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追憶の救世主  作者: たかこ
第1部 魔道士の城編
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第3章 「伝説の店」(1)

第3章 「伝説の店」


1.


 窓の外を見ると、すっかり夜中になってしまったようだった。

 満月から少しだけ欠けた形をした月が、天頂から西の方へ随分傾いてしまっている。雲ひとつ無い今夜の空は月明かりがことさら美しい。廊下にまで包み込むような光の筋がのびていた。

 一方の廊下はというと、魔法の篭ったランプが等間隔に取り付けられており、ランプからは柔らかい光が漏れている。しかし、夜中なので光量は落としてある。薄青い陰が、所在なさげにゆらゆら揺れた。薄青い色を放つ廊下は、少し不気味だ。

 春先の夜はやはり冷える。ひんやりした空気の中でやけに靴音だけが響いた。一歩踏み出す度にカツンと反響を繰り返し、前の一歩の反響が止まぬうちにまた次の一歩が響くのだ。まるで後ろから誰かが付いて来ているような錯覚に襲われて多少の不安を覚えたが、それでもシズクは一人で廊下を歩いていた。

 消灯の時間や就寝時間が決められているのは、十歳前後の幼い生徒までだ。

 シズクたちには特に定められている訳ではなかったが、それでもこんな時間に自分の部屋に居ないというのは彼女にとって珍しい事だった。ナーリアに見つかりでもしたら「はやく寝なさい」と一喝されて、自室まで強制送還されることだろう。しかし、今日でないと駄目なのだ。

 ほとんど無意識に手を握り締めると、手の中で軽い金属音がした。不意に足を止め、シズクは自らの手に握られている物へと目をやる。手の中にあるそれは、魔法の光を受けて静かにその輪郭を浮かび上がらせていた。

 「……………」

 しばらく黙ってそれを見つめた後で、再びシズクは歩き出した。







 「どういう事です?」


 沈黙を解いたのは柔らかな声。

 視界の中にある物に、軽く驚いた様子で呟いたのはカルナだった。彼女は視界のそれから一旦目を離すと、わずかに困惑の色を乗せた瞳を目の前に立つ少女へと向ける。目の前の茶色髪の少女は、カルナと目が合って一瞬緊張したように体を強張らせた。

 寝巻きを着ていてもおかしくない時刻だったが、カルナはまだ仕事着――つまりはローブをまとったままでいた。机の上は、大量の書類らしきもので埋め尽くされている。普通の人ならば、まず間違いなく目にした途端に嫌気がさす量だ。誰の目にも彼女が今まで仕事をしていたことは明らかだった。

 校長であるカルナには、やるべき仕事が多い。特に今日はちょっとした事件が起こったものだから、その分の整理や臨時の会議にも追われて、夜中になってもまだ書類とにらみ合わなければならなかったのだ。それにもかかわらず、ほとんど疲労の色が彼女の顔からうかがえないというのは、さすがと言うべきだろう。カルナにとって、深夜にまで渡る書類の整理などは、慣れた仕事なのだ。

 しかしそんな時に、しかもこんな深夜にシズクが部屋を訪ねてきたのだから彼女が驚くのも無理は無い。カルナとシズクは普段から親しい仲であるので、時々彼女がカルナの部屋を訪ねてくる事はあるのだが、それでもこんな時間に来るのは非常に珍しい。せいぜい思い出されるのはシズクが幼い頃、夜が怖くてアンナと一緒に駆け込んできた時くらいだろう。

 「だから……これを預かって貰いたいんです。校長に」

 言ってからシズクは、これと呼んだ物へと視線を落とした。

 書類が散乱するテーブルに、先ほどシズク自らの手で置かれたそれは、小さなネックレスだった。細い銀の鎖に、同じく銀の飾りが通されているといったシンプルな作りのものである。飾りは細長い長方形のプレートで、その先端付近には透明な石が埋め込まれていた。一見どこにでもありそうな、ごく普通のネックレスである。これを預かって欲しいと言って、シズクがこの部屋を訪れたのがつい数分前の事だった。

 「どうして? これはあなたのご両親の形見でしょうに。シズク」

 「形見かどうかなんて分かりませんよ、親の顔なんて覚えてないし」

 「……それでも、ここへ来る前のあなたを知る、唯一の品物でしょう?」

 疑問符を目の前の少女に投げかけてから、カルナは首を傾げるしぐさを見せる。慈悲深い瞳に見つめられて、シズクは少し困ったような顔をした。


 カルナが言ったとおりこのネックレスは、シズクがここへ来る前からずっと持っていたものだった。いつから持っていたのかとか、何故持っていたのかは分からない。とにかく分かる事といえば、例の児童保護所に連れて来られる前から、手に握り締めていたという事くらいなのだ。小さな丸い手に鎖の跡がくっきりとついてしまうくらいに固く握り締めていた事を覚えている。

 本当にどこにでもありそうなネックレスなのだが、ひとつだけ不思議な部分があった。こちらから見ても分からないが、飾りプレートの石が埋め込まれていない面には、小さな文字と不思議な模様が彫りこまれているのだ。文字の形からして魔法文字のようなので、興味をもったシズクはカルナに読めるか聞いてみた事もある。しかし、驚いた表情を浮かべられただけで文字の内容までは教えてくれなかった。ナーリアに至っては、結構いろいろと調べてくれたのだが解読すらできなかった。

 別に彼女が魔法文字の解読が不得意というわけではない。むしろ得意なくらいだ。それなのに読めなかったのだ。彼女は困り果てた顔で、普通こういう形見には、子供への愛の言葉とか家族の名前が彫りこまれているものなのよ。とだけ教えてくれた。だからきっと、この文字もそういう事がつづられているのだと思う、と。

