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追憶の救世主  作者: たかこ
第1部 魔道士の城編
39/208

第5章 「魔道士の城」(9)

第5章 「魔道士の城」


9.


 ふわふわと意識が遠くなる。

 あぁ、死ぬ直前というのは、こういう感覚なのだろうか。


 『(さん)雷火(らいか)!!』


 遠くなりかけていた意識の中で、力強い声が響き渡る。それが引き金となって、薄くなりつつあったシズクの意識は、突然覚醒へと向かいだした。ぼやけていた周りの景色が、鮮明に頭に流れ込んでくる。かと思うと、次の瞬間には、シズクは現実へと連れ戻されていた。

 声によって呼び出された雷撃は、見定めたようにシズクに迫る二体の魔物に降り注いだ。たとえ打撃を寄せ付けぬ強固なうろこであろうとも、電気は通すのだろう。魔物はひとしきり体を震わせると、やたらと大きな音を立てて崩れ去った。雷撃が去ってもなお、ひくひくと小刻みに痙攣しているのが目に映る。感電しているのだろう。

 「な――」

 次の瞬間。シズクは驚愕の表情を浮かべて、その場に固まってしまう。

 自分の命が無事である事にでも、窮地を救ってくれた術に対してでもない。彼女の驚きは、目の前に現れた、術を行使した人物そのものに対するものだった。リースもそれは同じだったようで、はるか前方で魔物と対峙しながらも驚きで目を見開いているのが分かる。まぁそれもそうだろう。彼女達の目の前に現れた人物は――


 「アリス!」


 そう叫ぶと、シズクは目の前に立つ、黒髪の美少女の元へと駆け寄っていた。

 「アリス。なんで?」

 囚われの身であるはずの彼女が、応接室の扉を勢いよく開けて登場したのだ。そして術を発動して、シズクのピンチを救ってくれた。

 アリスの方もにこりと微笑むと、シズクの方へ駆け寄ってくる。見た目にはどこにも異常がなさそうだ。誘拐された当時と全く変わらない元気そのものの外見。常人離れした美しさも健在だった。

 「間に合って良かった」

 シズクの目の前まで走ってから、アリスはシズクの無事を確認したのだろう。ホッと胸を撫で下ろしたように息を吐くと、柔らかに微笑んだ。


 「な! お前……何故こんなところへ出て来られたのだ!」

 感動の再開もつかの間。はるか後方から聞こえた声に、シズクは表情を険しくする。目の前に立つアリスも気持ちは同じであったようだ。シズクと同じく、いや、シズク以上に鋭い目線で、声の発生元――エレンダルの方を睨みつけていた。

 エレンダルは、クリウスが魔物を呼び出した瞬間からずっと、部屋の段になっている辺りで高みの見物を決め込んでいたのだ。その彼が、戦闘が開始されて始めて口を開く。アリスがここに現れた事が、彼にとっても驚愕であったようだ。

 「何故って。もちろん抜け出してきたに決まっているじゃないですか」

 口調はあくまで丁寧に、アリスは言う。しかし、その内には激しい感情が見て取れた。

 「抜け出しただと……まさか! 杖は取り上げてあったはず――」

 「呪術師が杖だけで術を行使するとお思いですか? 念には念を。師匠の教えの一つです」

 鋭く言い放って、アリスは懐に手を忍ばせた。

 それを、エレンダルは怪訝な表情で見守っていたが、やがてアリスが取り出したものに、小さく舌打ちする。

 「……なるほど。それで術を使って逃げたという訳か」

 彼女の右手には、魔法文字や記号が細々と書き綴られた『呪符』が握られていた。

 エレンダルに言われてシズクもやっと気付く。アリスは今、いつも持っている彼女の杖を携帯していないのだ。それなのに先ほど彼女は、確かに術を行使した。目の前のこの呪符を媒体として用いたのだろう。

 アリスはエレンダルの言葉には答えずにそのまま視線をそらすと、シズクの方へ再び向き直った。不服そうなエレンダルがシズクの視界に移ったが、どうやらアリスは無視をする事に決めたようだ。彼女は呪符を手に、シズクの背に軽く触れると早口で呪文を唱え始めた。


 『大地の精霊よ (いや)しの言葉と祝福を この者に降りかかりし災いを取り除き 等しく神のご加護があらんことを――回復』


 (――――あ)

 直後、アリスの手が触れた部分からシズクの中へ、暖かい何かが流れてくるのが感じられた。おそらくは、魔力。本来目には見えないもののはずなのに、それはなぜかきらきら光り輝いているように感じられる。アリスの魔力は、優しく包むようにシズクの全身を駆け巡り――やがて、消えた。

