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追憶の救世主  作者: たかこ
第1部 魔道士の城編
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第7章 「月夜の来訪者」(6)

第7章 「月夜の来訪者」


6.


 「わたしは魔族シェルザードなのですか?」


 たったそれだけの言葉なのに、声に出すだけで息が切れる。喉が、ありえないくらいにひりついていた。

 言った瞬間、ただでさえ張り詰めていた空気が、耐え切れなくなって崩壊してしまったようだった。時を刻む事も忘れて、ただただ重苦しい沈黙だけが下りる。こういう雰囲気、虚といったらいいのだろうか。


 「どういう意味だよそれ!」


 沈黙をぶち破ったのはリースだ。彼は声を荒げてそう言うと、シズクの方を半ば睨みつけてくる。別に怒っているような様子ではなかった。むしろ、彼の瞳に映るのは困惑の色だ。リースの隣では、アリスが言葉も無く凍りついているのが分かった。

 それを視界の隅で確認すると同時に、シズクは、自分の唇が自らが発した言葉を否定するかのように震えだしている事を認識していた。しかし、リースの質問にならない質問には答えない。何も言わずにリース達から完全に視線を逸らすと、目の前に立つ黒髪の好青年を真っ直ぐに見つめた。

 視線の先で、ただ一人セイラだけは冷静な様子だった。驚きもしなければ怪訝の意を示したりもしない。しかし、お決まりの例の笑顔は彼の顔からはすっかり身を潜めてしまっていた。真剣な表情を浮かべていれば、セイラはこんなにも厳格な人物に見えてしまうのか、と心の片隅で思う。

 「そう思った理由は?」

 しばらくにらみ合った後、呆れるほど無表情のままで、セイラはシズクに問う。

 「……そう考えると、わたしが魔族シェルザードの言葉で魔法を唱えられたという事も、つじつまが合うからです」

 「なるほど」

 なるほどと言っている割には、セイラの声色は決して納得して出した風ではなかった。

 セイラのその態度に、少しだけシズクはムッとする。しかし、彼の瞳を見て今度は戦慄した。あまりに彼の瞳に激しい感情が燃えていたからだ。

 「それだけですか?」

 まだあるのでしょう。と漆黒の瞳はシズクを攻め立てる。

 「…………」

 昔、いたずらをしでかした事があった。その時に、やった事を全てナーリアに自白させられたのだが、あの時のそれに似た感情が今シズクの中にわき起こっていた。

 問いただされるようなあの強い視線だ。この視線には、逆らえそうに無い。

 軽く息を吐くと、シズクはゆっくりとかみ締めるように、言葉を紡ぎ始めた。

 「……セイラさんは、わたしを同行する魔道士として指名する際、わたしの瞳の色を気になさったと、ナーリアから聞きました」

 「確かに」

 目の前で、セイラが淡々と肯定の意を述べる。それをシズクは数秒ほど見つめ、言葉の続きを発し始めた。

 「わたしの瞳を気にしていた。それを聞いたときは、正直意味が分からなかった。でも……わたしのこの青い瞳は、魔族シェルザードのそれに似ているのではないかと思うんです」

 それは以前、クリウスと対峙した時からずっと心に引っかかっていたことだった。何度も何度も考えた。そして、魔族シェルザードの魔法を使ったと聞いた事や、さきほどの事で、それは自分の中で核心めいたものに変わってしまったのだ。

 そう、自分がばかでかい魔法を使えた事よりも、自分のこの瞳の色がクリウスやさきほどの赤毛の女――すなわち、魔族シェルザードの瞳の色と酷く似ている事の方が、より強くシズクを『シズクが魔族シェルザードの者ではないか?』と思わせる要因だった。

 「だから――」

 「だからあなたが、魔族シェルザードだと?」

 責めるような口調のセイラに、シズクは驚きで顔を上げる。彼は、珍しく眉間にしわを寄せていた。酷く失礼な事を言ってしまったような気がして、でもそんな事は言っていないはずだと自分に言い聞かせる。

 「そうです……」

 消え入るような声でそれだけ呟いてから、シズクは俯いた。足元の、特に興味など惹かれない木目を、食い入るように見つめる。セイラと視線を合わせるのが恐ろしかったからだ。それに、リースやアリスの反応を見るのも怖い。

