第8話「冒険者という仕事」
洞窟の最も深い場所で待ち構えていたのは、鼻を衝く醜悪な臭いだ。夥しい死臭に加えて、血や排せつ物の腐った臭気が立ち込める中に、それはいた。
毛深い体に、鋭い鉤爪。人間と犬の混ざり合ったような体躯のそれが、自分よりも小さく醜い生き物を貪り食っている。傍にはバラバラにされた人間の死体もあり、見るからに五体満足の者は気絶しているのか死んでいるのか判別がつかない。
「うわっ、汚い……。ミリネ、下がってて。私が戦うから」
「補助魔法とか要らないんですか、使えますよ?」
「いいよ。あれくらいだったら倒せそうって、今確信に変わったんだ」
ベルカは手の中に魔力の球を創りだす。ぎゅっと握った瞬間、剣の形を模った。
獣たちの野性が危険を嗅ぎ取った。自分達より明らかに劣った相手を餌食にして、ちょうどよい棲み処を見つけた矢先に現れた脅威。剥き出しの敵意で迎え、喉を震わせて唸り声をあげ、ベルカに対する強い警戒心を抱く。
「本で読んだ通り凶暴なんだな。まあ、お互い生きていくためだから諦めて欲しい。君たちが獲物で、私は狩人だから────許してね」
ワーウルフたちが一斉に動いた。三匹はどれも基本のワーウルフと比べれば体格も良く、これまで生き延びてきた個体だ。だからこそ冒険初心者には厳しい。それが三匹も協力して生きてきたのには、自然と連携する力があるからに他ならない。
その強靭なあごで喰らいつけば薄い鎧は簡単に食い千切る。鉤爪は人間の肉体を容易く両断してしまう。見守っていたミリネにも緊張感が駆け抜けた。
────だが、直後に目を白黒させた。目の前を飛んだ狼の首。ワーウルフは三匹共が容易く首を跳ね飛ばされ、返り血を浴びこそすれどベルカには掠り傷のひとつもない。切れ味抜群の魔力の剣と魔法による身体能力上昇での無駄のない身のこなしは、俊敏な獣たちの生き延びてきた術をものともせず切り裂いた。
「す……すごい……。これが冒険初心者だなんて本当なんですか……?」
「いやあ、だって村から出たことなかったから。でも、村に現れてた魔物を駆除して平和にしてたのは私なんだよ? 誰も知らないだけでさ」
小さな村は庇護の対象外だ。そのため魔法使いを雇い、定期的に結界を張ってもらうのが基本的である。だがベルカの暮らした村は非情に穏やかで、魔物が現れた形跡はあっても、村人は誰も魔物に襲われたことがない。
その全てはベルカが定期的に駆除を行い、結界を秘かに張っていたからだ。村に暮らす以上、自分の安全を確立しておくことは重要で、村人はそのついでだった。避けてはいつつも、邪魔者として排そうとしなかったのが幸運になった。
「だから少しは慣れてるんだよ、戦うの。ワーウルフより危険な魔物は何度か見たことがあるからね。ただ、今日の個体は本当に大きいとは思ったけど」
倒れているワーウルフの死体を足で蹴って転がす。初めて見る魔物ではあったが、図鑑に記されていた標準的な大きさよりもひと回りは大きかった。
「さて、それより救助活動だ。バラバラにされた人は可哀想だけど……救えない命よりも救える命を優先しよう。ミリネ、お願いできるかな」
「は、はいっ……! ちょっと待ってください、まずは状態を確認します!」
倒れている人の体を仰向けにして、ミリネは謝罪の言葉を口にしつつ服を脱がせる。あざだらけの体に触れて、骨や内臓に問題がないかをチェックする。
「(生きてるのは女性ばかり……。ゴブリン同様にワーウルフも人間を繁殖のために捕獲することもあるとは聞いてましたけど、ここまで痛めつけるなんて)」
男は餌に、女は繁殖のために捕まえる。魔物の血は濃く、生まれてくるときは人間の要素などは一切ない。そして、繁殖に使えなくなったら餌にする。人間が家畜にするのと同じように、魔物は人間をそうして利用することがあった。
ミリネは初めてそうしたモデルケースに遭遇して、背筋がゾッとした。
「幸い、生きている方々は酷い怪我ではないようです。治療を施しておきましたから、ひとまず外まで運びましょう」
「うん、わかった。……でも、流石にトラウマものだろうね」
生きていても死んでいるような苦しみを、しばらくは味わうことになる。冒険者をやめたとしても、毎日魘されるのは目に見えている。冒険者を辞める大体の理由が、そうした被害を受けるか、あるいは目の前でそうした出来事を目の当たりにするかの二択に絞られた。目覚めたとき、女性たちの事を思うと胸が痛む。
「魔物は魔物です。安全とは程遠いのに、勘違いをしてしまうのです。誰でも最初は簡単な仕事から与えられると思ってしまうんですよ。でも、これは重たい荷物を運ぶとか、決められた場所に釘を打つとか……そんな簡単な仕事ではないんです。殺意を持った生物相手に真正面から挑むんですから」
不慮の事故で怪我をする。死ぬかもしれない。そんなリスクよりも、遥かに背負うものが大きいのが魔物を相手にする冒険者だ。常に自分の命を狙う存在がいて、自ら死地に赴くのが仕事になる。たとえゴブリンの巣と言えども、油断すればさらなる脅威に見舞われる。ミリネは、沸々と湧いてくる恐怖心に手が震えていた。
「うーん……。まあ、私たちはきっと大丈夫だよ」
「だといいんですけどね。ふふ、少しだけ気持ちが和らぎました」
「おっ、本当? 私ってば慰める才能もありそうだな。じゃあ、帰ろっか」




