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第五十二話 乙女の心に乙女の腕力

前回までの、七兜山無免ローヤー!


 酷い歌を披露して会場の顰蹙を買ったMinaMina、というか水去、もとい無免ローヤー。


群集A「てめえいい加減にしろやゴルアボケアホカスううう!」

群集B「AmaAmaを早よ呼ばんかい! 下手くそ野郎が、消え失せろおお!」

佐藤 「そうだそうだー! 私は天祢を見に来たのよ、早く天祢を出せー!」


 そこに怪人が颯爽と乱入⁉ 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!

「変身!」


 水去律が六法をバックルにセット、溢れた光が身体を包み、輝きは法の鎧へと変わる。


「法に代わって、救済する!」


 いつもの通り無免ローヤーに変身。が、今日はまだまだモーフィング。残った光が彼の抱えるギターを包み込んだ! 物質を原子・分子レベルで分解・再構成、丸みを帯びたアコースティックギターを、ギブソン社のフライングVのごとき尖りに尖ったフォルムへと変化させる。ビリビリにライジング!


「おおっ⁉ エレキになった⁉」


 ステージの上にて、あたふた自分でびっくりしている法律戦士。同じくステージ上に立つ怪人が、闇を噴き上げ問い詰める。


「見たことある顔だよなァ⁉ なんなんだお前はァ!」


「俺はしがないMinaMinaだが、またの名を、無免ローヤー」


「無免、ローヤー……ッ? はァ?」


「いい反応だ。最近妙に知ってる奴多いからな……とにかく俺は、哀しき怪人に親愛なる救済を与える者!」


 予想外の光景に息を呑む観衆。ヒーローはエレキギターのネックを握り、剣のように構えるというムチャクチャなことをしながら、ライトの下、鈍く光る複眼を敵へ向ける。対して怪人は闇を筋線維のようにして右腕に流し込み、極端に肥大化させた。右腕だけ太く長い、アンバランスで醜悪なる姿。闇の肉体はそのまま突進、巨大な腕を叩きつけて攻撃。


強要する(Coercion)右の(by my)腕力(right arm)ゥ!」


 振り下ろされた拳に、ステージの床が抉れる。無免ローヤーは一瞬早く地面を蹴って後方に跳び、着地すると再び構える。「やっぱ強要なのかよ!」素早く六法をめくった。


【刑法二二三条 強要!

一項 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、三年以下の拘禁刑に処する!】


 六法から溢れた光が電気に変わり、無免ローヤーのギターに流れ込む。電流を纏って完成するのは、法の電気(エレキ)弦楽器(ギター)


「AmaAmaを出せェェェ!」


「忙しいつってんだろぉ!」


 掴みかかるように伸びてきた腕を、法の電気弦楽器で殴りつける、闇の手とギターのボディが触れた瞬間、電撃が拡散して周囲を襲った。「痛えええェ!」「あばばばば!」双方感電しつつ、再び向かい合う。薙ぎ払わんと振るわれる腕を、エレキギターで弾き返――「ぐおおおおォ!」「ぎゅああああ!」怪人にも無免ローヤーにも、また無差別に電撃が流れた。エレキステイツ?


 黒コゲになりつつ、またまた睨み合う両者。


「……ッ?」


「……?」


「「「「「「「「「「?」」」」」」」」」」


 怪人も無免ローヤーも、さらには彼らを見ている観客たちも、全員が首を捻ってクエスチョンマークを作った。……つまり、この無免ローヤーとかいう奴は、なんかカッコつけてエレキギターを創り出し、電気までビリビリさせたのに、さっきからなんか自分も感電してない? なんで自爆してんの? どゆこと? ということだ。実際、法律戦士の力が適切に機能してない場合、それは何か、条文の使い方を誤っている。


