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追憶の救世主  作者: たかこ
第1部 魔道士の城編
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第4章 「乙女の消える町」(7)

第4章 「乙女の消える町」


7.


 ――シェルザード。

 人が言うところの魔族。魔道を操る民。


 その単語を耳にした途端、ああやはりかという気持ちと、悪寒ともとれる戦慄がシズクの体中に走り抜けた。いつの間にか体が小刻みに震え出しているのに気付く。怯えているのだろうか。

 ――誰に? この目の前の少年に?


 「動けないの? おかしいなぁ、結界にそんな作用を入れたつもりは無いんだけど」

 おかしそうにシズクを見下ろして、銀髪の少年は美しい声で笑う。その瞳にあるのは、明らかな嘲笑と、そして好奇の色だった。美しく笑ったまま、どうしてここまで残酷な瞳ができるのか。シズクは目の前の出来事を疑いたくなった。

 肯定したくない目の前の光景。その場から動けないでいる理由。それは――あの日の光景に恐ろしい程似てしまっているからだ。

 「…………」

 「ま、いいや。僕は頼まれた事をしなきゃね」

 一向に口を開かないシズクを見限ったようにそう告げると、少年は一歩ずつ歩き出した。シズクは目だけでそれを追って、相変わらず動けない。その場で、まるで地に深く根をはった雑草みたいに、みじめに立ち尽くしていた。

 少年の行く方向と目的は、何となく予想がついている。今しがた発動された結界が、何故アリスとシズク二人に対してではなく、アリス一人に対して張られたのか。それを考えると、この予想は容易に浮かんできた。振り返って少年を見ると、案の定。彼はアリスの元まで歩いて、そしてその場で立ち止まったのだ。

 きっとこのままだとアリスは連れて行かれてしまうだろう。なんとかしなくては。シズクは自然と唇を噛み締めていた。

 しかし、そんな気持ちとは裏腹に、未だにシズクの全身は小刻みに震えてしまっている。心臓の鼓動が早い。衣服と髪が雨の水分を吸って、全身が異常に重たかった。その感覚ですら、あの日を思い出す材料になってしまう。

 そう。あの日。……わたしが全てを――


 「――クリウス!」

 震える体で出した割には、声は力強く出た。シズクのよく通る高めの声は、そのままアリスに手を触れようとしていた少年にぶつかって、そして弾けた。

 ――クリウス。

 昨日、リース達と魔法陣の解読をしていた時に分かった術者の名前だ。銀の髪に青い瞳、そして結界を操る術者。おそらく間違いは無いだろう。そして案の定、その予想は大的中だったようだ。

 シズクの発言が予想外だったのだろう。彼女の言葉に銀髪の少年――クリウスは、驚いたように動きを止めたのだ。しかし、動揺の表情を浮かべたのはほんの一瞬の事で、すぐに優雅な笑顔を取り繕う。

 「……驚いたな。僕の名前を知っているの?」

 「アリスを連れていって、何をする気?」

 クリウスの質問には答えずに、シズクは激しい口調で言った。

 怯えている場合じゃない。自分は何のために結界の中に飛び込んだんだ。アリスを助けるためでしょう。そう強く自分に言い聞かせる。そうすると、身体の震えが幾分収まった気がした。

 「知らないね。それは僕にこれを指示した人のみが知る、だ。まぁ何にしても、悪趣味な事に使いそうだけどね」

 シズクの質問に対して、クリウスは肩をひょいとすくめると、おどけたように言った。そのしぐさは役者然としていて実にわざとらしい。

 「その指示した人物は、エレンダル?」

 そんな彼に、今回の襲撃事件の首謀者と思われる人物の名を突きつけてやる。

 エレンダル・ハイン。セイラの杖を狙い、彼を付け狙う魔道士。そしておそらく、シズク達の予想ではほぼ決定的にクリウスとエレンダルは繋がっている。

 シズクの質問に、クリウスは片眉をつり上げる事で反応を示した。しかし表情は変わらない。

 「その質問には答えかねるね。まぁそこで見てるといいさ。僕は仕事をさっさと済ませたいんでね」

 優雅にそう言葉を紡ぐと、彼はアリスの白い肌に触れ、愛しそうに指でなで上げる。その瞬間。


 ――ギィンッ!!


