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第五十一話 心を込めて、歌います

前回までの、七兜山無免ローヤー!

 前原女生徒に脅迫状を見せてもらった無免ローヤー。なんと怪人がアイ♡ドル店員AmaAmaのステージを要求している! なんで? とにかく勝負の場は難舵町夏祭り、水去は一体どうするか。無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!

水去 律:結局祭りは来んのかー?

駒沢泰治:すまん、俺は行けない。楽しんでこいよ

水去 律:でも前原さんがたこ焼き屋やってるらしいぞ。それでも行かんの?

駒沢泰治:……申し訳ない。お前、天祢さんに失礼のないようにしとけよ



「どうしたんだアイツ? 温泉も来なかったし……」


 だらだら歩いている水去が、メッセージアプリのやり取りを見ながら呟いた。


「何かあったのかい?」


 隣を歩く神崎が声をかける。水去は反応もせず、少し黙ってスマホを眺めていたが、そっとズボンのポケットに突っ込むと、話題転換を図り神崎の方を向いて言った。


「ふむ、なあお前、『ねねっ水去君、脅迫と恐喝と強要は、何がどう違うのー?』って顔してるな。してるだろ? うむ、そんな感じがする。よっしゃ、教えてやろう」


「はあ⁉ 唐突にどうしたの⁉ それどんな顔⁉」


「おほほ、おもしれー顔ですわー」


 夏祭りの日の夕刻、前原女生徒の誘いを受けた水去青年は、神崎・守亜と共に七兜山を下って、難舵町まで来ていた。お祭り会場となる公園は、まだもう少し先。移動中の雑談といったところだろうか。


「脅迫恐喝強要。きょう、きょう、きょう、と頭韻が踏めるが、この三つは異なる罪なので注意が必要なのだよ神崎君。刑法の条文だと、ええと……脅迫二二二条、恐喝二四九条、強要二二三条か。条文も違うし法定刑も違う」


 変身六法を開いて覗く水去。補足すれば、脅迫は二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金なのに対し、恐喝は十年以下の拘禁刑と刑が重い。強要は三年以下の拘禁刑である。


「脅迫と恐喝は論点もありますけど、ぶっちゃけ強要ってマイナーですわよねー。実務ではどうなのでしょう? 分からねーですわー!」


「あー確かに。でも今回の怪人のやってることも強要っぽいんだよな。いったい何を主張してくるんだろ……」


「おーっほっほっほ、わたくしだけのモノになれ、ってのはいかかですのーっ!」


「ど、奴隷契約ですかぁ⁉ 公序良俗違反……」


 口を挟んできた守亜に引っ張られて、自分の始めた会話からあっという間に脱線する水去。押しに弱い男だ。が、これでは話が進まぬ。仕方がないので神崎は、『ねねっ水去君、脅迫と恐喝と強要は、何がどう違うのー?』という表情を独自に創出しアピールした。さすが対人関係の技能には長けている。器用なことだ。


 話題が元に戻される。


「で、めちゃくちゃザックリ説明するとな」


「うん」


「殺すぞおっ! って言うのが脅迫」


「へえ」


「殺すぞおっ、金寄こせやあっ! ってやるのが恐喝」


「はあ」


「殺すぞおっ、土下座しろやあっ! ってやるのが強要だ」


「へえー……?」


 水去のアホみたいな説明が神崎を困惑させるので、守亜女生徒が助け舟を出す。


「脅迫って害悪の告知ですわよね。その脅迫、あるいは暴行を手段として、むりやりお金を差し出させたり借金を免除させたりするのが恐喝、それ以外の行為をさせるのが強要ですわ。お金が絡むかどうかってのが、恐喝と強要を区別する基準ってところですわね」


 水去も頷く。


「人から土下座してもらったって、別に経済的利益はないだろ? だから恐喝じゃなくて強要なんだよ。他にも、俺と付き合え! とか、デスゲームに参加しろ! とかな。今回の場合、前原さんにステージに出ろ! って脅してるんだから、おそらく強要だなってところだ」


