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Day1




「そもそも・・・。君は自分の服装についてどう考えているかい?――いや、おしゃれ的な意味ではないよ。普段着、――――そうだね、部屋着については除外しよう。ただ、俺から言わせてもらえば、普段はきっちりした。それこそお局様なんて呼ばれるようなタイプの女性が自宅ではだらしない格好・・・ていうのは最高に胸にくるものがある。バーゲンで買ったような色気も何もないような下着に上はシャツを一枚着ただけ、なんてのは正に神が作った最高の作品だよ。――――だけど勘違いしちゃいけないのは、だからと言って狙ってはいけない、ということだね。そうしたものは人が意図して演出できるものではない。あくまで偶然の産物でなければならない。それゆえに、君が今日この瞬間以降、自分の部屋でバーゲンで買ったような色気も何もないような下着に上はシャツを一枚着ただけでいることはできなくなるわけだ。君が普段の通りにその服に手を伸ばしたとしても、そこには意図せずして俺からのこの話があった、という要因が含まれてくるからね。――――つまり、君がその格好で現場に居る姿を俺に抑えられたら、もうそのままベッドに押し倒されても何も文句を言えないわけだ。なぜなら、ちゃんと今、俺はそういう格好に欲情するということを君に伝えたからだ」

 

 長々と語りを終えた男は、すっかり短くなってしまった煙草を既に吸殻でいっぱいになった、カップ酒の空瓶に隙間を強引に押し開けねじ込んだ。

 そして最後に、肺に残っていた煙をそっと吐き出す。ゆらゆらと立ち上る煙を目で追う。最初こそ目に見えていた煙は、やがて風に吹き散らされてその姿を消した。その煙の残滓を、名残惜しそうに見つめた彼は、ようやく私に目を向ける。



「――――失敬、前置きばかりで全く本題に入れなかった。俺の悪い癖だ。けど、まあ、気にしないでくれ。そもそも本題ばかりじゃつまらない。『前略』なんて無粋な言葉だろう? 何を書いてもいいスペースに何を書くか、そこで相手の器が知れるってもんだ。――――では本題に入ろう。君は自分の服装についてどう考えているかい? 先に言った通り、ここでは外に着ていく服のことだ。率直に、君の思うままの答えを聞かせてくれ」


「・・・・・・その前に一つだけ質問をしてもいいですか?」


「くふふ。既にそれが質問なんだがね、――――なんていう揚げ足の取り方をする奴は十中八九へんてこなライトノベルを読んだに決まっている。是非是非、今期の覇権は何かについて聞いてやってくれ。因みに・・・、時系列の全てを無視して答えるならば俺は『Tiger&Bunny』だ、とだけ答えよう。腐向けだと言われがちだが、あそこまで王道なストーリーも今どき珍しい。――――まあ、そのなんだオリガミサイクロンはいいよ」

 

 私は彼の言葉を肯定と捉えて話を進めることにした。そうでもしなければ彼との会話は成立しない、と判断せざるを得なかった。事実、私の発言と心情と状況全てを合わせても、彼の一言の長さには勝てないのだから。

 

 咳払い。

 何とか流れを私に向けることができた。

 そして口を開く。




「あなたは一体誰なんですか?」




 私の現在の状況について説明する。

 自分の住んでいる団地の屋上へと向かう。

 施錠された屋上への扉を用意してあった右手のカギで開ける。

 扉を開けたら、誰もいないはずの屋上に男の影。←今ここ


 

 話を戻そう。

 彼はその言葉を聞いて、きょとんと。何故その質問をされるかも分からないというような無垢な瞳で私のことを振り返って見つめてきた。

 その男は初老・・・、というわけでもなさそうだ。見かけは30代だが、もっと老けているといわれても納得できる、仮に40代だといわれても私は納得できるだろう。服装はヨレヨレのスーツ(但し上着なしでシャツはズボンから出ている)に、明らかに丈を間違えた黒いコート。裾がとんでもなく長い。もし、彼が立ちあがったら足の倍以上の長さの裾を引きずることになるだろう。

