表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影縫う剣と蒼き城の執事  作者: わまたよ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/72

第四部 第十四話――静寂に沈む波紋

朝の光は、城の石壁に柔らかく反射していた。


中立公国アルヴァリアの城は、戦時の要塞とは違い、過剰な威圧を持たない。

だが、その落ち着いた佇まいこそが、この国の性格を如実に表していた。


椎名は、城の上層回廊を歩いていた。


窓から差し込む光が、外套の端を淡く照らす。

足音は、ほとんど響かない。

意図して消しているわけではない。

それが、椎名にとって“普通”だった。


(昨夜の件は、すでに外へ伝わり始めている頃でしょうか)


境界での衝突――否、制圧。

あれは戦闘ではなく、宣言だった。


中立は、沈黙を守る立場である。

だが、沈黙とは無抵抗を意味しない。



公爵執務室。


扉を開けると、すでに数名の文官が集まっていた。

地図、報告書、封蝋の割られた書簡。

それらが机上に整然と並べられている。


ラルト公爵は椅子に深く腰掛け、腕を組んでいた。


「来たな」


部下に向ける、簡潔な言葉。


「はい。

お呼びでしょうか」


椎名は一礼し、控えめに一歩下がった位置に立つ。


「境界の件だ」


公爵が指先で書簡を叩く。


「すでに三国から問い合わせが来ている。

“何が起きたのか”

“誰が手を出したのか”

そして――“こちらはどう出るのか”」


文官の一人が、慎重に口を開く。


「いずれも、直接的な非難ではありません。

あくまで“懸念”という形を装っております」


「装っているだけだな」


公爵は鼻で笑った。


「椎名。

お前の見立ては?」


椎名は一瞬、地図に視線を落とした。


国境線。

その線は、細く、しかし明確に引かれている。


「今回の越境は、試探行為でございます」


静かな口調。


「武力衝突を起こすつもりはなく、

我が国がどこまで許容するかを測るための一手かと」


「ふむ」


「ですが――」


椎名は言葉を選ぶ。


「試した結果、折れなかった。

それだけで、十分な意味を持ちます」


公爵は、短く息を吐いた。


「つまり、次はもっと分かりやすい形で来る、か」


「可能性は高いかと存じます」


部屋に、短い沈黙が落ちた。



公爵は、背もたれから身を起こした。


「我が国は、戦争を望まん」


その声は、低く、だが揺るがない。


「だがな、椎名。

戦争を望まぬ者ほど、試される」


椎名は頷く。


「存じております」


「中立とは、逃げではない。

覚悟だ」


公爵は、はっきりと言い切った。


「攻めない覚悟。

だが、侵されれば――容赦しない覚悟」


椎名は、深く一礼した。


「その覚悟を、形にしてまいります」


「頼む」


それ以上の言葉はなかった。

だが、それで十分だった。



城の中庭。


ファルカは、木剣を握り、何度も素振りを繰り返していた。

一振りごとに、呼吸が乱れる。


汗が額を伝い、地面に落ちる。


「……っ」


剣先が、わずかにぶれる。


椎名は、少し離れた場所でそれを見ていた。


「力が入っております」


声をかけると、ファルカは驚いたように振り返る。


「……見てたのか」


「はい。

とても、熱心でございます」


少年は唇を噛んだ。


「……昨日の話、聞いた」


境界で何があったのか。

誰が動いたのか。


「皆が言ってた。

椎名が……一人で止めたって」


椎名は、首を横に振った。


「止めたのは、私ではございません」


「え?」


「中立という、国の意思でございます」


ファルカは、しばらく黙り込んだ。


「……でもさ」


木剣を強く握る。


「俺、何もできない」


その言葉は、小さかった。

だが、重い。


椎名は、少年の前に立ち、目線を合わせた。


「今は、それでよろしいのです」


「……本当に?」


「はい。

“できない”と理解できることは、成長の始まりでございます」


椎名は、穏やかに続ける。


「焦らず、一つずつ積み重ねてまいりましょう」


ファルカは、ゆっくりと頷いた。



その夜。


椎名は、自室の窓から夜空を眺めていた。


星は変わらず、静かに瞬いている。

だが、世界の流れは確実に変わり始めていた。


(次は、言葉で来るか……それとも)


外交。

圧力。

あるいは、裏からの干渉。


中立公国は、どの陣営にも属さない。

だが――どの陣営からも、無視はできない。


椎名は、そっと目を閉じた。


「……静寂は、永遠ではございませんね」


それでも。


破られるまで、守り抜く。

それが、この国の選んだ道なのだから。


夜は、深く――

そして、確実に次の波を孕んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