 無免ローヤーが状況の整理を試みる。


「か、確認しよう。あの『腕を奪う』とか書いてる脅迫状を出したのはお前だよな?」


「そうだァ、あのAmaAmaがッ、今年は出場しないなんて聞いたんでなァ……」


「うんうん、それでお前は出演を求めていると。……やっぱり脅迫を通した強要罪じゃねえか! 俺間違ってないぞっ⁉ なんで力が暴発するんだよ⁉」


「この貧弱がァ! 脅迫状ごときでAmaAmaが畏怖するものかァ!」


 怪人が再び跳び上がり、肥大した腕を極大の鞭が如く振るった。無免ローヤーは真横に転がって、凄まじき殴打をなんとか躱す。が、すぐさま影が彼を覆った。怪人の肥大した右手が、法律戦士の右手を掴む。


「⁉」


 ヒーローは振り解こうとするが、大きさがまるで違った。こっちの拳は、文字通り相手の手の内、完全に握り込まれ、少しも動かない。


 怪人は太く長く伸びた腕をしならせ、ゆっくりと持ち上げた。同時に無免ローヤーの足が地面から離れる。うおおおおっ、と声の漏れる観客席から見える姿は、まさにクレーンのよう。右手を固定され吊り下げられた法律戦士は、抵抗ができない。


「くっ……」


 片腕が伸びた状態、ギター片手にゆらゆら揺れるしか能のない間抜けな無免ローヤーへ、怪人が語り掛ける。


「アイ♡ドル店員AmaAmaはこの程度で畏怖しないィ。したがって犯罪の結果も発生しないィ。故に脅迫は未遂しか生じないが、脅迫罪に未遂規定は無いなァ!」


 強要とは、脅迫・暴行を用いて、しなくていいことを人に強いること。よって、前提となる脅迫(あるいは暴行)がなければ、強要罪は成立しない。そして、確かに前原女生徒は、脅迫状にそれほど畏怖していなかった。


「そういう議論がしたかったのか……でも強要罪には未遂があるぞ……二二三条三項で終わりだろ、怪人、強要未遂男……!」


「おやァ? 同じ行為で脅迫罪としては未遂が不可罰になるのにィ、より罪の重い強要未遂罪が成立するのはおかしいよなァ? 不当だよなァ?」


「な……?」


 怪人が右腕に更に闇を込め、肥大化させると、く、の字に折り曲げた。「強要の罪なんてェ、どこにもォ成立しねえんだよォ!」そのまま地面に押し伏せるように敵の体を振り下ろす。「強要する(Coercion)右の(by my)腕力(right arm)ゥ!」無免ローヤーは真下に投げつけられて、法の鎧が床に激突。ステージを突き破り、痛そうな音と共に、舞台を支える骨組みの層まで堕ちた。


 ヒーローの姿が見えなくなって、穴が開き土煙の舞う特設ステージ。ヤバそうな雰囲気に、観客たちの声が途切れる。難舵町夏祭りは、怪人に支配されていた。


「さあああああァ! 邪魔者は消えたなァ! アイ♡ドル店員AmaAmaッ……待ち焦がれたぞォ、お前の右腕は俺のものォ……居るんだろうッ、早く姿を現せッ! さもなくばァ、出てくるまでこの場を破壊し尽くすのもいいなァ……!」


 怪人が腕を振るい、舞台裏とを隔てる壁を破壊した。さっき出ていたお笑いコンビの二名が悲鳴を上げて逃げ出す。が、前原女生徒の姿はない。「AmaAmaァ! どこだァ! 出てこいッ!」怪人が荒れ狂い、客席にも衝撃が及び始めた。


 考えてみると、暴行脅迫自体が未遂に留まる場合に、強要罪の未遂を認めるか、あるいは不可罰とするか、学説は両説あるところだ。怪人の主張する、脅迫罪の未遂が不可罰になることとの均衡、という論理は、それなりに説得力のある内容と言っていいだろう。


 無免ローヤーはまだ戻らない。怪人は暴れ続ける。


「頼りないわ。そんなんで天祢の隣に立てると思ってんの……? あの男……」


 眸に惨状を映して、佐藤女生徒が呟いた。


 ……瞬間、ステージの穴から光が溢れた。


【刑法二二三条 強要!

