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追憶の救世主  作者: たかこ
第1部 魔道士の城編
40/208

第5章 「魔道士の城」(10)

第5章 「魔道士の城」


10.


 「……おや。面白い事になったみたいだね」


 攻撃の手を止めると、クリウスは言った。先ほどからあれほど術を使っているのに、彼の表情から疲労の色は見えない。その顔には、残酷な笑みが浮かんでいた。

 言われてセイラも唱えていた術をひとまず中断させると、クリウスへの警戒はそのままに、彼の視線の先を追う。

 「――――!」

 目の前の光景に、セイラは驚愕した。唱えていた術を完全に放棄してしまう形になるが、それも仕方のない事だろう。

 彼の視線の先には、倒れるリースとシズクの姿があったからだ。焦りと怒りで、心臓の鼓動が加速する。

 二人とも良い状態とは言えない。シズクも相当傷ついている様子だったがしかし、問題はリースの方だった。

 彼は……遠目からでも分かるほどに、左肩を赤く染めているのだ。恐ろしく紅い――鮮血で。傷は、彼らの前方に迫る魔物によるものだろう。血は少しずつ、しかし確実に血だまりを作る。

 「仲間をかばってってやつかい? 殊勝な心がけだね」

 クリウスはそう言うと、小さく肩をすくめる仕草をした。その語気には明らかに軽蔑の色が見て取れる。そんなクリウスに、セイラはますます表情を険しくした。一からやり直しになった詠唱を、小声で再開させる。リースの事がかなり気がかりだったが、クリウスの結界がある限り、彼らの元へ駆けつけるのは不可能だ。目の前のこの魔族シェルザードを倒すのが先である。呪符の残り枚数も少なくなってきた。そろそろかたをつけねばなるまい。

 クリウスもこちらの動きに気付いたのだろう。真剣な表情に戻ると、彼も呪を詠唱し始めたようだった。




 目の前の光景が、信じられなかった。


 自分の命が終わったと思っていたのだ。しかし、瞳を開いた瞬間に飛び込んできたのは、無傷の自分と――傷ついたリースの姿だった。

 真っ赤に染まる左肩。傷口から溢れ出した血は居場所を求めて彼の腕を伝い、白い大理石の上に赤い模様を描く。それが、シズクの視線を捕らえて離さなかった。

 「くっ……」

 リースは小さく呻くと、傷ついているにしては素早い動きで地を蹴って、迫る魔物へ斬りつけていた。戦闘の中で彼らのだいたいの弱点を見抜いたのだろう。わき腹の辺りを切り裂かれた魔物は、どす黒い血を腹から吐き出しながら後退し、その場に崩れ去る。

 「リース!」

 魔物に一太刀浴びせた直後には、リース自身も呻いて膝を付いてしまう。シズクは大きく叫ぶと、よろめきながらも彼の方へ走りよった。血だまりがシズクの衣服を侵食するが、そんなものは気にならなかった。

 酷い怪我だ。だらんと、力なく垂れ下がった左腕は、おそらく動かせないのだろう。鮮血すっかりリースの左肩を染め上げ、赤い染みは彼の衣服全身に広がりつつあった。元から色白だったが、今のリースの顔色は必要以上に青白い。そしてそれを見るシズクの顔も蒼白だった。

 「リース……」

 絶体絶命だったシズクを救ったのは、外でもないリースだった。瞳を閉じていたから良く分からないが、彼は自分の相手である魔物との戦闘を放棄して、こちらへ駆けつけてくれたのだろう。シズクの肩を抱いて、一緒に爪の一撃を避けようとしたところで、間に合わず攻撃を受けてしまったのではないだろうか。自分の代わりに。

 明らかに、自分のせいだった。そう思うと、罪悪感と大量の血を見たショックで、体中の力が抜けてしまう。震えがくる。

 赤い、赤い。止まる事なく流れる――血。

 「リースごめ――」

 「アホ! 謝ってる暇があったら行動しろって!」

 苦痛に顔をゆがめながらも、リースの口から出てくる台詞はいつもの彼らしかった。呼吸は荒かったが、ゆっくり起き上がると彼は再び剣を構える姿勢を見せる。その間もとめどなく左肩から鮮血が流れ出る。その姿は痛々しいものだった。

