第6話「異常事態」
人間の中には、きわめて稀に魔力ではなく聖力に目覚める者がいる。治癒に優れた能力を発揮し、人々を救うことを生業とする者が多い。女性に発現する場合が殆どで、特に優れた聖力を持つと『聖女』と呼ばれるようになった。
魔力が負の性質なら、聖力は真逆である正の性質。そのため、魔物の気配に対しても強く反応する。今、ミリネは誰よりも洞窟の中の危険度が理解できた。
「んだよ……ビビらせようってか?」
「そうじゃありません。なんで貴方はそう極端なんですか」
ぷくっと頬を膨らませて抗議するミリネの肩をぽん、とベルカが叩く。
「気にしない、気にしない。クランツも、いちいち喧嘩腰なのはそろそろやめてくれないかな。いい加減、見ていて鬱陶しいだけだ」
「なっ……! お前らが最初に俺のことを勝手に嫌ったからだろ!」
激しく言い返すクランツをベルカは相手にしない。同じ土俵に立つ気はない。注意をするに留めて、腰に提げていた小さな布袋を手に取った。
「言い争う暇があったら先に進みたい。喧嘩なら後でいくらでも買ってあげるから、今はこれを飲んでくれない? 私が作った魔法薬なんだけど」
布袋の中から手にした丸く白い粒。キャンディにも見えるそれをミリネが摘まむ。
「これ、なんですか? 甘い匂いがします」
「丸薬だよ。暗い場所に入っても、視界がハッキリする。効果時間もそれなりに長い。もし洞窟の中で迷うことがあったら困るだろ?」
些細な見落としで道を間違えれば、安全とは程遠いゴブリンの巣の中で長時間を過ごすことになる。そうなると確実に命を落とすだろう。どれほどの体力自慢であれ、無尽蔵にも等しく湧いてくるようなゴブリンの群れを相手にし続けるのは、あまりに無謀というものだ。出来る限り、天秤を悪い方向へ傾かせないための処置だ。
「お前、魔法薬なんて作れるのか。魔法使いには見えなかったけど」
「雑食なのさ。魔法も剣術も、なんなら体術だって使えるよ。戦闘面に関してはオールラウンダーにいけるタイプだと思ってる」
あらゆる分野に通ずるベルカに、クランツも感心する。魔法薬を作るとなると、そもそも半端な知識と技術では形さえ作れない。ベルカの作った丸薬は完璧とも言える状態だ。それに加えて戦闘も得意となると、小馬鹿にしようもない。
「大体の奴ってのはひとつを極めるのすら難しいもんだけど、お前は多才なんだな。こんなもんが作れるなら、わざわざ冒険者になる必要あるか?」
「あるよ。魔法薬を作る材料の調達もお金が掛かる。自分で取れば別だけど」
あ~、はいはい。とクランツも納得して緩く頷いた。
世の中の殆どの場所は危険とされていて、決まった場所以外の出入りはギルド所属以外の人間は例外を除けば基本的に禁止だ。誰かに採取してもらうとなると、費用も嵩んでいく。ギルドに所属して冒険者として依頼をこなす傍ら、自ら採取する方が費用も掛からないし、これまでよりも高価な魔法薬が作れる。
多少のリスクはあっても、堅実な部分も多くメリットを見れば、どうするべきかは考えるまでもない。わざわざ否定するような話ではなかった。
「確かに近所の魔法薬売ってるところも、個人と契約して採取してもらってるって話してたな。商会を挟むと二重取りされることになるとか」
うんうん、とベルカが気難しい顔をする。
「契約自体は薬師と冒険者の間で行われるからね。商会に頼ると、仲介料を持って行かれるから。私も以前から、それについては悩んでたんだ。……だから、この試験はぜひとも合格したい。よろしく頼むよ、二人とも」
丸薬をひょいっと口の中に放り込む。ベルカの言葉に、クランツもミリネも背中を押されるようにやる気が溢れる。薬を飲んで数分したところで、三人は足並みを揃えてゴブリンの巣へ踏み入った。
風の抜ける音と、靴が岩と砂を踏みしめるザリザリという音だけがよく響く。洞窟は特別入り組んだ作りではないが、進めば通路の脇に大人が屈んで入れるような穴が開いており、いくつかはゴブリンたちの寝床なのか、薄っぺらく枯草などが敷き詰められている部屋があった。
────心配になったのは、ゴブリンとの不意の遭遇ではなかった。
「困ったな。他の冒険者も試験に来てたはずだよね?」
「俺はそう聞いてたけど……。帰った方がいいんじゃねえか、これ」
落ちていたのは剣や盾。あるいは魔法に使う杖。さらに少し進めば、二人ほど倒れていた。鎧に身を包んでいた騎士らしい男と、いくらか年老いた盗賊風の身軽な男。いずれも腹を裂かれたり、頭を殴られたことが死因になっている。
「ミリネ。魔物の気配はまだ感じられる?」
「最初より強く感じます。でも、なんでしょう……妙な違和感が」
「まさか一か所に固まってるとか、そういう感じじゃねえよな」
「違います。これは数とかより────大きい、と言った方がいいかも」
最初は分からなかった、無数の気配と思っていたものの正体。数が多いのではなく、ひとつひとつが巨大な魔物の気配が、ほんの幾つかあるだけ。ゴブリンのような微弱な気配がひと塊になったとしても微塵の恐怖すら覚えないが、ミリネは今、確かに足が震えるほどに悍ましいものがいると感じ取っていた。
「引き返しませんか。わ、私たちではどうしようもないかと!」
怯えるミリネの話を聞いて、ごくりと唾を飲んだクランツが同意する。
「やばい魔物がいるんじゃ話が違う。此処に二人も死んでるんだ、駆け出しになろうって俺たちが進むよりは、他の誰かに任せようぜ……!」
凄絶な戦いの中での死だったのか、はたまた一方的なものだったのか。さほど時間は過ぎていない。ベルカは観察していた若い騎士の男の目を手で優しく閉じさせ、深く息を吸い込みながら立ち上がった。
「────うん、そうだね」
洞窟の奥に棲む凶悪な魔物の存在に、目を細めて────。
「二人共、帰りなよ。私は手遅れにならないよう、生存者がいないか確かめに行く」




