第二部 第九話 ――席に座る資格
王都ヴァルアス中央区。
白亜の石造りで築かれた評議会館は、夜になると別の顔を見せる。
魔法灯が天井から柔らかな光を落とし、
磨き上げられた床には、貴族たちの影が長く伸びていた。
本日は、名目上は「季節の親睦晩餐会」。
実態は、貴族同士の力関係を確認し合う場だ。
アルヴァリア公爵家の名が告げられると、
ざわり、と空気がわずかに揺れた。
「……来たか」
「噂の執事も、同席しているらしい」
「例の件の……」
囁きは、意図的に椎名の耳に届く位置で交わされる。
だが、彼は一切反応を示さなかった。
ラルト・アルヴァリア公爵の半歩後ろ。
視線は低く、背筋は自然に伸び、歩調は主君と完全に一致している。
――完璧な随行。
しかし、その「完璧さ」こそが、違和感でもあった。
「アルヴァリア公爵」
中央席に近い位置で、数名の貴族が声をかける。
「本日はご足労いただき、光栄ですな」
「こちらこそ。お招きいただき感謝いたします」
形式的な挨拶の応酬。
だが、視線は公爵ではなく、その背後に向けられていた。
椎名。
昨日まで“背景”であったはずの存在。
「……その御方が?」
誰かが、わざと聞こえる声量で言った。
「公爵家の……執事殿ですかな」
空気が、わずかに張り詰める。
ラルトは、足を止めた。
そして、静かに振り返る。
「ええ。私の執事であり、信頼する補佐です」
補佐。
その一言に、数人の眉が動いた。
「これは失礼。てっきり、私兵か何かかと」
笑みを浮かべたままの言葉。
だが、明確な探りだ。
椎名は、一歩前に出た。
「アルヴァリア公爵家執事、椎名と申します」
深く、だが過剰ではない礼。
「本日は主に随行する立場でございます。
どうぞ、ご無礼がありましたらお許しください」
その声は穏やかで、低い。
しかし、不思議とよく通る。
「ほう……」
声をかけてきた貴族は、目を細めた。
「随行、ですか。では、発言権はお持ちでない?」
明確な挑発。
椎名は、即座に答えなかった。
一瞬だけ、主君を見る。
ラルトは、何も言わず、わずかに顎を引いた。
許可。
「私個人としての意見を述べる権限はございません」
椎名は、静かに言った。
「ただし――」
貴族たちの視線が、集中する。
「公爵様の判断を補佐し、必要とあらば事実と状況を整理してお伝えする役目は負っております」
遠回しだが、明確な線引き。
“黙る存在ではない”。
その場にいた者たちは、無意識に理解した。
「なるほど」
別の貴族が、杯を揺らしながら口を挟む。
「では椎名殿。昨日の騒動について、一つだけ」
来た。
「騎士団でもなく、魔法師団でもなく、
なぜあなたが前に出たのですかな」
椎名は、少しだけ目を伏せた。
(試されておりますね)
言葉を誤れば、「越権」。
慎重すぎれば、「無能」。
「理由は単純でございます」
顔を上げ、真っ直ぐに答える。
「その場にいた中で、最も早く、最も穏便に終わらせられると判断したためです」
「自信がある、と?」
「責任がございますので」
静かな返答。
虚勢も、誇示もない。
しかし、その場にいた多くの貴族が、同じ感想を抱いた。
――この男は、力を“証明する必要がない”。
しばしの沈黙。
やがて、晩餐の開始を告げる音が響いた。
席に着く段になり、思わぬ指示が出る。
「椎名殿」
評議会側の進行役が、戸惑いながら言った。
「公爵家随行として……こちらの席を」
示されたのは、従者席ではない。
貴族席の末席。
空気が、はっきりと変わった。
ラルトは、一瞬だけ椎名を見る。
「……よろしいか」
「はい、公爵様」
椎名は、静かに席に着いた。
それは、歓迎ではない。
――監視だ。
同時に。
――認めざるを得なくなった、という証でもあった。
夜は、まだ始まったばかりだった。