 「魔道士だろ? 一発でかい魔法でも、頼むわ」

 こちらを向かず、前方を見据えたままで言う。声だけならいつもの彼だ。少しでも自分のショックを和らげようとしてくれているのだろうか。大きな怪我を負っているのに。シズクを気遣う余裕が、彼にあるはずないのに。

 「唱える時間くらいなら、なんとか稼いでやるから」

 肩で息をしているのが分かる。立っているのもやっとではないのだろうか。このままではリースは……死んでしまうのでは。

 (死……)

 そう思った瞬間。抜けていた体中に、力が入った。震えは止まり、ぼやけていた視界が急に広がる。リースの出血が、より鮮明に瞳に飛び込んできたが、怯まない。


 (嫌だ、目の前で誰かが死ぬなんて――絶対に嫌だ)


 ぐっと拳に力を入れると、前方の魔物たちを睨みつけた。間の悪いことに、彼らは再び復活したようだった。三体ともがこちらへ鋭い眼光を突きつけ、いつでも飛びかかれる体勢をとっている。もちろん、先ほどよりも強力に進化している事だろう。

 「ふははははっ! 実に無様だ。悲痛の中で狂い死ぬがいい!」

 はるか前方に、高笑いを浮かべるエレンダルが目に入った。締まりのない声でそれだけ叫び散らすと、再び大きく笑う。狂っている。

 リースを戦わせてはいけない。それが真っ先に浮かんだ。

 だが、悔しいが先ほどよりもさらに強力になった魔物に効きそうな魔法など、シズクの考えの限りでは、無い。

 頼りのセイラはクリウスに足止めを食っている模様。そしてアリスは未だに意識が混濁しているようで、立ち上がれていない。やはり、自分しかいないのだ。

 (でも、一体どうしたら……)



 (――……づきなさい! ……づきなさい! 気付きなさい!)



 ふと。また例の声が頭に響いた。考えの邪魔になると思い、一度は無視をきめこむが、あまりにも大きく響くのだ。集中をそがれる。

 (気付くって……何によ)

 さっぱり分からない。声がどこから聞こえるのも未だに良く分からなかったが、その声が言っている意味自体はもっと分からない。

 前方では徐々に魔物三体がこちらに接近してきているのが分かる。戦闘不能となったアリスは、どうやら彼らの視界に入らないようだ。アリスは魔物達を悔しそうに睨みつけていた。受けたダメージは相当なものだったのだろう。

 リースはにじり寄ってくる魔物達に警戒の念を強くしたようだった。より低く構える体勢を作ると、いつでも行動できる状態にする。

 戦って欲しくない。動ける状態では無いのだ。策は無い物かと、苛立ちがこみ上げてくる。

 ふと、リースがこちらを背中越しに振り返ってきた。

 真剣な緑の瞳とぶつかると、シズクは一瞬、本当に心臓が止まったんじゃないかと思った。果たしてリースは、これほど強い瞳をしていただろうか。こちらを真っ直ぐに見つめる瞳の奥に、揺らがない意思を感じ取る。痛いくらいに、彼の視線がシズクに降り注いだ。



 「頼りにしてるからな。シズク」



 (気付きなさい! その大いなる力に!)



 真剣な表情のままでリースが言ったのと同時に、今までで一番鮮明に、声が響いた。

 「――――」

 その瞬間、シズクの視界は真っ白になる。

 最後に目にしたのは、魔物達が三体同時に動いた姿だった。




 

 

 

 左肩から依然として鋭い痛みが感じられるが、目の前に魔物達が迫っている。

 リースはある意味覚悟を決めると、剣を低くかまえる体勢をとった。詠唱の時間を稼ぐなんてもちろん虚勢だ。今すぐにでも、苦痛でのた打ち回ってもおかしくない痛みだった。だが、ここで怯むわけにはいかない。