三項 前二項の罪の未遂は、罰する!】


 立ち昇る光は紐状に変化、曲がりくねりながら高速で飛翔し、幾重もの円を描く。


「やっぱお前、強要未遂だよ!」


 公園中に声が響くのに合わせ、光の紐が怪人を急襲し、肥大した闇の腕に刺さった。同時に無免ローヤーが穴の中から跳躍し姿を現す。勢いをつけて空高く、法の鎧をステージライトに反射させ、見世物興行のごとき軽やかさを纏って、舞台上に着地した。くるりと転回し敵に向く。観衆のどよめき。よくよく見れば、抱えるギターのジャックから、光が伸びていた。これすなわちシールドケーブルか! エレキギターとアンプを接続するかのように、光が、法の電気弦楽器と怪人強要未遂男の間を繋いでいる!


 怪人が苛立たし気に腕を振るった。


「まだ言うかァァァ! 脅迫が未遂である以上ッ、強要は不可罰になるんだよォ! 強要する(Coercion)右の(by my)腕力(right arm)ゥ!」


 ステージを破壊しながら襲い来る攻撃を、ヒーローはふわりと跳び上がって躱し、また軽々と着地する!


「違うな、違うぞ怪人強要未遂男! 脅迫罪は抽象的危険犯。被害者が害悪の告知を認識した場合、たとえ現実に畏怖しなくとも、それが一般に人を畏怖させるに足りるものであるならば、既遂」


「なあッ⁉」


「たとえ前原さんが豪胆だからといって、脅迫罪が成立しないわけではない! お前の行為において、脅迫はもはや既遂! 故に……強要未遂罪が成立する!」


「なああァァァにいいィィィィ⁉」


 怪人の悲鳴と共に、無免ローヤーは法の電気弦楽器を構えた。もちろん、ネックを両手で握ったぶん殴り体勢でなく、楽器として爪弾(つまび)く姿勢で。その通り、ギターは弾くものです!


「さっきから変な曲が頭ん中で流れててな。ここはひとつ、披露でもさせてもらおうか。いくぜ轟け! 法音斬(ほうおんざん)雷電(らいでん)律震(りっしん)!」


 鎧に包まれた指が動いて、法の電気弦楽器が最初の音を放つ。その瞬間、光のシールドケーブルを、電撃が流れ貫く!


ギューンギューンギューンギュ-ン♪


  無免ローヤーの歌


絶望(ぜつぼう)(そこ) (やみ)(しず)めば

(すく)(もと)めた (こえ)戦慄(わなな)


(くら)時間(じかん)を ()っているから

(すべ)(かく)して 六法(ろっぽう)()つ 


(ほう)(ちから)は その()(なか)

いま変身(へんしん)だ 法律戦士(ほうりつせんし)

 

無免(むめん)ローヤー 

無免(むめん)ローヤー 

(ほう)()わって……



無力(むりょく)正義(せいぎ) 蔓延(はびこ)邪悪(じゃあく)

背負(せお)った(きず)が 過去(かこ)()()


()()じたって (おぼ)えてるから

()()(しば)り (まえ)見据(みす)える


(ほう)(ちから)は その()(なか)

いま変身(へんしん)だ 法律戦士(ほうりつせんし)


無免(むめん)ローヤー 

無免(むめん)ローヤー

(ほう)()わって……



(とど)かない()に ()れた(こころ)

また(なみだ)して ()()くすけど


(たたか)意味(いみ)を (わす)れないから

未来(みらい)(しん)じて (はし)()すんだ

 

(ほう)(ちから)は その()(なか)

いま変身(へんしん)だ 法律戦士(ほうりつせんし)


無免(むめん)ローヤー 

無免(むめん)ローヤー

(ほう)()わって……♪



 無免ローヤーが楽器を奏で、音が弾ける度、光のケーブルを通じて電撃が飛び、次々と敵を駆け巡る!「ぐおあああァァァァァァァ!」怪人の絶叫にも負けず、ヒーローの歌声は響き渡った。だが歌は気にするな! 音撃が雷撃となって怪人を襲い続け、ケーブルの刺さった強要する右腕が、今にも破裂せんばかりに膨らんでいる。そして曲はアウトロへ。締めのコードは、C6!