「なるほどねー」


 そんな風に、分かるような分からないような説明をしながら歩いていると、道の先には喧騒が見えてきた。公園に屋台がたくさん出て、向こうには特設ステージが組まれている。時刻はもうすぐ十七時過ぎ。夜に向け、難舵町夏祭りはその盛り上がりに加速度をつけ始めている。地元の子どもたちが水去らの間を元気よく走り抜けていった。


 楽しそうだ。


「それはそうと神崎さま! せっかくのお祭りですが、わたくし、先日のお寿司の支払をしたせいで、ぜんっぜんお金がありませんのよ!」「あ、お、俺も……」


 守亜女生徒がおおきなおめめをうるうるさせて家主を見つめた。水去も便乗して神崎に何かを求めた視線を送る。まあ貧乏人どもの欲しがるものはただ一つだろう。


 は? と神崎が冷たくあしらってみれば、ロー生どもは近くに寄ってヒソヒソ相談しあった後、妙ちきりん極まりない嘗め腐った小芝居を始めた。


「うう……あんなに楽しそうなお祭りなのに、お金がなくって参加できないなんて……なんて可哀そうなわたくしたちでしょう……」


「その通りだよ守亜さん! 俺たちは可哀想だ!」


「くやしいですわー、さみしいですわー。ねえ、水去さま……こんなに暑い夏の日なのに、わたくし、こころがさむいの……」


「マッチ売りの少女、キジも鳴かずば……ああ貧乏こそ悲劇だね守亜さん! 俺たちは、金が無いただそれだけで世間から見捨てられるんだよ……! 金が無いばっかりに! ああ! この愛の無い冷酷なる世界に!」


 そう言ってチラチラ家主の方を見る二人。神崎は慄いた。


「お金を求める……こ、これが、恐喝っ……⁉」


「暴行・脅迫してないぞ!」


「畏怖もしてないですわ!」


 暴行または脅迫により人を畏怖させて財物や財産上の利益を得るのが恐喝であるため、今回の水去らのバカみたいな行為は恐喝罪には当たらない。神崎青年の誤った認識をすぐさま正したロー生たちである。が、数秒後には家主から千円ずつおこづかいを貰い、「「うわーい」」、とお祭りに飛び込んでいったのだから、まったく、先輩の威厳もへったくれもないのであった。


 〇


 公園の中は、まだこれからが本番だ、という様子だった。人は増えてきているものの、夕方の陽射しと夜の影が優しく空間を包んで、のんびりとしていた。


「おお……すごい、これ十年前の作品やぞ、なんでこんなん売っとるんや、いつから売ってるんや……」


 お面を並べた屋台の前で、特撮ヒーローの面を見ながらボソボソ呟く水去。あからさまに不審者である。


「水去さまー! あっちに! あっちに射的がありましたわよーっ!」


 振り返って見れば、守亜女生徒が芝生の生えた公園内を走ってくる。手には既に大きな綿菓子が握られていた。


「ああ守亜さん、あれ、そういや神崎は?」


「何やら町長に挨拶に行くとか言って消えちゃいましたわーっ、それより水去さま! 射的やりませんこと?」


「うーん……俺、リアルな銃はちょっと苦手で……」


「そうなんですのね! じゃあ待っててくださいまし! わたくしがパンパン撃ち落としてまいりますわーっ!」


 せっかく誘ってもらったのにノリの悪い水去。しかし彼女は笑顔のままで、また屋台の隙間をピャーと慌ただしく走り抜けていった。その後ろ姿を静かに見送りつつ、水去もまた歩き出す。


 少し進んで謎の漬物を売る屋台の横を曲がると、「ミフ婆のたこ焼き」なる看板が見えた。遠くからちょっと覗いてみると、お客にお釣りを返している前原女生徒の姿が。ねじり鉢巻きをしていて格好いい。水去は傍目には挙動不審な仕草でしばらく様子を窺って、人の途切れたタイミングでそっと近づいた。ちょうど顔を上げた彼女と、目が合う。


 パッと表情が輝いた。


「律くん!」


 青い法被(はっぴ)が身体を包み、首筋の汗が提灯(ちょうちん)に照る。清らかなる笑顔!


