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追憶の救世主  作者: たかこ
第1部 魔道士の城編
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第7章 「月夜の来訪者」(5)

第7章 「月夜の来訪者」


5.


 一種のショック症状だろうか。目覚めた時は全身汗だくで気分が悪かったのだが、アリスの癒しの術によって、シズクの頭は次第に軽くなっていった。それに伴って、少しずつ冷静さも取り戻していく。ほとんど寒気を感じなくなった頃に、無意識に右手が首筋を伝って、首に掛けられたネックレスの鎖に触れた。その硬質な感触に、シズクはほっと胸を撫で下ろす。

 (良かった。取られては居ないみたい)

 プレートの部分を大切そうに指で包んで、シズクはつい先ほどの事を思い出していた。

 突然部屋に侵入してきた謎の女に、ネックレスを危うく奪われそうになったのだ。先ほどの赤毛の女の、あの吸い込まれそうな青い瞳。間違いない――

 「魔族シェルザードだと思うわ。さっきのあの女」

 冷静な物言いでそう言ったのは、シズクではなく彼女の目の前に居るアリスだった。術をかけ終えたのだろう。彼女は言いながら、シズクの背に手をかけてゆっくりと起き上がらせてくれる。多少眩暈はしたが、変な悪寒は消えうせ、気分はすっかり楽になっていた。アリスの術は本当に良く効く。

 「俺もそう思う。そして間違いなく、クリウスの仲間だろうな」

 真剣な声色で、リースも言う。その表情は、どこか苛立っているように見受けられた。

 「……ねぇ。それより、あの女は一体どうなったの?」

 リースの『クリウス』という発言も気になったが、とりあえずシズクは、今一番気になっている事を聞く事にした。

 まだ若干ぼーっとしていて頭が回りきっていなかったが、今目の前にはさっきのあの女の姿は無く、代わりにリース達の姿があるという事くらいは分かる。自分が昏倒している間に、何かが起きていたのだ。リース達が駆けつけて、あの女を追い払ってくれたと考えるのが妥当な線だろうか。

 「……あの後――」

 シズクの視線を受けて、アリスとリースは表情を引き締めた。そうして、一連のいきさつを説明し始めてくれたのだった。

 シズクが気絶してから、どうやら一時間も経っていないらしかった。時間の把握が上手く出来ないが、今は真夜中を過ぎてしばらくといったところだろうか。

 つい一時間程前、リースとセイラの寝室にクリウスが現れたところから全てが始まったのだという。およそ一週間ぶりに聞いたその名に、シズクはどきりとしたが、心のどこかではやはりか。とも思っていた。また何らかの形で自分達に関わってきそうな、そんな気がしていたからだ。そしてその予想は、見事に的中した。

 「あいつ、寝込みを襲ってきやがった」

 苦々しげにリースが言う。

 気配を殺して侵入してきたクリウスは、セイラの杖を持ち去ろうとしたらしい。リースとセイラがそれに気付き、状況は一時、戦闘態勢に入った。

 「で、その時に突然セイラが言いだしたんだよ。『シズクが危ない』ってな」

 「……わたしが?」

 一瞬の沈黙の後、眉をしかめてシズクは自らを指差す。リースもリースで、解せない表情を浮かべつつ頷いた。どうやら彼も、気持ちはシズクと同じらしい。

 (わたしが危ないって……)

 意外な言葉だった。セイラがそんな事を言っていたなんて。

 確かに命の危機に直面していたのは事実だが、クリウスの出現だけで果たしてそこまで予想できるものなのだろうか。いや、彼の出現とシズクの危機には、見た目上関連性は無かったはずだ。とすると、セイラはクリウスの出現とシズクの危険を結びつける『何か』を知っていたという事になる。彼はシズクについて何かを知っているとでも?