 そんな男に顔をじっと見つめられるのだ。居心地が悪くて仕方がない。

 あと10秒待って何も言わなければ警察を呼ぼうと、左手で制服のスカートのポケットを探るが上手くいかない。そうするうちに携帯を持って来ていないことに気がつく。どうやら、机の上に置き忘れてきたらしい。自分の迂闊さに涙が出そうだ。まさかこの期に及んで携帯が必要な事態が来るなんて思ってもいなかった。

 だが、やがて。男が口を開いた。思わず噴き出すように。唐突に。


「はっはっは。これは失礼したね。以前働いていた職場では、こっちが知らなくても向こうが一方的に知っているなんてことがザラにあったから、自己紹介、ということを忘れていた。全く・・・、目立つというのも困りものだよねぇ?」

 

 再び疑問符を投げかけられたが無視。

 私の意思を察してくれたのか、彼はそれ以上回答を求めることなく、目線を私からそらし、話を本題に戻してくれた。


「まあいい、この答えはまたの機会に聞かせてもらうことにしよう。――――では、自己紹介だ。――――いいねぇ、いいねぇ! 何も気にせずに名乗れるというのはいいねぇ! ああ、この解放感! 中途半端に働いていたあのころでは感じられない感覚だよ!」

 

 高らかに、高らかに。これ以上嬉しいことはないというほどに笑いながら、男は立ち上がり、再び私の方を振り返る。

 そして、フェンス越しの私の姿に向けて満面の笑みで手を伸ばす。


「それでは名乗らせてもらうよ。俺は世渡冥酊(よわたりめいてい)。――――旅人で、遊び人で、仕事人で、迷い人で、案内人で、――――死神だ」

 

 その、自称旅人兼遊び人兼仕事人兼迷い人兼案内人兼死神の彼――――世渡冥酊との第一次接触は、こうして行われたのである。




「では名乗りは終わった。君と俺とはこれで面識を持った。――――つまり、初対面から知り合いまでステップアップしたわけだ。これで安心して本題に入らせてもらおう」


「待ってください。そんな中二病臭い自己紹介で今どきの女子高生が納得するとでもお思いですか?」


「――――おやおや。最近の女の子はこういうことにも理解がいいって同期の奴が言ってたんだけどね。どうやら僕は騙されていたようだ。――――あの野郎、ぶっ殺してやる」


「騙すって程のものでもないし、挙句はどっかのガキ大将みたいなことを言い出してるし、滅茶苦茶ですね!」


「ブチ☆コロ」


「なんかかわいくなってる!」


「虐殺☆撲殺☆大喝采!」


「社長はそこまで悪人じゃないから」


「・・・そうか、君たちの世代はキャベツの頃の社長を知らないのか・・・。DEATH―Tはなかなか衝撃的だったよ」


「何のことかは分かりませんがTパズルなら知ってます」


「俺がいつ、どの旅館の部屋にも置いてある木製のパズルの話をしたと思ったんだい?」


 あれは見つけるたびに挑戦してしまう。

 で、全部完成させても次来た時には覚えてないのよね。

 毎回新鮮な気持ちで楽しめます。


「――――まあいいけどね。俺は若い女の子と話せて楽しかったし。じゃあ、気をつけて帰れよ」


 世渡は何事もなかったかのように、元の通り。フェンスを乗り越えた先、建物のへりにこしかけ懐から未開封のカップ酒を取り出し封を切る。




「――――旅人さん」


「・・・・・・」


「――――世渡さん」


「・・・・・・」


「――――よっちゃん」


「・・・・・・」


「――――おっさん」


「――――おっ!? 失礼な! 誰がおっさんだ!」


「返事、してくれましたね」

 