 何かと何かがぶつかり、空気が甲高い悲鳴をあげた。

 「……良い品だね、業もの?」

 右手を前に突き出して、クリウスは明るく言う。余裕の表情だ。その右手には、淡い光が抱かれていた。クリウスの髪と同じ色をした光は、まるでそこが一番居心地の良い場所だというように彼の右手に納まっている。おそらく、魔法。

 そして、その光を挟んだ向かい側には、シズクの棒の先端があった。旅立ちの日にノートルから貰った折り畳み式の棒――光の雫だ。しかし、それを持つシズクの表情は、実に困惑したものだった。

 「な――!」

 ちゃんと狙いを定めたはずだ、相手の隙も付いた。それなのに、受け止められた。しかも魔法で。こんな魔法は見たことが無いし、唱えている素振りもクリウスには無かった。

 「普通の棒なら、こんな風に僕の魔法と接触したらばらばらに砕けてしまうのに、びくともしないなんてね。魔力でもこもっている代物かな」

 対するクリウスはというと、汗一つかかずに涼しげな表情を浮かべていた。右手に宿す魔法など、まるで全く彼を疲れさせないかのように見える。実際、そうなのかも知れない。シェルザードにとって魔法は、その身の一部のようなものなのだろうか。

 ぎりぎりと魔法と棒が競り合う音が響く。クリウスの魔法から火花のような光が時折飛び散るが、両者は全く動かなかった。いや、両者の表情を見る限り、明らかにクリウスの方に利がある。時間の問題である。

 いくらクリウスが格闘家や剣士といった類の人間でなくても、男性であるの事は紛れも無い事実なのだ。シズクが腕力で勝てる訳が無い。その上にシェルザードの魔法まで加わっているのだから、余計に不可能な話だ。実際、先ほどからシズクの両腕は、疲労で悲鳴を上げている。

 「あ!」

 抵抗も空しく、クリウスが勢い良く腕を弾いた途端に、棒はシズクの手を離れて宙を舞った。そうして勢い良く回転しながら、弧を描くように飛んでいく。からんっと、無念そうに棒が地面に着地する音がシズクの後方で聞こえた。

 「…………」

 シズクは困惑気味だったが、それでもなんとかクリウスを睨み付けていた。ここで引いてしまったら完全に負けになる。

 しかし、

 「言っておくけど魔法は使えないからね。そういう風に作った結界だから。まぁ、予想がついていたから君も棒で攻めて来たんだろうけれどね」

 今までの笑顔とは一転して、氷のように冷たい視線に射抜かれる。嘲りでも怒りでもない。ただ相手をねじ伏せるためだけの、鋭い瞳。ぞくりと背中が鳴るのが分かった。

 しかし、そんな瞳で見られなくても、もうシズクに手立てなどは一つも無かったのだ。棒も無い、魔法も使えない。八方ふさがりだ。自分はなんて……無力なのだろうか。

 「あんた達の目的は、一体何?」

 また身体が震え始める。それをなんとか抑えて、シズクはクリウスに問うた。答えはどうせ返って来ないだろうが、それが今出来るせめてもの事だった。

 「心配しなくても、きっとまた会えるだろうよ」

 鋭い目つきから再びあの優雅な表情へと変わると、クリウスは楽しそうに笑った。こちらを見つめてくる彼の瞳に、一瞬シズクはどきりとする。深海を思わせる深い青色。その色に、自分と同じ何かを感じ取ってしまった。

