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第四十七話 官製サイトを楽しもう

前回までの、七兜山無免ローヤー!

 温泉レジャーを終え電車で帰った無免ローヤー。お湯の熱気に女将の妖美、マッサージするしないとか、話が少々色ボケ気味ではなかったか? のぼせてるんじゃないぞ水去! 戦え! 戦え! 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!

 日常。


 水去律は難しい顔をしていた。


 身体をリビングのソファーに横たえ、手足はだらしなく伸び、全身が脱力を越えた脱力により殻のない軟体動物のごとくグネグネしていたが、顔だけは深謀遠慮をめぐらせていた。真剣である。真剣に、ただひたすら、虚空を見つめている。


「あ、まただらだらしてる。キミさ、ここ数日ずーっとそうしてるけど、大丈夫なのかい? 暇なの?」


 通りがかった家主たる神崎が、上から覗き込みつつ声をかけた。水去は眼球だけを動かして、「休むのにも、体力がいる……休める時に休むのだ」などとモゴモゴ答える。神崎はちょっと肩をすくめると、ダイニングテーブルにノートパソコンを開いた。大学のレポートか何か書いているのか、キーボードを叩く音が聞こえる。窓の外では、うだるような重い日差しが降り注ぐ。室内はエアコンのおかげで快適だ。


「ロースクール生って、もっと勉強ばっかりしてるのかと思ってたよ」


 しばらくして、神崎が何気なしに声をかけた。それを聞いた水去は、ソファーの背もたれの陰に沈み込みながら、うん、と答える。この、うん、はどういう意味なのか。何となく答えただけなのか。それとも、本来のロー生はもっとたくさん勉強しているものだが俺自身は驚くほど勉強してなくてそんな自分が恐ろしいよ、という意味だろうか。気力を感じられない返事が、部屋の空気に溶け込んで消える。


 雑音はあっても静かである。


 しばらく沈黙が続いてから、「っていうか、ボクお腹空いたんだけど。お昼にはしないの?」と神崎がまた尋ねた。居候水去よ、家主は空腹らしいが。


「ん? あー……もう三時か……そうだな、昼飯……そうめんでも茹でるか……」


「えっ、またそうめん⁉ 昨日もそうめんだったじゃん!」


「いいだろ、どーせ夏しか食わねーんだから。たまごも切るぞ?」


「断固反対するね。三日連続そうめんは、さすがに嫌だ」


「まあっ、なんて我儘な子なのかしら! おかーさんだって頑張ってるのに、悲しい!」


「はあ? なに言ってんの?」


 家主のマジレスに、また沈黙がしばらく続いた。エアコンがブンブン音を立てて部屋を冷やす。


 さすがにちょっと気まずくなったのか、水去が腕を真上に伸ばして、己が存在していることをアピールした。


「あー、ところで……いわゆる名家とか旧家って、ヤバいところが多いものなのか?」


 唐突に訳の分からない質問を始める水去である。しかし、これこそ彼の考えていたことであった。旅館の女将たる星北が育てられたという四篭家。異界の勇者たるユウキ君のいた神代鳳凰院家。これまで水去の出会ってきた旧家というものは、なにやら因習の蔓延るよくない場所のイメージなのである。


「藪から棒って感じだねー。まあ、ヘンテコなところは多いかな? ボクの実家もその世界に足を突っ込んでるから、偉そうなことは言えないけど。家格とか言ってるトコほど常識がなくて接待が大変だったりね。ほら、社交界とかあるからさ……」


「なるほど、社交界か。じゃあお前、四篭家とか聞いたことあったりする?」


「四篭! へえ! キミの口からそんな名前が出るとはねー」


「む、そりゃけっこう大きい家だったりするのか?」


「大きいというか、この辺りの名士だよね。七兜山の……ええと、七兜地域は、旧くから七つの家柄があると言われる。すなわち、一波(ひとつば)家、二圀(ふたくに)家、三梯(さんてい)家、四篭(よつろう)家、五境(ござかい)家、六填(ろくてん)家、それから、六つの家の上に立ち絶対的な影響力を有しているのが七王爾(ななおうじ)家ってわけ」 