「あっあっ、どうも前原さん、来ちゃいました。今日はよろしくお願いします。えっと、たこ焼き一舟くださいな」


「う、うん! ちょっと待っててね!」


 水去のオドオドした注文に、彼女は手早く生地を流しいれ、千枚通しを動かした。器用なのである。あっという間に出来上がり。ひょいひょいと舟に載せ、ソースの光るたこ焼きが差し出された。美味しそうだ。


「はい、どうぞ!」「どうもどうも!」


 家主から貰った金で支払いを澄まし、たこ焼きを買った水去。人の金だぞ? なのに、お釣りを受け取る時に手が触れたりなんかして、屋台の下で前原女生徒と笑みを交わしちゃ、いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃ……


 あーあ、楽しそうにしちゃってサァー。


 そんな彼の背中へ、張り手が炸裂っ!


「ごらっ、どうもじゃないでしょ! よく見なさいっ!」


「うおあっ、あっ! 佐藤さん! なんか久しぶり!」


 呆けた水去の背中へ一撃喰らわせたのは、前原女生徒の友人、佐藤女生徒だった!


「あなたのたこ焼き、何個入ってるっ? さっさと数えなさい!」


「か、数か⁉ えっと、ひいふうみい……七個です!」


「看板を見なさい! たこ焼き一舟何個って書いてんのっ?」


「一舟六個入りって書いてます! あれっ、なんでやっ」


「天祢の心遣いが、まだ分かんないのかあああああっ!」


 ぐりぐりと足をヒールで踏みつけられながら水去が右を向くと、屋台の奥で前原女生徒がはにかみはにかみ、「せっかく来てくれたから、おまけっ」と答えた。


 騒がしい。しかしそこに「水去さまー!」という声まで響く。アホが今度は左を向くと、守亜女生徒が走ってくる。両手に水風船やヨーヨーや、くだらないものをたくさん抱えて、背中には何やら大きな袋まで背負っていた。佐藤女生徒が、げっ、という顔をする。守亜女生徒はニコニコ笑顔である。


「佐藤さま! ごきげんうるわしゅーですわー! 前原さま! 水去さまから、たこ焼き屋さんのことは聞いておりましてよー! わたくしも楽しみにしておりました! とっても美味しそうですわねー、あっ……でもわたくし、もうお金が無い……」


 守亜はそこまで早口で捲し立てると、水去の持っているたこ焼きに目を向けた。寄って見る。じっと見る。じっと見られると水去も困る。「……一個あげようか?」と彼が切り出すと、やっぱり、パッと表情が輝いた。


「いいんですの⁉ じゃあわたくし今は手が塞がっておりますから、水去さまがあーんてしてくださいまし! あーんて!」


「あ、あーん……⁉ でも出来立てだし熱いんじゃ……」


「問題ありませんわ! さ、あーん」


「あ、あーん……?」


「はふっ……は、は、はふいへふわーっっっ!」


「ああああやっぱりいいいい!」


 つまようじ片手に守亜の前で慌てる水去。無粋である。野暮である。まあ前原さんから一個おまけしてもらったわけだし、幸福はおすそわけすべきか? なんて考えたのだろうが、好意で貰ったものを人にあげるのはよくない。当り前の常識ですね。前原女生徒に対しては、実に人情の機微を理解しない振る舞いであった。