 ジャーン!


「ご清聴ぉ、ありがとぉございましたぁ! しかし妙な曲だったな」


 無免ローヤーが半回転、それに合わせて光のケーブルが巻き取られ回収、観客に向き直り、カッコよくギターを構えた瞬間……


「うぅううああああァァァァァッ!」


 ドガアアアアアアアアアアアン!


 無免ローヤーの背後、崩れ落ちようとしていた怪人強要未遂男の闇の身体が、爆発した!


 〇


 しーん……


 難舵町夏祭り特設ステージの会場は、シラケた沈黙に包まれている。


 アイ♡ドル店員AmaAmaを求めてコールしていた観客たち。しかし現れたのはMinaMina。彼の素人くさい下手くそな歌を二曲も披露された挙句、謎の着ぐるみ男(怪人)が乱入、MinaMinaも鎧を纏って変身、両者による謎過ぎる議論と謎過ぎる大立ち回りを見せられ、更に一曲追加で聴かされる。そして爆発。


 意味不明といってよい。客が怒るのも無理はないだろう。


 変身を解いた水去と、怪人強要未遂男、だった法科大学院の鷹寺青年は、不興と批難の視線を一身に受けていた。これはマズイ。自分はいいが、怪人として倒された後の不安定な状態に、追い打ちのようにストレスはかけたくない……。鷹寺青年からどうにか人々の注目を逸らすべく、水去は急いで思考を巡らせていた。


 ……客の様子が不穏だ、状況の説明をすべきか……いや、説明すれば必然視線が彼に集まる、それはよくないだろう、やはり自分がもう一曲歌うか、歌ってその隙に撤収してもらう……いや難しい、意思疎通できて彼がすぐ動けるとも限らない。フラストレーションも高まる……


 どうしよう……


 身動きが取れない水去。しかしその時、「みんなー!」と、苛立ちや不審を振り払うきらきらに満ちた声が、空から天使のベルのように響いた。


「お待たせ! 今日は来てくれてありがとう。なん☆ぱちプレゼンツ、アイ♡ドル店員AmaAmaだよー!」


 慌てて見上げたその先、数十メートルの高さはあるだろう、はるか煙突の先に、ラメのきゅるきゅる光る制服が見えた。化粧ばっちり、おめめぱっちん、派手で目立って映えていて、かわいい! 

 

 アイ♡ドル店員だっ!


 しかもそんなアイ♡ドル店員が、とんでもない高さの煙突の縁に立ち、こっちを見下ろしているのである。全員の目は釘付けであった。(安全の確認や適切な許可を得た上での演出です、あしからず!)あとついでに、なんかでっかい机みたいなのを担いでいる!


「うわ、V3かよ!」


 水去は訳の分からぬコメントをしつつ、今だ今だと鷹寺を連れ、遡及的無効で元に戻っていたステージ裏に引っ込む。それを見届けた前原女生徒は、煙突から飛んだ。机を持ったまま、飛び込み選手みたく美しく縦回転し、ズダアアアアアン! と舞台に着地!


 大歓声が彼女を包んだ――


「ふーう……いやー、すごい盛り上がりだなー」


 外は大熱狂。舞台裏のテントの中で、ギターを置き、パイプ椅子に寄りかかりながら、水去が呟く。彼の視線の少し下で、地面に膝をつきうな垂れている男……怪人強要未遂男だった鷹寺青年に声をかけたのだった。