 ふ、と。苦笑いがこぼれるのが分かった。仲間をかばって自分が犠牲に。なんて、自分はそんな柄じゃないと思っていたが……どうやらそうでもなかったらしい。

 自分でも何故シズクをかばったかなんて分からなかった。ただ思わず体が動いて、そして気付いたら左肩に鋭い痛みを感じていたのだ。

 どくどくと、左肩から勢い良く血が流れ出ていくのが感じ取れる。血と一緒に、自分の命そのものも流れ出ているような気がした。ぼんやりしかける意識を、強制的に覚醒させて研ぎ澄ます。こんなところで、気絶する訳にはいかない。

 魔物達がわずかに動いたように感じる。もうすぐ来るのだろう。

 「…………」

 ふと、リースは、飛び出す前に後方にいるシズクの方を振り返った。視界の先で彼女は、相変わらずの表情でこちらを見つめていた。出逢った時から変わらない、でもあの頃よりは引き締まった、幼い容貌。

 「頼りにしてるからな。シズク」

 言葉は、自然に出た。その瞬間、シズクの表情が大人びて見えたのは、気のせいだろうか。それだけ言って再び前方を向くと、いよいよ魔物達が攻撃をしかけてくるようだ。張り詰めた、痛いほどに緊迫した空気が流れる。全身に冷たい汗をかいていたが、飛び出す準備は既に出来ていた。魔物は、三体同時に体をかがめると、攻撃前の体勢を作る。合わせてリースも跳びだそうと、足に力を入れようとしたが、



 『その言葉、しかと受け止めた』



 「?」

 突然かかった声で、リースの動きは止まる事になった。視線だけで周囲を探ってみるが、もちろん声の主などない。空耳だろうか――

 「え……」

 しかし次の瞬間に起こった事に、リースは今度は声を上げる。右肩にそっと暖かい感触を感じると、彼の横を、さらりと揺れる茶色の髪が通過したのだ。シズクだ。

 呆然と立ち尽くす彼の目の前までゆらりと歩み出ると、彼女――シズクは右手をゆっくり前方へ掲げた。その時には既に、魔物達は地を蹴っていた。

 「バカ! 何を――」

 詠唱時間の間、行動が制限される魔道士が最前列に出るなど、自殺行為に等しい。無防備なまま敵に攻撃されるのがオチだからだ。リースは慌てて彼女を押し戻そうとしたが、



 『――……ス・ウォンタット・イロ・オブレット……』



 「――――!?」

 シズクの口から紡ぎだされる声に、リースは動きを止めた。

 何を言っているのかは、とっさには分からなかった。彼らが日常語として使用する言語とは明らかにかけ離れた響きを持っていたから。

 「……シズク?」

 不安を感じて、シズクを見る。普段は感情をそのままに映す青い瞳は、今は感情の欠片すら浮かばない。恍惚とした表情で、彼女はただひたすら前方を見据えていた。

 謳う様にはっきりと、そしてゆっくりと、言葉は紡がれる。その響きは神秘的で、そしてどこか邪悪である。リースは昔話で登場する、若者を惑わす妖艶な妖精を思い出した。


 不思議な光景だった。

 まるで時が止まったかのように、シズクを除く全てが静止したのだ。時が過ぎていく感覚も、エレンダルの高笑いも、そして――目の前に迫る魔物達をも動きを止めた。それだけでない。彼らはためらう様子まで見せ始める。

 怯えているのだろうか。何に? ……彼女に?


