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追憶の救世主  作者: たかこ
第1部 魔道士の城編
29/208

第4章 「乙女の消える町」(8)

第4章 「乙女の消える町」


8.


 「え! アリスが?」


 普段のしまりの無い顔は何処かに葬り去って、いつになく深刻な顔のセイラがそこに居た。妙に厳格そうな感のある声が、質素な宿屋の一室に響く。

 夜の闇を思わせる色をたたえた瞳は、真っ直ぐに目の前の人物――シズクを見つめていた。

 あの町での一件の後、宿屋に戻ってきたシズクは、濡れた衣服だけを慌てて換えて、すぐにセイラの元へ急いだのだ。報告するためだ。

 ――アリスが連れ去られた、と。

 いつもとあまりに表情の違うセイラに、シズクはかなりの違和感を抱きつつも、一呼吸置いてから報告を再開する。

 「犯人は間違いなく例の襲撃事件の術者と同一人物です。わたしがクリウスって言った時に、明らかに顔色が変わったから。それに、結界を使ってアリスを連れ去ったから」

 『結界』という単語に、セイラだけでなくリースも目を見開いた。驚きの表情ではない。予想通り、といった感じの表情だ。


 シズクの推測では、あの時クリウスが使用した結界は、おそらく通常の世界とは別の次元に、術者の思うとおりの世界を作り上げるタイプの物だろうと思われた。その結界内に足を踏み入れた者は、全員強制的に術者の設定した世界のルールに従わされるのだ。

 こう言うと物凄く便利な術だと思うかもしれないが、結界術の中では最高難度を誇る部類で、魔道士でも使える者は極端に少ない。実戦に使う云々以前に、高度すぎて誰も使えないのだ。

 それに、結界魔法自体にも、『術者より高い魔力を持つ者には影響を与えられない』という厳しい制約が着いて回るのだ。相当の魔力の持ち主でないと、結界自体が意味を無くしてしまう。

 おそらくは、アリスを呪術者と警戒して、彼はあの結界を張ったのだろう。結界内での魔法使用が不可能と設定されていた事からもそれが伺える。

 だが、さすがに最高難度の結界には相当な魔力を要するらしく、発動したと同時に相当な魔力があふれ出した。あの時、シズクでも結界の存在を感知できた真相はそんなところだ。


 「魔族シェルザードがアリスをさらったんですか」

 セイラは少し驚きの含まれた声でそう言ってから、強硬手段に出ましたね、さすがにそこまで予想はしていませんでした。と言葉を続ける。しゃべり口はいつもの落ち着いた彼だが、声色は明らかに深刻なものを含んでいた。

 そんなセイラの言葉に、シズクは頷くことで肯定を示す。

 セイラの瞳は鋭く引き伸ばされ、普段ののほほんとした印象から一転して、きりっとした印象を受ける。丸メガネの下からでも相当な迫力があるのだ。直に今の彼の瞳を見たとしたら、一体どれくらいその視線に耐え続けられるかどうか。それくらい、普段では到底考えられない表情だった。

 さすがに弟子が誘拐されたとあっては、いつものほけほけモードではいられないのだろう。

 普段のあの締まりのない顔はあくまで『セイラ』としての顔であって、『水神の神子、セイラーム・レムスエス』としての彼は、こんな顔をしているのではないだろうかとシズクは思った。


 「アリスだけじゃないと思うぞ」


 会話に割って入ったのは、それまで黙って聞いていたリースだ。

 彼は腕組みを解いて一歩前に出ると、シズクとセイラの顔をちらりと一瞥した。端正なその顔にも、やはり深刻な影が落ちている。

 「町の中に例の魔法陣の跡があったんだよ。おそらく、町で立て続けに起こっている美女失踪事件も奴らの仕業で、手口もほぼ同じだ」

 実際、彼が魔法陣を発見してから走ってシズク達を探しに行った後も、何個か同じ魔法陣を発見したのだという。それでも魔法陣を全然気に留めていなかったなんて。町人は、まったくなんて呑気なのだろうか。リースの口からため息が漏れ出した。