「こんだけ人気あるなら、強要してでもステージに出したいってのも、理解できなくもない、か」


 そう続けると、鷹寺はハッと顔を上げた。


「お前は……水去……なんなんだ、アレは……」


 水去は視線を微妙に逸らしたまま答える。


「んー、無免許の法律戦士、無免ローヤーだな。大丈夫、君が怪人としてやったことは、俺が全て遡及的無効にした。何も気にすることはないよ」


「……」


「それに、ある意味じゃ、望みが叶ったとも言えるな。前原さんが舞台に出たわけだし。まあ、これでこらえてくれたら――」


「馬鹿を言え……」


 鷹寺青年が立ち上がる。デカい、見上げるような巨躯だった。貧弱気味な法科大学院生には珍しいから、水去も顔と名前くらいは一致する。「戦いは、これからなんだよ……!」「えっ、どゆこと⁉」「ついて来い……」鷹寺青年は大きな歩幅でテントを出て行く。水去も追いかけた。


 外に出て観客席の方に回ると、地面を揺らす叫び声が彼らを襲った。ステージには、机を挟んでアイ♡ドル店員AmaAmaと、鷹寺青年と同じような体躯のスキンヘッド男。男が机に向かい、手を伸ばした。


 うーん、もしかして握手会か?


 水去がそう考えた瞬間、両者がガッチリと手を握り合った。しかし握手ではない。舞台で行われていたことは、握手会などという軟弱なものではなかった。それは……


「レディ……ゴッ!」「ふんぬあああああああああっ!」「えいっ」 ばきっ! 決着。


 そう、腕相撲であった……っ!


「来てくれてありがとー! またね。じゃあ、次の人!」


 AmaAmaが優しくにっこりと笑うと、入れ替わりにまた次の巨漢が前に進み出て、後ろに長く続いた列が動く。どうやら前原女生徒は、ゴリゴリのマッチョメンを相手に、次々と腕相撲の挑戦を受けているらしい。


 珍妙な光景であった。水去は愕然とした。


「んんんんんっ⁉ アイ♡ドル店員だから歌って踊るんじゃないのか⁉ なんで、なんで腕相撲してんの⁉」


「知らんのかっ? アイ♡ドル店員AmaAmaと言えば、二年前、あの無敵と呼ばれたアームレスラー、『バーバリアン:ジョージ』を倒した伝説の存在だろうっ……!」


 鷹寺青年が列の最後尾に付く。彼に問い詰めたいことのあった水去は、その後ろに入った。


「えーっ⁉ じゃあ、アイ♡ドル店員AmaAmaの演目って、腕相撲大会だったんか⁉ アイドルライブとかじゃなく⁉ あっ、腕を奪うってのもそういう……」


「当たり前だろう! 俺は一昨年も去年も、事情があってこの戦いに参加できなかった。今年こそはと思っていたのに、出ないなんて言うから、だから、俺は……っ!」


 鷹寺青年が悔しそうに腕の筋肉を震わせる。しかしその感覚、水去にはさっぱり理解できない。


「そんなん大学で前原さんに頼めばいいやんけ! 腕相撲して、って!」


「馬鹿者がっ! アイ♡ドル店員AmaAmaを倒すことこそ誉なんだろうが!」


 言い合っているうちに、列はどんどん進んで、ステージに近づいていた。前原女生徒の処理速度がトンデモナイのだろう。ちなみに彼らの後ろにも、まだ次々とムキムキした奴らが増えいっていた。アイ♡ドル店員AmaAmaを熱望していた観客たちの大半は、アームレスラーだったということだ。


「でも腕相撲って……俺、アイドルライブの前座だと思ってたから歌ったのに……これじゃホントにただの間抜けみたいな……」


「ああ、酷い歌だった。しかし目が覚めたよ、俺はおかしくなっていた。あんな偽りの力を使って、AmaAmaと戦うつもりだったんだからな。やはり、己の鍛え上げた腕一本で戦わなければ、腕相撲とは言えない。誇りを失うところだった。ありがとう、感謝している」


「ええー……⁉」


 水去が困惑していると、鷹寺青年はいよいよ舞台上に登り、机……すなわち競技台の前に立っていた。向かい合うのは、あの無敵の野蛮なる(バーバリアン)ジョージを倒した伝説のアームレスラー、アイ♡ドル店員AmaAma。


