3.魔女改めダメエルフ
とか思ってた時期が俺にもありました。今、俺は魔女と呼ばれている村唯一の錬金術師の家の前に立っている。職業鑑定から3日後の今朝、教会から俺が師事する人物とその場所について連絡があったのだ。通例として、職業持ちがどこに行ってその技術を学ぶかは教会が決める権利を持っており、1年程度その人の指導を受ける。これは1人の高名な人の所に、弟子入りを希望する人が集まるのを避けるためだろう。ちなみに1年間の指導期間が終わった後も、出ていかずに残る者は割といるそうだ。
手紙をもとにたどりついた村のはずれにぽつんとある掘っ立て小屋は、弟エルベから聞いた魔女の住居兼店の場所そのものだった。小屋の周りは荒れ地が広がるばかりで、周囲には全く人の気配がしない。もう帰りたいんだが。
ビビる心を奮い立たせ、小屋の戸に近づきノックする。中から返事はない。
恐る恐る扉を開けた。
中は弱い明りを放つランプが1つ上から下げられているばかりで、昼間にも関わらず薄暗い。入ってすぐ目の前をカウンターがふさいでおり、それ以上奥には行けない構造になっている。カウンターの向こう側には灰色のローブで、フードを目深に被った人物が椅子に腰掛けている。この人が噂の魔女に違いない。後ろの壁には扉がついており、この狭い空間が店、奥が魔女の居住スペースとなっているだろうことがうかがえる。
「職業鑑定の結果が錬金術師だったレヒトと言います。教会の指示に従ってこちらに来ました。今日から1年間、ご指導のほどよろしくお願いします」
大きく頭を下げると、魔女がフードを取りながら億劫そうに答えた。
「教会から聞いてるよ。錬金術師のヘクセンだ。」
現れたのは雑にまとめられた銀色の髪に白い肌、燃えるような赤い瞳をした美女だった。ただ、彼女のまず目を引く部分は、何といってもその尖った耳だろう。彼女は前世知識でいうエルフだったのだ!異世界定番種族キター!とひそかに盛り上がると同時に、なるほどな、という納得が生まれる。ヘクセンが魔女と言われる理由は、この衰えぬ容姿だろう。前世知識通りなら、エルフは寿命が長いはず。この世界ではどれくらいの長さか知らないが、いつまでたっても年を取ったように見えないヘクセンは、村人たちにとって不気味だったに違いない。などと1人考察をしていると、彼女がジッとこちらを見つめてくる。
「アタシの耳を見て驚かないのかい。言葉遣いもそうだが、お前さん、本当に10歳か?」
「もちろんです」
……決して俺は嘘をついてないぞ。ただ中身に少々おっさんの記憶があるだけで。魔女はため息をついて、ジトっとこちらを見る。
「まあ良い。エルフに教わってもいいってんなら、今日からお前を弟子にしてやる」
「ありがとうございます!」
元気よく返事をする俺に魔女がニヤッと笑った。
「それじゃさっそく、可愛い弟子には師匠からの課題をやってもらおうじゃあないか」
「おお!」
そして俺は今、溜まりにたまって山のように積まれたフラスコやビーカーなど、錬金術に使ったであろうガラス瓶を片っ端から洗わされていた。不機嫌な顔を隠そうともしない俺を見て、魔女は優雅に椅子に座ったままケラケラと笑っている。
「いや~助かったわ~ホント。洗うのめんどくて溜めちゃってたの、どうしようか困ってたんだよね~。あ、そのポーションは触ったら皮膚溶けるよ」
「あっっぶねぇ!!触るとこだったぞ!」
魔女は一層楽しそうに笑う。
「いいねぇ~、最初の堅苦しいのよりこっちの方が楽さね。あ、そうそう、それ終わったら掃除と洗濯、村の中央まで買い出しね!あ、ついでにご飯も作っといてよ。じゃ、よろしく~」
こ、こいつ……人が下手に出たら調子に乗りやがって……。初対面の子供に家事を全部丸投げするという鬼畜の所業をしておいて、平然と部屋に向かう魔女の背中に、俺は怒鳴らずにはいられなかった。
「こぉんの、ダメエルフがぁぁぁ!!」