 何か――

 「…………」

 そこで急に、先ほどの事を思い出した。シズクが女に襲われて、気絶する直前の事だ。

 首を絞められ、遠ざかる意識の中で、赤毛の魔族シェルザードが囁いた言葉。


 『この石はね――』


 そして何故か、彼女の深い瞳の色が頭に浮かぶ。その瞬間、嫌な音を立てて心臓が鳴った。背筋が凍りつく。

 (そんなのって……でも……)

 心拍数が加速し始めるのが分かった。止めなければと思うものの、嫌な想像は、もっと嫌なものを次々と心の中に呼び寄せてしまう。どくどくと波打つ視界の先で、つい先ほど見た、記憶の光景が胸に過ぎった。

 「……まぁ、最初は半信半疑だったんだけどな」

 しばらく沈黙しているシズクを少し気にかけていた様子だったが、リースは説明を再開する事にしたようだった。彼の声がきっかけとなって、シズクも考え事の波から逃れる事が出来る。はっと我に返ると、目の前で説明を続けるリースの方を見た。幾分機嫌が悪い。

 「あんまりセイラが真剣なもんだから、アリスを起こしてお前の部屋に駆け付けた」

 「で、駆けつけた時には驚いたわ。変な女がシズクを壁に押しつけて、まさに絞殺しようとしているところだったんだから」

 言われてシズクはさきほどの光景を再び思い出した。赤毛の女が、片手でネックレスを握り、反対の手でシズクの首を絞めてきたのだ。女の細腕からは想像できないくらいの物凄い力だった。まるで、憎らしい相手に全身全霊の恨みを投げつけるような。刺すような瞳の輝きも伴って、それくらいの迫力があった。恐怖で硬直して、体が動かなかったくらいなのだから。

 あの瞳の奥で、彼女は何を思っていたのだろう。似たような色をしたシズクの瞳を見ながら、心の中で何を訴えていたのだろう。

 何を――

 「…………」

 「……シズク?」

 再び黙り込むシズクを見て、アリスが声を掛けてくる。また弾けるように顔を上げて彼女の方を見ると、心配と顔に書いてありそうな表情を浮かべていた。

 「大丈夫?」

 「あ、う、うん。平気」

 「まったく。自分から話せって言っときながら、ぼーっとしすぎだ!」

 隣でリースも、これで二回目。と不満の声を上げる。考え事で人の話を聞かなくなるのはリースの悪い癖だと思ったのだが、自分も人の事は言えなかったらしい。しかし、シズクが素直にごめんと謝ると、リースは心底意外そうな顔をしていた。どうも調子が狂う。突然降って湧いた考え事のせいだろうか。

 「……ねぇ。リース達が、あの女を追い払ってくれたの?」

 まだまだ考えに浸ってしまいそうな雰囲気だったので、シズクは自ら質問を投げかける事にした。出来るだけ今は違う事を考えたかったというのが本音だが、このまま彼らの存在を無視してしまうのも悪いと思ったのだ。シズクの質問に、リースは首を振ると、

 「……いや、俺たちの姿を確認して、女の方から姿を消した」

 そう静かに言った。

 女はあの時、クリウスがヘマしたのね。だか何だか呟いて、忽然と消えてしまったらしいのだ。ということは、先ほどリースが言ったように、やはりあの女はクリウスの仲間なのだろう。

 「その言葉から想像するにね、クリウスは単なる時間稼ぎのおとりだったんじゃないかと思うの。あたかも彼らの狙いが師匠の杖であるかのようにこちらを惹き付けておいて、顔が割れてない女の方が本来の目的を果たす。そう、彼らの本当の目的――」

 そこでアリスは、意味あり気な視線をシズクに向け、

 「それはシズク――あなただったんじゃないかしら」

 仮定を話すには、確信の気持ちが篭り過ぎた口調で言った。

 「…………」

 アリスの声は、重く空間に響く。なんとなくそれは予想できた言葉だったのだが、シズクは思わず黙り込んでしまう。

 クリウスをけしかけてセイラ達を惹きつけておき、その間にあの女がシズクの元へ。用意周到の態勢で、狙われたのは自分。……いや、正確には――

 「奴らの目的は、多分これだよ」

 言って、シズクは首に掛けられたネックレスを指差す。視界の隅で銀のネックレスは、不安そうに光を反射していた。

 ネックレスの不思議な文字と模様の意味は相変わらず分からなかったが、シズクにはこれが何なのか、少しだけ分かったような気がする。記憶が見せる夢の中で、知ってしまった。きっとこれは重要な何かなのだ。それこそ、母が命懸けで守り、魔族シェルザードが手に入れるのに手段を選ばないくらいに。

 何故こんなものが自分の手にあるのか。考えると不安になる。今まで大切な物だったはずのネックレスは、今は恐ろしく重く感じてしまう。母の台詞が耳にこびりついて離れてくれなかった。


