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影縫う剣と蒼き城の執事  作者: わまたよ


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第一部 第五話 ――交わらぬ剣、忍び寄る森

 朝靄がまだ城の庭に残っている時間帯だった。


 鍛錬場に響く、規則正しい金属音。

 剣と剣が触れ合う澄んだ音は、一定の間隔で止まり、また始まる。


 椎名は、少し離れた場所からその様子を眺めていた。


 中央に立つのは、カイン・アルヴァリア。

 公爵家の長男にして、次代を担う存在。


 剣を振る姿は洗練されており、無駄がない。

 一振りごとに、身体の内側から淡い光がにじむように広がり、筋肉と剣を同時に強化しているのが見て取れた。


(……綺麗な剣だ)


 技術としては申し分ない。

 それゆえに、椎名の胸に、かすかな違和感が生まれていた。


「――椎名」


 カインが剣を収め、こちらに歩み寄ってくる。


「よろしければ、一手お願いできませんか」


 言葉遣いは丁寧だが、その目は真剣だった。

 試したい、というより――確認したい、という色。


 椎名は一礼する。


「お相手できるほどのものか分かりませんが」


「構いません」


 訓練用の木剣が差し出される。


 椎名はそれを受け取り、軽く重さを確かめた。

 重心はやや前寄り。癖はあるが、問題ない。


 向かい合う二人。


 周囲の騎士たちが、自然と距離を取った。


「――参ります」


 カインが踏み込む。


 剣に沿って、身体を巡る魔力が一気に流れ込む。

 空気がわずかに震え、踏み込みの速度が跳ね上がった。


 鋭い一撃。


 だが、椎名は動かない。


 剣が触れる寸前――半歩、横へ。


 それだけで、刃は空を切った。


「……っ」


 カインは即座に体勢を立て直し、連撃に移る。

 横薙ぎ、縦斬り、突き。

 どれも正確で、速い。


 だが、椎名は最小限の動きでかわし続けた。


 剣を合わせない。

 受け止めない。


 ただ、そこにいない。


(魔力に頼らない動き……?)


 カインの眉が、わずかに歪む。


 次の瞬間、椎名が初めて踏み込んだ。


 ――一歩。


 剣が、軽くカインの木剣を叩く。


 力はほとんど込められていない。

 それなのに、剣先がわずかに逸れ、体勢が崩れた。


「っ……!」


 続く一打はなかった。


 椎名は、そこで剣を止めた。


「……失礼いたしました」


 沈黙。


 騎士たちが、言葉を失っている。


 カインは、しばらく動かなかったが、やがて深く息を吐いた。


「……負けです」


 木剣を下ろし、正面から椎名を見る。


「なぜ、魔力を使わないのですか」


 真っ直ぐな問いだった。


 椎名は、少し考えてから答える。


「使えませんので」


「……」


 一瞬、理解できない、という顔。


「魔力を……?」


「持っておりません」


 カインは言葉を失った。


 周囲がざわつく。


「それでも……あの動きは……」


「魔力が前提の剣は、強力です」


 椎名は、静かに言った。


「ですが、その分、動きに“癖”が出ます」


 カインの手が、無意識に握られる。


「魔力があることを前提に、身体を動かしている。

 それ自体は間違いではありません」


 ただ、と続ける。


「もし、魔力が乱れたら。

 もし、通じない相手と戦ったら――」


 言葉は、最後まで言わなかった。


 カインは、しばらく俯いたままだった。


「……私は、成長が止まっていると感じています」


 ぽつりと、こぼす。


「剣も、魔法も、できているはずなのに……何かが足りない」


 椎名は、その背中を見つめた。


「よろしければ」


 静かに声をかける。


「少しずつ、お手伝いさせてください」


 カインは、顔を上げた。


「……お願いします」


 その目には、迷いと、わずかな希望が宿っていた。


 ――その日の夕刻。


 城の見張り台から、南の森を見下ろす騎士たちが、異変に気づいた。


「……おかしい」


 魔物の気配が、濃い。


 数が、増えている。


 森の奥。

 人の立ち入らぬ領域で、魔力が不自然に淀み始めていた。


 それを、椎名はまだ知らない。


 だが、胸の奥に、言いようのない重さを感じていた。


 ――この地は、守られている。


 だが同時に、狙われてもいる。


 南の森が、静かに息を潜めていることを。


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