 

 『――オノムス・ナシエス・ウォ・オブレット――』


 

 彼女の言葉に合わせて、周囲に徐々に濃密な何かが集結しはじめる。魔道の才のないリースですら感じ取れるほどに、密度の濃い――魔力。それがシズクを中心に、とぐろを巻いているようだった。

 空間が、低く唸りを上げているような、妙な静寂が支配する。寒気すら覚えた。

 (この言葉は……)

 リースにとって、彼女が紡ぐ言語は、知っているものの一つであった。忘れようにも忘れられない。

 


 『――イジャーキエ・ローンサク・ウォ・セッシュ・ディルス――』


 ――西を司りし 金色(こんじき)の王、ディルス――


 

 ますます空間をつつむ魔力は濃く、そして重くなってゆく。

 それはまるで、空間そのものを押しつぶすかのように。


 

 『――ターミョロド・オイタ・イン・ビューク――』

 

 ――数多に響く 轟きを――


 

 魔物達は、完全に戦意を喪失してしまったようだった。慈悲を請うように、甘えるような、怯えるような。そんなあいまいな咆哮をあげると、一歩、また一歩と後退を始めていた。

 ――だがもう遅い。


 

 『――アタナス・セミーユ・エラウォーロー――!』

 

 ――汝 我が前に示せ――!


 

 「アリス! 伏せろ!」

 リースは、それだけ叫ぶのがやっとだった。直後、時は一瞬、本当に停止した。そんな風に感じ取れたのだ。

 「――――」


 

 『終末の轟き(ローブ・エンド)!!』


 

 シズクの一際鋭い声が応接室に響き渡ると、再び時は動き出し、収束した魔力が凶器の光となって部屋中を照らしだした。そこには昼も夜も無い。全てが光に飲み込まれる。こらえきれずに、リースは目を瞑った。おそらく、この部屋にいる誰もがそうした事だろう。

 ずぅんと、感じたことも無いほどに深く、重い地響きが聞こえると、直後には三体の魔物の頭上に、激しい雷が舞い降りた。目を瞑っていてもなお眩しい。直視をしたら目が焼けるだろう。

 閃光を放ちながら、重く、そして激しく雷は降り注いだ。神による裁きを受けるかのような重圧感。そして、圧倒的な魔力。

 魔物達は、断末魔の叫びを上げる事もなく――蒸発した(・・・・)

 「まじかよ……」

 思わず声が漏れる。リースは目を疑った。

 雷が消えた衝撃で大きく床がえぐれると、激しい風が周囲にも巻き起こる。割れた床の破片が当たりに飛び散り、目も開けていられない状況だった。部屋全体どころか、城全体が大きく揺れるのが感じられる。魔法行使後の衝撃だけでこれほどとは、一体どのレベルの魔法だというのだ。

 リースは痛む左肩を抑えながらなんとか体を起こすと、すぐ前方で佇むシズクの方へ、足を引きずりながら近づいた。

 「シズク! おい、シズク!」

 これほどに強力な魔法など、さすがに期待していなかった。確かに魔物達は倒されたのだが……城の揺れ具合を見る限り、崩れるのは時間の問題だろう。これでは自分達の命までもが危ない。ぴしぴしと床の破片が全身を打つが、そんな事は気にしていられなかった。とりあえず、脱出しなければ。

 「シズク! 返事しろって! ここを脱出って、え――」

 次の瞬間。目の前で起こったことに、リースは目を丸くする。ぽかんと呆けているリースの目の前で、シズクはゆっくりと体を揺らすと、


 ――ぱたんっ


 その場に倒れ込んだのだ。


 「……おい」

 真剣だった雰囲気もここに来て一気に萎えてしまう。

 「あれだけ派手な魔法ぶっ放しておいて、自分は気絶かよ」

 さすがに呆れ顔になって、リースは昏倒するシズクを睨みつけた。目の前でシズクは、目を回している様だ。左手には、しかとセイラの杖が握られている。どこにも異常は見られない。おそらく、命に別状は無いだろう。

 そうこうしている間も、城の揺れはますます酷くなりつつあった。おそらくこの城の大事な主柱の一つだったのだろう柱は、シズクの魔法の余波によって木っ端微塵に砕かれてしまったのだ。ごうごうと、恐ろしげな音までする始末。ぐずぐずしている暇はない。

 「アリス! セイラ! とりあえず逃げろ! 崩れるぞ!」

 リースは大声で叫ぶと、気絶しているシズクの肩を担いで、危なっかしい足取りで歩き出した。

 

 ――『魔道士の城』が、激しい地響きと共に崩壊したのは、それから数分後の事だった。


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