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追憶の救世主  作者: たかこ
第2部 東の森の魔女編
65/208

第2章「イリス魔法学校」(4)

第2章「イリス魔法学校」


4.


 6月4日 晴れ


 今日、彼の姿を久しぶりに見た。

 かれこれ1か月ぶりだろうか。相変わらずの完璧なたたずまいに、ため息が漏れる。

 久しぶりに見れて、嬉しい筈なのに……何故だろう。気持ちは少しモヤモヤしている。



 6月5日 晴れ


 彼が久しぶりに登校していた。私はその姿を遠くから見つめるだけなのだけれど。

 あの姿を見ると、胸がしめつけられる。

 遠くで見ているだけの貴方――だけどいつか、あなたに伝えたいの。私の心からの――



 「ミレニィ。何書いてるの?」


 すぐ耳元でそんな声が聞こえたものだから、ミレニア・エレスティン――通称ミレニィは、それはもう飛び上がる程驚いた。そして、それまでどっぷり浸っていた自分だけの世界から慌てて脱出すると、叫び声をあげながら、今しがた自分が言葉を綴っていたノートを上半身で必死に隠し始める。これだけは、絶対に見られるわけにはいかない。

 「お、驚かさないでよ、ジャン! レディに断りもなく近づくのは失礼っていつも言ってるでしょう!」

 ミレニィは顔を赤らめながら、すぐ隣で興味津々な様子ののっぽのそばかす少年――ジャン・ストライフに抗議の声を浴びせた。彼が、背後からミレニィに近づいて来た犯人だ。

 「何がレディだよミレニィ。僕はただ、あまりに君が、真剣に何か書いてるからさ、何なんだろうなぁって思っただけじゃないか」

 ミレニィに非難されてもジャンはのんきな調子を崩さない。のほほんと言い放つと、で、何書いてたの? と改めてミレニィに詰め寄ってくる。

 「な、なんでも無いわよ!」

 対するミレニィはというと、詰め寄ってくるジャンに焦りを露にすると、あっと言う間にノートを片付けて鞄にしまってしまう。さすがのジャンも、女の子の鞄の中までは手を出すまい。そんなミレニィの暴挙に、ジャンはぶーぶーと抗議の声を上げる訳だったが、


 「諦めなさいジャン。たとえあんたが土下座して泣いて頼んでも、絶対に見せてはくれないわ」


 背後から、また別の声がかかった事で、ジャンの抗議は打ち止めになった。ミレニィとジャンはにらみ合いを中断させると、各々背後を仰ぎ見る。

 「クレア!」

 二人はほぼ同時に、背後で腕を組み、呆れた様子でこちらを見ている少女の名を口にしていた。――クレア・アリーヌ。長いブラウンヘアは丁寧に三つ編みされており、両方の瞳にかかるメガネが、いかにも優等生といった印象を与える。ミレニィとジャンの同級生にして、リーダー的存在の少女である。

クレアは盛大に鼻を鳴らすと、二人の元へきびきびした動きで歩み寄ってくる。

 「ジャンも懲りないわねぇ。ミレニィがこそこそ何かを書いてる時っていったら一つだけでしょ。愛しの『リース様』への片想い日記を綴っている時よ」

 「ク、クレア!」

 こちらにやって来ながら、呆れた調子で言うクレアに、ミレニィは顔を真っ赤にして抗議する。

 「……リース王子ね。確かに憧れるよね」

 クレアの言葉に、表情をくしゃりとさせてジャンが言う。

 「違うわよジャン。リース王子に憧れているのはこの学校の女の子全員よ。別に特別な事でもなんでもないわ。でもミレニィはね、本気なのよ。憧れとかそういう生易しいものじゃなくて、本気でリース王子に恋してるのよ!」