 シズクは、それまでずっと感じていた悪寒がすっと消えてしまった事に驚いた。魔物に付けられた背中の傷を、アリスが術で癒してくれたのだ。これが噂に聞く呪術の回復術だろう。体中を震わせていた痛みが、嘘のように無くなった。

 「杖じゃないから完全には治せないけれど。楽にはなったと思うわ」

 静かに微笑むアリスの手から、呪符だったものは灰になって崩れ去った。呪符は本来使い捨ての道具である。一度使用すると、このように使えなくなってしまうのだ。

 「ありがとう! 凄いよ。体が軽くなった」

 言って、シズクは試しに背中を捻ってみる。少し違和感は残るけれど、動き回るのに全く支障は無い程だ。これなら大丈夫だろう。

 その様子を見て、アリスはほっとしたように笑った。




 「そんな事をしても無駄だ! すぐにまた、傷付く事になるのだからな!」

 すっかり無視されている事に腹を立てたのだろう。イラついた様子のエレンダルが叫ぶ。広い応接室に、その声は不気味に反響した。

 「傷つかないわ。二体は倒した。あと一体もリースがケリを付けてくれるはずよ」

 醜悪な笑みを貼り付けたエレンダルに、アリスは冷たく言い放った。彼女の言葉が合図になったかのように、リースの一突きが三体目の魔物の目玉に直撃する。その隙をついて彼は魔物に突っ込むと、無防備な腹を剣で切りつけた。溢れ出す鮮血。魔物が倒れる地響きが、応接室に小さく響いた。

 しかし、その様子を見たにも関わらず、エレンダルの笑みは薄れる事はなかった。小さく鼻で笑うと、ますますそのサル顔を醜悪に歪めてシズク達の方を見つめる。

 「……君たちは、全く何も分かっていないようだ」

 「?」

 静かになった応接室に、威厳の無い軽い声が響く。しかし、不気味な響きだった。それはまるで、何かの予兆のように。

 「お前は、一応魔道士なのだろう?」

 つと、必要以上に釣り上がった瞳を更に薄めて、彼はシズクを一瞥する。見下されているのが丸分かりで、シズクは腹が立った。シズクが出来損ないの魔道士だとでも言いたいのだろうか。

 「ならば何故気付かない? 結界によって召喚された魔物が本当に(・・・)倒されたならば、そこは正常な場に戻り、魔物の姿は忽然と消えてしまうという事に」

 「――――!?」

 エレンダルの言葉に、シズクは心臓を鷲づかみされたような衝撃を受ける。

 (そうだ――)

 慌てて後方を振り返った。隣で、アリスが不思議そうにこちらを見つめているのが分かる。呪術師である彼女は、おそらく知らないのだろう。

 結果によって召喚された魔物が消えるというのは、その魔物が戦闘不能に陥った事を意味している。菜の花通りで出くわしたワービー達がそうだ。彼らはシズクの魔法を受けて倒れた直後、跡形も無く消えてしまった。

 だが、今はどうだ。確かにトカゲのようなあの魔物はアリスの術とリースの剣で倒された。しかし、はたして魔物たちの姿が消えて、あたりは正常な場に戻っただろうか。……答えはノーだ。

 「あ――!」

 目の前の異変に、アリスが驚愕の声を上げる。こちらへ駆け寄ろうとしていたリースも足を止めて体ごと後方を向く。ずずんっと、今度は重く地響きがたった。

 「……言っただろう? あの魔物は合成生物(キメラ)だと。研究の傍ら偶然に完成した産物だよ。生体が異常に活性化されているため、非常に打たれ強い。しかも、打たれれば打たれる程に強くなって行くのさ!」

 まるでエレンダルの声が蘇りの呪文であったかのように、倒れていたはずの三体の魔物は、ゆらりと体を起こす。アリスの呪文で受けたはずのダメージも、リースの剣でつけられたはずの傷も、欠片も残っていないようだ。再び鋭い眼光を三人に突きつけると、低く唸った。

 「まったく……厄介なものを作ってくれたものね」

 シズクは、かすれた声でそれだけ悪態をつくのが精一杯だった。

 また振り出しに戻ってしまったという訳だ。いや、今回は魔物たちが更に強くなっている点からすると、ますます分が悪い。アリスが助けに入った分こちらの戦力も増えたが、果たして勝てるかどうか……


 

 (――……きなさい――)