「どういう神経してんの、あの男……⁉」


「律くんは……、優しいだけだから……」


 驚愕する佐藤女生徒の向こうで、前原は一人、俯いてたこ焼きを作っている。いや、作れてない、何故かたこ焼きが圧縮されて小型化し、中性子星のごとく異常な密度を帯びていた。偶々やって来た何も知らない客が、ビー玉みたいになった、しかも滅茶苦茶重い、わけわからんヘンテコなたこ焼きを渡され困惑している! そこで屋台の店主らしきおばーちゃんが、ちょうどタイミングよく現れ、前原女生徒に声をかけた。彼女は何やら頷くと、ねじり鉢巻きをほどいた。


「ああ、うまうまでしたわー。それでは水去さま! たこ焼きのお礼にこれを差し上げます!」


 一連の茶番を終えた守亜の方は、くるりと半回転して、背負った袋をこちらに向ける。どうぞ! と言うので水去が開けると、中にアコースティックギターが突っ込まれていた。射的でぶんどりましたの! と説明が入る。


「へえー、アコギかあ、なんか小っちゃいな、子供用なのかな……ほー、でもちゃんとしたやつだ」


 袋からギターを引き抜いて見ると、ストラップも付属し、弦もしっかり張られた、新品のギターである。チューニングは必要だろうが、だいたい今すぐ弾けるように、ちゃんと手入れもされている。「これ使えそうだな……ホントに貰っていいの?」「わたくしには不要なものですわ!」「ありがとう! 助かるよ!」水去が嬉しそうにギターを眺める。


 そんな彼の服の裾を、前原が引いた。


「律くん、屋台はミフさんと交代できたから、そろそろ行こ。ステージの準備しないといけないし、たこ焼きは向こうで食べたらいいから」


「あっ、そ、そっすね! 申し訳ない! じゃ、じゃあ、守亜さん佐藤さん、またあとで! あっ、神崎と会ったら俺はもうステージの方に行ったって伝えといて!」


 ギターとたこ焼きを手に、前原女生徒に半ば引っ張られるようにして、喧騒の中へと消えてった水去である……


 〇


 さーてさて、ここからは観客席から状況を見ることとしよう。席といっても椅子などはなく、公園の広場で立ち見なのだけれども。太陽はもうほとんど落ちて、人工の光がピカピカ輝く。特設ステージには〈屁理屈言おうかな〉とかいう、いかにも売れなさそうな名前のシケたお笑いコンビが出ていた。しきりに何か喋っているが、当然ちっともウケてはいないようだ。


 そんな時に、神崎青年が人ごみを抜けて広場へ入ってくる。


「おっ、いつぞやの金持ちイケメン君」


「ああ佐藤優香さん、その節はどうも」


 神崎と佐藤女生徒は、水去が怪人痴漢男に負け行方不明となっていた頃に、前原さんの入院先にて何度か顔を合わせている。


「お二人は、お知り合いでしたのー?」


「私からすりゃ、あなたの方がなんで一緒に住んでんのって感じだけどね……」


「けっこう笑えますよ」


 謎のメンツでぽつぽつ話をしていると、前方では罵声が上がった。



相方ドツくなあっ、ヒョロガリがあ! 見てて不快じゃあ!

ヘラヘラするなっ、こっちは笑えてねえんだよおおおおっ!

帰れ! 帰れ! もう帰れ! 今すぐ引っ込めえええええ! 



 雑誌やらスルメやら空き缶やらがステージに投げ込まれていた。お笑いコンビは這う這うの体で逃げ出し裏へと引っ込む。それでも罵詈雑言が、舞台裏に繋がるカーテンを震わせる。


「……なんか治安が悪いような気がする」神崎が周りを見回して言う。


「こころなしか、ムキムキなさってる方が増えてますわね」


 守亜女生徒が見上げれば、周囲に筋骨隆々の大男たちがひしめいていた。さっきまで地元の子供たちが楽しく走り回る場だったはずだが、一転してボディビル会場のようである。肥大した筋肉による異常な肩幅が空間を圧迫し、大変に剣呑だった。いつの間に……? どうなっている……?


