表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影縫う剣と蒼き城の執事  作者: わまたよ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/48

第四部 第一話 ――中立に、風が立つ

首都ヴァルアスの朝は、いつもより騒がしかった。


通りを行き交う人の足取りが妙に速く、声は低く、視線は自然と周囲を探るように動いている。商人たちは店先に立ちながらも落ち着かず、冒険者たちは酒場ではなく掲示板の前に集まっていた。


――戦争の匂いがする。


それは、剣戟の音や血の臭いではない。

もっと静かで、もっと厄介な、人の意図が絡み合う気配だった。


アルヴァリア公爵家の馬車が王都の通りを進む中、椎名は窓の外を眺めながら、わずかに目を細めた。


「……空気が、重うございますね」


独り言のように零れたその声は、柔らかいが芯を含んでいた。


対面に座るラルト・アルヴァリア公爵は、苦笑に近い表情で頷く。


「隠す気もなくなってきた、というところだろう。

 東も北も、こちらを“置いておく存在”とは思っていない」


中立公国。

戦争をしない国。

だがそれは、“戦争に価値がない国”という意味ではない。


むしろ逆だ。


資源、地理、軍練度、統治。

どれを取っても、戦時国家から見れば喉から手が出るほど欲しい。


「最近、国境付近で“偶発的な衝突”が増えております」

椎名は淡々と告げた。

「正規軍ではない。

 しかし統率が取れすぎている――そのような者たちが」


「傭兵、盗賊、反乱分子……名目はいくらでも作れるな」

ラルトは深く息を吐いた。

「こちらが反撃すれば、“中立が破られた”と喧伝される」


だからこそ、難しい。


何もしなければ侵食され、

動けば“理由”にされる。


「……椎名」

ラルトは、はっきりと彼の名を呼んだ。

「この国は、戦争を始めるつもりはない」


「承知しております、公爵様」


「だが、利用されるつもりもない」


その言葉に、椎名は静かに頷いた。


「でしたら――」

彼は一拍置き、丁寧に言葉を選ぶ。

「“戦争にならぬ形での排除”が必要かと存じます」


ラルトは目を細め、微かに笑った。


「やはり、そう来るか」


それは剣の話ではない。

軍を動かす話でもない。


誰が、どこで、何を企んでいるのか。

どこまでが“国家の意思”で、どこからが“個人の欲”か。


――それを切り分け、不要な部分だけを削ぐ。


「表では、あくまで中立を守る」

椎名は続けた。

「裏で中立を壊そうとする者だけを、静かに片付ける」


「君にしか言えない提案だな」


馬車が止まり、御者の声が外から届く。

王城の門前だ。


降りる前、ラルトは低い声で付け加えた。


「椎名。

 これは戦争ではない。

 ――だが、覚悟は要る」


「はい」


椎名は一礼し、穏やかに答えた。


「覚悟は、既に」


彼の胸中に浮かんだのは、南方の森で見た魔族との戦いでも、血に染まった戦場でもなかった。


もっと静かで、もっと人間的なもの――

欲望と恐怖と保身が絡み合う、“人の戦”。


中立公国は、まだ剣を抜いていない。


だがその周囲では、

すでに無数の手が、

その鞘に触れ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