 「……首謀者はエレンダルだと思いますか?」

 セイラの質問に、シズクは小さく息を吐く。

 「たぶんそうだと思います。クリウスはその質問には答えなかったけれど、状況からみて」

 「俺もそう思う」

 リースも同意を示す。

 全ての事の首謀者はエレンダル・ハインである。それは三人一致の考えだった。

 セイラたちがレムサリアを出発してから、野盗達の襲撃が相次いでいたのだという。そしてあの菜の花通りの一件以来、襲撃は野盗によるものから、魔道士によるものへと取って代わった。その魔道士というのはおそらくクリウスだろう。

 そして、その野盗達とクリウスを雇った人物がエレンダル。これは、セイラたちが野盗の口を割らせた時点で明らかになっている事だ。

 そこまでは少し考えたら誰でも分かるのだ。だが……


 「一体何のために……」


 ぽつりとリースが漏らした。

 そう、そうなのだ。

 そこまで分かっているのに、肝心の――彼らの真意が全く分からないのだ。

 「セイラの偉大なる蒼(イアーリオ・ワイス)を狙って襲撃をかけてくる事までは理解できるんだよ。アリスが連れ去られたっていうのも、人質として誘拐したっていう風に考えたら納得はできる。でも――」

 「連れ去られたのはアリスだけでは無いのよね」

 リースの言葉の続きを、シズクが静かに言った。

 連れ去られたのはアリスだけでは無い。この町にひと月前から立て続けに起こっている失踪事件の存在だ。被害は町の娘から始まり、町とは全く無縁の人間にまで及んでいる。唯一共通する点は、連れ去られた娘達が、皆誰もが認める美女ばかりだったという事だけ。

 彼らがアリスだけではなく……いや、アリスを連れ去るずっと以前から、娘達を次々と誘拐していた真意が全く見えないのだ。

 時期的に言っても、シズク達一行がこの町を訪れる事は、彼らにとっては予測不可能だったに違いない。セイラの杖とはまた違う目的があっての事だろうか。

 「エレンダルにはまだまだ裏がありそうですね……まぁ、美女収集でもしているなら話は別ですけど」

 セイラの発言に、シズクとリースはあからさまに嫌な顔をした。

 いい年した男が美女を次々と誘拐しては自分の側に置いていく。それは誰が考えても、悪趣味である。

 あの時クリウスも、彼の主人がアリスを悪趣味な事に使うのだろうと言っていたのだが、まさか――

 「とにかく、助けなきゃ! それが第一だ」

 理由なんて後から知ればいい事だ。とリースは続けた。セイラもそうですね、と呟く。

 「でも……どうやって?」

 「んなの決まってるだろう、奴の屋敷に乗り込むんだよ」

 「奴って……エレンダルの!?」

 リースの提案にシズクはあからさまに驚いた表情をとる。

 そんなシズクを、リースは不服そうに一瞥すると、

 「他に方法があると思うか?」

 「それはそうだけど……」

 リースに気おされてシズクは口をつぐんだ。

 確かにアリスがさらわれてしまった以上、悠長にしている時間も無い。それに、魔法連の査察という名目で彼の屋敷に入るという面倒な事をしている場合でも無いだろう。これは、いわゆる相手側からの正式な宣戦布告なのだから。

 「強硬手段には強硬手段で返す。こうなったら力ずくで――」

 しかしリースの熱弁は、突然のノックの音によりそこで遮られた。一同は急に黙り込むと、音のした方――扉の方へと視線を移動させる。しばらく間をおいてからまた一度、ノックがした。

 「…………」

 三人はお互いの顔を見合った。

 宿屋のスタッフが用事で来たという可能性もあったが、それならば、先ほどシズクとリースが受け付け前を通った時に済ませれば良い話だろう。その場で済ませられない用事でも、声を掛けることくらいは出来たはずだ。しかし、そんなものはもちろん無かった。