 やっぱり年齢のことは気にしていたようだ。

 女性の方が年齢に細かいとは言うが、ある年齢を超えたら男性だって細かくなる。


「ここで何してるんですか? ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」


「・・・・・・俺は旅人だ。そこに行ってことがない場所があればどこにでも行くよ」


「団地の屋上以外にもいかなければいけないところは山ほどあると思いますよ」


「・・・ここだったら誰も来ないと思ったんだよ。だが――――当てが外れたようだ。まさかこんな口やかましい女子高生が現れるなんて」


「客観的に見たら口やかましいのは間違いなくあなたですよ。ピーチクパーチクダラダラ中身のないことばかり言って。誰も得しませんよ」


「君はほとんど初対面の年長者に対してよくもまあそんな暴言が吐けるよね!」


「団地の屋上に勝手に忍びこんでタバコ吸いながら、昼間っから酒の瓶開けてるような男に払う敬意なんてありません」


「・・・実に痛いところを突いてくる」


 口の割に世渡は余裕だ。

 言いながらも新しい煙草をくわえ、火をつける。


「何でまだ居座る気なんですか。さっさと家に帰ってください。あと――――、タバコはやめてもらえませんか? 私嫌いなんで」


「追い出そうとするのかい、この俺を? 君はここの関係者でもないだろうに。挙句に俺の煙草まで取り上げて・・・・・・」


「私はこの団地の住人です。あなたよりはよっぽど関係者です」


「だからどうした。俺を動かしたいなら核でも持ってくるんだな!」


「今その手のジョークはギリギリですよ」


「ははは、矢でも鉄砲でも持ってこーい」


「警察を呼びます」


「ふん・・・、あんな権力の狗なんぞに俺は負けないよ」


 初めて、世渡が楽しそうに、歌うように、呟く。

 不敵に笑いながら、彼は手元にあったそれを手にとり振りかぶる。

 彼が名乗った職業の最後、意味ありげに付け加えられた言葉――――死神。

 私は今、その言葉の意味を全て察する。

 その手に振りかざされたそれは、持ち主の背丈すらを軽々と越える長さを持ち、ゲームや漫画でしか見たことのない武器。人の命というものを容赦なく、遠慮なく、躊躇なく刈り取る凶器。

 


 ――――処刑鎌(デスサイズ)

 


 何よりも残忍で、何よりも無情で、何よりも美麗――――――。

 その刃からは今までに吸ってきた罪人の血が赤黒く、鈍く、輝いて――――――いない。

 そもそも、その鎌には、刃が存在しなかった。

 

 もはや棒である。

 明らかに不良品である。

 もはや職務怠慢である。

 なんとも云えない空気が2人の間を流れる。



「――――警察は・・・、勘弁してくれないか?」


「・・・・・・」


「――――壊れていたのを忘れてたんだ」


「・・・・・・」


「――――メーカーに修理が依頼できなくて・・・、直す方法もないんだよ」


「・・・・・・」


 やがて諦めたかのように、かつて処刑鎌(デスサイズ)だったものを、そっとわきに置くと、世渡は再び元の姿勢に戻る。


 私は、彼の次の一言をじっと待つ。


「――――そもそも・・・。君は自分の服装についてどう考えているかい?」


「いくらなんでもそのリセットは不可能です」


「だってだって! 最後に使った時がやたら激しかったんだよ! 壊れても仕方がないくらいの戦いだったんだよ!」


「・・・なんですか、さっきのくだり。あんなにもったいぶって出しといて、ふたを開けてみたらただの棒って。いや、棒よりもタチが悪いですよね。本来の機能を成していないんですもん」


