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影縫う剣と蒼き城の執事  作者: わまたよ


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第二部 第五話 ――公の場に置かれた刃

 王都ヴァルアス中央区画に位置する、評議会庁舎。


 白石で造られたその建物は、威厳と歴史を誇示するように、広場を見下ろしていた。

 かつては「公国の叡智が集う場」と称えられた場所だが、今では――

 力と立場を競い合う、静かな戦場でもある。


 アルヴァリア公爵家の馬車が到着すると、周囲の視線が一斉に集まった。


 それは好意でも、敵意でもない。

 ただの「評価」だ。


 椎名は、ラルト・アルヴァリア公爵の半歩後ろを歩きながら、その視線の質を冷静に見極めていた。


 (……本日は、逃げ道のない形で来ましたね)


 事前に知らされていた通り、今回の会合は「定例評議」。

 だが、出席者の顔ぶれは、明らかに偏っている。


 反アルヴァリア色の強い侯爵家。

 中央貴族派の重鎮。

 そして――首都監査局と関係の深い伯爵。


 椎名は、無意識のうちに呼吸を整えていた。


 剣を握るよりも、こうした場のほうが、よほど神経を使う。


 会議が始まり、形式的な議題がいくつか消化された後。


 問題の話題は、予告もなく投げ込まれた。


 「アルヴァリア公爵」


 声を上げたのは、グラハム侯爵だった。


 「近頃、貴殿の領地に関して、いくつか耳にする話がありましてな」


 場の空気が、わずかに張り詰める。


 ラルト公爵は、落ち着いた表情のまま頷いた。


 「どのような話でしょうか」


 「辺境での騎士団増強」

 「魔族との不透明な接触」

 「さらには、中央の許可を得ない資源採掘」


 言葉は穏やかだが、内容は鋭い。


 「これらが事実であれば」

 「公国の秩序に関わる問題ですぞ」


 視線が集まる。


 まるで、答えを間違えれば即座に断罪されるかのような空気。


 (……ここですね)


 椎名は、心中で一歩前に出る準備を整えた。


 だが、ラルト公爵は慌てず、静かに口を開いた。


 「一つずつ、お答えいたしましょう」


 「騎士団の訓練強化は、南方の森における魔物活性化への対応です」

 「魔族との接触は、インテグ派との正式な外交窓口を通じたもの」

 「資源採掘についても、すべて既存法に則っております」


 理路整然とした説明。


 だが、侯爵は引き下がらない。


 「しかし、それらを“辺境伯の裁量”で進めている点が問題だと言っているのです」


 ――出た。


 中央が最も好む言葉。

 「裁量が過ぎる」。


 「そのような判断を、なぜ中央に逐一仰がぬのですか?」


 沈黙が落ちる。


 その瞬間、椎名は静かに一歩、前に出た。


 「僭越ながら、私から補足をさせていただいてもよろしいでしょうか」


 複数の視線が、彼に向く。


 名乗りは不要だった。

 すでに、この場にいる多くが彼の存在を知っている。


 「……許可しよう」


 グラハム侯爵が、やや苛立ちを含んだ声で応じる。


 椎名は、深く一礼した。


 「アルヴァリア公爵様の判断は、すべて“即応性”を要する事案でございます」


 「南方の森は、報告から対応まで数日を要すれば、その間に被害が拡大いたします」


 「中央への伺いを立てること自体が、領民の命を危険に晒す場合もございます」


 声は低く、穏やか。

 だが、言葉は一切曖昧ではない。


 「……つまり、中央の判断は遅いと?」


 別の伯爵が口を挟む。


 「いいえ」


 椎名は、即座に首を振った。


 「中央は、全体を見る役割を担っておられます」

 「辺境は、現場で即断する役割を担っております」


 「役割の違いであり、優劣ではございません」


 一瞬、場が静まり返った。


 否定も、挑発もしていない。

 ただ、役割を分けただけだ。


 「……だが、結果として強大な軍事力を持つことになる」


 「それは、結果であり目的ではございません」


 椎名は、ゆっくりと視線を巡らせる。


 「アルヴァリア領が守られることで」

 「南からの脅威は、首都に及びません」


 「それは――公国全体の利益ではございませんか」


 その言葉に、即答できる者はいなかった。


 反論すれば、自ら「公国の安全を軽視する」と言っているようなものだ。


 ラルト公爵は、椎名の背中を静かに見つめていた。


 (……任せて、正解だったな)


 会議は、その後も続いたが、追及の鋭さは明らかに鈍っていた。


 完全に退けたわけではない。

 だが、刃は一度、鞘に戻された。


 会合終了後。


 庁舎を出る際、ラルト公爵は小声で言った。


 「見事だった」


 「恐れ入ります」


 椎名は、あくまで執事として一礼する。


 だが、その表情には、わずかな緊張が残っていた。


 (……今日のは、牽制に過ぎません)


 相手は引いたのではない。

 力比べの一手目を終えただけだ。


 そして、こうした政治の場では――

 必ず次が来る。


 馬車が走り出す。


 首都の街並みは、変わらず華やかだ。


 だが椎名の目には、その裏側で蠢く意図が、はっきりと見えていた。


 (次は……個人を狙ってくるでしょうね)


 それが誰かは、まだ分からない。


 だが――

 この王都で最も“異質”な存在が、すでに目を付けられていることだけは、確信していた。

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