「ほーん、詳しいな」


「ま、ちょっとね……でも七王爾家はキミだって名前くらいは――」


 その時、ドダドダドダッっと、まるで子どもが階段を駆け下りるような、落ち着きのない足音が響いた。四段目くらいでジャンプしたのか、ドダンッ! と床に着地する音が聞こえる。すぐに引き戸がガラガラ開くと「水去さまーっ!」成人済み淑女、守亜帝子が居間に突入してきた。「わたくし大発見をいたしましたわ! 見てくださいましーっ!」ダイニングのテーブルの横を走り抜け、ソファーに寝ころぶ水去の上へダイブする。


「ぐはぁっっっ!」


 世のおとーさんおかーさん方は、日々突撃してきたクソガキを受け止めているのであろう。それは親子の愛情あふれるスキンシップに違いない。ちょっと痛くても我慢して、飛び込んで来た愛娘・愛息を抱きしめるはずだ。子供のダイブならかわいらしい。が、成人済み淑女の場合は、肉体的にも精神的にも、全然無事じゃ済まないだろう。なんぼなんでも……寝ころんでいた水去は、怪人の攻撃を受けた時と全く同じような悲鳴をあげたのだった。


 あー、うん、いろいろトんでますわな、この人。


 神崎邸での暮らしが始まってある程度時間も経ち、夏季休暇にまで入ったせいか、どうやら居候たちは図々しくなってきている。水去青年は夏の溶けた空気みたく寝ころび、守亜女生徒は夏の陽射しのごとく暴れ放題だ。資本主義の雄、神崎グループの一員たる神崎八太郎からすれば、この常識と品格に欠けるカス法科大学院生ども、人材としてなんとか上手く役立てねばならないところだろう。帝王学的な観点からは、寄生には搾取で対抗すべきところだ。


 水去青年が守亜女生徒を、自身からなんとか引き剝がしている。わたわたしている。


「うっ、ううっ……で、守亜さん、だ、大発見とは何のことですかい……?」


 呻きながらソファーに正座した水去が、同じくソファーに正座して相対している守亜女生徒に尋ねた。すぐさま彼女は水去の眼前に、自身の六法を突きつける。表紙が外れて崩壊しかけている六法だった。いったい何があった……?


「これを見てくださいまし! 特許法十七条の二第五項四号に、『明りようでない記載の釈明』とありますわね! 一方で、特許法十九条では『……通信日付印により表示された日時のうち日のみが明瞭であつて』とあるのですわ! 他にも、一二六条や一三四条の二では『明瞭』という言葉が使われてますの。『明りよう』と『明瞭』、同じ特許法の中で表記が揺れてるってことですわーっ! おーっほっほっほっほ!」


 高笑いする守亜女生徒を前にして、水去も己が変身六法を開いて、特許法を確認する。


「……うわ、ホンマや、十七条の二の方だけ何故かひらがなになっとる。へー! よくこんなの気づいたなぁ……」


「法制局のミスってやつですわね! まったく、ざまーないですわ!」


 自信に満ちた守亜の表情が、まさにすぐ目の前で、ぱっと明瞭に花開く。爛漫だ。こういうイセイの態度を、水去は結構憎からず思うところ……彼は少し視線を逸らして、実に明りようでない態度をとるのであった。「なんで目を逸らすんですの? こういう時は素直に褒めるんですのよ!」「あ、えっと、そっか、スゴイ! 偉い!」「まだ足りませんわ」「チョーイイネ! サイコー!」「おほほ、ますますわたくしを称えるがいいですわーっ!」「いよっ、法制局に勝った女!」「うふーん」「一切! 合切! 超天才!」「おーっほっほっほっほ!」礼賛する水去、胸を張る守亜。膝立ちになって盛り上がって、ソファーの骨組みがドガバキ音を立てる。訳が分からない、しかし騒ぐのを止めない二人。


 わぁあああああああい


 ぴこ! 「おわっ」「きゃあっ」


 小学生レベルに飛び跳ね暴れるロー生たち頭、無言で近づいてきた神崎が、両手にひっさげたピコピコハンマーで叩いた。リビングに二つも備え置いていたのである。二刀流。用意周到。しかしソファー破壊未遂犯に対しちゃ、幾分穏当な制裁かもしれない。それに比べて……ああまったく、法科大学院生というのは常識や良識に欠けている。こんな奴らを住まわせて、神崎はいったいどうするつもりなのだろうか。


