ぼんやりと眺めていた時だ。

 「大丈夫? ……シズク」

 突然、右前方辺りから声がかかったのだ。はっとしてシズクが顔を上げると、ジャンの茶色い瞳がこちらを覗き込んで来ているのが目に入る。彼の顔には、心配の二文字が浮かんでいた。

 「…………」

 ぼーっとしたままシズクは、しばしの間黙ってジャンと見つめ合っていたのだが、やがてぽつりとこう漏らす。

 「……うん。平気」

 「遅っ! シズク。全然平気じゃないってソレ」

 言ってジャンは、もーとかなんとか言いながら、右手をシズクの額にあてがった。彼の手は、ひんやりとしていて気持ちがいい。そんな事を思っていたシズクだったが、対するジャンはと言うと本格的にしかめ面になっていた。

 「熱い。絶対熱あるよコレ」

 「そうなのかな……」

 「そうだよ。よくこんな状態で一日授業受けてたね」

 ジャンの言葉にシズクは首を傾げる。確かに今朝から頭痛がして、頭がぼーっとしていたが、ジャンに指摘されるまで自分の体調不良に気がつかなかった。

 ジャンとシズクのやり取りに、「何?」とクレアもこちらにやってくる。彼女の方へ視線を向けたシズクだったが、その更に向こう側にこちらへ顔を向けているミレニィの姿を見つけて、心臓が一瞬大きく跳ね上がった。彼女も何だろうと思い、視線を向けていたのかも知れない。

 「まだ編入から一週間とちょっとだものね。慣れない環境に疲れたのかも」

 ジャンからシズクが熱っぽいと説明を受けたクレアは、心配そうな面持ちでこちらを見つめてくる。

 「これ以上酷くなる前に、休んだ方がいいわ。夕飯はどうする?」

 寮に入っている学生は一般的に、学校の食堂で夕食をとる。クレアに問われて生温い倦怠感の中でシズクは考えるが、どうにも食欲はわいてこない。これは無理だなと判断して、シズクは首を横に振った。

 「分かったわ。じゃあもう部屋に帰りなさいな」

 柔らかくそう諭されて、ぽんぽんと肩を叩かれる。それにシズクはこくりと頷くと、目の前に立つクレアの顔をまじまじと見つめてみた。

 クレアの今しがたの行動は、人として当たり前のものだ。だが、今のシズクにはこれ以上ないものだった。からからに干からびた心に、彼女の優しさがゆっくり染み渡っていく。少なくとも彼女達は、自分を傷つけたりはしない。親身になって自分の事を考えてくれている。

 オタニア魔法学校を出たのはついひと月前の事なのに、もう随分長い間こうして一人で居たような気がする。なんだか切なくて胸が苦しくて、思わず視界がゆらついてしまった。


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