「・・・・・・」


 あれほど饒舌だった男が言葉に詰まっている。

 どうやら、鎌が壊れていたことが相当ショックだったらしい。

 私の知ったことではないが。


「・・・さっさとここから出てって下さい。邪魔です」


「・・・嫌だと言ったら?」


「あなたの言うところの『権力の狗』を呼びます。――――今のあなたには対抗できないと踏んでもいいんですよね?」


 あやしく微笑む私。

 はたから見たら完全に悪女だ。

 それでも、――――――世渡は揺るがない。


「俺にはここをどくわけにはいかないんでね」


「・・・豚箱で臭いメシを食うことになってでもですか?」


「君は本当に女の子かい? 発言がいちいち物騒だ」


「女は弱い生き物、なんてバカな男が生み出した迷信ですよ」


「まさか、俺の描く女性像がペガサスやツチノコと同系列の扱いだったとはね!」


「10秒以内に私の前から姿を消さないと、おっさんの○○○を蹴り潰しますからね」


「しれっととんでもないこと言いやがった!」


「あら、私はまるまるまるって言っただけですよ? 何想像しちゃってるんですか、セクハラ大魔神さん?」


「なんという叙述トリック!」


「じゅ、きゅ、は、な、ろ、ご・・・」


「早っ! カウント早っ! もはやひらがな一文字じゃないか!」


 それでも、――――動かない。

 私は大きなカブの童話を思い出していた。

 あれは最後にはみんなの力を合わせたことにより目的を達成したが、今ここに居るのは私一人だ。自分で何とかしなければならない。

 文面だけ見れば怒っているように見えるが、実際の世渡は無表情――――とまでは行かないが、薄く笑って淡々と答えているだけだ。

 結局私の一人芝居。

 観客は鰯だけってか。

 ――――――あれはサーカスだっけ、細かいことはどうでもいいや。


「・・・なんでそこまでして動きたくないんですか?」


「おっ、カウントは止めてくれるのかい?」


「四」


「はいはいはいはい! 喋ります言います話します語ります述べます申し上げます!」


 ようやく落ちた。

 長かった。いや、あっという間だったか。

 流石に○○○を失うのは嫌だったのだろう。

 ・・・・・・だからまるまるまるとしか言ってないってば。

 


 世渡はやれやれと、嫌々と、しぶしぶと、その理由を述べる。





「だってさ、俺がここからどいたら、――――――――――――君、死んじゃうだろ?」





「――――――――はい?」

 

 

 攻守が逆転した。

 背筋が凍る。

 冷や汗が、全身から吹き出す。


「――――――な、何を根拠に言ってるんですか?」


「まあ、根拠は今の君のリアクションだけどね」

 


 それがどうでもいいことのように、彼は淡々と事実を述べる。淡々と。

 そう――――――。淡々と、私を追い詰める。


「まず第一に、おかしいなって思ったのは君がここに来たこと。君が言う通りここは関係者以外立ち入り禁止だからね、それでも入ってきたってことは君が鍵を持ってることになる。――――僕はよく知らないけど、マスターキーを手に入れて、合鍵を作って、気づかれないうちに元の場所に戻すって大変なことなんだろう? それだけのことをしてでも君にはこの場所にきてやらなければならないことがあった」


「・・・・・・それで自殺って発想が飛躍しすぎじゃありませんか?」


「勿論鍵のことだけじゃないよ。――――時間、おかしいでしょ。制服姿の女の子がこんな時間に自由に動けるなんて。きっと学校を何らかの理由で休んだんだろうね。――――ああ、早退のほうがいいか、そっちの方が説明がつくね。・・・で、これが二つ目の疑惑の点ね」

 

 時間がどれくらいかなんて、読んでいる人には分からないだろう。事実、明確な時間については何も言っていない。

 けれど、確かに私は言っている。「団地の屋上に勝手に忍びこんでタバコ吸いながら、[昼間っから]酒の瓶開けてるような男に払う敬意なんてありません」と――――――。


「この二つの疑問点で君は、『学校を早退して』、『立ち入り禁止の団地の屋上に上ってきた』という不審な女の子に早変わりだ。まあ君が所謂体調不良で、単純にさぼってるだけかもしれないけどね。――――でも、屋上にわざわざ来るなんて、絶対体調は良好だよね。それだけの元気があるなら俺は早退なんかしないよ」


「それはあなたの趣味嗜好で、通説ではないじゃないですか」


「じゃあ聞くけど」

 

 三度、彼は振り返り、私をゆるゆると、力なく指さす。




「そのズタボロの制服は君の趣味嗜好なのかい? 僕には誰かに傷つけられたようにしか見えないんだけど。――――買い替える余裕がないか、それとも直した先から壊されるか・・・・・・まあ、貧乏だらこそ繕ってでも着てるのか」

 

 私はギュッと、制服の――――確かにボロボロの制服の上着の裾をぎゅっと握りしめる。

 今の私には、彼の言葉を聞いていることしかできない。

 否定することが――――できない。


「だとしたらさっきの合鍵のことも楽だね。貧乏ってことは、親がいないか、もしくは共働きか。人の目を盗んで行動できる時間が作らずともできる。――――例えば、自分の住んでいる団地の屋上から飛び降りるとかね」


「・・・・・・」


 嬉しくも、楽しくもなさそうに、彼は出会ったときのように一方的に言葉を並べる。


「自殺なんてとんでもない選択肢を選ぶくらいなんだから、俺の想像もつかないくらい苦しんでいた、――――いや、苦しめられていたのか、苦しみは自然にわいてこないよ。必ずそこには人為的な原因がある。その人が、当人であれ他人であれね。――――思うに、学校でのいじめだろう? ずっといじめられても、制服もボロボロにされても、耐えてきたけれど、今日一線を越えちゃったのかい?」