 はらりと、水分を含んだ銀の前髪が落ちる。

 彼も雨で相当濡れているはずなのに、実に優雅な姿を保っている。雨ですら彼の容姿を引き立てる道具と成り果てるのだ。

 「僕もまた君に会いたいからね。君、名前はなんて言うの?」

 「目の前の敵さんに名を名乗るほど馬鹿じゃないわよ。それに、わたしはあんたになんてもう会いたくないわ」

 震えながら、最後の気力で思い切り睨んでやった。それを見たクリウスは、楽しそうに唇を引くと、

 「綺麗な青い瞳だね」

 それだけ言い残して、アリスと共に消えた。

 同時に、周囲を覆っていた奇妙な感覚も消えてしまう。おそらく結界が解けたのだろう。周囲に人の姿が戻ってきた。

 一行に勢いの止まない雨が、まるであざ笑うかのようにシズクの全身を打ち続けていた。







 ばしゃばしゃと水溜りを跳ね上げながら、誰かがこちらに向かって走ってくる。息を切らしているのが分かった。きっと全力で走ってきたのだろう。


 「シズク!」


 ぼんやりとしている頭に、その声は一際大きく響いた。聞き覚えのある声だ。最後に聞いてから、それほど時間は経っていないはずなのに、随分長い間聞いていないような不思議な気分だった。

 ゆっくりと振り返ると、明るい緑の瞳が視界に飛び込んで来る。

 「リース……」

 ぽつりと、シズクは目の前の人物の名を漏らす。目の前に立つ少年。リースは、怖いくらい真剣な目つきで、こちらを見ていた。まだ現実感の沸かない頭では、彼が雨でびしょ濡れになっている事だけを認識するのがやっとだ。

 「大変なんだよ! って……お前……どうしたんだよ?」

 そんなシズクを見て、リースは驚いたように目を見開く。こんな彼の表情を見たのは初めてではないだろうか。どうしたのだろう。

 「あ……」

 知っている顔を見て安心したのか、シズクの頭の中に立ち込めていた霧がようやく晴れ始め、周りの様子が少しずつ分かってくる。

 ここは先ほどまで居た通りだ。

 通りを少し西に行ったところに、先ほどカップを購入した小物屋の看板が見えた。扉の上には例の鐘が取り付けられている。相変わらず雨が酷い。水が全身を伝っている感触がする。

 しかし、瞳からだけ、水ではない暖かな物が流れ出ているのに今やっと気づいた。

 「…………」

 涙。

 おそらくリースは、シズクが泣いている事に驚いて、目を見張ったのだろう。

 気付いてしまったのが悪かったのかもしれない。今までよりも更に激しく。後から後から、涙の雫はこぼれ続ける。

 「……とにかく。見つかって良かった。アリスは? アリスはどこにいる?」

 ぼーっとしているシズクを訝しがりながらも、リースは言葉を続けた。そうして彼女と一緒に居るはずのアリスの所在を訊いてくる。

 「アリスは――」


 ――綺麗な青い瞳だね。


 刹那。さっきのクリウスの言葉が頭にフラッシュバックする。

 あまりに似通った景色、状況、言葉。

 今朝から続く変な気分の正体は、きっと言いようのない不安と恐怖だ。そして、雨の日が苦手な理由も、今日はっきり理解した。

 雨の日は――


 わたしが、全てを失った日だから――


 がくんっと膝の力が抜けた。

 「ちょ……!」

 そのまま何の支えもなく、地面に倒れこみそうになったシズクを、あわててリースが受け止めた。肩に触れた彼の手から、暖かな体温が伝わってくるのが感じられる。それだけが唯一、現実味を帯びていた。

 「おい! 一体どうしたんだよ!」

 明らかに様子がおかしいシズクにリースが必死に呼びかけてくる。シズクの目は焦点が定まらず、どこか遠くを見ているようだった。ただ、流れる涙だけは止まることが無い。

 必死で心の中で否定を繰り返す。

 今日はあの日ではないのだと。あの日はもう済んだ昔の事なのだと。


 雨が、止まることなく地面に降り注いでいた――


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