 「――?」

 声が聞こえた気がした。

 聞き覚えのない声だ。怪訝に思ってシズクはあたりを見渡してみたが、もちろんそれらしい人がいる筈はない。しかし、目線は自然と、右手に持たれた杖へと向かう。伝説の杖――偉大なる蒼イアーリオ・ワイスへ。

 まさかね。と、次の瞬間にはシズクは自分の考えを否定する。まさか、そんな事があるはずは無い。しかし、代わりに良い事を思いついた。

 「アリス」

 呼びかけると、彼女は魔物たちに向けていた真剣な視線をこちらに向けてくれる。

 「この杖、セイラさんから預かった物なんだけど。使って」

 そう言って、前方への警戒はそのままに、早口でアリスへと言う。他でもない、セイラの杖をアリスに渡そうとしたのだ。使ったら消えてしまう呪符での戦闘は、おそらく辛いだろうから。伝説の杖だろうと何だろうと、杖である事には変わりがない。呪術師が術を降ろす媒体と成り得るだろう。そう思ったのだ。しかし、

 「ありがとう。だけど、師匠の杖は師匠にしか従わないわ」

 「?」

 そう告げると、苦笑いを浮かべて彼女はかぶりを振った。そして、すぐに前方の魔物への警戒を再開する。手には呪符。既に呪文を唱える準備は整っているのだろう。あとは魔物の出方次第、だ。

 シズクは少し納得がいかなかったが、アリスが言うのだから真実なのだろう。杖のくせに使用者を選ぶとは、恐るべし伝説の杖。そう思うと、少し持っているのが恐ろしくなったが、こんな状況だ。考えを中断し、シズクも魔物たちへと向き直り、小さく詠唱を始めていた。


 『――(つらぬ)くものよ……』


 唱えている途中で魔物たちは大きく咆哮を上げ、地を蹴った。一体はリースへ、そして残りの二体はこちらへと、突進を仕掛けてくる。

 シズクとアリスは魔物の巨体を難なくかわすと、それぞれ別々に、大きく後方へ跳ぶ。呪文を唱えるにはやはり集中と時間が必要なのだ。出来るだけ攻撃は避けたい。だが、それを承知しているのだろうか、魔物たちも執拗に前進を仕掛けてくる。ひゅんっと、空気が目と鼻の先で鳴る。


 『(さん)雷火(らいか)!!』


 アリスの呪文の完成の方が先だった。彼女の力ある声に従って、雷撃が一体を襲う。感電して、魔物は大きく叫び声を上げ、やがて崩れ落ちた。パワーアップして打たれ強くはなっただろうが、どうやらまだ電気は聞くらしい。と思ったのだが、

 「きゃっ――」

 小さな叫び声を上げると、次の瞬間にはアリスは後方へと弾き飛ばされる。突然の出来事にシズクは目を見開いた。倒れていたはずの魔物が、倒れた体勢のままで大きく尾を振ったのだ。知能も先ほどより高くなっていると言うのか。

 受身の姿勢はとったようだが、丸腰同然で受けた攻撃である。アリスのダメージは相当なものになった筈だ。彼女は小さく呻きながらもなんとか体勢を起こそうとしているが、そこを更に魔物が突進を仕掛ける。


 『雷電よ(オルクレッド)!!』


 右手を大きく突き出すと、シズク自身に迫る魔物へ用意していた魔法を、迷わずアリスへ迫る魔物の方へと放った。空間が一瞬歪む妙な感じがすると、一体の上方から激しい電撃が降り注ぐ。雷は魔物ごと応接室の地面をえぐり取ると、地響きだけ残して消えた。

 雷の精の力を借りる魔法の中でも、高度な部類に入るものだ。さすがの強化された肉体も、二撃目は耐えられなかったらしい。悲痛な咆哮を上げると、魔物はその場に崩れ落ちた。

 しかし、安心はしていられない。シズクが大きく右側に跳ぶと、直後には彼女が先ほどまでいた空間に銀光が踊った。シズクに向かっている魔物の爪だ。なんとか避けられたが、繰り出される爪の速度も、先ほどより格段に速くなっている。体力を削られる前になんとか倒す必要があるだろう。

 シズクは更に繰り出される爪を、後方に跳ぶ事で避けると、再び呪文の詠唱に入った。大分集中する余裕が生まれてきた。更に繰り出される高速の体当たりを左に跳ぶ事でかわし、精霊への干渉を続行する。呪を唱える間は判断力がかなり鈍るが、なんとか持ちこたえられそうだ。そう思ったのだが、