 彼は頭を深々と下げた。そして机に肱を置き、相手の手を握った。審判(パチンコ屋の店長)が、「レディ……」と声をかける。


 一世一代の大勝負が、今、始まる。


 一瞬、鷹寺青年が水去の方を見て、にやりと笑った。


「ゴオッ!」


「ふぬうっ!」


「えいっ」


「ぎゃあっ!」


 カンカンカン! AmaAmaの勝利。


 こうして一世一代の大勝負は終わったのだった……。


「ああ……これがAmaAmaの強さか……感動だぁ……!」


「こんなんでいいんかよっ⁉」


 勝負を終え、敗北を味わった鷹寺。右手を握ってじんわり感動している。そのよく分からないアームレスラースピリットにツッコミを入れる水去であった。


 しかし油断してはいけない。彼もまた、鷹寺に引っ付いて列に並んでいたのである。それすなわち、腕相撲戦士として名乗りを上げたということ。後ろから、早くいけ、と声が。同時に背中を突かれて、ステージに入ってしまう。ということは当然、アームレスリング競技台の前へ出ることになるわけで――


「来てくれてありがとねー! じゃあ次の方、どうぞ――り、律くんっ⁉」


 きらきら衣装を着た前原女生徒と目が合ってしまった。至近距離だと、ステージライトに照らされ、ますます輝いて見える。


「えっ、あっ、前原さん。つぎ俺の番になるのかっ? どうもー、その、お、お手柔らかに、お願いしまーす」


「う、うん! ちょっと待って! 手! 手を拭くから、ごめんね、あっ、それと、律くん! えっと……みっ、きゃ」


 二人ともあたふたしていた。それでも両者、右腕を差し出し、ぎゅっと握り合った。


「ほわっ、は、はいっ! なんでしょうっ?」


「律くんが勝ったら、チェキが一枚撮れるから! 頑張って!」


「あ、ありがとうございます。頑張ります!」


 審判が、レディぃ? と声をかける。それを聞いて水去も、真剣に相手の手を握りしめた。筋骨隆々のアームレスラーたち、鷹寺も含め、が勝てなかったのだから、万に一つも痩せぎすの水去なんかに勝ち目はないだろう。しかし一応は勝負なのだから、頑張れるだけ頑張ろう。そして潔く散ろう。そんな風に彼は考えていた。


 審判がぴしっと構える。


「準備はいいか、レディ……ゴオッ!」


 掛け声とともに、水去は右腕に力を込めた。


 その瞬間、彼は大地を幻視した。


 えっ、何……? 


 いや、これ、何……?


 〇


 見渡す限り果てまで広がる平原、大地。


 ガイアの包容力の中に、水去は立っていた。


 柔らかい風が吹いて、身体の周りをくるくる取り巻く。空からは暖かな日差しが惜しみなく注がれる。踏みしめる足元では、地に根差した緑が草原を形成していた。寝ころんで昼寝でもすれば、きっと心地よいに違いない。どこまでも続く、押しても引いても揺るがない、安定した不変の大地だった。


 水去は訳も分からず歩いた。この空間からどうやって脱出すべきか……しかし、なんて素晴らしいんだろう!


 その時、周囲が揺れ始めた。地震か? いや、違う、これは――


 地面が、か、傾いてきている!


 傾斜は次第に大きくなり始め、草を掴んでも、耐えられない。身体が地面を滑り落ち始めた。下方には何がある⁉ 水去はどんどん落ちる、落ちる、落ちる……


 はっ、俺は……


 水去の意識が戻った。目の前では、握りしめた前原女生徒の手の甲が、少しずつ競技台に向かって動いていた。驚いた水去は、腕の力を緩めてしまう。しかし何も変わらない。彼女の手は着実に、自らの意思で競技台へと近づいていた。


 手の甲の競技台への接触は、敗北を意味する。


 視線を上げれば、アイ♡ドル店員AmaAmaが苦しそうに、いかにも全力を出していますよといった表情をしていた。小さな口もとから、「んっ……くっ……」と、かすかに声が漏れているのを聞いた瞬間、水去は彼女の意図を理解する。この腕相撲の勝負、前原さんは、自分から負けようとしている……っ。


 八百長じゃないかっ!


