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追憶の救世主  作者: たかこ
第1部 魔道士の城編
38/208

第5章 「魔道士の城」(8)

第5章 「魔道士の城」


8.


 「シズクさんっ!」

 

 大声で自分の名前を呼ばれて、思わず振り向いた時には、既にそれ(・・)は宙を舞っていた。ぶんぶん回りながら自分の方へと投げ出されたそれ。全体がほんのりと青く、先頭に大きな美しい石が取り付けられている。輝きながら青い軌跡を作る。水神の神子の持つ――伝説の杖。

 「って、えぇ!?」

 目の前の光景に、シズクは思わず3体の魔物の存在も忘れて声を上げていた。

 訳が分からない。なぜこんな物がこんな事に?

 はるか前方には、杖を投げた張本人――セイラの姿が見える。なんだか切迫していて、真剣な表情を浮かべていた。あんな彼の表情を見るのは初めての事だ。

 セイラがこちらへ杖を投げ出した真意は分からないが、あの表情を見るとよほどの理由がるのだろう。とりあえず受け取らねばならないと判断し、あらぬ方向へ飛んでいく杖の後を追う。あと少しで地面に着地、というところで無我夢中で飛び込みを決めて、なんとか杖はシズクの手の内に収まった。間一髪。

 しかし、

 「シズク! 後ろだ!」

 え、と零して振り向いた時には、視界は魔物の胴体で覆われていた。本能的な判断で、咄嗟に左に転がる。直後、彼女の右上空で鋭い爪が空を切った。またまた間一髪。

 だがまだ油断はできない。シズクは素早い動きで体勢を立て直すと、更に左へと跳んでいた。そこにまた爪の一閃が来る。

 と、ここにきて援護が入った。いわずもがなリースその人である。彼はシズクの前に躍り出ると、剣でもって魔物の爪を弾く。ダメージを与える事は適わなかったが、相手を怯ませるのには十分だったようだ。一瞬出来た隙を突いて、二人は一気に魔物たちから距離を置くのに成功した。

 「ったく。ボーっとして!」

 「違うわよ! セイラさんが!」

 イラついた表情を浮かべるリースに、シズクは早口で反論を返す。言われてリースは、シズクの両手に握られた杖を視界に入れ、合点がいったようだ。何を考えてるんだ、セイラは。と小さく呟いたが、それ以上は何も言わなかった。今は喧嘩などしている場合ではない。

 分が悪いのはどちらかと聞かれたら、明らかにそれは自分達の方であった。まずアリスが居ないのが痛い。それに、硬いうろこのせいでリースの剣が全く役に立たないのだ。先ほどから動き回ってはいるのだが、未だにほとんどダメージらしいダメージを与えられていない。

 シズクに至っては述べるまでも無いだろう。緊迫した戦闘のせいもあって、集中して術を唱える事が出来ていない。素早い魔物たちの攻撃を避けながら呪を唱えるというのは、大変な精神力と判断力を必要とするものなのだ。シズクには荷が重い作業である。

 (こんなときなのに……)

 さっぱり役に立てない自分に、さすがに嫌気がさしてくる。魔法学校で長年学んだ事は一体なんだったというのだ。いざ実戦を迎えてみると、露ほども役に立たないではないか。このままでは――

 ぎぃんっと。また鋭く空気がないた。

 「!?」

 見ると、リースが新たな攻撃に移った様だ。両手で握られた剣が、美しい軌跡を描いてはしる。しかしまた強固なうろこで阻まれているようだ。やはり剣では駄目なのだろうか。

 「……………」

 リースはしかし、別段渋がる様子も見せずに素早い動きで地を蹴ると、次の一撃では魔物の顔面を切りつけるのではなく――叩きつけた。

 いくら硬いうろことはいっても、人間と同じで顔の皮膚は他の場所と比べると弱いだろう。剣の一撃に魔物は視界を無くした様だった。痛みで奇妙な咆哮をあげる。それをリースが見逃すはずがない。他の2体をけん制しつつ、狙いを定めると、勢いよく瞳を突いた。

 「―――――!!」

 深々と刺さった剣を瞳から抜くと、どす黒い血が雪崩のように溢れ出して来た。今度は先ほどの痛みどころではないだろう。瞳を刺された魔物は、耳を劈くような鳴き声をあげると、直後にはなりふり構わぬ動きで暴れだした。痛みの元凶を作り出した犯人を切り裂こうと、リースに向かって怒りの一閃がはしる。これを素早く避けたリースだったが、他2体の魔物にも囲まれているのだ。

 「くっ!」

 何とか一体の攻撃を剣で受けて避けるが、そこに更にもう一体が迫る。

 (危ない!)