 「クレア!」

 にやにやしながらのクレアの言葉に、再びミレニィのほとんど悲鳴に近い抗議が飛んだ。その顔は既に、真夏の太陽みたいにまっ赤である。

 「へぇ。それはまた……」

 「まぁ、ミレニィは美人だし、実家も魔道士の輩出貴族として有名なエレスティン家だから、全く無謀な恋って訳じゃないけどね」

 「え~そうかなぁ。相手はイリスピリアの王子だよ? やっぱりちょっと、それは無謀じゃない?」

 「もう! 二人ともうるさいわよ! 私が誰に恋しようが自由じゃない!」

 とうとう我慢の限界だった。ミレニィはばたんと自分の机に両手を打つと、身を乗り出して二人を睨み付ける。あまりの大声に、ジャンとクレア以外の他の生徒たちまでもが動きを止めるが、それは今は気にしないことにする。まだ何かを口にしようとするミレニィだったが――


 「はい皆、席について! 授業を始めるわよ!」


 教室に入って来た教官の声で、それは遮られてしまう。しかし生徒たちは、教官に諭されても、またさきほどとは違う意味でざわつき始めた。何かと思い、ミレニィ達も生徒達の視線の行方を追うが、

 「?」

 教官の後ろに一人、見慣れない少女が着いて来ているのに気付いて、彼女がこのざわつきの原因であると悟る。纏っているのは間違いなくここ、イリス魔法学校の制服である紺のローブだ。胸元にはえんじ色のリボンが結ばれている。だが、その顔はこの学校においては見慣れないものだった。焦げ茶髪をポニーテールにした少女。

 (あの子って……)

 「授業の前に、編入生の紹介をするわね」

 女教官の声が、教室に響いた。







 午前の授業が一通り終わり、教官が出て行くと、教室は一気に生徒達の談笑で包まれ始めた。これから皆、仲間同士でお昼ご飯を食べに行くのだろう。

 オタニア魔法学校を出て約一ヶ月、この間のブランクがたたり、若干ついていけない部分はあったが、それでもシズクは『学校』という雰囲気を十分に堪能していた。オタニアではあれほどつまらなくて地獄のようだと思っていた世界史も、久々に受ければシズクの心に一種の感動を生む。当たり前のように今まであったものが、当たり前でなくなった瞬間、特別になるのと同じ感覚である。

 (懐かしいなぁ)

 まだ席に着いたままで、シズクはぼんやりとそんな事を考えていた。場所こそ違うが、ここは魔法学校なのだ。毎日嫌と言うほど袖を通していた紺のローブを纏うのも久しぶりでドキドキする。旅の間、あの何気ない日常が帰ってくる事を、シズクは一体何度願っただろうか。

 「…………」

 そこまで思ってから、シズクはふと自分の手のひらに視線を落とした。そして、ため息をつく。嫌な事が頭に浮かんでしまったからだ。朝からずっと、離れる事が無かった問題。


 ――『エルフ級』


 昨日の昼間、魔力計で測ったシズクの魔力は、確かにそのように表示されていた。ネイラスと女教官は、この事に大きな喜びを示して、シズクを大層褒め称えてくれた。当たり前だ。『エルフ級』とは、上から4番目に位置するランクを指す。魔道士にもそうは居ない程高いレベルの魔力である。

 確か、アリスも同じく『エルフ級』の魔力の持ち主だったのではないか。ジュリアーノの町の武器屋で、彼女が杖を購入する際知った事だ。そう言えば、あの時確か、武器屋の女性に言われたのだった。彼女の勘では、アリスよりもシズクの方が高い魔力を持っているように感じる、と。

 (故障……な訳ないか)

 胸中で呟く。

あの後、魔力計が壊れているのではないかと訴え、もう一本新しい魔力計を用意してもらって測定しなおしたのだ。その魔力計によってはじき出されたシズクの魔力も、もちろん同じ『エルフ級』だった。2本共壊れているという可能性もあるが、ただでさえ壊れにくい物だ。そんな偶然、ほとんど無いに等しいだろう。事実、女教官にも同じ魔力計で測定してもらったが、彼女の魔力は正確に示されていた。

 という事は、考えられる事は唯一つ。シズクの魔力が、『凡人+α級』から『エルフ級』まで跳ね上がったのだ。

 「…………」

 そこまで考えてから、シズクはまた一つため息を零した。


 ――魔力が上がったかも知れない。


 それは、実はシズク自身薄々感じていた事ではあった。エレンダルの一件後、何故だか急に、今までに増して魔法の制御が苦手になっていたからだ。魔法を使おうとして詠唱を始めるのだが、今までとは違う、何か大きな流れみたいなものが自分の中からやってきて、怖くて力んでしまう。だから最近はあまり、大技は使わないようにしている。何が起こるか不安だからだ。