 当たり前の事だが、旅の途中のシズク達をわざわざ訪ねてくる知り合いがいるかどうか考えれば、それもノーだ。

 だとしたら――

 「……どうぞ」

 低い声で、セイラがそれだけの言葉を言った。

一 瞬沈黙の間があったが三度目のノックは鳴らず、代わりにドアノブがゆっくり回されるのが分かった。

 「……もう一つ、方法追加だ」

 状況を見守りながら、小声でリースが耳打ちしてくる。シズクは、視線は扉のほうへと向けていたが、耳だけリースに傾けることにする。彼の言わんとしている内容はなんとなく予想がついた。

 「相手の身代金要求に応じたふりして、相手の懐に乗り込む――」

 かちゃりと扉が開かれた先には、銀髪の美少年が静かに佇んでいた。







 銀髪の少年は、言うまでもなくクリウスだった。

 闇夜にまぎれるかのような漆黒のマントをまとい、傍目から見ただけではみすぼらしく見えてしまいそうな服装だ。しかし、彼の外見がそんなものをどこかへ消し去っていた。

 いやそれどころか、闇夜の月の色をした髪は彼に優雅さを与え、夜の湖を思わせる、落ち着いた色の瞳は彼に憂いを与え、透き通った白い肌はまるで光り輝くようだ。クリウスという存在が、質素なマントを一流貴族の礼服へと変えてしまっている。

 それほどの――美貌。

 彼は何食わぬ顔で部屋の中に入ってくると、ゆっくりと三人を見渡す。

 「やぁ、また会えたね」

 シズクが目に入ったところで、ようやく口を開いた。涼やかな美声。だが、シズクはその声を聞いて気分が悪くなっただけだった。

 「こんな場所に何の用? 仕事は終わったんじゃないの?」

 鋭い目線を彼に投げかけてから、そう言い捨てる。どうせ何の効果も無いのだろうが。

 案の定クリウスはおどけたように口笛を吹いただけだった。形の良い口をつり上げると、まるで状況を楽しむかのように笑顔になる。

 「終わったんだけどね。今回はまた別件」

 そう言って、すたすたとこちらに歩み寄ってくる。その動きは隙だらけに見えて、全く隙が無い。

 「はじめまして、セイラーム様」

 彼は優雅な足取りでセイラの前まで来ると、深々とお辞儀をした。

 「今回ここに来たのは、水神の神子ご一行様をわが主の下へご招待するためです」

 ゆるやかに顔を上げてから、青い瞳を薄める。その表情はまるで、いたずらを企んでいる子供の様だった。

 「我が主――エレンダルは貴方様の持つ杖をご所望です。ただ、無償で貰うのではさすがに申し訳無いとの事で、物々交換を提示されました」

 言い方は至極丁寧で、貴族の紳士を思わせる。だが、言葉の端々にひっかかりを覚えた。

 セイラはそんな彼の様子をただ厳しい目つきで見つめているだけだった。何も言わない。

 「貴方様が杖を我が主に差し出す代わりに、貴方様のお弟子であるアリス様をお返しします」

 そう結んでから、もう一度深々と頭を垂れる。

 「随分と理不尽な取引ですね」

 表情は崩さずにやっとセイラが口を開いた。言葉遣いは相変わらず丁寧だったが、語気は少しだけ荒かった。

 「アリスは貴方がたが連れ去ったのに」

 「でも貴方は取引に応じない訳にはいかない」

 「…………」

 セイラの無言をイエスととったのか、美しい微笑を浮かべてからクリウスは続ける。

 「取引は我が主の館――ジョネス国のジュリアーノという町にあります――そこにお越し下さい」

 お待ちしておりますと言ってから再び頭を下げると、彼はシズクに意味ありげな視線を送った。声は出さなかったが、口元が「またね」と言っているのが分かって、それがなんだかシズクの癇に障る。

 誰も何の声も発さない時間が一瞬過ぎてから、クリウスは空気の中に溶け込むように消えていった。セイラの返事を聞くこともない。おそらく、来るのだと確信しているのだろう。

 一瞬の出来事だった。


 「……変に丁寧な言い方しやがって。要するにアリスを返して欲しかったらお前の杖をよこせって事だろう!」

 クリウスが去った後で、リースが不機嫌そうに言い捨てる。

 その横でセイラは、いつになく真剣な表情を浮かべていた。

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