 『氷よ(レイシア)!』


 数本の氷の刃が、今まさにリースを切り裂こうとしていた一体に襲い掛かる。咄嗟に唱えたシズクの魔法が炸裂したのだ。無我夢中で、語法もへったくれもない呪文だったのだが、どうやら精霊達は力を貸してくれた模様だ。

 しかし、ほとんどダメージを与えられてはいなかった。氷の刃は直撃したのに、突き刺さる事はない。単に魔物の動きを止めただけだった。やはり低級の魔法ではダメージは望めないか。

 氷を当てられた魔物は、ダメージこそ受けなかったが、それなりにそれは痛みを伴うものだったらしい。鋭い眼光をリースから外すとこちらへ向ける。どうやら標的をシズクへと変更したようだ。一度大きく吼えると、そのままシズク目掛けて突進をかましてくる。

 対するシズクは、これも予想の範疇であった。突進を素早く避けると、既に準備していた術を発動させる。


爆撃(パルス)!』


力ある声でそう叫ぶと、シズクの声に従って魔力が衝撃の刃となって魔物を襲う。割と高位で威力も強い魔法だ。これなら!

 「――――え!?」

 衝撃で舞い上がった煙がまだ晴れてもいないのに、シズクの喉元を鋭い一閃がはしった。喉元に風が当たるのを感じて、間一髪で避けられた事を知る。更にもう一撃。

 シズクの魔法は、確かに魔物にダメージを与えてはいたが、致命傷とまでは至らなかったようだ。むしろ、ほどよく動けるが痛みは激しい。といったくらいで、魔物を激怒させるのに丁度良い効果を発揮したのだろう。まったく、どこまで頑丈なうろこなのだ。

 逆上した魔物の攻撃を避けながら、シズクはなんとか次の詠唱に入ろうとした。しかし、攻撃を交わす事に必死でなかなか集中する事ができない。余計な雑念が入ると、精霊の声にも心にも触れることはかなわなくなってしまうのだ。

 渋い顔のシズクの前に、また爪の銀光がはしった。それを――大変申し訳ないのだが――両手に握ったセイラの杖で受け止めると、ありったけの力を込めて弾く。弾いた方と反対側から繰り出された爪が頬をかすめたが、致命傷には程遠い。右手に転がって距離をとった。

 (――どうする?)

 周囲を注意深くうかがいながら、シズクは考えを巡らせる。

 さすがの魔物も動きすぎて疲れてきたようだ、動きが大分鈍くなっている。だが、それはこちらも同じ事だった。肩で息をしながら、シズクは目の前の魔物と睨み合う。

 先程の頬の傷が、今更になって鋭い痛みを放ち始めていた。どくどくと脈打ち、そこから確かに暖かな血液がつたうのを感じる。あああ、傷に残るだろうか。顔だけは庇っておいて損は無いなと学習する。女は顔が命と言うではないか。

 そんなしょうもない事がこんな深刻な状況下で浮かんで来る自分に気付き、思わず苦笑いが零れた。

 数刻の猶予も与えずに、魔物は再び動き出した。流線を描く肢体で軽やかに跳ねると、また次の一撃を繰り出す。大分魔物の動きにも慣れてきたシズクは、これも即座にかわす。そして勇気を出して杖の一撃を突き出した。顔面に。

 怯むように一声鳴いた魔物は、考え無しに爪を振るい始める。これを後方に跳んで避けながら、シズクは呪文の詠唱を開始する。大分気持ちが落ち着いてきた。今なら精霊と心を交わすことが出来るだろう。

 (いけるかもしれない!)

 ――だが、


 「後ろ!」


 リースの叫び声を聞いて、シズクは後ろを振り返った。そして、

 「――――っ!」

 シズクの背後で爪の一閃がきらめいたのである。布が破ける鈍い音が響くと、肉を裂かれる嫌な感触が走る。直後に、背中を焼き付けられるような痛みが伝わってきた。

 「……ぅ」

 思わず声が漏れた。

 痛い。冗談抜きで本当に痛い。

 致命傷ではないが、決して浅い傷でもなかった。頬の傷よりもはるかに鋭い痛みが、シズクの全身をかけめぐる。生暖かい感触が背中を伝う。出血しているのだろう。

 後方から、先程リースに目をつぶされた魔物が迫っていたのだ。それに気付けなかったのは明らかに自分のミスだ。

 リースを見ると、もう一体との攻防で身動きが取れていない。なんとか援護に来ようとしてくれていたのはその動きから分かったが、援護はおそらく望めない。自分でなんとかしなければ。

 シズクは、痛む背中をおして起き上がると、中断していた詠唱を再開する。中断してしまったため、もう一度最初からやりなおすはめになっていた。

 痛みが集中の邪魔をする。今シズクには、2体の魔物が迫っているという格好だった。後方に先ほど呪文をぶつけた魔物。そして前方に迫るのがシズクの背中を切り裂いた魔物だ。転がりながら、奇跡的な確率で2体の攻撃を何度か避ける。我ながら、よくやっていると思はう。しかし、それももうそろそろ限界のようだ。

 「あ――」

 見上げた先で、慈悲など持たない魔物の瞳とぶつかった。

 (やばい――)

 目の前に銀の爪がはしる。それを転がって避けた横からもう1体の攻撃。これを避けようとするが、反対側には身構えたもう一体の姿が見えた。

 万事休すである。

 「シズク!」

 リースの叫び声が聞こえる。けれどもその声も酷く遠い気がする。自分の身を案じて叫んでくれているのだろうか。

 彼には、思えば悪い事をしたと思う。突然怒鳴ったりして、気を悪くしていなければ良いのだけれど。……先日のあの出来事が一瞬頭に過ぎった。

 横から二体目の爪が振り下ろされたのは、その直後の事だった。


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