 シズクが一言言ったきり誰も言葉を発する者はいなくなり、今まで感じていた以上に空気が重くなった気がした。押しつぶされそうだ。

 しばらくの沈黙の後、セイラのため息が聞こえてきた。それは小さなため息だったが、何かが始まりそうな、そんな予感がするため息だった。

 「シズクさん」

 呼びかけられても、シズクは返事をすることはおろか、顔を上げてセイラの顔を見ることもしなかった。ただ、その場でじっと彼の言葉に耳を傾けていた。

 「……僕にこんな事を聞きに来たという事は、あなたは、僕があなたに関して何かを知っていると思ったのでしょう? そうですね」

 言われて、俯いたままシズクは頷く。

 「まぁ、今更はぐらかす必要などないでしょう。僕はあなたに関していろいろと知っています。おそらくあなたが知っている事も、あなたが知らない事も、それなりには。それを語るのは、僕の義務であるのかもしれない」

 きゅうっと、シズクは自らの拳を握り締めた。リースとアリスが、セイラの発言の一つ一つに息を呑んでいるのが分かる。

 今までに無く彼は饒舌だった。はぐらかしの言葉でも、冗談めかした言葉でもない。本当に真面目な話をしているセイラを見るのは、ひょっとしたら初めてではないだろうか。魔法学校でシズクに依頼を持ちかけたあの時でさえ、今ほど声のトーンは低く、落ち着いてはいなかった。

 「……しかし、これだけは言っておきます」

 顔を上げなさいと言われた気がして、シズクは恐る恐る顔を上げた。視線の先で、セイラは思ったより穏やかな表情を浮かべていたので、少しだけ安心する。

 しかし、彼の口から語られた内容は、決して穏やかなものではなかった。

 「魔族シェルザードは決して悪の一族ではありません。彼らは魔道を極めた者――故に戦闘を好まない。魔道の恐ろしさを理解しているからです。ですから、あなたの中に、彼らについての偏見があるのならばそれらは捨てるべきだ、その事をふまえた上で――」


 「悪の一族じゃない!?」


 セイラの言葉を遮って、シズクは思わず声を上げていた。先ほどまでの恐縮しきった態度など忘れて、突っかかるような声が出た。聞いていられなかったのだ。目の前のこの水神の神子が言った内容が、信じられなかった。肌が泡立つ。

 「じゃあ……何故彼らはわたしの町を襲わなければならなかったんですか」

 未だかつて出した事が無いような、暗い声色で言葉が出た。芯のある声だったが、震えている。それが恐怖から来るものか、怒りから来るものかは分からなかった。

 自分はあの時、確かに見てしまったのだ。紅く染まった空を。逃げ惑う者の姿を。傷ついて死んでいった者の姿を。その中には子供も老人もたくさん居た。そして――

 「何故わたしの母は、死ななければならなかったんですか!!」

 「シズク!」

 鋭いセイラの一言で、シズクはびくりと肩を震わせた。涙目でセイラを睨みつけると、漆黒の瞳に全てを飲み込まれそうな錯覚に陥る。

 セイラがこれほど厳しい視線を、それも自分に向ける時が来るなどと、今までなら夢にも思わなかった。そして、自分が彼に対して、こんなにも激しい感情をむき出しにするなどとも。

 「聞きなさい」

 「…………」

 シズクは大いに不満だったが、これ以上反抗すると、何も話してくれなくなる可能性もある。ふいとセイラから視線をそらすと、沈黙を貫く事で了承の意を伝えた。すぐ側で、リースとアリスがほっとしたように息をついているのが分かった。

 シズクの態度を確認してから、セイラは話を再開する。

 「僕は客観的に魔族シェルザードについて述べているだけです。あなたの町を襲った事まで許容しろとは言っていません。悪事を働いた人物と魔族シェルザードという一族を混同してはいけないと言っているだけです。一つ一つの事件の裏には、必ず何かがある。そのことを考えずに物事を語ると、そこには必ず偏見や誤解が生まれます。いいですね。その事をふまえて言いますが――」

 そこで一旦息をつくと、セイラはその漆黒の瞳を閉じると、しばらくしてまた開き、そしてこう言った。


 「――あなたは魔族シェルザードではありません」


 「…………え?」

 セイラの発した最後の一言を理解するのに、軽く5秒はかかったと思う。しばしの沈黙の後、小さくそう呟くのがシズクの精一杯だった。

 今、セイラは何と? ……魔族シェルザードではない? 本当に?

