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最後の餃子と人類滅亡

作者: あやかぜ

冬の夜。外は粉雪。

高城家の食卓には、温かな蒸気と焦げた餃子の香りが漂っていた。

餃子は30個。家族は5人。各人6個。均等。平和。


しかし、今、皿の上には一つだけが、残されていた。


それは、茶番のような戦争の幕開けだった。


 


「……食うのか?」


【父】高城 陣一じんいちの声は低かった。

かつて公安に籍を置き、数多の拷問を目撃してきた男の声は、ただの一言で場を制した。


【長男】しゅんは箸を止めた。額に一筋、汗を流しながら、慎重に言葉を選ぶ。


「いや、別に……ただ、【母】さんの分がまだなら……」


【母】高城 玲子れいこは無言で、ワイングラスを口元に運んだ。

その指先すら、裁く者のように静謐だった。


【長女】みおが鼻で笑った。


「みんなで見てたよ? 【母】さんはもう6個食べてる。

あと残ってるのは――その、ひとつだけ」


誰もが、言いたいことを飲み込む。


【次男】さくは箸を置き、ぽつりと呟いた。


「食べるという行為は、支配の宣言だ。

この餃子を手にした瞬間、我々は家族ではいられなくなる」


 


沈黙。


食卓に、五つの視線が絡み合う。


餃子を見つめる視線。互いを探る視線。

己を律する者の目と、譲る気のない者の目が交錯していた。


 


「……もうやめようよ」


【長女】澪が立ち上がった。震える指で皿に手を伸ばす。


「こんな馬鹿みたいな――」


 


次の瞬間、銃声が響いた。


【長男】隼のジャケットから抜き放たれたコンパクト拳銃が、

【長女】澪の肩を貫いた。


「その餃子は、俺が食べる。

俺がこの家の代表で、俺が選ばれるべき存在だ。

それが最も合理的だ――!」


 


【母】玲子がナイフを構える。

【父】陣一が無言で立ち上がる。

【次男】朔が椅子を蹴って距離を取る。


食卓は戦場と化していた。


 


テレビには、非常速報が流れていた。


《各地で“餃子殺人事件”が多発。政府は国家非常事態を宣言……》


まるで呼応するように、世界中で“最後の餃子”をめぐる争いが始まっていた。


米中は外交決裂。

EUは“餃子協定”を破棄し、全面冷戦へ突入。

人工知能は人類の選択に絶望し、独自判断で起動不能の衛星兵器を解放した。


 


それでも、彼らは餃子を睨んでいた。


 


「やめて……お願い……」


【長女】澪が血を流しながら泣き叫ぶ。


「そんなもの、ただの餃子でしょ……!」


 


だが、誰も目を逸らさない。


 


「……違うんだよ、澪」


【父】陣一が低く答える。


「これは、“正しさ”を決める争いなんだ。

誰が食べるべきか。誰が支配するのか。

餃子は、その象徴に過ぎない」


 


その時、静かに、ひとつの手が皿の上に伸びた。


【次男】朔だった。


「もう……誰かが、終わらせなきゃいけない」


【次男】朔は餃子をつかみ、そのまま口に運んだ。


噛んだ。咀嚼した。飲み込んだ。


 


沈黙。


そして――


 


世界は、終わった。


 


人工衛星が墜落し、核による報復が開始され、

AIによる“非理性の粛清”が人類に牙を剥いた。


だが、それはとても静かで、美しかった。

まるで、最後の晩餐が、ようやく終わったかのように。


 


餃子はもう、皿の上にない。


それだけが、確かだった。


 


──完。

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