 そしてここから、狂気はアクセルかけて加速する、さぁ、振り切るぜ!


 

いい加減にしろおおおおお!

早く次にいけええええええ!

来い! 来い! 来い! 来い!

AmaAmaだ! AmaAmaを出せ!

待ちきれねえよおおおおおおお!



 痺れを切らした大男たちが、堰を切ったように叫び始めた。次々と、次々と叫ぶ。おお狂気、ああ狂気。怖い! 筋肉を震わせ、まるで恋焦がれるかのごとき叫び声である。「な、何これ?」振動する空気と熱気に囲まれ、困惑する神崎。それにしても一体何が始まろうとしているのか。



A・M・A! A・M・A!

A・M・A! A・M・A!

A・M・A! A・M・A!



 ついにAmaAmaコールまで始まり、筋肉の振動は地響きとなって、前原女生徒を呼んだ。ファン層がイカレてる! ステージのスピーカーのスイッチが入り、次のプログラムへ移ります、とのアナウンスが入った。同時に歓声は、更に盛り上がる。



A・M・A! A・M・A!

A・M・A! A・M・A!

A・M・A! A・M・A!




 AmaAmaを呼ぶ声、会場のボルテージは限界まで高まり、神崎は耐えきれずに耳を塞いだ。なんだこれは! どうなっている! ヤバいぞ! ヤバいヤバいヤバいぞ!


 その時!


 ステージのカーテンが開いた!


 ついにアイ♡ドル店員AmaAma出るかっ?


 現れたのはっ⁉


「どうもー、MinaMinaでーす」


 痩身男性のシルエット、古い(十年前)特撮ヒーローのお面を被り、小さめのアコギを持った謎の存在、MinaMinaだった! とことこステージを歩いて、マイクの前に立つと、面で顔を隠したまま会場を見回す。


「AmaAmaは今忙しいんでー、俺が歌いまーす。というわけでさっそく、聞いてください、『ひとりぼっちの、夜の歩』。カモン」


 ジャカジャンジャカジャンジャカジャンジャカジャン♪



  ひとりぼっちの、夜の歩    作詞・作曲 水去律


(よわ)(こころ)目覚(めざ)めたままに

無人(むじん)(まち)へと(まぎ)れ込んで

夜更(よふ)けの(あめ)(すみ)のように

路面(ろめん)混凝土(コンクリ)()らした


オレンジ(いろ)燈火(とうか)(なら)

プロムナードに(からす)寝息(ねいき)

(かわ)水面(みなも)()れる(あか)りに

()かび()がった(かな)しい(あざみ)


見慣(みな)れたこの(みち)一人(ひとり)(ある)

(いま)までと(ちが)景色(けしき)(すべ)

()えた信号機(しんごうき)無関心(むかんしん)

何一(なにひと)指示(しじ)もしないまま


明日(あす)になったらまたその(とき)には

きみに()えるんじゃないかなんて

時々(ときどき)ふと(おも)ってしまうんだ

おかしいよね? それで……


きみがいなくなってからのことさ

ぼくの()はよく()えるようになった

くるめく(かがや)くきみの仕草(しぐさ)

目一杯(めいっぱい)になったりも、しない……♪




 fine、最後のコードを弦が弾き出して、曲は終わった。お面の男MinaMinaは一礼した。


 一瞬、会場を静寂が包んだ。


 けれども、一瞬だった。



死ねええええええええええええええええええっ! 死ねえええええっ!

消えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

佐野元春のパクリみたいな歌うたいやがってええええええええ!


 

 悪口雑言が次々とステージに向け発射される。そして今度は石とか下駄とかビール瓶とか、殺傷力の高い物まで投げ込まれた。お笑いコンビ〈屁理屈言おうかな〉を下回る反応。しかしそれも、残念だが当然だろう! なぜならば……


「な、なんなのアイツ! 何がしたいのよ!」


「っていうか水去君、普通に歌が下手!」


「演奏もまるで駄目ですわねー、おもしれーですわー!」


 そう、急に歌い出したお面の男、というか水去は、音痴だったのである。そして詞はともかく(ともかく?)、曲が最低だったのである。つまりは……音楽的センスが皆無だったのである! これについては、神崎も守亜も佐藤も、そして広場にいる巨漢たちも、皆が同意することだろう! ひどい!


