1.覚醒
目を開くと、目の前に青白く輝く大きな石板があった。
「⁉」
声こそ出さなかったが、目を見開く。
いきなりの状況に、思考が追い付かない。
今さっきまで俺は、激務で意識が朦朧とする中、ホームで終電を待っていたはずである。列車が来たタイミングで、背中を何者かに押され線路に落ちた俺の腹の上を、ゆっくりと車輪が踏みつぶし……。と、そこまで思い出したところで体をぶるっと震わせ、俺は自分のお腹をさすった。ちゃんと感触がある。
「どうかしましたか?」
神官服を身にまとった白髪の老人が石板の横に立っており、こちらの顔を覗き込んでいる。この人は司祭であること、この教会には10歳の子供を集めて年に1度行われる職業鑑定を受けにやってきたこと、自分の名前はレヒトであること、などがなぜか分かる。そして1つの確信が俺に生まれた。ここは、異世界だ。司祭が不思議な顔をしたので、慌てて首を横に振る。
「ではレヒト、手を」
司祭が手に持った帳簿に目を落として告げ、俺は石板に右手をかざす。すると、石板に錬金術師という文字が浮かび上がってきた。司祭が帳簿に羽ペンを走らせた後、俺に微笑む。
「君の職業は錬金術師だ。おめでとう。人々の役に立つべく、頑張りなさい。」
俺は頭を下げると振り返り、司祭の次を呼ぶ声を後ろに聞きながら、左右の長椅子に挟まれた中央の赤いカーペットを進む。教会の中には緊張した面持ちの親子が10組ほど残っている。ぼーっと歩き、最後列に座る20代後半の金髪の男女に近づく。彼らが俺の両親だ。母はその青い瞳を潤ませて口元を押さえており、父の精悍な顔立ちは今歓喜にあふれ、そのがっしりとした体で俺を抱きしめる。
「凄いぞレヒト!錬金術師なんて将来安泰だぞ!今夜はお祝いだな!」
後ろからもぬくもりが加わった。
「ええ、本当に嬉しい。レヒト、良かったわ」
二人の温度に、俺はようやく自分が転生したらしいということを実感する。自分が死んだという事実は、たいした悲しみもなく受け入れてしまった。絶望に満ちたあの苦しいだけの日々から解放され、希望溢れる新しい異世界での生活が手に入ったのだ。なんの文句があるだろうか。幸い前世の俺に家族は残っていない。もう無為に時間を過ごすのは止めよう。無気力に生きた前世の反省を生かし、この人生では努力しよう。だんだんとそんな強い想いが生まれ、気分が高揚するのを感じる。この錬金術師という職業が何か知らないが、やれるだけのことをやろう。固い決意を胸に、弾んだ声で答えた。
「うん!」
俺は前世の記憶を思い出したが、同時に紛れもなくこの二人の子供である。レヒトの中に俺の記憶があろうが、この事実は、この10年は消えない。前世の俺ではなく、今のレヒトの精神年齢に早くも引っ張られているのだろうか、残りの細かいことはどうでもいいことのように思えた。
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