 鶏鳴狗盗にだって、限度があるというものだ。


 〇


「しょぉ~ひょぉ~⁉」「商標ですの~?」


「な、なんだよー、商標法について知りたいのって、そんなにおかしいことなのかい?」


 特許法の話は生生流転して、いつの間にやら神崎が、「商標」を話題に出していた。商標法について教えてほしいと言う。家主の頼みに、図々しい水去と守亜は、図々しく目を見合わせてパチクリした。意外や意外、という顔である。


「商標って、商品やサービスにつけるマーク、でいいのでしたっけ?」と守亜。


商標(しょーひょー)とは標章(ひょーしょー)である、という爆笑ギャグもあるな」と水去。


 六法をめくりながら、二人のロー生の言葉は何やら頼りない。


 どういうわけだろう。


 商標法というのは、さっき話に出た特許法と同じ、知的財産法と呼ばれる分野に属する法律だ。どちらも特許庁が所管しており、似た法律だと言えなくもない。神崎が特許法から商標法を連想してくるのも、別にスジの悪い話ではないのだが……


 しかし、法科大学院生からすれば、ちょっと困った相談なのかもしれない。


 そのことを説明するために、まず司法試験の内容について紹介しておこう。法科大学院生のほぼ唯一といっていい目的、全ての苦しみの元凶、法曹資格を得るための、あの司法試験のことだ。


 司法試験は短答式試験と論文式試験の二つによって構成されている。短答式(マークシートのやつ)の科目は憲法・民法・刑法の三科目。論文式試験(文章を書くやつ)は憲法・行政法・民法・民事訴訟法・会社法・刑法・刑事訴訟法・選択科目の八科目である。


 このうち選択科目というのは、倒産法・租税法・経済法・知的財産法・労働法・環境法・国際関係法(公法系)・国際関係法(私法系)の中から、好きな一科目を選ぶ方式である。さっきまで話題に上がっていた特許法や商標法は「知的財産法」の分野に属するのであり、試験で使う可能性があるので、当然、法科大学院には知的財産法についての講義が用意されている。


 では何が問題なのか。


 司法試験の知的財産法科目では、第一問が特許法から、第二問が著作権法から出題されるのである、問題は以上、二つのみ。


 つまり……同じ知的財産法でも、商標法や意匠法や不正競争防止法は司法試験には一切出ないのだ! 実務では、特許や著作権よりむしろ、商標や不正競争の方が問題になりやすかったりもするらしいが、いかんせん試験には一切出ない。試験範囲は特許と著作権だけ! 


 試験に出ない法律を勉強している暇はない、これが法科大学院生の偽らざる本音だろう。


 もちろん、怪人は試験範囲なんか関係なく法律を悪用するものである。少なくとも無免ローヤーたる水去は、ちゃんと勉強しとかなきゃいけないのだが、そこまで手が回るかというと……


 要するに水去、商標法のことなんか、あんまよく分かんないのである。


「で、商標ってどんな感じなの?」


 神崎はいつもの調子で尋ねてくる。


 いつ追い出されるかも分からぬ立場の弱い居候の身。水去もここらで一つ、家主に己が有用性を示し、また、先輩たる威厳を見せつけておきたいところだ。しかし、知らない法理論が頭の中に急に生えてくるわけでもなかろう。どれだけ考えたって、知らないもの知らないままだ。彼は慌てて変身六法を繰り、説明の糸口を探そうとする。


「そういえば、『じぇいぷらっとぱっと』とかいう、特許庁が出してるサイトがありましたわね。そこで商標の検索もできるんじゃありませんの?」


「それだ!」


 守亜女生徒の助け舟に、水去が手を叩く。「神崎さんよ、『J-PlatPat』と打ち込んでみるのじゃ」ソファーから首を捻って発される水去の指示に従い、神崎はノートパソコンのキーボードを叩いた。