 随分と回りくどい愛の言葉があったものだ。読む事も出来ないのだから。幼心にそう思ったのを覚えている。

 自分で図書館におもむき辞書を引いて解読するという手もあるのだが、そこまでする気力はさすがになかった。別に無理なら読めなくてもいい。それくらいの物だったのだ。それくらいの物のはず……なのだが――


 「――明日からの旅に、持ってお行きなさい」


 それまでネックレスに集中していた意識が、カルナの穏やかな声で一気に引き戻された。

 ハッとなって顔を上げると、彼女は穏やかな笑顔でこちらを見つめている。

 「でも……」

 まっすぐな瞳で見つめられると、全てを見透かされそうな気分になる。慈悲深く見守るような、しかしそれでいて隙を見せず、こちらを問いただすような色。そういえば、水神の神子――セイラの瞳もこういう光を持っていた。

 その瞳に必死で反抗するように呼吸を整えると、シズクはおずおずと言葉を発し始めた。

 「……なんて言うか、どこかに無くしてしまいそうな気がして。それで無性に不安になっちゃって。ほら、わたしってそそっかしいから……だから……校長ならしっかり持っていてくれるかなぁって……」

 カルナの方を向いていた目は次第に伏せられて行き、いつの間にかネックレスの方を向いていた。視線の先では、銀のネックレスが寂しそうな光を放っている。

 「それで、私に預けに?」

 言われて、視線はそのままにシズクはゆっくり頷いた。

 「私はもちろん、ナーリアやアンナにすら、なかなか触らせたがらなかったコレを?」

 先ほどよりも間を置いて、しかしはっきりともう一度頷く。

 「………………」

 どんな代物かそれほど知りたがりこそしなかったが、このネックレスを自分からほんの少しでも離すと不安になるのは事実だった。

 児童保護所につれて来られた時も誰にも預けようとはしなかったらしいし、アンナにちょっとの間だけ着けさせて欲しいと言われたときも、初めは大喧嘩になった。まぁ、これは幼い頃の話だが。

 形見かどうかは分からないが、自分が持っていなければいけないという確信めいたものがあったからだと思う。決してひとに渡してはいけないと思ってしまうのだ。

 そこまで大切にしていたものを、急に預かってくれと言い出したのだ。不思議がるカルナの気持ちも分からなくない。シズク自身、なぜこんな気になったのか不思議だった。しかし、彼女に預ければ安心できると思ったのだ。それが何故かも分からないが……旅に持って行ってはいけない。そんな気がするのだ。


 「だったらなおさら私は受け取れませんね」


 苦笑いを浮かべながら、駄々をこねる子をなだめるような調子でカルナが言った。

 「?」

 「そこまで大切にしている代物を預かれる程、私は強くありませんよ」

 優しくため息を一つ。

 「つまりね、自信が無いんですよ。誰かがとても大切にしている物を預かって、最後まで無事に持っていられる自信が」

 言ってから、怪訝な表情を浮かべているシズクに向かって、決まり悪そうに笑った。

 「そんな大した代物じゃぁ無――」

 「代物の価値は金銭面の評価で決まるものではありませんよ。その人がいかに大事にしているか、です。これは、シズクにとってとても大切な代物なのでしょう? だったら、とても価値がある物ですよ」

 「………………」

 大切な物――なのだろうか?

 手元から離したら不安になるのは確かだ。そういう意味ではカルナが言うように確かに大切な物なのだろう。しかし、本当に『自分にとって』大切な物なのだろうか。これを旅に持って行くことに妙な不安を覚えているこの気持ちは何なのだろうか。

 原因も何も分からないのに沸いてくる感情に、シズクは少し混乱していた。それは「旅立つ」という事を知らされて、急に沸いてきた感情だった。昨日までのシズクなら、こんな事考えもしなかっただろう。

 自分が長年住んだ土地から離れる事に関して、何も不安に思っていないと言ったら嘘になるが、さすがにこんなに深刻に考えるほど旅に危機感を持っている訳でもないのだが……


 「――『永久(とわ)なる栄光と輝きを与えんことを』――」


 「え?」

 突然のカルナの言葉に、思考を中断させ、はじかれたようにシズクは顔を上げた。その様子にカルナは悪戯っぽく微笑むと、今度は謳うように言葉を続け始める。


 「――『多くから愛され、多くを愛し』――」


 「――『そして多くの幸福を手に入れん事を ここに願う』――」


 「……?」

 カルナの言わんとしている事が分からず、シズクは首をひねった。

 言葉の意味は分かるが、まるで不思議な呪文でも聞いているような気分だった。魔法を発動させる時にも呪文を使うが、それとは種類の違う、優しい呪文。一体何の――

 「それに書かれている言葉の意味ですよ」

 「え?」

 それと言って彼女が指差した先には、繊細な光を放つネックレスがあった。

 きっと飾りの裏に書かれていた不思議な文字の事だろう。何度尋ねても笑顔で誤魔化されて教えてくれなかったあの文字の意味だ。聞いてみて何の事はない、内緒にするほどの内容ではないではないか。なぜカルナは今まで教えてくれなかったのだろうか。訊きたかったが、突然の事だったのでタイミングを逃してしまった。

 ぼーっとしているシズクの様子を見て、カルナは軽く微笑むと、

 「大切な物なら手元から離しては駄目ね。誰かに頼んでは絶対に駄目。シズク、守らなければいけない物は、自分の手で守るしかないのよ――」

 真剣な表情でそう一言、言った。

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