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追憶の救世主  作者: たかこ
第1部 魔道士の城編
37/208

第5章 「魔道士の城」(7)

第5章 「魔道士の城」


7.


 ぎぃんっ。


 何かと何かが激しくぶつかり合い、空気が鋭い悲鳴を上げた。

 リースが背後から回り込んで、魔物の1体に剣を向けたのだ。狙いは正確だった。見事に急所をついている。しかし、魔物が倒れる事は無かった。強固なうろこが鎧となって、彼の剣ははばまれてしまったのだ。

 「――――っ」

 予想外の感触だったのだろう、リースは小さく舌打ちするとすぐさま魔物の側を離れる。直後、それまで彼がいた空間に鋭い銀光が走る。間一髪で魔物のカウンターをかわす事ができたようだ。そこに更に2体目の魔物の攻撃。これも素早く転がる事でなんとか回避した。

 (まずいですね)

 前方で戦うリースの様子を見て、セイラは思った。

 明らかにまずい。硬いうろこに俊敏な動き。知能はそれほど高くはないだろうが、3体という数だ。シズクとリースの二人で戦うには、かなり荷が重いだろう。さすがにいつものように逃げたり隠れたりは出来ないようである。すぐにでも自分も援護に入らなければならない。そう思うのだが――


 「あなたも高見の見物かな?」


 振り返った先には、冷ややかな笑みを浮かべる魔族シェルザードの姿があった。

 セイラが動けないでいる唯一にして最大の理由はこれだ。クリウス自身に自分と戦う気があるのかどうかは分からないが、彼と対峙している今、彼に背中を向けてリース達の援護に入るのはあまり得策とは言えないだろう。目の前の少年は、隙だらけに見えて全くそうではない。数瞬の隙も見せなかった。

 (さて、どうしたものでしょうかね)

 後方のリース達の様子が気になるが仕方がない。セイラは体ごとクリウスの方へ振り向くと、その双眸を真っ直ぐ彼に据えた。もしも今、シズクとリースが魔物に囲まれている状況でなかったとしたら、彼らは滅多にお目にかかることができない、水神の神子様の『怖いほど真剣な眼差し』を拝む事ができただろう。もっとも、今はそれどころではないのだが。

 セイラの杖、偉大なる蒼(イアーリオ・ワイス)を握る手に自然と力がこもる。意識を集中させると、杖から流れてくる暖かな気が少しだけ強くなったように感じられた。

 「おや、僕と戦うつもりなんだ」

 セイラのその様子を見て、クリウスはくつくつと笑い始める。夜の湖面を思わせる青い眼は、不自然なほどに細められている。凍えるような、冷たい美貌だ。

 「困ったなぁ。僕はあなたと戦う気なんて……毛頭ないんだけどね!」

 クリウスが鋭く言い放った瞬間、セイラ達の周りに濃い魔力が出現した。呪術師であるセイラでも肌が粟立つほどに感じられる。相当強度の魔力だ。攻撃が来る可能性は高いと思い、セイラは身構えたのだったが――

 (!?)

 「しまっ――」

 しまった!

 理解したときにはもう手遅れだった。セイラ達の周りに収束していた膨大な魔力は、その空間を覆い尽くすと――強大な結界へと姿を変えていたのだ。

 クリウスが結界を得意とする魔道士だと言うことをすっかり失念していた。セイラの額を、冷気を持った汗がつたう。冷や汗というやつだろうか。久しぶりに流した気がする。

 「……3人の中で、あなたが一番強いという事は分かってるんだ。そんなあなたを、みすみす味方の援護に行かせる訳にはいかない」

 あまりに魔力が濃縮されたためだろう。普通ならば視界に捉えることができないはずの結界は、今はセイラの目でも見ることができていた。薄い銀色をした膜が、セイラ達の周囲を包み込むようにして存在している。大掛かりな結界にしては範囲は狭い。ざっと見て小さな部屋一つ分くらいしかないだろう。しかし狭さの反面、その効果は強力なものだった。ただの薄い銀色の膜だが、まるで砕けそうな気がしない。術をぶつけてもおそらく無理だろう。

 単純に、結界の中に標的を捕らえて閉じ込める結界。それ以外の効果はおそらく無いだろう。しかし、今これを使われるのは少々厄介だ。

 「出ようと思っても出られないよ。もちろん術でも砕けない。僕のほとんどの魔力を込めてあるからね」

 「……随分、高く見られたもんですねぇ」

 「仮にも水神の神子だからね。いくら見た目はぼんやりしていても、それくらいは僕にもわかる」

 おどけたように言ったセイラの言葉を、クリウスは冷ややかな笑みで一笑する。先ほどの余裕のある笑みとは違う。その青い瞳に宿るのは、明らかな警戒の色。

 魔族シェルザードに自分がそこまで評価してもらえるとは、光栄な話である。だが、今はそんな事を喜ばしいと思っているときではない。

 「シズクさん!」

 クリウスと対峙していたセイラは、一瞬でくるりと体を反転させ、力の限りに叫ぶ。そして直後には、彼女のいる方に向けて大きく腕を振りかぶった。

 声にシズクは気付いてくれたのだろう。一瞬驚いた視線をこちらに向けたが、次の瞬間、それは『驚愕』の域にまで達することになる。

 なぜって?

