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影縫う剣と蒼き城の執事  作者: わまたよ


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第四部 第十三話――越えてはならぬ線

夜明け前の空は、薄い灰色に沈んでいた。


南西境界線。

公爵領と外界を隔てるその一帯は、地形こそ穏やかだが、常に緊張を孕んだ場所でもある。

ここは――「中立」が試される最前線だった。


草を踏む音が、規則正しく近づいてくる。


隠す気配はない。

斥候特有の慎重さも、偽装もない。


(……これは、誘いでございますね)


椎名は、木立の影に身を置いたまま、外套の襟を整えた。

剣は鞘に収めたまま。

呼吸も、鼓動も、平常のまま。


やがて、闇の向こうから姿を現したのは――

二十名ほどの武装集団だった。


装備は揃っている。

剣、槍、弓、そして魔法士数名。

統一された革鎧には、意図的に紋章が削られている。


「……所属を消す、という意思表示」


椎名は小さく息を吐いた。


彼らは境界標を越え、完全に公爵領内へと足を踏み入れている。

しかも――堂々と。


「これは“誤認”ではございませんね」


その瞬間、魔力の揺らぎが走った。


前列の魔法士が、足元の大地に意識を集中させる。

地面がわずかに隆起し、尖った岩が突き出る。


続けて、後方から風がうなりを上げた。

空気が圧縮され、刃となって放たれる。


(威嚇――ではなく、試し斬り)


彼らは、こちらの反応を見るつもりだ。


椎名は、一歩だけ前へ出た。


魔力は、使えない。

だが――この世界で生きるために、不要なものでもあった。



最初の風刃が放たれた瞬間。


椎名は、腰を落とした。


抜刀。


刃が空気を裂く音は、驚くほど小さい。


だが――

放たれた風の刃は、寸分違わず断ち割られ、霧散した。


「な――っ」


魔法士が声を上げる間もない。


椎名は踏み込んだ。


距離を詰める動きは、疾走ではない。

無駄のない歩幅。

しかし、次の瞬間には前列の剣士の懐に入っていた。


柄頭が、顎を打つ。


骨が砕ける音。

剣士は声も上げられずに崩れ落ちた。


「……一人」


椎名は淡々と数えた。


次に槍兵が突きを放つ。

魔力で強化された一撃だが――


椎名は半歩ずらし、槍を受け流す。

刃で柄を断ち、返す刀で膝を打つ。


倒れる。


後方から火が来る。

圧縮された熱の塊が、地を焦がしながら迫る。


椎名は、剣を水平に構えた。


一振り。


空気が震え、熱が散った。

火は爆ぜることなく、拡散し、消える。


「……魔力を、切った?」


魔法士の顔に、初めて恐怖が浮かぶ。


違う。

椎名は魔力を斬っているのではない。


現象になる前の“流れ”を断っているだけだ。


数分も経たず、戦闘は終わった。


二十名全員が、地に伏している。

死者はいない。

だが、戦闘能力は完全に奪われていた。



椎名は、最後に残った魔法士の前に立った。


膝をつき、剣を落としたその男は、震えながら見上げる。


「……名を、名乗れ」


「申し訳ございません。

その問いには、お答えできかねます」


椎名は、静かに首を振った。


「ですが――一つだけ、確実にお伝えいたします」


剣を、地面に突き立てる。


「ここは、中立公国アルヴァリア公爵領でございます」


男の喉が鳴る。


「貴殿方は、その中立を――踏み越えました」


椎名の声は、終始穏やかだった。


「次に越境なさる方々には、

今回よりも“分かりやすい結果”が伴うでしょう」


男は、言葉を失ったまま、ただ頷くしかなかった。



翌日。


地下会議室にて。


ラルト公爵は、短い報告を受け、頷いた。


「やり過ぎではないな?」


部下に向ける、確認の口調。


「はい。

死者は出しておりません。

しかし――意図は、十分に伝わったかと存じます」


「上出来だ」


公爵は椎名を見据えた。


「これで相手は理解する。

中立は、踏み荒らせば折れる草ではない」


椎名は一礼する。


「引き続き、裏の整理を進めてまいります」


「任せる。

お前の判断で動け」


それは、完全な信任だった。



その夜。


城の廊下で、ファルカが椎名を待っていた。


「……無事?」


「はい。

おかげさまで」


椎名は微笑む。


少年は、それ以上何も聞かなかった。

ただ、拳を握りしめる。


「……強くなる」


椎名は、その頭にそっと手を置いた。


「ええ。

ですが――強さとは、守るために使うものです」


ファルカは、静かに頷いた。


中立公国の夜は、今日も静かだ。


だが――

その静けさの意味を、世界は少しずつ理解し始めていた

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