 だがさすがのシズクも、魔力がここまでの大幅成長を遂げていたとは予想外であった。エルフ級とは、魔力だけで学年トップクラスじゃないか。それまで並もしくは並以下の成績を維持していたシズクには不釣合いである。

 (でも、なんで急に……ジュリアーノの武器屋で測った時には、普通だったのに)

 考えられる事といったら――


 「シズク」


 えっと言ってシズクは、思考を中断させると凄い勢いで顔を上げた。はっとしてよく見ると、教室に居る生徒の数が、シズクが考え事に浸り始める前までと比べて随分減ってしまっている。皆お昼ごはんに出かけていったのだろうか。

 更にシズクは、自分に声を掛けた張本人の方へと視線を移動させていた。視線の先には、背の高い赤髪の少年が、少し恥ずかしそうにして立っている。シズクと目があった事に気付いた彼は、更に顔を真っ赤に染めたようだった。

 「あ、あのさ。誰かとお昼、約束していたりとかする?」

 少しだけ声を上ずらせながら、その少年はシズクに問う。

 「? ……ううん、特に約束はしていないけど」

 問われたシズクは、きょとんとした表情で首を振ってそう答える。アリスは今日も一日セイラのお手伝いで忙しそうなので、とてもお昼は誘えないだろう。かといって、他の生徒からのお誘いは、今のところ受けては居なかった。

 シズクの返答に、少年はぱっと表情を明るくする。

 「じゃあさ、良かったら僕達と一緒にどう? 僕はジャン。ジャン・ストライフ」

 顔をくしゃりとして微笑んで、彼は後方へ視線を移動させた。ジャンの視線を追ってシズクも後方を見るが、そこには更に二人、紺のローブを纏った少女達が立っている。

 「右の三つ編みの女の子がクレア・アリーヌ。そして左の金髪の女の子がミレニア・エレスティン。僕らはミレニィって呼んでるよ」

 「ミレニィ……」

 「そう。シズクもそう呼ぶと良いよ」

 シズクがそう呟いたのを受けて、ジャンはまた、くしゃりと笑う。

 ミレニィと呼ばれた少女は、お人形のように綺麗な顔をした女の子だった。纏う雰囲気もジャンやクレアとは少し違う気がする。『良家のお嬢様』という表現が一番しっくりくるだろうか。

 「…………」

 そんな訳で思わずその美少女具合に見入ってしまうシズクだったが、他ならぬミレニィから妙な視線が返ってくるのを受けて、目を丸くする。何だろう。あまり友好的とはいえない視線。――嫌われてしまった?

 直感的にそんな事を感じて、でも何故初対面の彼女から嫌われたと感じるのだろうと思い、首を傾げるシズクであった。




 「へぇ、それじゃぁシズクは期間未定の編入生なのね」

 食堂へと続く白い廊下を歩きながら、クレアが興味津々の様子で声を上げた。

 「でもさぁ、王様から推薦状を貰えるなんて、相当成績が良い証拠だよね。マリーヌ教官も言ってたけど、かなり魔力が高いんだって?」

 「そ、そんな事ないよ!」

 ジャンが瞳をキラキラ輝かせて詰め寄ってくるのを、シズクは大慌てで否定する。

 本当に参ってしまう。

 編入生としてシズクをクラスの生徒達に紹介する時、あの女教官――マリーヌといったか――は、さも自分がとった手柄のように、シズクがイリスピリア王からの推薦を受けてこの学校に編入してきた事と、シズクの魔力がかなり高く優秀である事を朗々と告げてしまったのだ。

 いや、確かに彼女の言葉に誤りはない。あるとすればそれは『優秀』という点だけであって、他は確かに嘘ではない。だが、王の推薦はきっと単なる気まぐれだろうし、魔力はつい先日までは凡人級だったのだ。そんな大々的に宣伝されては、シズクの立場がかなり危うい。ジャンやクレアを含む多くの生徒が、同じ風に誤解してしまっている事だろう。気が重いったらありやしない。