 なのにMinaMinaはマイクを離さなかった。


「盛り上がってくれてありがとう! 今のは俺のオリジナル曲『ひとりぼっちの、夜の歩』でした! いやー、聞いてくれて嬉しいね。じゃ皆様の大歓声にお応えして、もう一曲やろうか。聞いてください、今度の曲はちょっとバラードっぽい感じで、『きみとぼく』。心を込めて」


 やめろおおお! と大男たちの悲鳴が上がるが、お面の男は止まらない。狂気を上回る狂気。無情にもその手が弦を弾いて、音色を奏で始める。イントロ。それにしてもストラップ(肩にかけるヒモ)が短くて、ギターの位置がほとんど胸元である。すなわち、ダサい!


 ヂャーンヂャーンヂャーンヂャーン♪



  きみとぼく    作詞・作曲 水去律


だれも ぼくを ()きになったりはしないね

だれも きみを (きら)ったりなんかしないよ


だれも ぼくに (わら)いかけたりしないし

だれも きみを (にら)んだりなんかしないさ


ぼくは きみが なんだか()になるけど

きみは ぼくを ()にしたことはないんだ


だれも だれもが きみを()きなのさ

だけど だけれど きみはずっとひとりぼっち


なんで どうして そんなにきみは()くの

ぼくは ぼくなら きっとしあわせなのに


きみは ひとりで ()きていくと()うのさ

それは それなら ぼくがそばに()てみようか


だれも ぼくを ()つめたりなんかしないさ

だれも ぼくに ()づいたりなんかしないさ


二人(ふたり)は 二人(ふたり)だけで 一緒(いっしょ)にいたとしてもさ

きみは 一人(ひとり)だけで ()きていけるはずだよ


だれも ぼくを ()きになったりしないし

だれも きみを (きら)ったりなんかしないさ

(きら)ったりなんかしないさ

(きら)ったりなんかしないさ……♪




 そしてまたよく分からない時間が過ぎて、よく分からない曲は終わった。MinaMinaはお面を被ったまま再び一礼した。コレ本気でやってんのか? 本当に何を聴かされてるんだ?


 もはやアイ♡ドル店員どころでなく、筆舌に尽くし難い激怒と怨嗟の声が、一斉にステージへ投げかけられた。


「本当になんなの⁉ 失恋ソング気取りなの⁉」


「うぅっ、なんか、音に酔……」


 悶え苦しむ神崎と佐藤。可哀想だ。しかし水去は相変わらず「今のも作詞作曲俺です! じゃ、次の曲は、こだわりの――」なんて喋っている。その面の覗き穴の向こう、一体どういう表情をしているのか? 誰かコイツを止めろっ……


……と、皆が思った瞬間、客席から闇の肉塊が跳ねて、ステージに着地した。衝撃でマイクスタンドが吹き飛ぶ。観客たちが息を呑む。


「これ以上ォ歌うなァ! お前を、殺すッッッ!」


 前段は実にもっともな言葉と共に、舞台上へ姿を現したのは、怪人強要未遂男!


「おうっ、もう釣りだされちゃったか、仕方ないな。それじゃあ」


 MinaMinaがお面を外して放り投げ、代わりに六法を取り出した。「変身!」素面になった水去律が変身ポーズをとった!


「……ふーん? さっきから曲の中に出てくる、きみ、って誰なんですの?」


 守亜女生徒だけが一人、首を捻っている。

次回予告

エレキ! チェキ! ウインク! 第五十二話「乙女の心に乙女の腕力」 お楽しみに!

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