 「わっ――」

 突然シズクの集中は途切れてしまう。予想もしない攻撃がきたのだ。

 呪を唱えるのを泣く泣く中断してから、シズクは杖を構える。ぶぅんと再び空気が唸った。

 魔物から繰り出されたのは、鋭い爪ではなく、柔軟にしなる尻尾だった。体をひねるような形で尾の一撃を繰り出してくる。隙は出来るが破壊力が大きい攻撃だ。先ほどアリスを跳ね飛ばしたのもこの攻撃だった。

 尾はシズクを真ん中に捕らえて繰り出されたが、それは彼女には炸裂せず、彼女が構えた杖によって受け止められた。そうしてそのまま、シズクは杖と共に後方へ跳ね飛ばされる。

 尾による直接的なダメージは受けなかったが、地面に着地した瞬間の衝撃がシズクの体を痛みとなってはしる。目の前が一瞬真っ白になり、小さく咳が漏れた。

 「――んとに、タチの悪い」

 むせながら悪態をつく。それが精一杯だった。

 尾を振りシズクを跳ばした瞬間にはもう、魔物は次の攻撃に移っていたようだ。異様な速さでシズクに詰め寄ると、鋭い爪を閃かせる。起き上がっている暇は無い。

 ――ギィンッ!

 シズクはなんとか、魔物の一閃を杖で受け止める。しかし、そこを魔物がまた体をひねって尾を繰り出してきた。

 今度は杖で受け止めることも出来ずに、シズクはまともに攻撃を受けてしまう。小さく呻きながら左方へ飛ばされると、その場で倒れた。

 「く――」

 着地した衝撃で今度は大きくむせる。体勢を立て直そうとするが、上手く行かない。シズクの全身が鈍い痛みを放って叫び声をあげていた。

 エレンダルが先ほど言った台詞は、しゃくだが現実のものとなってしまったようだ。当の本人はというと、高笑いで部屋の隅にて傍観者を決め込んでいる。彼自身、攻撃しようという様子は全く見られない。それとも、単に攻撃する能力が無いのだろうか。研究者タイプの魔道士に、よくあるパターンだ。


 

 (――……きなさい――)


 

 また、謎の声が聞こえた。

 はっきり聞き取る事は出来ない。それに、今はそんな事を気にしている状況ではない。

 目の前には、更なる攻撃を加えようと、魔物が迫っていたのだから。


 『()雷火(らいか)!!』


 魔物の攻撃に備えて再び杖を構えたシズクだったが、ここに来て援護が入った。外でもない、アリスだ。彼女自身はまだ先ほどの場所に倒れていたが、術は唱えられたようだ。しかし……

 「――――っ!」

 魔物はアリスの術に多少は怯んだが、それも一瞬だけだった。気を取り直してシズクへ突進を仕掛けてくると、鋭い爪をくりだす。これをシズクは杖で受け止めるが、先ほどと同じ結果だ。

 「ぅわぁ!!」

 また尾で跳ね飛ばされた。体全身を鋭い衝撃がはしる。

 「シズク!!」

 前方からリースとアリスの叫び声が聞こえたが、視界がくらんで上手く見えない。再び咳き込むと、今度は血の味が口の中に広がった。



 (――きなさい……づきなさい!――)



 朦朧とする頭に、再び声が響く。

 (何? 何言ってるのか分からない)

 シズクの前方で、魔物の跳躍する姿がかすかに目に入った。避けようと体に力を入れようと思うが、それも今は無理な話だ。

 一体今日は何度こういう目にあっただろう。常に死と隣り合わせの極限状態。シズクにとって、こんな経験はもちろん初めての事だ。

 

 迫り来る魔物の動きは、まるでスローモーションのように酷くゆっくりに思えた。魔物はゆっくりと詰め寄ってくると一声唸り、爪を構える。シズクはため息をつくと、瞳を閉じた。もう、無理だ――




 「シズク!」


 リースの声が耳に届く。先ほどは遠くに聞こえた彼の声が、今は酷く近くに聞こえるような気がしてならない。錯覚だろうか。とうとう感覚までおかしくなってしまった? しかし――

 「――――え?」

 体が宙に浮くような浮遊感を感じると、直後、布を切り裂く鈍い音が応接室に響いた。しかし、シズクのものではない。彼女自身に痛みは全く感じられなかったのだから。

 「…………」

 シズクはそこでやっと、閉じていた瞳を開いた。突然シズクの時は、元の速さで回りだす。

 青い、不思議な色をした瞳に、今しがた目の前で起こった出来事が飛び込んでくる。そして……驚愕した。

 「……くっ」

 彼女の目の前には、苦悶の表情を浮かべる――リースの姿があった。


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