 「でも何でイリス魔法学校への編入を希望したの? オタニア魔法学校は、校長先生が凄く優秀らしいじゃない。それなのに、何か不満でもあったの?」

 どぎまぎしているシズクの心中などもちろん知らないだろう。今度はクレアが瞳を興味の光で輝かせてシズクに質問してくる番だった。

 「え、えーと……ううん、不満なんてほんと全然無かったよ。むしろオタニアでずっと居たかったくらい! でも……えっと、校長がね、外の世界を見てきなさいって……それで」

 歯切れ悪くそれだけ言い終えると、シズクは引きつった笑みを浮かべる。

 まさか水神の神子様の変な依頼に引っかかってイリスピリアまでの同行を頼まれ、その場のノリみたいなもので編入が決まってしまったとは口が裂けても言えない。それに、嘘は言っていないはずだ。カルナは確かに、シズクにそのような事を言っていた……気がする。

 「校長先生に行ってくるよう言われた訳か! へぇ、ますます凄いや!」

 「え、ちが――」

 「さすがね。優秀な校長に推されてここまで来るとは。私も負けないように頑張らなくっちゃ!」

 だが、セイラとの関係を誤魔化すために言った嘘で、シズクは見事に墓穴を掘ってしまったらしい。あらぬ方向に誤解されている事に気付くも、もうどうする事もできなかった。

 (し、試験が始まる前に、オタニアに帰れたら良いな……)

 そんな事を切実に願いながらため息をつく。と、そこでシズクは、盛り上がっているジャンとクレアから視線を外し、彼らより少しだけ後方を歩いているミレニィへと合わせた。

 先ほどからずっと気にはなっていたのだ。シズクを質問攻めにする二人と違って、彼女はちっともシズクと口をきこうとはしない。目を合わせようともしてくれないのだが、シズクが視線を外した瞬間に、何か言いたげな表情で熱心に見つめられている事に、シズクは気づいていた。今も押し黙って、少し離れたところを歩いている状況である。まるでシズクを遠目から観察するかのようだ。

 自分は彼女に何かしたか。と必死で記憶をめぐらせてみたが、今日初めて出会った少女である。思い当たる節があるはずもない。単にミレニィが、人見知りが激しくて、初対面の人間になかなか話しかけられない子であるという考えも浮かんだが、どうにも腑に落ちなかった。彼女の視線から、明らかな不信感を感じるのが何よりの証拠である。

 (――え?)

 だが突然、ミレニィの青い瞳が、自分のそれと真正面からぶつかった。急な事で怯むシズクの目の前で更に、くりくりした愛らしい瞳は、ぱっちりと見開かれ、そして何やら歓喜の色をその表情に乗せるようになる。

 「?」

 ミレニィの突然の変化に首を傾げるシズクだったが、


 「――うわ!」


 どんっと、左肩に鈍い衝撃を感じて、視界がぐらりと揺れた。

 後方を気にしながら歩いていたのが悪かったらしい。左肩から何かにぶつかってしまったのだ。バランスを崩して右肩から床に崩れ落ちそうになる――が、そこを後方からひょいと何かにすくわれて、事なきを得る。まさに間一髪。

 「???」

 一瞬、何が起こったか理解できずにきょとんとしていたシズクだったが、自分をすくい上げた何かが、誰かの『腕』である事に気付き、慌てて体勢を自ら立て直した。恥ずかしさで顔に血が昇る。少し前方で、こちらの様子を見ながら絶句しているミレニィが目に入った。

 そう、自分は、何かに突っ込んだのではなく、『誰か』にぶつかったのだ。そして更に、その『誰か』によって危うくずっこけてしまうところを助けてもらったのだった。

 「すみません! あの、ありが――」


 (――――)


 瞬間。その場の空気が凍りついた。目を見開けられるだけ見開くと、シズクはぱくぱくと、空気を求めてあえぐ金魚のように口を開閉させる。それは向こうにしても同じだったようで、『彼』も口をぽかんと間抜けに開けて言葉を失っていた。

 蜂蜜色の髪に、春の息吹を思わせるエメラルドグリーンの瞳。そして、おっそろしい程に整ったその容姿。間違いない、イリスピリアの麗しの王子様こと――リース・ラグエイジだった。

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