第一部 第三話 ――清廉なる領地
森を抜けた先に現れた街道は、椎名の想像よりも整っていた。
舗装された地面は均され、ところどころに魔石を埋め込んだ照明柱が立っている。陽が傾き始めているにもかかわらず、道は薄く光を帯びていた。
「夜になると、もう少し明るくなります」
ガルドが歩きながら説明する。
「魔道具ですか」
「ええ。生活魔法と魔道具の併用ですね。公爵様の方針で、街道整備は最優先事項なんです」
椎名は足元を見ながら、静かに頷いた。
(合理的だ。人と物資の流れを止めない……)
地球で見てきた国々を思い出す。
治安が崩れる場所は、例外なく“流れ”が滞っていた。
「この先が、アルヴァリアの外郭都市になります」
森を抜けきった瞬間、視界が開けた。
城壁は高すぎず、威圧感よりも堅実さを感じさせる造り。
門の前には行列ができていたが、流れは早い。検査も簡潔で、兵士の態度も硬すぎない。
「……兵の練度が高いですね」
椎名がぽつりと呟く。
ガルドは驚いたように目を瞬かせた。
「それが、分かりますか」
「立ち方と視線で」
兵士たちは周囲を見ているようで、決して一点に集中しすぎていない。
無駄な動きもなく、呼吸が揃っている。
「南の森で鍛えられていますから」
誇らしげでも、驕りでもない声音だった。
門をくぐると、街の空気が一変した。
人が多い。
だが、騒がしくない。
商人の呼び声はあるが、怒号はない。
子どもが走り回り、老人が道端で話している。
エルフの女性が布を売り、獣人の男が荷運びをしている。
人種の違いはあれど、視線に棘はなかった。
(……共存している)
椎名は、胸の奥がわずかに温かくなるのを感じた。
「この領地では、種族で差別することは許されていません」
ガルドが言う。
「問題が起きた場合は?」
「厳罰です。貴族であっても例外はありません」
それは、簡単なようで難しい。
権力を持つ者ほど、自分は特別だと思い込む。
それを抑えるには、統治者自身が“例外にならない”覚悟が要る。
通りを歩くうち、冒険者ギルドの建物が見えてきた。
「今日はここで休みましょう。公爵家への報告は、明日で構いません」
「よろしいのですか」
「ええ。……正直に言えば、少し時間が欲しい」
ガルドは苦笑した。
「あなたの存在を、どう説明すべきか考えないと」
椎名は、わずかに口元を緩めた。
「無理に説明する必要はありません」
「そうもいかないのが、政治というものです」
その言葉に、椎名は足を止めた。
「政治が、嫌いですか?」
ガルドは少し考え、首を横に振る。
「嫌いではありません。ただ……難しい」
「同感です」
ギルド内は、活気に満ちていた。
掲示板には依頼書が並び、酒の匂いと人の熱気が混じっている。
受付の女性が、ガルドを見るなり目を見開いた。
「戻られたんですね!」
「ああ。報告は明日まとめてする」
視線が、椎名に向く。
「こちらは?」
「保護対象だ」
「……保護?」
椎名は、軽く頭を下げた。
「椎名と申します。一晩、厄介になります」
受付の女性は一瞬戸惑い、すぐに笑顔を作った。
「ようこそ、アルヴァリアへ」
その言葉は、形式的ではなかった。
夜。
与えられた簡素な部屋で、椎名は一人、窓の外を眺めていた。
街灯の淡い光。
巡回する兵士の足音。
――守られている街だ。
地球で、彼が守れなかったもの。
戦争と災害の中で、崩れていった日常。
(……ここは、違う)
扉を叩く音がした。
「失礼します」
ガルドだった。
「公爵様が、あなたに興味を持たれています」
「そうですか」
「明日、面会の場が設けられるでしょう」
椎名は、静かに立ち上がった。
「お会いできるなら、光栄です」
その言葉に、ガルドは真剣な目で頷いた。
「あなたが何者であれ――」
一拍置いて、続ける。
「この領地に、必要な人材かもしれない」
扉が閉まり、再び静寂。
椎名は、刀に手を置いた。
戦いのためではない。
己を律するための、いつもの癖だ。
――まだ、この世界での居場所はない。
だが。
この領地には、
守る価値があると、そう思えた。