 ひゅぅんっと鋭い音をたてて――伝説の杖が彼女の元へ飛んでくるからだ。

 「な!」

 さすがのクリウスも、これには驚いたようだ。ぽかんと口を開けると、警戒心むき出しだった瞳を一瞬だけ丸くする。

 なんとセイラは、あろうことか彼の所有物である伝説の杖、偉大なる蒼(イアーリオ・ワイス)を、死守するどころか結界の外めがけて放り出したのだ。

 何者をも通さないはずの銀色の膜をあっさり突き抜けると、伝説の杖はシズクの手になんとか着地する。かなりでたらめに放り出したのだが、シズクが滑り込みを決めて受け取ってくれたのだ。

 (予想通りでしたね)

 結界の支配を受けるか受けないかは、その者の魔力が大きく影響する。すなわち、術者より低い魔力の者ほど影響を強く受け、強い者は逆に影響を受けないのだ。それはもちろん、生き物だけでなく物質にも適用される。かの伝説の杖が、例えクリウスが魔族シェルザードであろうとも、彼の作った結界に支配されるはずが無い。

 この点をセイラは利用したのだが、見事目論見どおりだったという訳だ。

 「気でも狂ったのかい? 呪術師であるあなたが杖を放り出すなど、剣士が敵に剣を差し出すに等しい行為だよ?」

 「……確かに、媒体である杖を失った呪術師など、単なる魔力の持ち腐れに過ぎないですね。しかし、あなたに杖を奪われる事を考えたら、その方がマシです」

軽蔑ともとれる視線を投げかけてくるクリウスに、セイラは落ち着いた声で答える。闇色に光る瞳には、炎のごとき戦意が満ち溢れていた。一呼吸すると、セイラは更に続けた。

 「あなたに杖を奪われて、お得意の魔法で姿をくらまされては厄介ですから」

 「僕が姿をくらます? どこに? その杖を手に入れたとしても、僕には何の得にもならないのに」

 セイラの言葉に、ますますクリウスは軽蔑の色を濃くした。目の前の水神の神子を、一度でも高く見た自分を恥じるように、鋭く息を吐くと、挑むような視線を投げかけてくる。

 「僕は初めから、あなたがエレンダルに心から忠誠を誓っているだなんて、思っていないんですよ。むしろあなたはあの杖を手に入れるために、エレンダルに近寄ったのではないですか? そして杖を手に入れた暁には、それを――本当のあなたの主に捧げるつもりだったのでは?」

 対するセイラは、相変わらずの穏やかな声色でそう述べてから目の前に立つクリウスへと、問いただすような視線を投げかかる。その視線の先で、クリウスは沈黙したままだった。しかし、それまで軽蔑の色を宿していたはずの瞳は、今はセイラの心中を探るように光る。あながちセイラの言った事もただのはったりでは無いということか。

 「……あなたを生かしておくと、どうにも面倒な事になりそうだ」

 しばしの沈黙の後、クリウスは静かにそう告げると、湖面の色をした双眸を残酷に光らせた。そこにあるのは、殺意。そして視線の先は、セイラ。

 「僕を殺そうという訳ですか。しかし、僕としてもむざむざ殺される訳にはいかないんですよね」

 そう静かに言うと、セイラは目線はそのままに、懐から何かを取り出す素振りを見せる。だが、動くのはクリウスの方が一瞬早かった。クリウスが右手を振り上げると、それまで何も無かった空間に、再び強い魔力が満ちる。内容までは聞こえてこなかったが、早口で何かを口ずさんでいる事は分かった。考えなくても分かる――呪文だ。


 『――火炎よ(レイブ)!!』

 『――氷刃(ひょうじん)!!』


 詠唱は瞬時に終了し、力強く叫ぶとクリウスは右手を素早く振り下ろした。セイラに向かって。だが、セイラの方も彼とほぼ同時に術を発動させたのだ。

 烈火のごとく飛び出した魔力の炎と、生き物のように蠢く氷の刃は、丁度相殺されるような形でぶつかり合い、大きく爆発した。熱で一気に蒸発した水分が、水蒸気となって二人の方へと降り注ぐ。じとりと、幾分周囲の湿度が増した。

 「な――」

 「なぜ術が使えるのか? ですか?」

 驚愕で目を見開くクリウスの心を見透かしたように、セイラが静かに言い放つ。セイラは術を発動したままの体勢を保っていたが、その両手にはやはり杖などない。他でもないセイラ自身の手によって、先ほどそれは結界の外へ放り出されたのだから。

 魔力の媒介となる杖が無ければ、呪術師は術が使えないはずだ。しかし、今しがた彼が放ったものは、明らかに呪術のうちの一つであった。

 「呪術師が、いかにも取ってくださいとでも言うかのように、大きく目立つ杖だけを持っていると思いますか? もし敵に取られてしまったとしたら、魔力だけ高いただの人と変わらなくなってしまうというのに?」

 「……なるほどね」

 目の前でセイラが取り出した物を視界に捕らえ、クリウスが納得した様子で零した。

 セイラの右手に収まっている物。それは、特殊な紙で出来た『呪符』と呼ばれるものだった。

 杖のように何度も魔力を降ろす媒体とはなり得ないが、呪符や法具といった物は使い捨ての媒体として用いられる事がある。媒体としての能力が杖ほど強くなく、値段も高価なため需要はめっぽう低いが、大きな利点が一つだけある。持ち運びするのに非常に便利なのだ。つまり、隠し持てる事が出来る。

 呪術師が魔道士に比べて不利な点は、媒体を奪われると術が行使できなくなる点にある。特に媒体が杖などの場合、大きさも大きいため狙われやすいし奪われやすいのだ。故に呪術師には、杖が奪われたときの非常用に、呪符を携帯する者が多い。セイラもその一人だった。

 「数に限りはありますが、あなたも既にかなりの魔力を消費している。対等な立場でしょう」

 芯のある声でそれだけ言うと、セイラは次の詠唱に入っていた。


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