 

 それは、水槽の水のようだ。 

 一滴一滴、それは目に見えないほどかもしれない。行為をする側にとっては、本当にささやかなストレスのはけ口かもしれない、鬱憤を晴らすためのことかもしれない、仲間外れにされたくないという恐怖感からかもしれない。

 けれども、その一滴は確実に蓄積されて、それが今日――――――溢れた。

 水槽からあふれかえった水は、押し流すように私をこの場所に連れてきた。この日が来ることを、私は心のどこかで願っていた。

 後悔なんて、あるわけがなかった。

 けれど、土壇場で、瀬戸際で、この男と出会ってしまった。


「・・・・・・世渡さん。今度は私の独白を聞いてくれませんか?」


「いいよ。俺は遊び人。時間だけは腐るほど持ってるんだ」

 


 溢れだした水は止まらない。

 けれども、流れの向きくらい変えられる。

 私の波は今、彼に向けて流れていた。



「私の親は高校に入ってすぐに事故で亡くなりました。――――今の日本では考えられないくらいレアなケースなんですが、私には見事に――――、そうとしか言いようにないくらい身寄りがいないんですよ。だから、貯金なんてあるわけもなく。学校に許可を取り、通学しながらも、授業が終わったらすぐにバイトに出かける毎日でした。・・・・・・団地に1人暮らしですからね、何とか暮らしては行けました。勉強にも困ることはあまりありませんでした」


「苦学生ってところかい。それくらいならニュースで取り上げられてたりなんかするぜ。夕方に民放を観てみろよ。紹介してどうするんだってツッコミたくなるくらい取り上げられてるぜ」


「確かに最初はその程度の考えでした。――――でも・・・、徐々に歯車が狂いだしたんです。そんな生活でしたから、私はクラスのみんなと接する時間がほとんどありませんでした。放課後は言わずもがな。休み時間や昼休みは、時間がなくてこなせなかった宿題や予習を誰とも話さずに続けていました。――――きっと、嫌な女に見られたんでしょうね。そして、かろうじて喋る機会があったとしても、誰とも話が合わなくなってきたんです」



 私は泣きながら、笑う。

 情けなくて、笑う。



「知ってますか? 世渡さん。最近の学生は、友情をつなぎ止めるのにも必死なんですよ。話を合わせて、空気を読んで、悩みを察して――――――。一度そのサイクルから離れてしまったら、もうどうしようもないんですよ」


「・・・・・・」


「後は簡単。悪循環ですよ。話に入れない、話題に置いて行かれる、追いついている暇がない、そうして話に入れない――――――。私の存在を気にする人はほとんどいませんでした」


「・・・それでそうして君がいじめられることにつながるんだい? ある意味最もいじめから遠い存在じゃないか。――――勿論、それをよしとはしないけどね」


「今まで話したことは、きっといろんな要因の一つだったのでしょう。――――ひょっとしたら、誰かが適当に加えた後付けかもしれませんが。決定的だったのは、クラスで一番発言力のある子が想いを寄せていた男の子が、私に告白してきたんですよ」


 冷静に考えるとそいつもバカだったんじゃないかと思います、と、私は自虐的に笑う。

 自分の行動が何を招くのか、予想ができなかったんだから。


「私が――――、いや、誰だってそんな脈絡のない告白を了承するわけないじゃないですか。当然私は断りました。そうしたら、何故だか分りませんが、そのクラスで一番発言力のある子の恨みを買っちゃたんですよ。これで、クラスの女子生徒は全員敵になりました。――――冷静にならなくてもあの男はバカでした。振られたそいつは、あろうことか腹いせにクラス中の男子に私について、あることないことを撒き散らしました。これで、クラスの男子生徒の味方は全員いなくなりました。――――クラス全員が共犯っていいですね。何をやっても水面下にできる。表立ったことも全部沈められる。このことが先生の耳に届くことはありませんでした。そんな日々が続いて、はい、今に至ります」

 

 誰にも話せなかった全てを、私は、出会ってから一時間もたたない男に全てぶちまけていた。

 血反吐を吐くように、全てをさらけ出した。

 そして、私の水槽からあふれた何もかもをぶつけられた彼は――――――。

 