 『この石は偉大なる遺産。荷が重いものを託す事になる』


 「……ネックレス。それは――」

 リースは独り言のように小声でそう言うと、今度は決意したようにシズクに真剣な眼差しを投げ掛けてきた。

 「なぁシズク。俺、そのネックレスについて、お前に伝えてない事がある」

 「うん。でもその前に……セイラさんに会いに行ってもいいかな」

 言ってシズクは寝起きの割には素早い動きで立ち上がった。まだ足元は若干ふらつくが、これくらいならすぐに治るだろう。

 「師匠に? 何でまた」

 歩き出そうとするシズクに、アリスが目を丸くする。まだ無理は良くないと言いたそうな表情だったが、シズクはここでずっと休んでいる気にはなれなかった。早く、少しでもこの考え事の答えが欲しい。だから、セイラの元へ行きたいと思ったのだ。セイラはきっと、自分の質問に答え得るのに十分な『何か』を知っている。

 「一つ、聞きたいことがあって……」

 「聞きたいこと? どんな事?」

 「…………」

 そこでまた黙り込むシズクを、リースもアリスも怪訝な表情で見つめてきた。

 「多分、セイラさんは……」

 そこで一旦言葉を区切ると、シズクはアリスと視線を合わせる。不安そうな彼女の瞳を、出来る限り力強く見つめる。

 「わたしについて、わたし以上に知っているんじゃないかな。そんな気がする」







 ぱたんと、軽い音がした。リースが後ろ手に部屋の扉を閉めた音だ。そう、リースとセイラの寝室の扉を。

 軽い音のはずなのに、シズクにとっては酷く重い音に聞こえた気がした。裁きを受けに行く死罪確定の罪人のような気分だ。じとりと背中に汗が伝う。

 「リースが間に合ったみたいですねぇ」

 いやぁ良かった。と、危機感が全く感じられないのへらっとした声が響く。それでリースとアリスは幾分落ち着いたようだったが、シズクはちっとも緊張がほぐれる事はなかった。

 もう就寝していてもおかしくない時刻だったが、部屋の奥の椅子で、セイラはゆったりとくつろいでいた。まるで、シズク達が来る事を予想し、それを待っていたかのように。

 彼の横に掛けられた杖に、シズクは一瞬視線を奪われる。伝説の杖――偉大なる蒼イアーリオ・ワイス。今宵の杖は、月光を取り込んだように淡く発行しているように見えた。

 「……クリウスは?」

 「あのあとすぐに去りましたよ」

 リースの質問に落ち着いた様子で答えると、彼はお決まりの例の笑顔をこちらに向けてきた。背後でリースの舌打ちする音が聞こえたが、シズクの視線はセイラの瞳に釘付けになる。シズクは曖昧な顔ではにかんでから、部屋の中へと歩を進めた。目線はセイラからはずさずに。

 「――さて」

 シズクの視線の意味に、セイラはおそらく気付いているだろう。無言で彼に視線を投げ掛けるシズクを、ちらりと一瞥すると、

 「なんだかいろいろと僕にききたそうな顔ですねぇ。……まぁ、とりあえず掛けてくださいな」

 その言葉で、その場の全員がのろのろと部屋の椅子に腰を掛ける。小さなテーブルを挟んで見えるリースとアリスの顔は曖昧なものだった。なぜ自分達はこんな形でここに来て、こんな風に腰掛けているのだろうというかのように。おそらく、これから展開される話の内容が全く見えないからだろう。それは、シズクにしてもほぼ同じ事だが。

 「まずは何から――」

 「セイラさん……」

 セイラの言葉を遮り、シズクが声を発した。そして、クリウスやあの女と良く似た色の瞳を彼に向ける。深い不安が押し寄せてくるが、これは一番に確かめなければならない事だ。

 口をきつく結んで、眉間にしわを寄せる。おそらく今自分は、とんでもなく蒼い顔をしているのではないだろうか。

 「わたしは……」

 口が、嫌だと拒否を示す。言葉に出すのも恐ろしい事が、この世にあっただなんて。


 「わたしは魔族シェルザードなのですか?」


 口にしたのと同時に、あの時の赤髪の女の台詞がまた頭の中に鳴り響く。黒い。恨みでも吐き捨てるような声で、あの女はシズクに告げたのだ。

 『この石はね、偉大なる遺産。そして――裏切り者の証(・・・・・・)よ! シーナ様』

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