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影縫う剣と蒼き城の執事  作者: わまたよ


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第四部 第九話――中立に刃は振るわれず

首都ヴァルアスの朝は、奇妙な静けさに包まれていた。


通りには人がいる。市場も開いている。

パン屋からは焼き立ての香りが漂い、子どもたちの笑い声も聞こえる。


だが――

そのすべてが、どこか“作られた日常”のようだった。


椎名は、公爵家の書斎で一枚の報告書に目を通していた。

紙に書かれている内容は短い。だが、そこに含まれる意味は重い。


「北門付近、難民集落にて武装集団確認。

所属不明。装備は統一されておらず、傭兵、もしくは私兵の可能性」


椎名は静かに紙を置き、紅茶に手を伸ばす。

湯気の向こうで、ラルト公爵が腕を組んだまま沈黙していた。


「……来ましたな」


「ええ。

“事故”として起きるには、準備が良すぎます」


二人の会話は淡々としていた。

だがそれは、状況を軽く見ているからではない。


分かりきっていたからだ。


第四部が始まってから、

中立公国はすでに幾度も“試されてきた”。


・貴族への接触

・難民流入の操作

・噂と流言

・正体不明の武装集団


どれも、明確な宣戦布告はない。

だが、すべてが「中立を壊すため」の動きだった。


「今回の連中は、どこの手でしょうか」


ガイウス騎士団長が低い声で尋ねる。


椎名は首を横に振った。


「……分かっております。

ですが、“分かったまま言わない”のが、今回の肝です」


それが政治だった。


名前を出した瞬間、それは国家間問題になる。

中立公国が、どちらかを“敵”として指名したことになる。


それを避けるために――

中立は、沈黙を選ぶ。


「対応は?」


「いつも通りです」


椎名は穏やかに言った。


「領内への侵入は排除。

正規・非正規は問わない。

ただし、生存者は出します」


「……見せしめ、ですか」


「いえ。

“警告”です」



その夜、北門近くの難民集落に、静かな影が落ちた。


松明も掲げない。

軍旗もない。

鎧も最低限。


それでも――

彼らが“本物”であることは、一瞬で分かる。


アルヴァリア公爵領騎士団。

その中に、一人だけ異質な存在がいた。


黒衣。

剣一本。

魔力の揺らぎが、まったく感じられない男。


椎名だった。


「……入っているな」


彼の視線の先。

粗末な建物の陰に、武装した男たちが潜んでいる。


剣を抜く気配はない。

だが、魔力を帯びた武器が確かにそこにあった。


「囲みます。

逃走経路はすでに封鎖済みです」


騎士の報告に、椎名は小さく頷く。


「では――始めましょう」


合図はない。

叫びもない。


だが次の瞬間、

闇の中で“何か”が崩れ落ちた。


剣が振るわれた音は、ほとんど聞こえない。

魔法の光もない。


ただ、

武装集団の一人が、地面に伏した。


首を斬られたわけではない。

致命傷も与えられていない。


剣を持つ手だけが、正確に断たれていた。


「なっ――」


声を上げる暇すら与えられない。


次々に倒れる男たち。

剣、槍、短剣――

すべて、武器を持つ“意思”だけを奪われていく。


椎名は淡々と歩いた。

そこに怒りも、殺意もない。


あるのはただ一つ。


中立を侵した者を、元の位置へ戻す作業。


「――これ以上は、無用です」


最後に残った男が、震えながら地に膝をついた。


「帰って伝えなさい」


椎名の声は、執事のそれと変わらない。


「中立公国は、

何もしていないのではない」


一歩、近づく。


「“何もさせない”だけだと」



翌朝。

首都ヴァルアスには、奇妙な噂が流れた。


・北門で武装集団が制圧された

・死者はほとんど出ていない

・だが、二度と剣を持てない者が多数いる


そして、最も重要な点。


「どこの国の仕業かは、誰も分からない」


それが、最大の抑止だった。


公爵家の執務室で、ラルト公爵は静かに息を吐いた。


「……これで、しばらくは大人しくなるでしょう」


「ええ」


椎名はカップを置き、窓の外を見る。


「ですが――

次は、もっと巧妙になります」


戦争は、すでに始まっている。

剣を振るわず、旗を掲げず、名を呼ばずに。


その中心で、

中立公国は今日も“何もしない”という行動を取り続ける。


そしてそれこそが――

最も恐れられる在り方だった。


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