 


 何も変わっていなかった。




 涙ぐむこともなく、憐れむこともなく、励ますこともなく。

 ただ、一言。


「・・・・・・すっきりしたかい?」


「はい?」


「君はそういうことを、誰にも話せなかったんだろう? 話せないでいる、悶々としていると感情って言うのはどうしても腐ってしまうんだよ。君の口ぶりから察するに、バイト先でも相談する時間や相手はいなかったんだろう? てことは、君のこの言葉は心の中に積りに積った泥だ。グシャグシャになった汚いものだ。そんなものを溜めておく必要性なんて皆無だ。まったくもってナンセンスだ。 ――――――ここで、俺が、君の教室へ行って、クラスメイト全員を叩きのめしても君はきっとすっきりしないだろうね。それは解決じゃないからだ。状況の先延ばしだからだ。――――七並べだって5回目のパスでゲームオーバーなのと一緒。勝つにはカードを切るしかない、止めてばかりでは勝てないんだよ」


「・・・それで私以外の誰かに有利になったらどうするんですか」


「いやいや、勝たなくていいんだよ。大事なのは状況を変えること。このままのゲーム進行だとプレイヤーが全員パスを回しているから、真っ先に君がアウトになって、きみを抜きにしてゲームが進むんだ。そんなの嫌だろう? 少なくとも俺は嫌だ、普通に負ける方がいい、そっちの方が何倍も楽しい。何もしないで負けたんじゃ絶対に後悔するからね」


「私には・・・、そんな勇気ないです」


「だったらまたここに来ればいい」

 

 

 彼の声が、初めて柔らかくなった。

 まるで私をいたわるような、慈しむような。



「もがいて足掻いて争って戦って――――、また辛くなったらここで休めばいい。旅人の俺だけど気が変わった。君の制服がピカピカになるくらいまでなら、この街に――この屋上に留まってやってもいいと思う。決めた、今日から俺は君の案内人で、君と一緒に歩く迷い人だ」


「・・・・・・あなたみたいな住所不定無職に何ができるんですか?」


「くふふふ。今、君の手札とプレイヤーとアドバイザーと観客に俺、世渡冥酊(よわたりめいてい)。旅人で、遊び人で、仕事人で、迷い人で、案内人で、死神である俺が加わった。これでゲームの流れが変わらないわけがない」


「凄い自信ですね」


「当たり前だね。なんてたって、前の職場ではNO.4だったんだからな。こんな盤面くらい、いくらでもひっくり返してやるよ」



 彼の自信満々の声に、何の根拠にもならないその言葉に、私が取った行動は。

 踵を返して、下りの階段へと戻ることだった。

 その姿を観て、世渡はヘラヘラと軽口をたたく。



「気が変わったのかい? 君が頼むなら、別に小一時間散歩してきたっていいんだぜ」


 彼の申し出に、口元がゆるむ。

 無理に笑ったのではなく、自然に、笑みがこぼれる。


「結構です。――――――あなたがそんなに言うんだから、少なくとも――――『Tiger&Bunny』位は全話観てから死ぬことにします」


「そうかい――――。5話のスカイハイはマジで萌えるぜ」


「期待しておきます」

 

 そうして私は、屋上へつながるドアを後ろ手で閉める。

 カツンカツンと響く足音は、昇りの時よりも弾んで聞こえた。


 



 これが、私と彼。

 へんてこなコートを着て、使い物にならない鎌をぶら下げた、――――――私の初めての味方との出会いであった。






 


 読了お疲れさまでした。


 戦闘員のほうが短い文章を何回も更新して一つの章を完成させる形式をとっているので、こちらでは月一くらいでガッツリとアップする形式にしてみました。

 いかがでしたでしょうか?


 

 そしてシリアス初挑戦。

 やっぱり普段からアホなことばかりやってるせいで、自分の伝えたいことがきちんと文章にできた気がしません。今僕の心にある微妙なニュアンスを伝える言葉が見つからないのが非常にもどかしいです。



 次回の更新は6月中でしょうか?

 とはいえ戦闘員を書くついで、なのでもっと先になるかもしれません。

 

 下手したらこの一話で完結するかもしれません←


 

 では、最後に改めて。読んでいただきありがとうございました。



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