 真実に反する結果の作出を防ぐため、水去は既に随分押し込んだ状況にある自分の手を引いて、元に戻そうとした。しかし、戻らない。「⁉」まるで大地を引っ張っているかのごとき感触だった。水去青年ごときがどれほど力を込めようと、それが状況に作用することは一つもないのだ。抵抗したって、一切は無駄。彼の手は彼女の手の中で無力であり、偽りの作られた勝利に向かって、無理矢理引きずられていくのみなのである。


 お互い負けようと力を尽くすヘンテコな勝負をしている二人。


 しかし敗北合戦に勝利するのは当然、前原女生徒だった。水去の右腕は、否応なしに彼女の右腕を押し倒していく。その実情は、強いられたものだったとしても。乙女の腕力に敵うもの無し。


「きゃっ♡」


 そうしてついに、前原女生徒の手が、競技台にぱたりと落ちたのだった……


 静寂が舞台を包み(「……AmaAmaが、負けた」「あのAmaAmaが……」)、ほどなくして、破裂した。


「うおおおおおおお! すげええええええ!」


「認めるかああああああ! 今度はオレと戦ええええええええ!」


「いや、わしじゃ! わしと勝負じゃあ!」


「バーバリアンジョージ、アイ♡ドル店員AmaAma、お面のMinaMina……そしておいらも伝説となる! いざいざ、アームレッスルううううううう!」


 にわかに巨大な腕相撲戦士たちに取り囲まれ、勝負を迫られる水去。夏の夜の筋肉(いき)れに混乱しながら、前原の方を見る。けれどもアイ♡ドル店員AmaAmaは、にっこり笑って、悪戯っぽくウインクしたのだった。


 は、ハメられたっ……! 押し付ける気だ……!


 全てを悟った水去は無言で変身六法を取り出し、バックルにセット。光が溢れて変身。複眼が周囲を()め付ける。


「全員……かかってこいやあっ!」


「「「「「「「「「「うおおおおおおお!」」」」」」」」」」


 こうして、無免ローヤーによる腕相撲大会が開催、法の力で強化した右腕により、挑んできたアームレスラー(鷹寺含む)全員を、なんとか粉砕したのであった! 腕相撲戦士たちと前原女生徒の因縁も含め、力で全てをねじ伏せての解決である。まあ、ぶっちゃけ変身してるのってドーピングどころじゃないズルなんですけどね。


 その後、疲労困憊の無免ローヤーは、アイ♡ドル店員AmaAmaとツーショットでチェキを撮るというご褒美をいただくことになるのだが、撮影時、隣に立つ彼女が水去と手で♡を作ろうとしてるのに気づかず、〈古代ローマで、満足できる、納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草〉、すなわちサムズアップをしてしまった。あーあ……


 で、現像された写真を二人で覗いて見ると、前原女生徒の手が♡の半分を形作って、その隣には、何も無い空隙が……こういうの、片思いハートと言うらしい。完全に水去の失敗である。恥をかかせてしまった、ヤバい。慌てて謝るけれど、前原女生徒は少しも動じない。ピンク色のペンのキャップを外すと、大きな大きなハートを書き込み、無免ローヤーとアイ♡ドル店員をしっかり囲んでから、「はい!」と写真を手渡したのだった。


 その時の前原女生徒は笑顔で、とっても楽しそうで、彼女が心の(うち)に秘めた覚悟なんか、ほんの少しも気取(けど)らせてくれなかった。

次回予告

早起き! 日の出! 新聞紙! 第五十三話「朝の散歩をしてみたら」 お楽しみに!

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