「ああ、特許情報プラットフォームってのが出てきた。へえー、特許・実用新案・意匠・商標の検索ができるんだね。そうか、特許庁に登録されてるんだ」


「百聞は一見に如かずだからな。実際にどんなもんか見るのが一番早いだろ。そうだな、ホンダ車に『ステップワゴン』ってのがあるよな。多分商標もあると思う」


「えーと……うん、ある。本田技研工業株式会社が持ってるみたい」


「そうだろ? このように、商標はまず商品に使用されるものである。あと、HONDAって調べてみろよ」


「HONDA? HONDAって、企業の名前じゃん……あ、出てくる。やっぱり本田技研工業株式会社が持ってるね。ふーん」


「商号、要するに営業上の名称を商標にしているケースもあるってことだ。確か、BeatlesとかYMOも商標登録されてるぞ。バンド名だけどな」


「いろいろあるんだねー」


 パソコンのスクリーンに、商標見本・登録日・権利者・指定商品・指定役務などの項目がまとめて表示されている。商標とは、一定の主体がその商品役務について使用する標章であるところ、これさえ見れば、誰が商標を持っていて、何に使われているかなどが全て分かるのだ。画面を見ながら感心する神崎。


 そこに、ソファーで水去へ擦り寄り、彼の持つ変身六法を覗き込んでいた守亜女生徒が、丁寧な補足説明を挟んだ。


「標章の定義って、商標法二条一項によると、『人の知覚によって認識できるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状、若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの』ですものね。大体何でもありですわ! 匂いは、今のところ商標登録できないみたいですけれど」


 彼女の言葉に、水去が首肯する。


「意外なモノが登録されてたりして、調べてみると面白いんだよな。例えば……漫画のタイトルとかな。『うる星やつら』(※高橋留美子著)って検索してみろよ。多分出てくるから」


「そうみたいだね、小学館とかが持ってる」


 神崎の素早い返答に、水去がちょっと調子に乗る。それで彼は、危険なことを調べさせ始めた。


「うむうむ、そんじゃな、『炎の転校生』(※島本和彦著)はどうだ、あるだろ?」


「うーん? 出ないよ?」


「えっ、そんっ……ああ、パチンコになってるかどうか、とかかな……? じゃ、じゃあ、『うしおととら』(※藤田和日郎著)」


「出てくる。これも小学館だね。キミ、小学館の漫画が好きなの?」


「いや、まあ……『逆境ナイン』(※島本和彦著)は、あるか……?」


「出ないね」


「……っ⁉ 『名探偵コナン』(※青山剛昌著)はあるよなっ? 『葬送のフリーレン』(※山田鐘人原作、アベツカサ作画)とかもあるんだろっ」


「両方ある。小学館集英社プロダクション」


「じゃ、じゃあっ、『アオイホノオ』(※島本和彦著)はっ! 『ヴァンパイドル滾』(※島本和彦著)はっ!」


「ないよ」


「ああああああああっ、島本せんせええええええ!」


 唐突に刺される漫画家島本和彦先生! なんで島本先生の漫画だけ商標登録してないんだ小学館!(逆境ナインはもともと徳間書店で連載されていたみたいだけど、他は……)


「俺は大好きなのにいいいいいっ!」


「急になに言ってんの?」


「おもしれーですわねー」


 守亜女生徒はけらけら笑う。


 島本先生の名誉のために言っておくが、別に出版社が商標登録してないからって、その作品に人気がないとか、編集部から冷遇されているとか、そういうことは決してない。もちろん作品の価値とも関係しない。そもそも古い作品は、あんまり出願されてなかったりする。な、な、何も問題はない。島本和彦先生は、素晴らしい作品をお描きになる、偉大なる漫画家である。少なくとも、こんなところでネタにしていいお方ではない。水去っ、テメーやってくれたな⁉ 


 島本和彦先生の漫画は面白い! とここで断言しておこう。


 とはいえ、まあ、特許庁が提供している(正確には、独立行政法人工業所有権情報・研修館が運営)J-PlatPatは、こんな風に遊ぶことができるということだ。みんなも気になる作品があったら商標検索してみよう。意外な作品が登録されていたり、されてなかったり、その作品を出版社がどう商業展開しようとしてるのか、推測できたりもするぞ!


 さて、ショックでソファーに顔を(うず)めて(うずくま)る水去青年と、それに寄りかかる守亜女生徒。神崎は二人を横目で見つつ、パソコンに何やら打ち込んだ。J-PlatPatは正確に検索結果を表示する。その内容を確認した神崎は、徐に立ち上がった。うごうごしているロー生たちを見下ろす。


「それじゃ、お寿司でも食べに行こうか」


 法科大学院生たちは、ハッと顔を上げた。

次回予告

空腹! 注文! 親爺! 第四十八話「権利行使ですしお寿司」 お楽しみに!

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