 「それは確かな事なんですか!? 師匠!」

 椅子から勢い良く立ち上がると、アリスが大声で叫んだ。必死の様相だ。息が荒い。その隣でリースも、しかめ面を浮かべていた。

 真剣な表情を浮かべる愛弟子の姿を、セイラはしばらく黙って見つめていたが、

 「水神の神子、セイラーム・レムスエスの名にかけて、嘘ではないと誓いましょう。シズクさんは魔族シェルザードではありません。歴とした人間です」

 ゆっくり双眸を閉じると、落ち着いた声色でそう述べる。

 証拠は何一つ無い。示したくても、無理な話だ。けれども、彼の言葉は何故かその場の全員を信用させてしまう響きを持っていた。

 「本当に? ……本当に、わたし……」

 うわ言のように呟きながら、シズクは全身の力が抜けていくのを感じていた。すとんと両腕を落とすと、軽く体が震えているのが分かった。また涙目になる。

 「……自分が、町を襲った者達と同族ではないかと思ったのですか? もし同族ならば、自分も同罪だと。『裏切り者』だと」

 気遣うようなセイラの言葉に、シズクは小さく頷いた。そして、俯いてしまう。

 先ほどセイラが自分に向けて言った言葉を思い出していた。悪事を働いた人物と魔族シェルザードという一族を混同してはいけない、と。おそらくそれは、シズク自身の事に対して言及した面もあったのだろう。

 もし仮にシズクが魔族シェルザードであったとしても、町を襲った者達とは違うのだから、シズクのせいと思ってはいけないと。そういう思想は良くないと。そう言いたかった部分もあるのではないだろうか。

 確かにそうだろうが、やはり心情的には受け入れるのは難しかった。魔族シェルザードではなかったとセイラから聞いて、ほっとしている自分が居るのだ。自分は裏切り者ではなかった。そう思ってしまっている。あの町の空を紅く染めたのは、自分ではない。

 「シズクさん」

 呼ばれて、シズクは顔を上げた。上げた先には、セイラの漆黒の瞳がある。

 「お母様の最後は、どのような姿でしたか」

 そう言ってから、セイラは双眸を切なそうに薄めた。そして微笑む。しかし、普段の人を食ったかのような笑顔ではなかった。どことなく哀愁を漂わせる、そんな笑顔だ。

 (この人は、自分の母を知っているのかもしれない。いや……おそらく、知っているのだろう)

 根拠など無い。しかし直感的に、シズクはそう感じていた。

 「わたしは……」

 しばらく沈黙した後で、シズクは口を開いた。

 「母の最後は、わたしも知りません。おそらく、戦って死んだのだと……。わたしはただ、母からネックレスを託されて、そしてイリスピリアの国王を尋ねるよう言われただけです。思い出せたのは、それくらいです」

 「そうですか」

 ぼんやりとセイラが呟く。それを聞きながら、シズクはさきほど見た、母とのやり取りを回想していた。

 母はとても凄い魔道士だった。思い出したわけではないのに、シズクの中にはそれが確信としてあった。おそらくあの人は、力の限りを事の元凶である魔族シェルザードにぶつけ、そしておそらく倒したのだ。

 「イリスピリア国王……」

 リースが低く唸るように言うのが聞こえる。

 イリスピリアの国王に助けを求めよと、確かにそう言われた。結局シズクはオタニアの魔法学校に流れ着いたのだから、母とのその約束は果たせなかった事になる。しかし、あれから十数年経って、奇しくも今、その約束は果たされようとしている。セイラの付き添いで、シズクはイリスピリア王に会いに行くのだから。王に会えたら、何か分かるのだろうか。

 「銀のネックレスにしても母の事にしても、そしてあの魔族シェルザード語の魔法の事にしても……わたしは余りに自分の事を知らなさ過ぎる」

 独り言のように呟いて居た言葉は、次第に力強く変わっていく。そうして最後に、目の前に座るセイラを見た。はぐらかされたりしないように。誤魔化されたりしないように。精一杯誠意を持って。そして真剣な目で。

 「セイラさん。あなたなら知っているんですか? わたしはどこの誰で……何者なのか」

 いい加減、おかしくなりそうだ。自分に関する自分の知らない事が原因で、なんだかとんでもない物に巻き込まれているような気がした。

 何も知らないのは嫌だ。せめて巻き込まれるなら、その原因くらい知りたい。

 「それは――」

 しかしその質問に、セイラは答えなかった。いや、正確には答えられなかった。答える前に、思わぬところから横槍が入ってしまったからだ。


 『その質問には、私が答えてあげるわっ!!』


 「へ?」

 予想外の声に、シズクだけでなく、その場の全員が呆けた声を上げた。重く張り詰めていた雰囲気も、『声』が全てをなぎ払う。

 (この声? どこかで――)

 声をいつ聞いたかシズクが思い出す前に、もう『ソレ』は目の前に出現していた。

 ポォンと、やたらメルヘンな音を立てながら机の丁度真ん中にキラキラと出現したそれ。


 『この、偉大なる蒼イアーリオ・ワイス様がね!!』


 くるぶしにまで届こうかという青い髪をなびかせて登場したもの。それは――小さな小さな、人間だった。

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